過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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おれの拳銃は素早い

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Downtown, Boston USA


中学から高校にかけて、僕はミステリー(探偵小説)に凝っていた頃がある。 
江戸川乱歩や横溝正史も読んだことは読んだけど、それよりも僕はどちらかというと外国モノの方が好きだった。 ことに僕はダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーにはぞっこん惚れていてそんなアメリカの小説を日本語訳ではなくていきなり原語で読めたのは、まだそれほど英語の力が無かった僕にもわりと楽に読めるほど、ハードボイルド派と呼ばれた彼らの文章は簡潔で短くて解りやすかったからだ。
そんな一連のミステリー作家の中にミッキー・スピレーンという作家がいた。 ハメットやチャンドラーほど文学性は高いとはいえず、世界的な知名度もそれほどではなかったにしても、ドライで行動的なマイク・ハマーという名の探偵が、大都会の裏の世界をクールに動き回る小説は、日本の片田舎に住む少年には十分に魅力的だった。 そのスピレーンの書いた “My Gun is Quick” の表紙の写真を今でもよく覚えている。 つまり上の写真のようなぐあいだったのである。 その頃はまだニューヨークはもちろん、東京さえも見たことのなかった十代の子供にとって、その表紙の写真は魅惑的な大都会には、冷たい残酷な世界が潜んでいることをそれとなく警告してくれたようだった。

そしてずっとずっとあとになって、僕自身がそんな大都会の裏側を見るような世界に足を踏み入れることになるなんて、想像もできないことだった。 もっとも僕は探偵のマイク・ハマーほどヤクザでもタフでもなかったけどね。 たとえばこんな世界だったんだ。  『ストリップ小屋のピアノ弾き』 

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美術館という一つの世界の中で (3/3)

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モランディ美術館
Bologna, Italy





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具象と抽象
Wright Patterson Air Force Museum, Dayton Ohio




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近代絵画館にて
Bologna, Italy



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美術館という一つの世界の中で (2/3)

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裸像
Cincinnati Art Museum, Cincinnati Ohio





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直線の交錯
Carnegie Museum of Art, Pittsburgh Pennsylvania





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疾走
Boston Museum of fine Art




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美術館という一つの世界の中で (1/3)

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静物
Boston Museum of Fine Arts


前回の記事 『写真撮影禁止』 を書いたあと、ふと思って調べてみたら美術館で撮った写真が思っていたよりたくさんあるのに改めて驚いた。


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眼下のパリ
Musée d'Orsay, Paris



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カクテルパーティ
Dayton Art Institute, Dayton Ohio


インディアンがつぶやく。
ここは俺たちの国だったのに・・・


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写真撮影禁止

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ウフィツィ美術館
Florence, Italy


数年前にフランスに行ったときは、どこの町の美術館でも写真撮影が許されていた。 パリのルーヴルやオルセーでさえ、フラッシュや三脚を使用しない限り、そして特別展の会場以外なら館内のどこでも自由に写真を撮ることができた。 それがいったんイタリアに入ってしまうと事情がまったく逆になって、フィレンツェのウフィツィはもちろんのこと、地方の小さな美術館でも写真撮影はいっさい禁止となっていた。 あちこちの都市でかなりの数の美術館へ行った中で、写真撮影を禁止していなかったのはボローニャの国立絵画館と、同じくボローニャのモランディ美術館ぐらいだったと覚えている。 美術館に比べると博物館のほうは規律はそれほど厳しくないようだ。

さっき名前の出たパリのルーヴルは、目玉商品の 『モナ・リサ』 の飾ってある室など厳重な警護がある、と思いきやまったくそんな事はなかった。 観衆の中に頭のおかしな奴がいて、この名画を傷つける意思があれば簡単にできてしまいそうな状態で、そんなところにもフランス人の国民性を見たような気がした。
上の写真はウフィツィ美術館で小さなバカチョンでそっと撮ったのにもかかわらず、目ざとく見つけた監視員の女性が飛んできて叱られた。

僕は昔から美術館で写真を撮ることがとても好きだったんだけれど、それは美術品そのものの写真を撮るのが目的ではなくて、古今の芸術を含めた建物の内部やそれを見る人々の生態を撮ることにとても興味があったからだった。 美術館の多くはそれ自体が建築物としてすごく面白いし、その中でうごめく人々を見ていると飽きることが無かった。 そこには確かに街角では見ることのできないひとつの世界が存在していた。




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Museum of Fine Arts, Boston USA


そう思って古い記事を見ていると、そんな写真がけっこうあった。

20ミリの世界
羽毛のように
失われたコンサート
満月の夜に酔っ払って思うこと
豪雨のあと
 


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顔と顔の距離について

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South End, Boston, Massachusetts USA


いつの頃だったか、おもしろい事に気がついた。
人と面と向かって対話をする時の、お互いの顔と顔の距離という事である。 街角を歩いていて知人や友人とばったり行き会ったり、仕事場の廊下で同僚とすれ違いざまに立ち止まって話をする時に、双方の身体の距離が何となく決まってしまう。 会話をする二人の人間関係によって親しい人なら自然と顔が近寄ってしまうようだし、それほど親しくなくても 会話の内容が人に聞かれたくないものなら、うんと顔を近づけたひそひそ話しになる。 
ところがそういう事とは関係なく、人の性格にもよるのだろうか、と思ったことがある。

以前によく通ったダウンタウンのサンドイッチ屋のオーナーは初老のイタリア人で、話好きの彼は暇な時はよく客のテーブルまで出て来て話しかけてきた。 そばに立って話をする彼の顔がいつも驚くほどすぐ近くにあった。 こちらが思わずタジタジするような近さである。 彼の吸う葉巻の匂いや、さっき飲んだビールの生々しい匂いまでまともに自分の顔に降りかかってくるので、これにはちょっと閉口した。 それで相手に気づかれないように僕が少し顔を引くと、その引いた分ほど彼の顔が近づいてきた。
それからもう一人のイタリア人(と言うよりイタリア系アメリカ人)はすぐ近所に住んでいて、ボディビルディングか何かをやっているらしく、背はうんと低いのに筋肉隆々の若い男だった。 彼もまた通りですれ違うたびにいつも陽気に話しかけてきた。 まるで内緒話しをするように顔をうんと近づけて。

そして上の写真。 これは ボストンのイタリア人地区であるサウスエンドのマーケットの風景だ。 決してひそひそ話しではなく、そばを通る誰にも声高なイタリア語が聞こえてくる。 そんな経験をした後で、長いあいだ僕はイタリア人は生まれつき顔を近づけて話す習慣を持つ民族だと信じていた。 でもずっとあとになってイタリアに行ったときにはとくにそう感じなかったので、本当のところはどうなのか、誰か教えてくださるとありがたいです。

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妖精に恋をした男の話

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Anna Reznik
Cincinnati, Ohio USA
(撮影者不詳)



若いころに僕が同棲と結婚の10年間を共に過ごした女性(仮にK子と呼ぼう)は、バレエダンサーだった。 (彼らは自分たちのことをバレリーナとは決して呼ばない。 ダンサーとか踊り子と言っていた)。 それで僕はK子と知り合った大学のころから、バレエという、間口が狭い上にかなり特殊な世界へ頻繁に出入りするようになっていた。 稽古を終えるK子を待ってデートに行ったり、その稽古場で僕はアルバイトでピアノを弾いたりしたこともあった。 そのころK子は橘秋子さんのバレエ団に入っていて、K子の属する上級グループに数人の女の子たちがいた。 ときどきは稽古のあとみんなで喫茶店に入ったりして、彼女たちが踊りのこと、ファッションのこと、男の子のこと、食べ物のこと、特に体重を増やさないためにいかに厳しい努力をするか、などを元気よくしゃべるのを、僕はそばでけっこう興味をもって聞いていた。 その中に、小柄ながらびっくりするほど格好のよい足を、いつも超ミニのスカートから惜しげもなく見せていた女の子がいて、それが18歳のころの森下洋子だった。

バレエというのはそのころの日本では、裕福な家庭に育った子女のやることと決まっていたようなところがあった。 K子と付き合っているうちに、バレエとはとにかく金のかかるものだということがよく分かった。 たとえば大きな公演があるたびにダンサーたちは自腹を切って何十枚という切符を買わされる。 それは個々の出演者に課されるノルマのようなもので、実際に売れても売れなくても関係のない性質のものだった。 おかげで僕は橘秋子さんのところの公演だけではなく、谷桃子さんだとか、松山樹子さんのバレエ団のコンサートの切符をあちこちからもらってずいぶんと見た。 もちろんK子の出演する公演にはかかさず行って、同じプログラムを何回も見ることになるわけだけど、開幕前の楽屋に顔を出すたびに、すでに顔見知りのダンサーたちからいろいろと使い走りを頼まれたりした。 衣装の綻びを閉じるテープを探して来いとか、痛み止めのアスピリンを買って来いとか。 ある時は衣装のブラジャーに入れるバッドを買いに行かされたこともある。

僕がもしK子というプロのダンサーに巡り合うことがなかったら、たぶん一生バレエなんて興味を持つこともなかったような気がする。 この、舞踏と音楽が見事に融合した芸術に魅せられた人にはそれぞれの理由があると思うけど、僕にとってはバレエは現実からの逃避だったと言えよう。 (芸術なんてもともとそんなものかも知れないけど)。 目の前にくり広げられる世界は信じられないほどに現実感がなく、まるで夢の中の出来事のように思われる。 古典でも前衛でもそうだった。 そこで踊り狂うダンサーたちには生身の人間の匂いがまったくなくて、といってロボットのような機械でもなく、一種不思議な生き物だった。 バレエに妖精がふんだんに登場するのもよくうなづける。
K子の踊る舞台を見ていていつも感じていたのは、そこには自分の分身と思えるほどよく知っているK子はもうどこにも無いということだった。 つい昨夜も裸の肌をくっ付けあって僕の腕の中にいた成熟した女でもなければ、キッチンに立って軽い口笛を吹きながら料理をする妻でもなかった。 そうではなくてどこか僕の手の届かない遠い世界から舞い降りて来たものが、人間の形を借りて踊っているような錯覚だった。 そしてその妖精のようなものがステージを下りると、再びK子に変身をして僕に笑顔を見せるとき、僕は彼女に恋をしていると感じた。

***


それからずっとあとになってK子との生活に終わりが来てしまうと、僕は自然とバレエの世界から遠ざかって行った。 それが20年以上も経ってから、またバレエを見るようになったのにはいきさつがある。 上の写真のアンナ・レズニックともそのころ知り合ったんだけど、そのことは前に 『アンナのバレエシューズ』 に書いている。

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逝く夏

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抜け殻
Oakwood, Ohio USA

 
アメリカでは9月に入って最初の月曜日が、レイバー・デー(Labor Day)と呼ばれる祝日になる。
毎年この季節になってレイバー・デーという言葉を耳にするたびに、その響きに何とはなしにもの悲しさを感じるのは僕だけではないだろう。 アメリカの夏は5月のメモリアル・デーに始まって9月のレイバー・デーに終わるから、子供にとっては長い夏休みが終わり、大人にとっては楽しかったバケーションが、過ぎ去った思い出になってしまうのがこの日なのだった。 焼けるような陽射しがずっと弱々しくなって、吹く風にもつい先日までの熱気はすでに無い。 くっきりと肌についた水着の跡もこれからは一日一日と薄れていくだろう。 日中にうるさいほど聞いた蝉の声もいつか弱まり、それに代わって夜になればあの秋の虫たちのコーラスが始まる。
目くるめく行動の季節だった夏は逝った。 これからは人にとって、「考える季節」 の始まりである。

今日、庭の片隅に蝉の抜け殻を見つけた。 
こんなに遅い時節になって、と驚いたが、そういえば開け放った窓の外で昨日から鳴いている蝉が1匹だけいた。 たぶんあいつの抜け殻じゃないかな、と思う。 日暮れになって秋の虫たちのコーラスが始まっている中で、負けまいとするかのように激しくひとりで鳴いていた。 そいつの残した(かどうかは分からないけど)まだ柔らかくてじっと眠っているようで、指でつつくとすぐに動き出しそうに見える抜け殻を写真に撮りながら、蝉は自分の脱けがらを見ることがあるのだろうか、と考えていた。


九月になれば
The Ventures



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雨の降る日の文章

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Bologna, Italy



子供の頃からそうだったのかもしれない。
たとえば、なま暖かいそよ風が窓から忍び込んでくる気持ちの良い春先だとか、目に眩しい太陽の光がいっぱいに射している夏の日だとかに、暗い家の中にいると何となく落着かない。 どこかで何かが、どこかで誰かが自分を待っているような気がしてそわそわしてしまう。 今すぐに外に飛び出して行かないとそのすばらしいものを永遠に逃してしまうような胸騒ぎがする。 それは歳を経た今でも同じである。
 
それが雨の日はちがう。 朝起きて雨の音を聞き、窓のカーテンを引いた時に灰色のどんよりとした重い空や、濡れた歩道を見ると、反射的に気持ちがちょっとだけ沈んでしまう。 ただ若い頃と違って、そのまますぐに憂鬱な気分になるということはもう無い。 そんな日には沈んだ気持ちが内へ内へと向かって行き、過去に起こったいろいろなことを思い出していることが多い。 それは必ずしも 「後悔」 とか 「感傷」 というようなネガティブの感情ではなくて、まるで長いあいだ出して見ることのなかった古い写真のアルバムを開く時のような、穏やかで鎮静した時間だった。

その昔、あたかも世界が自分の手の中に入ったような気がする陶酔感に浸った時もあれば、これ以上堕ちて行けないところまで堕ちてしまったと歯軋りしたこともあった。 そのどちらも、過ぎてしまえばたいした事ではなかった。 その時にあれほど確実だと思ったのに、結局は確実なものは何ひとつとして存在しなかった。

ひとつだけ確実なのは、今ここにこうやって自分が生きている、ということだけだ。
雨の降る日はなんとなく一日が長い。


Karen Carpenter 《雨の日や月曜日には・・・》




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