過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

雲を見ていたら

T160822-08-blog.jpg



おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきそうじゃないか
どこまでゆくんだ
ずっと磐城平(いわきたいら)の方までゆくんか
                                                      ――― 山村暮鳥





裏の川に出てみると、秋を感じさせる涼しい空気の中、空いっぱいに素晴らしい雲が広がっていた。
いや素晴らしいという表現では物足りなくて、英語の 'spectacular' という言葉がピッタリとくるような雲の群れだった。
驚いて思わず 'What a sky' とこれもまた英語が口から出てしまった。 出してしまってから気がついたのは、そういえば昔々、60年代の初めに同じ名の歌が流行ったことがある。 あれは 『太陽の誘惑』 という邦題で、クラウディア・カルディナーレが主演したイタリア映画の主題歌が "What a sky" だったのを思い出していた。 あの時はたしか映画よりも主題歌の方が世界中で大ヒットして、これを歌ったニコ・フィデンコの名があっという間にポピュラーになった。
あの映画で僕が忘れないのは、主演のカルディナーレじゃなくて助演のアントネラ・ルアルディというちょっと年増の女優に僕はひと目でイカれてしまい、イタリアにはあんな壮絶な美女がうようよいるんだ。 よし、いつか必ずイタリアへ行こう、とまだ二十歳(はたち)前の僕は心に誓ったのだった。


440px-Antonella_Lualdi_in_Cronache_di_poveri_amanti.png

Antonella Lualdi






ニコ・フィデンコの歌は今聴いてみるとわりと平凡なメロディで、昔の新鮮さはなくなっていたにしても、聴いていてついあの頃の自分を取り巻いていた世界を思い出してしんみりしてしまった。 懐かしのメロディーというのはみんなそんなものなのだろう。









雲ではもう一つ思い出す歌がある。
これもまた大昔のことだ。 僕が1970年にアメリカに逃げ出した前年、芸能界のまっただ中でピアノを弾いていた頃のこと。 いっしょに仕事をしたことのある黛ジュンが歌っていた 『雲にのりたい』 という歌だった。
黛ジュンはあの頃、ブルーコメッツのベース弾きと婚約をしたか結婚をしたかでまるで花が咲いたように急に色気が出て綺麗になってしまった。 リズミックでパンチの効いた歌が得意だった彼女が珍しく静かに歌ったこの曲が僕は好きで、あれから50年近くたった今でもその歌詞をちゃんと覚えていた。 ただ面白いのは、なぜか 『雲にのりたい』 じゃなくて 『雲になりたい』 と覚えていたことだ。

ところがYou Tube で 『雲にのりたい』 の動画を探してもなぜかどうしても見つからない。 1つだけ出てきたのはつい数年前に、すっかりお歳を召した彼女がステージで歌っているビデオだけで、熟女になってしまった彼女がどうしても僕の記憶にある昔の黛ジュンとは重ならない。 ステージの楽屋や放送局の控室で皆でワイワイ言いながら楽しく仕事をした時の彼女のイメージを探した結果、ようやく見つけたのがこれだった。 これなら歌は違うとはいえ、僕が覚えている黛ジュンそのものだった。









雲を見ながらいろんなことを考えていると、同じビルに住む若い女性が通りかかる。
彼女が言うには、ここにもう4年住んでるけどこんな凄い雲が見れるのは1年に何度もないそうだ。
What a sky!








ブログランキング→にほんブログ村 写真ブログ 一眼レフカメラへ
スポンサーサイト