過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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2017/02/01  家族に気に入られなかった遺影
2016/12/24  パノラマの世界へ (補足)
2016/12/22  パノラマの世界へ
2016/07/10  この忙しいなかで
2016/03/13  ノスタルジア ・・・ ふたたびモノクロの世界へ
2016/03/02  あーあ、また浮気をしてしまった
2015/07/23  デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (4/4)
2015/07/20  デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (3/4)
2015/07/18  デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (2/4)
2015/07/15  デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (1/4)
2015/07/12  動物のいる風景 (2/2)
2015/07/09  動物のいる風景 (1/2)
2015/07/06  人のいる風景 (4/4)
2015/07/03  人のいる風景 (3/4)
2015/06/30  人のいる風景 (2/4)
2015/06/26  人のいる風景 (1/4)
2015/06/17  人のいない風景 (4/4)
2015/06/14  人のいない風景 (3/4)
2015/06/11  人のいない風景 (2/4)
2015/06/08  人のいない風景 (1/4)
2015/06/01  このところ、気になること - 写真のレシピ(18)
2015/04/10  マグショット 7 - 久仁子
2015/04/02  マグショット 6 - ハインリッヒ
2015/03/24  マグショット 5 - リンダ  
2015/03/06  マグショット 4 - 太郎
2015/02/24  マグショット 3 - マーサ
2015/02/21  マグショット 2 - ボー
2015/02/15  マグショット 1 - ディック
2015/01/19  小は大を兼ねる - 写真のレシピ(17)
2015/01/15  ミステリーが解けた

家族に気に入られなかった遺影

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Martha Louise Beall (1927-2017)



これは義母のマーサが亡くなる6日前の彼女の誕生日に僕が撮ったもので、今まで何十年もの長いあいだに数知れず撮った彼女の写真の中で、僕としては一番好きなポートレートの1つとなった。
ところが予想に反して、女房をはじめ一族の中で誰もこの写真を欲しがるものがいない。 義父が亡くなった時のポートレートは全員に切望されて何枚もプリントしなければならなかったというのに。
その理由はわかるような気がする。
このポートレートにはマーサのあの 「優しさ」 が出ていないからだ。 それに幸せな表情とは決して言えない。
カメラの非情なレンズが偶然に捉えてしまったのは、死をすぐ目の前にして、多勢の家族を離れて一人で旅立とうとしている一人の人間の複雑な表情だった。 それは悲しみともとれるし諦めともとれる。 また強い決意の現れともとれる。 ここには大家族に囲まれながら深い孤独の淵に沈む彼女があった。 ふだん周りの誰に対しても別け隔てなく優しくいつもニコニコと笑顔を絶やさなかった彼女を見慣れた家族にしてみれば、辛くて今さら見るに忍びないのだろう。
にも関わらず、僕はこの写真が好きだ。

もし本人のマーサが見たら、まちがいなく気に入ってくれると思っている。










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パノラマの世界へ (補足)

昨日のブログにパノラマ写真を載せたあと、どうも後味が悪い。
あの2枚の写真、ブログの枠にそのサイズを制約されるから、あれではまるで下着のゴムバンドみたいに細長いミニチュア画像になってしまい、パノラマ本来の壮大さが感じられない。 そこで今日の補足となった。

このサイズになって初めて画面右端に見える僕のアパートの建物の詳細や、左端の遠方にデイトン美術館が見えてきた。 川の中央に浮いているような軍艦型のコンクリートは何だと思う? これは夏の花火大会で花火を打ち上げる基地なのだ。

次の2枚の写真、首を傾げすぎて痛めないように祈っています。
もっとも携帯電話でなら横長で見られるわけだけどね。


それでは皆さん


Merry Christmas !











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パノラマの世界へ

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アパートの裏を流れるマイアミ川
画角 180° レンズ 27mm



最近はどういう風の吹き回しなのか、パノラマ写真に没頭している。
それというのはたぶん、以前のぎっちりと家々が並ぶ住宅街から今の住居に引っ越してきて、いきなり広々ととした風景に周りを取り囲まれることになったせいのようだ。 僕の持っている2台のフジのカメラには両方ともパノラマ機能が付いているのに、今まであまり気にしなかったというか、その必要を感じなかったというか、本気で挑戦してみたことはなかった。 それがつい最近になって試しに数枚の写真を撮ってみて即座に、うん、これは使える、と思った。 これが実に憎い機能なのだ。

もともと僕が持っていたパノラマ写真の概念は、別々に撮影した数枚の写真をフォトショップなどを使ってスティッチ(繋ぎ合わせ)してやるというのが常識だった。 これがなかなかうまくいかない。 しかも各写真の繋ぎ目を完璧にするためには、まず三脚を使うという必須条件があるから、ふだんでも旅行でも三脚を持ち歩かない僕はまずそれで失格となる。 それでも旅先では失敗を覚悟で手持ちで撮影をしたことがある。 南フランスのカマルグ平野に立った時とか、マルセーユではノートルダム寺院の丘の上で。 ヴェネツィアでもそうだったしバルセロナのランブラス通りの大混雑の中でもパノラマを頭に置いて写真を撮った。 しかしどれも満足のいく結果とはならなかった。 フォトショップで時間をかけて繋ぎ合わせるのだが、手持ちで撮影した数枚の写真を完璧にスティッチするのは不可能に近いことを発見してからは、いつのまにかパノラマを敬遠するようになっていた。


それがこのフジのパノラマ機構ではいとも簡単に易易とできてしまう。

1. まず画角を180度と120度のどちらかを選ぶ。
2. 手持ちのままぐるりとカメラをスィープするその起点を右にするか左にするかを指示してやる。
3. 露出を決めてシャッターを切る。(ボタンを押し続ける必要なし)

あとは、パシャパシャと連続してシャッターが切れる音を聞きながらカメラを動かしてやればよい。
このカメラを動かす速度というのがちょっとクセモノで、早すぎても遅すぎても途中で〈撮影失敗〉の表示が出てくるが、数回の練習ですぐにコツがのみこめる。 そしてあとは自動的に合成されて完璧にスティッチされた画像が出てくる。 素晴らしいじゃないか!


 
 
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川沿いの散歩道
画角 180° レンズ 27mm



こうしてできあがった合成写真は、当然ながら画像の横の長さが 8000 ピクスル、ファイル容量が90 MBとわりと大きなファイルになる。 ブログのような小さな画面で見てはその圧倒感が伝わってこないのは残念だ。 これからはこのパノラマ機能をどんどん使うだろうという予感がする。






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この忙しいなかで

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引っ越し騒ぎの真っ最中なので捨てるものは山ほどあっても、新しく物を増やすなど馬鹿げてる、と思いながら、小さなものだからまあいいか、とつい先日購入したのがこのカメラバッグだった。

今まではサイズの違う3個のバッグを、その場の撮影の目的に応じて使い分けてきていてそれで不便を感じたことはないのに、今回また新しいバッグを手に入れてしまったのは、そのサイズ(今までで一番小さい) とデザインだった。 この写真ではちょっとわからないだろうけど、カメラバッグにしてはその厚みがずっと薄いうえに、洒落たカーキ色のデザインといいちょっと見にはカメラバッグというよりメッセンジャーバッグに見える。 しかし何よりも僕が気に入ったのは、今までのバッグと違っていちいち上蓋を開けること無しに上部のジッパーの開閉でカメラやレンズの出し入れが簡単にできることだった。 フジのカメラなら2台が収納できて交換レンズも2本までちゃんと入る。 全体の重量もずっと軽いからこれならあちこち持ち歩いても、今までのように1日の終りにはくたばってしまうことはないだろう。 ごついニコンの1眼レフと巨大なズームレンズを持ち歩くことがまずなくなった今では、この小さなバッグでほとんどの用は足りると思われた。


ところで
引越の荷造りが続行する中で、クロセットの奥から古いカメラバッグがさらに3個も出てきた!
これはそのまま Goodwill へ寄付することになる。
それから3脚。
小さな卓上3脚や1脚からボーゲンの超重量級までなんと8本もある。今ではカーボンファイバー製の1本以外はまず使わないので、時間が許すなら Ebay に出せばすぐ売れるのはわかっているが、今はとてもそんな余裕はない。 これらはそのまま Goodwill 行きとなるが、ボーゲンだけは諦められなかった。 誰か知っている人が貰ってくれるなら喜んで差し上げるのに、結末の見えない所へ寄付することがどうしても嫌だったのだ。 4x5 のビューカメラをやっていた頃の、苦くも甘い思い出がいっぱい詰まってるこの3脚は、今の僕には両手でやっと持ち上がるくらいの重さである。


新しいバッグを肩にかけて、姿見の前であれこれいろんな角度から自分の全身を見ている僕を見て、女房が噴き出す。
衣類なら僕が絶対にそんなことをしないのを知っているからだ。




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ノスタルジア ・・・ ふたたびモノクロの世界へ

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Nostalgia 1
風見










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Nostalgia 2
貯金箱










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Nostalgia 3
火熨斗(ひのし) と火熨斗台










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Nostalgia 4
喇叭










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Nostalgia 5
布団叩き










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Nostalgia 6
赤子風呂










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Nostalgia 7
金銭登録機










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Nostalgia 8
マヌカン










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Nostalgia 9
納戸の扉










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Nostalgia 10
喇叭と写真機










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Nostalgia 11
滑車










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Nostalgia 12
薬棚










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Nostalgia 13
焼き網










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Nostalgia 14
麦酒の空き缶




・・・・・














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あーあ、また浮気をしてしまった

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姉妹


また僕の浮気が始まってしまった。

2年前に不二子に出会って後先も考えず、がむしゃらに自分のものにしてしまった時に、もう浮気はこれが最後だと決心をし、女房にもそう宣言して、なんとか今まで二人の女のあいだでうまくやってきたのに。
今また 「ふじよ」 とこうなってしまった。
われながら悪い病気なんだと知りながら、つくづく男であることの哀しみを噛みしめる。
この2年、若い不二子の身体に溺れながら、なんとはなしに物足りなさを感じ始めていた時にふじよが現れた。 ふじよは不二子のずっと年上の姉でしかも子持ちの人妻である。 華奢で小さくて抱きしめると折れてしまいそうな若い不二子と違って、ふじよの身体は円熟して大きく、柔らかな肉の奥には思いがけない強さがあった。 少々手荒く扱ってもむしろそれを喜び、逆にこちらに挑戦してくるほど頑強で、そして貪欲だった。 か細い不二子なら 「もっと優しくして」 と懇願するのに…


実はこのふじよ(Fuji X-Pro1) には以前から惹かれていたがどうしても手が出せなかった。 とくに必要があるわけでもなかったからこれ以上欲しがるのは贅沢だと自分を抑えていたのである。 女房(Nikon D7000) と不二子(Fuji X100s) がいればそれでもう十分じゃないか。
ところがこの1月、Fuji X-Pro2 という新人が登場したそのとたん、古顔となった X-Pro1 の値打ちが半額まで下がった時に、これはもう手に入れるしかないな、と決心してしまう。

送られてきた X-Pro1 を手にした時の感触や、この数日間片時もそばを離さず使ってみた印象は冒頭に書いた通りである。
前から持っている X100s とこの X-Pro1 は姉妹機ということになっているが、カメラ操作やそのファームウェアは類似しているというより同じものと言っていい。 だからほとんどの操作に慣れるのにまったく時間がかからない。
違いといえばもちろん、X100s は固定レンズ、X-Pro1 の方は交換レンズを受け付ける。 今回カメラといっしょに購入した 35mm F1.4 と 18mm F2.0 はフルフレームでは 53mm と 27mm だから、これと X100s の 23mm F2.0(35mm) とがあれば僕の撮る写真の90%はこの2台のフジで事足りることになる。 長いあいだ女房役を努めてくれたニコンは望遠と超広角に限られてしまうから、出番がますます少なくなだろうし、ニコンの重量を嫌うようになってきている僕は旅行などに持って出ることはもうほとんどないような気がする。
そうだ。 春になったら二人の女を連れて蜜月旅行へ出かけよう。 古女房は家に置いて行けばいい。

ところでこのフジの、35mm F1.4 が実に素晴らしいレンズだと大発見したんだけど、それを書くのはまた後日としよう。

あーあ、また浮気をしてしまった。
いつになれば自分のこの悪癖が修まるのやら…




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デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (4/4)



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32
Paris 2005








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Oakwood, Ohio 2009








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34
鳥取県湯梨浜町 2011








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Venice 2001








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36
Mexico 2006








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Haute-Ville, France 2005








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South Carolina 2011








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Dayton, Ohio 2005








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40
Vaison la Romaine, France 2006








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米子市上福原 2008








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Haute-Ville, France 2005








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St. Petersburg, Florida 2003








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44
Paris 2005









あと書き

今回のシリーズで、44枚のカラー写真を並べていて気がついたのは、ヨーロッパで撮ったものが圧倒的に多いということだった。
なぜだろう? と考える。
たぶん、僕はヨーロッパに恋をしていたのだと思う。 以前のブログで 『僕をめぐる三人の女』 として、アメリカを女房、日本を母、そしてヨーロッパを愛人として戯画化したことがあるが、短い滞在を通して見るヨーロッパの風景は実に興奮の連続だった。 次々と変わる眼前の風景に、「ああ、これはいつか見たことがある。 ここには前に来たことがある」 と思い続けた。 写真の撮影枚数が多いのは当然のことだった。

デジャヴュといいジャメヴュといい、そういう心の中にある風景を写真として表現するのは可能だと信じるけれど、それ以外にどうしても映像にはならないものもある。 それは 「妄想」 と呼ばれるものだった。 そして僕は、妄想に関しては誰にも負けないという自信を持っている。 子供の頃からそうだったし、年を経た今でもそうだ。 妄想は言葉でなら表すことはできるかもしれないが、試みる度にうまくいかず、がっかりして止めてしまう。 それだけの言葉の力が僕には無いと悟る。 言葉にならないとすればあとは絵か音楽しかないだろうが (あるいは映画?)、そのどれも僕には才能を与えられていないのは、悲しいことだった。
僕は妄想を誰にも明かすことなく秘かに心に抱えたまま、これからもずっと生きていくのだろう。 そしていつか僕が死ぬ時に、それらの妄想はいっしょに消えてしまうのだ。


僕をめぐる三人の女




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デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (3/4)


中書き


「前書き」 や 「後書き」 はあっても 「中書き」 は聞いたことがない。
試しに新明解を見てもやっぱりそんな言葉は無いし、 インターネットで検索をしても何も出てこない。 ひょっとしたら僕は、「中書き」 なるものを実行する最初の日本人、いや世界最初の人間かもしれない。

映画でも芝居でもコンサートでも長いものになると、必ず休憩があるように、展覧会をぶらぶら歩く人達にも休憩が必要だろう。 ムソルグスキーの組曲 『展覧会の絵』 だって、楽曲のあいだに 「プロムナード」 (そぞろ歩き) と呼ばれる同一テーマによる短いバリエーションがちゃんと挟まれている。 僕の展覧会もここらでちょっとだけ休んでもらうことにしよう。 そのための 「中書き」 というわけである。

今回のタイトル 「デジャヴュ」 (既視感) をウィキペディアを見ると、次のような記載があった。

既視感は、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることである。
フランス語 déjà-vu より 「デジャブ」 とも呼ばれる。
既視感と逆に、見慣れたはずのものが未知のものに感じられることを 「未視感」 という。
フランス語 jamais vu より 「ジャメブ」 とも呼ばれる。

前半の2行は問題無いとして、後半の2行には思わず笑ってしまった。
未視感という耳慣れない言葉が出てきたが、「見慣れたはずのものが未知のものに感じられる」 という経験はよくある。 なるほど、と思いながら笑ってしまったのは、「ジャメブ」 を知らなかった僕には、なんだか、デジャブ、ジャメブ、と語呂合わせを楽しんでいるような雰囲気で、自分の無知を棚に上げてちょっと愉快になったからだった。 そして思った。
僕みたいに日常生活の細かなところで常にデジャブやジャメブを感じていて、その両者が (酔っ払った頭に) もう混沌として区別もつかなくなっている状態は、何というのだろう?
ダイジョウブとでも呼ぶのだろうか?

閑話休題
それでは次の室へどうぞ。










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21
Dayton, Ohio 2011








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22
Le Crestet, France 2006








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23
Orange, France 2005








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24
米子市 2008








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25
Oakwood, Ohio 2009








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26
Paris 2005








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27
South Carolina 2009








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28
京都 2011








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29
Mexico 2006








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30
Paris 2001








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米子市 2002










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デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (2/4)

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11
Seguret, France 2006








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12
Dayton, Ohio 2009








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13
Ferrara, Italy 2007








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14
紀伊白浜 2011








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15
Venice 2007








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16
Pittsburgh 2007








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17
大山 2006








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18
Le Crestet, France 2006








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19
Pittsburgh 2004








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20
Venice 2001






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デジャヴュ、あるいはいつか見た風景 (1/4)



デジャヴュ deja vu (フランス語) 
はじめて見る場所や光景であるのに
以前見た経験があるという思いにとらわれること。

- 新明解国語辞典 -





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1
Stes Maries de la Mer, France 2006








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2
Oakwood, Ohio 2013








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3
京都 1999








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4
Dayton, Ohio 2009








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5
Ferrara, Italy 2007








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6
Oakwood, Ohio 2009








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7
Pieve di Cento, Italy 2007








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8
Miamisburg, Ohio 2011








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9
Pittsburgh 2014








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10
Les Baux, France 2006








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動物のいる風景 (2/2)



もし自分が撮らなければ、誰も見るだろうことのないもの
そんなものがある、と私は信じている。

― ダイアン・アーバス ー





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11
Miamisburg, Ohio 2008








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12
Las Vegas 2004








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13
Dayton, Ohio 2007








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14
Boston 1976








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15
Bologna, Italy 2007








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16
Milford, Ohio 2003








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17
Paris 2005








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18
Cambridge, Massachusetts 1975








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19
Valley Forge, Pennsylvania 1973








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20
Boston 1975









あと書き


前回のコメント欄にもちょっと書いたけど、動物を撮った写真は自分が思っていたよりもずっと多いということに、今回のシリーズを編集していて気がついた。 もし画像選択のハードルを低くしてやればあと30枚は楽にある。 自分なりに見て基準にかなう作品が少ない、ということはやはり、「かわいい!」 というだけの単純な動機でカメラを向けたものが多いからだろう。

動物でも女の子でも 「かわいい!」 だけで写真を撮ることは何も悪いことじゃない。 いや、撮らずにいられなかった、というその気持ちは大切にしなければ、と思う。 しかし、そういう写真に限ってなぜか映像として説得力がなく、なんとなくインパクトに欠けるのである。 要するに写真として弱い。 シャッターを押した時のあの感動がそのまま画面に表れてくることが、非常に稀だと気がついている。

僕は犬でも猫でも (そして女も)、かわいいと思ったら手をのべて触れずにはいられない。 触れて撫でて抱きしめて、よしよし良い子だ、と自分の皮膚や身体で相手の存在を感じることの方が、写真なんかを撮るよりも、僕にとってはもっとずっと喜ばしくて感動する。 写真なんてどうでもいいのである。 それでは良い写真が撮れるわけがない。
女性のポートレートやヌードの写真が苦手なのは、そのへんに原因があるんじゃないか、と思うんだけど…

犬を連れて散歩をしていると、道ですれちがう幼い子供がぱっと顔を輝かせて 「ねえ、撫でてあげてもいい?」 と訊いてくる。 そうせずにはいられないのだろう。
わかるわかる。
僕も同じだよ。







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動物のいる風景 (1/2)



写真はそこに写された被写体よりも
その写真自体がおもしろくなくてはならない。

― ゲイリー・ウィノグランド ―





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1
Dearborn, Michigan 2010








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2
Boston 1976








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3
Bedoin, France 2006








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4
Boston 1975








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5
Oakwood, Ohio 2008








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6
Boston 1976








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7
Yellow Springs, Ohio 2004








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8
Boston 1975








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9
Boston 1976








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10
Franklin, Ohio 1987




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人のいる風景 (4/4)



自分の思いどおりに写真が撮れたことはない。
いつでもそれ以上か、それ以下の写真ができあがる。

― ダイアン・アーバス ―





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40
Valley Forge, Pennsylvania 1973








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41
Dayton, Ohio 2013








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42
Camden, Maine 1974








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43
Boston 1974








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44
Franklin, Ohio 1987








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45
Boston 1971








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46
Paris 2005








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47
Boston 1971








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48
米子市 2008








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49
Boston 1978








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50
Dayton, Ohio 2014








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51
Boston 1988








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52
Pittsburgh 2014








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53
Boston 1975








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54
Dorchester, Massachusetts 1975



*****







あと書き


『人のいない風景』 で自由気儘な一人旅を続けていた僕も、いつかは人のいる世界へ戻って来ないわけにはいかない。 そこには 「社会」 とか 「世間」 とか呼ばれる人間の集団があって、僕自身その集団に属する一人であるという否定できない事実があるからだ。
集団の一員としての僕は、一たび群衆の中へ紛れ込んでしまえば、もう国籍も年齢も性別も、人としての個性さえも剥ぎ取られた 「その他大勢」 の一人になってしまう。 そのことに不満を感じることもあるけれど、同時に緊張感が解かれてなんとなくほっとするのも確かである。
周りの誰からも目を向けられていないという安心感が、僕を自由にし大胆にする。 しかし、カメラを持ち上げた瞬間に僕はまったく次元の違う世界へ飛び込んで行くことになるのだった。 ファインダーの中に見る人間たちはもはや 「その他大勢」 の集団ではなく、一人一人が強烈な個性を帯びてくるし、風景の遠くに点在する人影でさえ、今では何か特殊な任務を持っているように見える。 そして自分自身といえば、どこかの星から到着したばかりの異星人に変貌してしまっているのだった。

『人のいる風景』 に載せた54枚の写真は、異星人の目から見た地球の風景と、その中に存在した地球人たちの生態を記録したレポートです。





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人のいる風景 (3/4)



あまりにも旅に年月を費やした者は
最後には己の国でよそ者となる。

- ルネ・デカルト -





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25
横浜市 2011








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26
Boston 1980








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27
Avignon, France 2006








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28
Cape Cod, Massachusetts 1982








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29
Dayton, Ohio 1986








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30
New York City 1972








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31
Bologna, Italy 2007








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32
Boston 1975








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33
Kettering, Ohio 2013








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34
Marblehead, Massachusetts 1975








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35
Oakwood, Ohio 2003








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36
Sparta, Kentucky 2003








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37
Boston 1975








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38
Dayton, Ohio 2013








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39
Paris 2005





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人のいる風景 (2/4)



孤独という切符を買ってでも、自由な旅人でいたい。
- 戸川昌子 -





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11
Hagerstown, Maryland 1984








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12
Boston 1976








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13
Martha's Vineyard, Massachusetts 1982








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14
Dayton, Ohio 2008








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15
鳥取県湯梨浜町 2011








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16
Paris 2005








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17
Boston 1974








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18
Venice 2007








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19
Boston 1979








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20
松江市 1999








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21
Nassau, Bahamas 2005








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22
Boston 1972








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23
Dayton, Ohio 2012








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24
Boston 1975







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人のいる風景 (1/4)



旅は人間を謙虚にする。
風景の中で人間の占める場所がいかにささやかなものであるかを
つくづく悟らされるからだ。

― ギュスターヴ・フローベール ー




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1
鳥取市 2008








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2
Boston 1973








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3
Saint Paul, Minnesota 2011








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4
King of Prussia, Pennsylvania 1972








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5
Boston 1983








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6
Somerville, Massachusetts 1988








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7
境港市余子 2008








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8
Dayton, Ohio 2014








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9
Boston 1972








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10
Las Vegas 2004





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人のいない風景 (4/4)



遠い太鼓に誘われて
私は長い旅に出た
古い外套に身を包み
すべてをあとに残して

- トルコの古い唄 -




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29
Concord, Massachusetts 1980








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30
Oakwood, Ohio 2007








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31
Seattle, Washington 1976








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32
Dayton, Ohio 1986








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33
Boston 1979








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34
Cincinnati 2007








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35
Beaumes de Venice, France 2006








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36
Winthrop, Massachusetts 1977








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37
Dayton, Ohio 2004








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38
New York City 1971



*****






あと書き

4回に分けて掲載したこの 『人のいない風景』 の38枚のモノクロ写真は、その大部分が過去のブログで既に公開済みのものだということに、読者は気付かれたことと思う。 同じ写真を二度は載せないというルールを、一応は原則として守ってきた僕が、今回はそのルールを完全に無視してこのシリーズに取り組んだのには、実は理由があった。

ふだんのブログでその冒頭に来る写真は、その後に続く文章と直接あるいは間接に関係があって、全体の記事の中では単に挿絵的な役割を果たしているにすぎない。 いわば脇役だ。 時には写真が主役を演じることがあっても、そのあとには僕という作者による解釈とか説明の文章が続くから、見る人は最初から作者の意図や情感を押し売りされているわけだ。
このシリーズで僕が試したかったのは、そういう一連の映像だけを、説明やキャプション無しにいきなり読者の前に投げ出してみることで、写真とそれを見る人との一対一の素朴な対決を期待したわけである。 だから個々の写真にはタイトルさえ付けず(タイトルも作者の押し売りだから)、見る人の自由な解釈を促したつもりである。 (最小限の情報として、撮影地と年度だけを付けた)。
ここに集めた写真たちを1枚1枚見ていくのは、ちょうど展覧会場の壁にかかる作品を次から次へと見てゆくのと同じだし、写真集のページを一枚ずつめくっていく作業にも似ている。

『人のいない風景』 と取り組んだこの数週間は実に楽しかった。
以前の画像をそのまま引っ張ってくれば、数時間もかからないで簡単に終わってしまうプロジェクトだったが、それをしないで一枚一枚を最初から創り直したからだ。 4年前に撮ったものも40年前に撮ったものも、すべて新鮮な気持ちで時間をかけて挑戦した。 その楽しさは、ちょうど個展を開く前にあれこれと作品を準備して、納得がいくまで何度も何度もプリントし直す、あの楽しさと変わらなかった。
そして最後に、過去に仕上げたそれぞれの写真と、今回の新しいバージョンとをサイド・バイ・サイドで比べて見ると、その違いは作者でなければ見分けがつかないほど微妙なものから、驚くほど変わってしまっているものまで、さまざまだったが、それは当然の結果だろう。 時も変われば自分も変わった。 あの長い旅の途中で邂逅した、これらの寂しい風景に向かってシャッターを切った時の自分と、現在の自分との間には大きな隔たりがあった。 そう考えれば、 これらの38枚の写真は、少なくとも僕にとってはまったく新しい作品と言えると思う。

最終回を終えた今、僕は個展を終えた時のあの充足感に浸されている。





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人のいない風景 (3/4)



遠い太鼓に誘われて
私は長い旅に出た
古い外套に身を包み
すべてをあとに残して

- トルコの古い唄 -





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19
Venice 2001








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20
Oakwood, Ohio 2005








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21
Mattapan, Massachusetts 1983








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22
米子市 2006








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23
Haute-Ville, France 2005








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24
Rockport, Maine 1974








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25
Savannah, Georgia 2009








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26
Avignon, France 2006








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27
Utah 1998








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28
Puerto Vallarta, Mexco 2005





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人のいない風景 (2/4)



遠い太鼓に誘われて
私は長い旅に出た
古い外套に身を包み
すべてをあとに残して

- トルコの古い唄 -





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10
Nassau, Bahamas 2005








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11
Marblehead, Massachusetts 1973








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12
Oakwood, Ohio 2003








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13
Vaison la Romaine, France 2005








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14
Dayton, Ohio 1999








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15
Boston, 1974








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16
東京 上野 1999








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17
Paris 2001








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18
Morrow, Ohio 2002









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人のいない風景 (1/4)



遠い太鼓に誘われて
私は長い旅に出た
古い外套に身を包み
すべてをあとに残して

- トルコの古い唄 -





110117

1
Boston 1978








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2
Chicago 1985








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3
Camargue, France 2006








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4
Miami, Florida 1992








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5
米子市 2006








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6
Pittsburgh 2014








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7
Pennsylvania 1973








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8
Venice 2001








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9
Seguret, France 2006













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このところ、気になること - 写真のレシピ(18)

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マー坊の焼き物たち
松江市



まずはこの写真をよーく見てもらおう。
これは僕の友人で出雲の陶芸家、まあ坊(石田充弘氏)の作品群を彼のアトリエで撮ったもの。
この写真を見て、どこかどうしても気になる点がありませんか?
もちろん、マー坊の作品の形とか色とか好き嫌いとかではなくて、画像そのものに関してのこと。



そう。
画像がシャープじゃない、と答えた人がもしいれば正解で、 その人はいい眼をもっている。
それに気がつかなかった人は、たぶん現在インターネット上に限りなく氾濫する不鮮明なイメージにすっかり慣れきって不感症になった人か、あるいは生まれつきそんな事を全然気にかけない人かのどちらかだろう。

毎日のように目にするブログやフェイスブックには、なんと膨大な数の写真が溢れていることか。 ところがそのほとんどが、画像編集されることなく、カメラから出てきたままの不完全なイメージを世界中に蔓延しているのは、実に驚くばかりだ。 そしてとても気になる。 そんな中で良い写真に出会ったりすると、ウェブで公開する前にちょっとだけ時間を取って手を加えれやれば、もっとずっと良くなるのに、と人ごとながら残念に思ってしまう。

なかでもとくに気になるのは、画像の不鮮明さだった。
カメラに撮影された jpg の画像は、カメラからPCに導入され、さらにウェブサイトに載せるためにサイズが縮小される、というプロセスを経るわけだが、そういうプロセスの途中で、画像のシャープさはどんどん失われていく。 最近のカメラは撮影の段階で自動的にカメラ内でシャープのフィルターがかかるようになっているとしても、それだけでは十分ではない。 それで安心してしまってはいけない、ということを考えたことがあるだろうか? 
カメラに収められたすべての画像は、その最終段階としての目的がプリントであろうとモニター上で見るウェブサイトであろうと、例外なく最終的にシャープのフィルターをかけてやらなければならない。 そして厳密に言えばそのフィルターのかけ具合は、プリントとウェブでは違うし、個々の画像ファイルによっても違うのである。
「そんなことやってられるか!」 の声が聞こえてきそうなので、それじゃあ一歩譲って僕が言いたいのは.....
とにかく一定に決められたシャープフィルターで構わないから、ウェブに載せる前に必ずそのフィルターを通してみて欲しい、ということだ。 それだけで写真が生き生きとしてくることを保証します。

もちろん、すべての写真は隅から隅まで鮮明でなければならない、などと言っているわけではない。 ことに最近の写真(とくに日本人の写真)は、やわらかなボケを生かした中に、一点だけキッチリと焦点があたっている、というのがトレンドになっているようで、ネットでお目にかかる写真のほとんどがそれである。 個々のレンズの個性をよく理解して、憎いほど上手にボケを表現した写真ほど美しいものはないと思う。 しかしそれは、どこか一点に正確に焦点があっていてこそ、周囲のボケが生きてくるわけなのだ。 そしてその焦点は目に鮮明に、シャープに映らなければ意味が無い。 それ無しには、撮影者の意図がどこにあるのかわからない只のピンボケ写真になってしまう。
画像をシャープにするのには、なにもフォトショップのような専門的な画像処理ソフトを使う必要はない。 今どきの写真編集ソフトには、どんな簡単な初歩者向きのものにもシャープの機能は必ず含まれているからだ。


冒頭の写真はカメラから引き出したままのもの。 そして下の写真がフォトショップ内でスマートシャープのフィルターをかけたものである。 比較を容易にするために、シャープでない写真をもう一度その下に並べてみた。 こうしてサイド・バイ・サイドで見ると、その違いがハッキリとわかる。


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最後に一つだけ注意を促したいのは、シャープのフィルターは、やり過ぎないようにしよう。
とたんに画像が汚くなって不自然なものになってしまうからだ。
そう、
何事にも中庸が肝心でござるぞよ。






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マグショット 7 - 久仁子

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名前 久仁子
生年 1961
職業 通訳 書道家
撮影者との関係 友人
撮影年月日 2015年4月2日


久仁子さんとは、もう16年ものつきあいになる。
あれは1999年だったと思う。面接に来た久仁子さんを、近辺の日系企業に紹介したのが始まりだった。そのあとしばらくして、今度は僕自身のアシスタントとしてうちのオフィスに来てもらってから、僕が仕事をリタイアするまでの8年という長いあいだ、彼女と僕は机を並べて仕事をした。
僕はもともと日本では、サラリーマンをやった経験がまったくなくて、アメリカで初めて会社勤めなるものをして、アメリカ式のビジネスのやり方を覚えていったわけだけれど、次に勤めたこれも米系の会社で、クライエントの大部分が日本人となった時には、ずいぶんと戸惑ったものだ。だいたい日本人はイエスとノーがはっきりしない。それに、口から出る言葉の真意が読み取れず、その裏にある本音を突きとめることなしには、日本人とビジネスをやるのは不可能だと悟った。自分の思うことをアメリカ式に歯に衣(きぬ)を着せずに主張する僕を、よしとして受けとめてくれる日本人よりも、そうでない人のほうが多かったようだ。
そんな所へ久仁子さんが入ってくれることで、ぎこちない雰囲気がどれだけ和らげられたことか。中には気の弱いクライエントもいて、最初から話を彼女の方へもっていく人もいたくらいである。そんなとき僕は、安心してすべてを彼女にまかせた。そのくらい頭のきれる人だった。

秋田出身の久仁子さんは、東京で中央大学を終えると、広報関係の仕事をしたあと、アパレル業界へ入った。そこで買付業者として、彼女はパリ、ミラノ、ボローニャなどヨーロッパの都市と日本を数限りなく往復している。
ところが彼女は何を思ったか、その華やかな仕事をいきなりやめて、オーストラリアへ移住してしまった。はっきりとは言わない本人の話をいろいろとつないでみると、どうも、その動機は大きな失恋が原因となっていたようだ。
オーストラリアで2年ほど暮らしたあと、帰国して秋田の実家へ帰る。そこで書道教室を開いた。書道家でもあったお父さんと叔父さんの二人に、幼い頃から修行をさせられてきた久仁子さんだった。

そういう時に、アメリカから教師として秋田の高校へ着任してきた、今のご主人のケンとの出会いがあったのだそうだ。
数年後に、任期を終えたケンといっしょに、ミネソタ州のケンの家へと行き、そこで二人は結婚をする。翌年には女の子が生まれた。そしてその頃、僕のクライエントが募集していたある役職に、ケンが応募をしてきて、面接と選考の結果、採用が決まり、それで彼の三人家族は僕の住む中西部へと引っ越して来たのである。

久仁子さんとの仕事はなかなか楽しい毎日だった。なにしろ、現代日本の新鮮な息吹を吹き込んでくれるような人は、それまで僕の周りにはいなかったから、新しい日本と日本人に関して、いろいろなことを彼女から学ぶことになった。言葉ひとつにしても、彼女は、僕のまったく知らなかった俗語や新語の、無限の供給源となる。たとえばざっと思い出すだけでも、 ネアカ、ハムト、腐女子、ニート、デブス、うざい、ボンレスハム、婚活、タレ弁、ネチケット、ボキャ貧、シベタリアン、チン妻、パソ婚、サビラン、などなど… 中には今はすでに死語になってるものも大いに違いないが、それを聞いた時の僕のあっけに取られた顔を想像してほしい。


そういえば
久仁子さんとの会話の中で、忘れられないことが一つある。
ある時、僕の大学時代の仲間の話をしていて、ハワイ在住のYの名前を出した時のことだった。Yは日本では名の知られた著者で、それまでに哲学関係の本を数冊出版していたが、なんと久仁子さんはその彼の東京事務所で編集の仕事をしたことがあり、彼をよく知っていたという! あまりの偶然に、二人は顔を見つめ合って絶句してしまった。
Yと僕とは、大学であれほど兄弟のように仲良くくっつき合っていた時期があったのに、アメリカへ渡った彼を頼って僕があとから渡米した時に、つまらない事で喧嘩をしてしまい、それ以後長いあいだ別々に生きてきた。それが久仁子さんとの不思議なめぐり合わせを知った時に、急に彼の声が聞きたくなって、ハワイの彼に電話を入れた。そして30年ぶりの和解が実現したのである。

そのYも今はもういない。癌で亡くなってしまった。一昨年のことだった。




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マグショット 6 - ハインリッヒ

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名前 ハインリッヒ
生年 1987
職業 米国空軍基地勤務 デベロップメンタル・エンジニア
撮影者との関係 姪(キャサリン)の夫
撮影年月日 2015年3月29日


ハインリッヒは、その名ですぐわかるようにドイツ人。 ベルリン生まれである。
父親がドイツ人、母親はアメリカ人、十代でアメリカに移る。だから、2国のことばを流暢に話す。スパイとしては、完璧なバックグラウンド。だから大学を終えて、アメリカの空軍基地のエンジニアに採用されるとき、うんざりするほど徹底的に調べあげられた。今だって、背後に鋭い眼が、いつも光っている。もしかしたらハインリッヒはスパイかも? 僕はスパイ映画をみるたびに、考える。そういえば、彼は、新妻のキャサリンを連れないでひとりでドイツへよく帰る。なんのために? また、自宅には、獰猛(どうもう)な大型犬を2匹飼う。あれは、護身のためじゃないのか? 

ハインリッヒが、キャサリンとの結婚で参加したわが大家族。 そのほとんどが、アメリカから一歩も外へ、踏みだしたことがない。 そこへあるとき、ふらりと、日本人がひとりまぎれこむ。 けっこう大変な事件だった。 なにしろ、彼らにとっては、僕は敵国の子孫だったから。
みんな優しくしてくれたけどね。

そしてハインリッヒ。 大家族にとって、ふたり目の外国人。そのせいか、彼と僕とは、話がよく合う。アメリカの悪口になることもある。われわれドイツ人と日本人は、アメリカ人の持たないものを共有していることを実感する。
そして、もうすぐ4月の末には、ハインリッヒとキャサリンのあいだに子供が生まれる。 大家族の長、マーサにとって、最初のひ孫である。新しい世代のはじまり…




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マグショット 5 - リンダ  


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名前 リンダ
生年 1946
職業 アンティークのギャラリー経営
撮影者との関係 友人
撮影年月日 2015年3月21日


マグショット 1》 で友人のディックを紹介したが、リンダはそのディックの恋女房である。
ニューヨークのメリルリンチ本社に勤めるデッィクが最初の結婚に失敗したあと、ロサンゼルスの支店長として赴任して来た時に二人の出会いがあった。カルフォルニア・ガールのリンダは大学で化学を専攻して卒業後はカルフォルニア州の環境庁関係の団体で仕事をしていた。そのオフィスがディックの会社と同じビルの中にあったのだそうだ。ディックが45歳、リンダが32歳の時である。
男盛りのデッィクの際立ってハンサムな容貌や、洗練された洋服の着こなし、有名大企業の有能なエグゼクティブでバリバリと仕事ができてしかも独身とくれば、ビル内のオフィスレディー達には憧れの的(まと)にならないわけがない。リンダもその一人だったらしい。中には積極的に彼をアタックする女性が何人もいたらしいが、おとなしいリンダにはそれもできず、遠くからディックをひっそりと眺めているだけだった。

そのうちに妙な噂が流れ始めた。ディックはゲイかも知れないという噂だった。とういうのはあれほどオフィスレディー達の注目の真っただ中にいて、その気になれば選り取りみどりの立場に居ながら彼には浮いた話がまったく起きなかったからである。最初の結婚で二人の成人した子供を持ちながら離婚に至ったのも実はそれが原因だった、とゴシップには目のないオフィスの女性達はまことしなやかに陰でささやき合った。

そのディックが事もあろうか、リンダをディナーに誘ったのである。驚いたリンダはすっかり混乱してしまう。ゲイの男が自分をデートに誘うその意図が分からないままにリンダはディックとのディナーに出かけて行き、その場で彼女は改めてディックに単なる好奇心をはるかに超える強い感情を抱いてしまったのだ。
それは恋と呼んでもいい感情だった。
リンダは30歳を過ぎるまで何人もの男たちとくっついたり離れたりを繰り返しながら、そんな激しい恋情を感じたのはディックが始めてだった、と言っている。

二度目のデートでディックはリンダを彼の家へ招待した。そこで彼はまれに見る料理の達人であることを披露したらしい。
(僕は今でも彼の料理するディナーに招待されると、何を置いても出かけて行く)。

夜が更けるにつれて外は嵐となった。
車の運転を心配したディックがリンダにそのまま泊まっていくことを薦めた時に、リンダはそれを断って帰ろうとしたそうだ。それをリンダの警戒心と見たディックが、これは誘惑じゃないよ、この嵐ではほんとに運転は危険過ぎる、どうか今夜はここに泊まって欲しい、と主張する。
そしてリンダはそのまま泊まってしまった。
そしてその夜は何も起こらなかった。
翌朝になって、やっぱり彼はゲイだったのだ、とリンダは大きな失望感を抱きながら帰路についた。彼女としては何かが起こって欲しかったのに…

ディックが実はゲイではないということがはっきりして、あの夜に何も起こらなかったのは、誘惑をしないという彼の言葉を立派に守っただけに過ぎなかった、とわかるまでに時間はかからなかった。なにしろその翌日にまたまた二人は会って、その夜、二人はめでたく結ばれたのである。

それからこの恋人たちの上を幸せな月日が流れていった。
4年が過ぎて、いきなりディックがフロリダへ転勤になった時に、リンダは一生に一度の大決定を迫られることになる。その結果、彼女は両親や周囲の反対を押し切り、自分の生涯の仕事と決めて14年勤めていた職場を放棄すると、フロリダへと彼の後を追って移って行った。

フロリダで結婚式を挙げてから今年で32年が経ったそうだ。




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マグショット 4 - 太郎

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名前 太郎
生年 1983
職業 スポーツ用の靴のスペシャリスト
撮影者との関係 長男
撮影年月日 2015年2月18日




太郎の鼻は3度潰されている。
最初は高校生の時にレスリングの練習中に起こった。どんなスポーツをやってもいいけどフットボールだけはダメ、と母親に強く言われたこの子はレスリングとテニスを選んだ。そのレスリングで鼻を潰しただけではなく、膝や肩を痛めたり足首の捻挫はしょっちゅうだったから、母親はこれも止めさせようと躍起になったが、父親の僕が 「どんなスポーツでも負傷は避けられない」 と息子の側についたので母親はしかたなく諦めたようだった。
高学年になっってチームのキャプテンをやらされて、地域の大会で優勝したり州大会に出場したりして、シーズン中の地元の新聞に太郎の記事や写真をよく見るようになる頃には、僕と女房はほとんどの試合を見にあちこちへ出かけたが、観戦していても女房の方は息子の怪我が心配で試合を楽しむところまではいかなかったようだ。
日本人の血を引く太郎の、胴が長め脚が短めという体型がレスリングでは有利に貢献したに違いない、と父親の僕は苦笑した。

この子が2度めに鼻を潰されたのは大学生の時、クリスマスの帰省中に夜の盛り場で数人を相手に乱闘の結果だった。顔を腫らし鼻を潰されて友人に病院へ連れて行かれた。警察沙汰にはならなかったが、顔や手に包帯を巻いて帰宅した太郎を見て母親が絶句したのは言うまでもない。

そして3度目はつい昨年の事だった。8年ほど前に始めたブラジリアン柔術という総合格闘技のトーナメントに出場中での負傷だった。
今あらためてこの子の顔写真を見ていて、負傷の痕跡が鼻に残っていないのを見て安心した。ただし本人が言うには、寒い季節にはまだ痛みを感じることがあるという。


太郎は幼い時から言葉の少ないおとなしい性格の子で、成人してからも思ったことを何でも口にするというタイプには育たず、内に抱えたものを発散するためにブラジリアン柔術という極端に苛酷な格闘技を必要としたのではないか、と思っている。
現在はスポーツ用の靴専門店で、あらゆるスポーツの靴のスペシャリストとして勤務している。彼の仕事ぶりを何度かのぞいたことがあるが、親の予想に反しててきぱきとクライエントに対応しているのを見て安心した。

この子は成人してから次々と仕事を変え、僕が見つけてやった東京での会社勤めも1年足らずで挫折をしてアメリカに帰ってきた。挫折の連続の中に生きてきたとも言える太郎が、自分は何をやってもダメなんだ、というネガティブな思いだけは絶対に持ってほしくない、と父親の僕は祈っている。
酒に強いところは僕から受け継いだようで、最近は時々二人だけで飲むようになった。そんな時、以前と打って変わったようによく喋る我が子を見るのは嬉しかった。そういえば僕自身も20代になって父親と酒を飲むようになってから、初めて父親に近づいて行った事を思い出す。





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マグショット 3 - マーサ

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名前 マーサ
生年 1927
職業 主婦
撮影者との関係 義母
撮影年月日 2015年2月21日



義母がリハビリテーションの施設に入ってからひと月が経つ。
今日訪ねてみるとすでに先客があった。彼女の長男とその嫁さん、次男とその息子の4人が車椅子に座る義母を取り巻いて狭い個室はいっぱいだった。義母は僕の顔を見ても表情を変えず何も言わない。いつもなら笑って僕の名を呼ぶのに、今日は調子の良くない日らしいというのがすぐにわかる。
彼女の一族は、フロリダに住む三男の家族以外は全員がこの市内に家を持っていて、こうやって気軽に訪ねてくるのでいつ行っても誰かとぶつかることが多かった。医者に言わせるとそれも良し悪しで、独りで静養する時間がもう少しあった方が認知症の進んでいる本人を混乱させないためには良いそうだ。それで少し訪問を控えようという話が一族間ですでに出ていた。

「お母さん、おはよう」 と僕が身をかがめて義母にキスをすると、その時初めて彼女のこわばった顔が緩んで、太くむくれた指で僕の手をぎゅっと握った。
義母の息子や娘たちは彼女を当然ながら 「お母さん」 と呼び、それぞれの配偶者達は 「マーサ」 と名前で呼ぶのが習わしになっている中で、僕一人いつも義母を 「お母さん」 と呼んでいる。とっくの昔に両親を亡くしていた僕に深く同情した義母が 「あなたは自分の息子だと思ってるからね」 と、言ってくれた時以来の長い習慣だった。
ドイツ人を両親に持つ義母は限りない優しさの裏に確固とした頑固さが潜んでいた。その頑固な血はアイルランド系の義父と結婚することによって緩められること無く、次女である僕の女房に他の誰よりもしっかりと受け継がれたようだ。

5年前に義父をなくしたあと一人暮らしを続けていた義母の家は、我が家からは車でほんの10分ほどのところにある。
片方の脚が悪くなって歩行がままならなくなってからは、市内に住む4人の娘たちがかわるがわる行って買い物や食事作りをしていた。それが6週間ほど前に軽い脳卒中を起こして病院に入り、そのあと現在のリハビリの施設へ移された。
住人のいなくなった彼女の家の安全を時々確認するのが僕の役目になっていた。先日行ってみると、暖房が止められた寒々とした家の中はひっそりとしていた。そういえばつい昨年の夏は、義母が友達と旅行へ出かけた留守中に、飼い猫の餌をやりに毎日ここに来たものだった。その猫もつい最近死んだ。
キッチンの壁には大きなカレンダーが掛かっている。そのカレンダーのいたる所に鉛筆の書き込みがあるのは、家族や友人たちの誕生日だった。家族だけでも娘や息子が8人、その配偶者が7人(一人だけ離婚している)、そして17人の孫、合計32人と生半可な数ではなかったが、義母はその誰にも綺麗なバースデーカードを律儀に送ることを忘れたことがない。孫達へのカードにはいつもギフト券や銀行のチェックが挟まれていた。

家の中をひと通り点検したあと玄関に鍵を掛けながら、義母が再びこの家へ帰ってくることがあるのだろうか、と考える。リハビリテーションを終了したあと、そのまま認知症患者の施設へ移ることになる可能性が大きいからだ。

その義母にとっては最初の曾孫(ひまご)が今年の4月に生まれようとしている。




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マグショット 2 - ボー

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名前 ボー
生年 1951
職業 イラストレーター
撮影者との関係 妻
撮影年月日 2015年2月15日



結婚25周年を銀婚式、50周年を金婚式と呼ぶのは知っているけど、35周年は何と呼ぶのだろう?
つい先日の2月4日が僕らにとっては35周年だった。二人ともその事を完全に忘れていて数日過ぎてから思い出した。思い出したのは僕の方である。こんなことは奥さんのほうが覚えているのが普通らしいが、僕の奥さんはいろんな点で普通の人ではない。もともと僕自身あまり普通ではない人間だったのに、女房がそれに輪をかけて普通でないとなると、僕はいやでも普通に成らざるをえない。そうでなければこの複雑な人間社会で共存していくことができないからである。おかげで僕は今では普通以上に普通の人間となってしまった。結婚の当初にいっそのこと自分が彼女以上に普通でなくなってしまえば良かった、と思うことがある。そうすれば彼女はもっとずっと普通の人になっていたかもしれない。

時間の観念がゼロという点では彼女は誰にも負けない。それに関するエピソードはどんどんと片っ端から忘れていかなければ困るほど多数にあって、人とのアポイントメントを忘れたり、たとえ忘れなくても日にちや時間を間違えたりはしょっちゅうなのだ。なにしろ僕との初めてのデートに1時間遅れて来た人だから。

遅れてきた女


彼女は若い頃から腕時計というものを持たない人だった。
いや持ったことはあるのだけれど使ったことがない、というべきだろう。それである年の彼女の誕生日に夫の僕がロンジンの腕時計をプレゼントしたことがある。それで少しは時間のことを気にかけてくれるだろうという切ない望みからだった。ところがその腕時計は同じ年のヨーロッパ旅行で、マルセーユ空港の洗面所に置いてきてしまった。それ以後、彼女は今だに腕時計というものを所有したことがない。

アメリカ人の彼女に 「能天気」 という日本語が当てはまるのかもしれない。この35年のあいだにさまざまの逸話が数知れずあってそのほとんどは笑って済ませられる類のものだったのは幸いだ。それにしても不思議に思うのは、彼女は子供の育児に関する限りその類のエピソードがまったく無いということ。女性という不思議な生き物はどんな性格の持ち主でも、いかに普通ではない人でも、自分の子供に関する限り完璧な母親になれるのに違いない。

亭主失格、父親失格、人間失格


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マグショット 1 - ディック

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名前 ディック
生年 1933
職業 アンティークのギャラリー経営
撮影者との関係 友人
撮影年月日 2015年2月13日



新しいプロジェクトの始まりだ。
自分の周りの人達の顔を遅くならないうちに残しておきたいと思う。家族や友人、知り合いなどの、ポートレートというよりはむしろマグショットのようなものだ。気取りやポーズや表情をすべて殺した、あるがままの顔の記録である。


ディックは若いころは金融界の巨大企業メリルリンチ社に勤めて、ニューヨークに住みながらアメリカだけではなく世界中を飛び回った。面白いのはその彼は美術学校の出身だったことだ。絵を描いていたがアートでは食えなくて(仕方なく)会社勤めを始めたというところが、僕の経歴と似ている。そして20年前にリタイアしたあとまた美術の世界に帰ってきた。アンティークギャラリーを始めたり、地元の美術館でガイドや絵画の修復をしたりしたのがそうだった。自分で絵を描くことはもう無いようで、彼が愛用したイーゼルをはじめ膨大な数の絵の具やキャンバスが我が Green Eyes に贈られた。

ディックのギャラリーでは2009年に僕は写真の個展を開いている。そのオープニングのことは古いブログに書いた。
この記事の中のS夫人とはディックの愛妻のリンダのことである。

『異邦人』 オープニング







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撮影者



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小は大を兼ねる - 写真のレシピ(17)



フェラーリ フォーミュラⅠ
Maranello, Italy


久しぶりの写真のレシピです。
今日のテーマは 『小は大を兼ねる』 と題を付けたみたけれど、実は言いたかったのは小は大を兼ねるどころか大よりも大きいことがある、という事なんだ。言葉を変えれば 『部分は全体よりも雄弁な時がある』 とも言えるかな。

一つの被写体を撮る時に、立ち位置を変えたり角度を変えたりしていろいろなオプションを何枚も撮るのは誰でもやってることだと思うけど、えっそんなことやってない? 撮る時はいつも1枚だけ? それはちょっと困るなあ。それじゃあせっかく傑作を創造するチャンスを最初から放棄してるのと同じだよ。シャッターチャンスが1度しかなかった、という場合は時にはあるかもしれないけれど、それを別にすればある特定の被写体を撮る時に次の3つは必ずトライをして見るべきじゃないかな。(その時間があればの話だけどね)

① カメラの縦位置と横位置の両方で撮ってみる。 
② 角度を変えてみる。つまりうんと低い位置から撮ったり上から覗き込むような角度で撮ってみる。
③ 被写体との距離を変えてみる。(あるいはズーム度を変えてみる)

この3つをそれぞれを組み合わせていけばそれだけでもう数十ショットの写真を撮ることになる。

そこでだ。
今回のテーマは上の③と関連するんだけど、被写体との距離をあれこれと変えてみる中で、うんと思いっきり近寄って、被写体のほんの一部だけを切り取ってみる、という事なんだ。
部分だけを見せるということは、写真を見る側からすれば全体が見えていないからその見えない部分を想像するという作業を無意識のうちに強いられているわけだ。被写体の全体が見えている写真ならただぼんやりと眺めてしまう人でも、「何か」の一部分だけを見せられると、そこで立ち止まって 「あれ? これ何? どうなってんの?」 と考えることで、好むと好まざるとに関わらず鑑賞者は作者との交信をしているといってもいいだろう。
これって素晴らしいことだと思う。

たとえば上の写真では、F1レースカーを見たことがある人なら、即座に車体を想像してくれることだろうし、車のことを知らない人なら 「車のようでもあるし無いようでもあるし、車としたら一体どんな車なんだろう?」 と最小限の好奇心を呼び起こすかもしれない。
どちらの場合にしろこの写真が鑑賞者に何かを考えさせた、という点で作者と鑑賞者との間で接点が持たれたということだ。もう一度繰り返すけど、これは素晴らしいことなのだと思う。

以前のブログ記事から例を挙げてみよう。





110306

日曜の午後のゴシップ
Oakwood, Ohio, USA


足には顔と変わらないくらいの表情があるものだ。
もしここに顔や姿が全部写っていたら、どんなつまらないグループ写真になったかは容易に想像がつくでしょう。





110326

障子と階段
鳥取市


日本家屋の美しさは簡素と直線の芸術だと僕は思っているんだけど、ここまで近寄ってみることで見慣れた被写体を一種のアブストラクトとして捉えてみた。ただし抽象画を嫌う僕のことだから、磨きぬかれた階段の木目を強調することで、これは只の線の遊びじゃないんですよ、ちゃんと木という材質を表現した具象画なんですよ、と主張したつもりなんだけど…

***


今日の話を要約すると、何を撮影する場合でも被写体にうんとぐんと接近した1枚は必ず忘れないように撮っておくように、ということ。
その1枚は単写真として登場する機会は少ないかも知れないけど、もしそれが数枚の組写真となるものなら、これは絶対に欠かせません。

それでは皆さん
ハッピー・シューティング!


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ミステリーが解けた

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待つ男
Boylston Street, Boston ((1973?)


これもまた、撮影後40年以上も眠っていたのが、つい最近になって初めて陽の目を見た写真である。

1970年代の初めに僕がアパートを借りていたボストンのバックベイ地域で、ボイルストンとエグゼターの二つの道路が交差する角にこのドラッグストアはあった。 ボイルストン通りを挟んで真向かいには年代物の小さなレノックスホテルがあり、そこのピアノバーではマダム何とかと呼ばれるちょっと名の知られた高齢の女性がジャズを弾いていた。

ドラッグストアが只の薬局ではないということは日本にいた時から知っていた。アメリカの現代小説にはドラッグストアが必ず出てくる。物語の主人公はそこで包帯や頭痛薬やシャベルやロープや煙草やウィスキーや新聞やクリスマスカードやペイパーバックの本を買ったり、コーヒーを飲んだり、サニーサイドアップの卵を朝食に食べたりする。 (今の日本のコンビニはここにその原型があったのに違いない)。

この写真を見ると、いつもなら車が混雑して人通りの多いこの交差点にほとんど人影がないのは、おそらく日曜日か祭日の夕方なのだろう。ドラッグストアから出てきた僕が、そこに立っていた若い男に「何か」を感じてカメラを向けたに違いない。その「何か」は何だったのか? 撮影した当時は何度考えてもその答えが出ないままに、この写真のことは忘れてしまっていた。

そしてつい最近、40年前のこの写真を掘り出した時にあらためて眺めていて、あっと気がついた。
そうか、この青年(というより少年に近い)はゲイの男娼だったのだと。
童顔の残る顔に髪をきれいに撫で付け、華奢(きゃしゃ) な身体をきちんとしたジャケットで包んでいる。靴も磨かれている。そして細すぎるスラックスの股間の膨らみは偶然ではなくて意図的な顕示だったのだ。人通りのまったくない街角で新聞を読みながら (あるいは読む振りをしながら)、向かいのレノックスホテルから出てくる男が声をかけてくれるのを待っていたのに違いない。
僕がカメラを向けないではいられなかった「何か」とは、何となく普通とは違う異常な空気のようなもの、触角をうごめかして男を誘惑しようとする暗い欲望のようなもの、そんな隠微な雰囲気を僕の感性が敏感に嗅ぎつけたのかも知れなかった。いやそれに違いないという確信のようなものが今の僕にはある。

自分が若かった昔にはどうしても解けなかったミステリーが、歳を取ることで簡単に解けてしまうということがあるものだ。



人やもの事を外見で判断すべきではない
とは思慮の浅い人達の言い分である。
この世の真のミステリーは裏に隠されること無く
必ず外に表れるものだ。

- オスカー・ワイルド -





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