過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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僕は犬かもしれないよ (インターネットの世界)

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Subway Station
Dorchester, Massachusetts USA


写真を始めてから40年になるが、長いあいだ自分の撮った写真は周りにいるごく少数の人たちに見せるだけで、あとは自分で楽しんでいるだけだった。 時々個展のようなものをやってはいたけど、それとてごく限られたサークルの中で人の目に触れていたにすぎない。 
それがインターネットの到来ですべてが変わってしまった。 僕もかなり遅まきながら見よう見まねでホームページを作成したのはそんなに古い話ではなくて、15年ぐらい前だったろうか。 そして自分の作品を初めてウェブサイトに載せた時のことは忘れない。 数週間のうちに数千人が見てくれた。 数ヶ月たつとその数は数万人にもなった。 それまでの個展では百人以上の人が来てくれたことはなかったから、これは僕には目の玉が飛び出るようなショックだった。 サイトへのアクセス数は作品の価値とは何の関係もない、ということはわかっていたけれど、とにかくそれほどの人が見てくれたということが信じられなかった。 こうして僕はインターネットの凄さを実感したのである。 サイトのアクセス分析機能を見ると、文字通り世界中の国々からのアクセスがあったのがわかるが、アメリカ以外ではなぜかロシアとイタリアが多かったのは今でもその理由がよくわからない。 (日本からは一人もいなかった)
そして思うのは、僕がもし日本でウェブサイトをやっていたら、これほど世界中の人の目に留まることはなかったに違いないということだった。 それは英語という世界共通語のパワーである。

このホームページも数年後に閉じることになったのは、本職の仕事の方が忙しくなってページのメンテナンスが時間的に不可能になったからだ。 そのあとは世界中の写真家で形成されるあるウェブサイトに参加した。 そのサイトは現在も続けているけれど最近の僕はあまり活発に活動しているとはいえない。 というのは、数年前に日本語のブログ(つまりこのブログ)を始めてしまい、慣れない日本語を書くようになって、それだけで精一杯になってしまったからだ。 そのかわり多くの日本人の人たちと出会うことができたのは何物にも代えられない幸運だと思っている。 そして、長いあいだ貝の殻の中に閉じこもっていた僕を優しく外に連れ出して、日本へ連れて帰ってくれたのはその人たちだった。  僕はたぶん、こんな形でゆっくりと日本へ回帰して行くのだろう。

***

一度入ってしまえば二度と出ることのできない世界。 それがインターネットの世界である。 世界中の人々との、顔も見えず声も聞けない繋がりが、もしなくなってしまったとしたら、人はまたもとの孤独な殻の中へ帰って行くしかないから。



インターネットの世界では
たとえ君が犬だったしても
誰にもわからない。
Peter Steiner




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古い写真をみつけた

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マヤの微笑
Hagerstown, Maryland USA


生まれてくる子供がもし女の子なら、マヤと名付けるつもりだ、と言ったら、教祖さんは羨ましそうな表情を隠さないで
「いいなあ、僕は最初からその名前に決めてたのに、生まれた二人の子供は男の子だったんですよ」 と言った。
「教祖さん」はニックネームでそのころボストンの日本人仲間でそう呼ばれていた。 日本の仏教大学を出た後、ハーバード大学で神学の研究に留学している若いお坊さんである。 マヤというのはいうまでもなくお釈迦様を産んだ女性(摩耶夫人)の名だから、教祖さんのような仏教を専門とする人たちにとっては、僕たちが想像する以上に魅力的な名前であるらしかった。 
ところが僕たち夫婦がこのちょっとエキゾチックな響きのする名前に惹かれたのは、お釈迦様が理由でもなければ、古代マヤ文明でもなく、「なぜ籠の鳥が歌うのか私は知っている」を書いたあのマヤ・アンジェロウでもなかった。
そのころテレビでアメリカ中に旋風を巻き起こした"StarTrek"の中の一キャラクターだったのである。 宇宙的な神秘的な名前にしよう、という点で両親の意見が一致した。

生まれてきたマヤは猿の子供のようなくしゃくしゃの顔をしていたので、これはちょっと名前負けするかなと心配したが、数週間経つうちに目鼻立ちが整ってくるとほんとうに可愛い顔になった。 日本人の血が入っているのは誰が見ても明らかで、とくに唇とおでこが僕の母に驚くほどそっくりだった。 

マヤのことは今まであちこちに書いているので、いまさら書くことは何もないと思っていたら、先日古いネガを整理していてこれが出てきた。 これは残しておかなければ、と思って載せることにした。 旅先で撮ったこの写真はマヤの4歳の誕生日である。 そして20歳のマヤはこんな女性になっていたが、これでさえもう10年も前のことになってしまった。


おまえが微笑むのを見る時
そしてそれが私のためではないと知る時
その時だろう
たまらなくおまえが懐かしくなるのは。
作者不詳




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喫煙の戒め

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パルムの草院

Parma, Italy


煙草をやめよう、と何度決心したことだろう。 腕にパッチを貼ったりニコチンガムを噛んだり心理学者のセミナーに出席して催眠術をかけてもらったり、いろいろやったけど結局だめだった。 いずれの場合もやめることはやめるんだけど、しばらくたつと(短いときは一週間、長いときは三年ほど続いた)いつも何かの理由があって、あるいは何かの理由をつけてまた煙草の箱に手を伸ばしてしまう。 告白すると、現在もまた吸っている。 一日に6,7本まで本数を減らしたとはいえ、食事の後やテニスでくたくたに疲れた時の一服はほんとうに旨いと思う。 以前は一日40本以上吸っていたのでそれに比べたら改善だろう、と勝手に自己弁護をしていつも人に笑われる。 酒好きの僕が酒はやめようと思えば(思ったことはないけど)やめられる自信があるのに、煙草はどうしてもだめである。 

煙草をやめる人は例外なく健康上の理由でやめるのだと思うけど、僕の場合は、もちろん健康も心配だけどそれ以外に僕なりの理由があった。 
一口に言うと僕は「習慣の奴隷」になりたくないのである。 たとえば夜中に煙草が切れてしまうと、いてもたってもいられなくなって、わざわざ服を着替えて近所の店まで車を運転して出かける。 情けないことだけどその時の僕の衝動は自分でコントロールができない。 その、自分でコントロールできないというところが嫌なのだ。 まるでデーモンが乗り移ってきて、僕をまったく違う生き物に変えてしまうようだった。 それは恐ろしいことだと思う。 酒が飲みたいときに酒がきれていてもそんな状態になることはないので、ドラッグというものはそれだけ人の理性を蝕むのだろう。
ところでデーモンというのは悪魔とか悪霊とか、とにかく悪いやつだと思っていたら、調べてみるとギリシャ神話では半神半人の守護神だったそうだ。 そういえば上の写真の顔は、喫煙という悪癖を持って煙草屋へ来る人々を守護神が 「やめておきなさい」 と戒(いまし)めているようにも見える。

日本でもアメリカでもスモーカーに対する虐待がどんどん激しくなってきた。 ホテルではスモーカーには明らかに便利が悪くて調度品も古いものを揃えたルームが与えられる。 空港やショッピングモールの喫煙所では、僕と同じく悪魔に乗り移られた人たちが悲しそうな顔をして一点を見つめながら黙々と煙草を吸う。 
しかし僕の印象では、日本では煙草を吸うも吸わないも人それぞれの勝手、「我関せず」と徹底しているように感じる。 それがアメリカだと、周りのノンスモーカーからは犯罪者を見るような白い目で見られるし、それとなく遠巻きにして子供たちを近づけないように気を配る母親がいる。 「あの人達は人生の落伍者なのよ。 あんな風にならないように、ほらよく見ておいて」 と子供の耳に囁くのが聞こえるような気がする。 昔の英国でカトリック教徒がプロテスタントから受けたのと同じような弾圧を、スモーカー達は毎日のように感じているのだ。
 
現在の僕は、煙草の本数を一日に2,3本まで減らすというゴールに向かってがんばっています。


煙草をやめるなんて簡単にできることさ。
僕なんかもう何十回もやめている。
September30



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