過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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動物好きの絵描きさん 4 ネズミ

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『動物の絵本』 より
By Green Eyes


ネズミは我が家にも確かに棲息している。 
ひっそりと、音も立てず姿も見せず、どこから出てくるのかわからないが、ほんの時たまキッチンの床に米粒よりも小さなフンを落としていくので、それとわかる。 ある時ネズミ捕りを仕掛けたら、グレーの色をしたハツカネズミみたいな可愛いのが捕らえられた。 ネズミといえば、子供の頃見た子猫ほどのサイズをしたふてぶてしいドブネズミのイメージしかなかった僕は、可哀相になってネズミ捕りを片付けてしまった。 
だから、我が家のどこかにネズミは確かに棲息している。


ネズミ歳の特徴

●甲子(きのえね) 大正13年 昭和59年

この生れの人は、社鼠といいます。寺や神社を住み家として生活している鼠です。環境に恵まれているので、きれい好きで心も優しく、家族も多く、長寿です。人に愛されますが、移り気が多いため、せっかくの運を台無しにしてしまう恐れがあります。芸術家や投資家などあまり体力をつかわない仕事が向いています。20代に生死に関わるような病気か災害に会いやすく、30代始めから運が開けて来ます。30代半ばでは、家庭問題で苦労しそうです。

●丙子(ひのえね) 昭和11年 平成8年

この生れの人は、田鼠または野鼠といいます。元気で健康的なネズミです。活動家であるとともに、才知にも優れ、普段は無駄口をきかず、もくもくと行動します。しかし、いったん何かあると、弁舌家になり、攻撃的になります。自分の才知に任せて色々な計画を建てますが失敗が多い。勝気で投機的野心も強いので、一攫千金をよく狙います。自分一人では何も出来ないのですが、相手次第ですぐ話が大きくなります。したがって友人を良く選ばないと失敗します。20代は目上に引き立てられ30代は囲薙が多く、40後半から上り板となります。

●戊子(つちのえね) 昭和23年 平成20年

この生れの人は、栗鼠または木鼠といいます。利口な鼠です。義理や人情に篤く同情心も深く、よく人の世話をするので世間から尊敬されます。ただし、男女ともに異性関係で失敗するケースが多く、特に女性は夫と早くに別れ、男で数回苦労する可能性が高い。幸福な家庭に生まれ、子供のころは不自由なく暮らすが、20代後半から苦労が多くなる。30代半ばに大きな災い、あるいは病に注意。40代には幸運が訪れます。子供は女の子が多い。

●庚子(かのえね) 昭和35年

この生れの人は、白鼠または家鼠といいます。人家を住み家としている鼠です。ときには可愛らしい姿から、飼われて居る場合もあります。他の鼠のように自営自活のできない鼠です。人を頼りにするから、自然と保守的になり、身体もあまり丈夫ではありません。愛嬌の良さで引き立てられることが多い。親や夫婦の縁が薄い人が多い。顔や胸にほくろの有る人は、子供に救われることが多い。誘惑されやすく、人任せが多いので、いざというとき困ります。晩婚型。30後半の病に注意。40代から上り坂となります。

●壬子(みずのえね) 大正1年 昭和47年

この生れの人は、狐鼠または溝鼠といいます。モグラに近く日中はあまり活動しない鼠です。負けず嫌いで、へんくつなところもあります。面と向かって堂々とモノを言うことが苦手です。身体も弱く心配性です。その為に交際範囲を狭めてしまいます。また自分から進んで交際しようという努力も余りしません。男女ともに17~18才頃に異性関係で大きな失敗をする人が多い。24~25才頃は親兄弟と別れるような、一身上に大きな変化が起こります。30才近くから幸運期にはいります。  
-陰陽道の世界- より

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音楽との出会い

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子供のころ、我が家にはこの写真にそっくりのポータブルの蓄音機があった。
それは母が勤めていた幼稚園の備品だったがふだんは我が家で保管されていたので、僕はいつでも好きな時にそれで遊ぶことができた。 
取っ手をぐるぐるとまわしてSPのレコードを乗せる。 サボテンの棘のような形をした小さな針を穴に押し込んでネジで固定する。 それからそのどっしりと重い頭を注意深くレコードの溝に下ろしてやると、僕はとたんに、行ったこともない音楽の世界へ入り込んでいた。 針がレコードに擦れるシャーシャーと耳障りな雑音の向かう側から聞こえてくるのは、なんと甘美で誘惑に満ちた未知の世界であったことだろう! それが僕と音楽の出会いだった。

音楽好きだった母が集めていたレコードはそれほど数はなかったが、僕は繰り返し繰り返し聞きすぎて最後にはレコードが擦り切れてしまった。 フルトヴェングラーが指揮するベートベンやモーツァルトに混じって、シベリウスの交響詩『フィンランディア』があった。 この曲は先生たちが見せる人形芝居で怖い場面になると、きまってあの冒頭の部分がこの蓄音機で鳴らされたものだった。
しかし僕がことさら好きだったのは、ほんの数分で終わってしまうこの小曲、ダカンの『郭公』だった。 レコードの白いラベルに 「ハープシコード演奏ランドフスカ女史」 と書かれていたのまではっきりと記憶している。
僕が5,6歳の頃のことである。



〈郭公〉 ダカン



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僕はキッチンの異邦人

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顔のある台所
Oakwood, Ohio USA


わが家のキッチンはふだんは Green Eyes の支配下にあって、彼女がそこで費やす時間は僕よりも圧倒的に多い。
たまに僕が急に食べたくなったものがあると、たとえば「ベーコンと紅生姜入りの炒飯」とか、「赤ワインで煮詰めたハヤシライス」とか、「ぜんざい」とか、「ピリ辛鶏手羽の唐揚げ」だとかはどうしても自分で作ることになる。 そしてこのキッチンを一時占領するのだが、占領したとたんに僕はいつも困ってしまうことが多い。
どこに何があるかまったくわからないのだ。

もともとわが家は百年も前に建てられた家だから、住みやすいように内部を改装したといっても限度がある。 特にキッチンは狭くてカウンターのスペースもあまりなく、そのうえ壁一面に大きな窓が取られているので、ものを掛けたりする場所がまったく無い。 そこへもってきてこの場所をふだん支配する人がアーチストときてるから、その結果はもう想像がつくと思う。

そうなのです。
我が家のキッチンは良く言えば芸術的混沌、悪く言えば乱雑この上もなく、他人がいきなり侵入してきて料理をするのはまず不可能にできている。 それじゃあ他人でなく住人のひとりである僕にとってもなぜ不可能かというと、それはこういう訳だ。
乱雑であること自体は僕はあまり苦にならない。 (僕の仕事机だってそうだ) たとえどんなに乱雑でも、物の所在地がちゃんと決まっていれば何の問題もないはずなのだ。 ここを掘り起こせばやがては自分の探している皿に行きつくとか、あれを除けると調味料がすべて並んでいるとか、というぐあいに。
ところが、わが Green Eyes はキッチンと限らず家中の物の置き場所をその日のフィーリイングしだいで自由奔放に変える、という世にも恐ろしい習癖があるのだ。 料理の真っただ中で数秒の余裕しかない時に物が見つからないと、僕はただオタオタとしてしまうのである。 いつもあるべきところにあるものが無いということは、僕の生活信条に大いに反することなのだ。
それでも彼女が家にいる時はただ聞けばすむ事なんだけど、ある時などどうしても見つからなくて、歯医者で治療中の彼女に電話をして聞いたら、なんと僕の探していたものは地下室にまで移動していた!

いつの頃からか、僕がキッチンに入る時はあらかじめ必要なものを全部確認してから料理を開始する、という手順になっている。


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動物好きの絵描きさん 3 猫

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ラルフ
By Green Eyes


犬好きの人と猫好きの人とははっきり二派に別れるとよく言う。
僕自身は犬も猫も好きだから、片方が好きで片方が嫌いだ、という人の気持ちがよくわからない。
しかしあれほど動物好きの我が Green Eyes も、犬と猫とではその可愛がり方が少し違うような気がする。犬には目がない彼女はそれが自分の犬であれ、路上で見る知らない犬であれ、もう、でれでれとしてしまってまったくシマリがなくなる。それが猫に対しては、犬の時のように理性を失くすというほどではないのは、そばで見ていてわかる。 
理性を失くすといえば、僕は動物に対して理性を失くすほど愛しいと思ったことはないと思う。人間の女性に対してならあったかもしれないけどね。

ところで僕の少年時代の猫の思い出は強く自分の中に残っていて、『猫と少年』 にそれを書いたことがある。




たとえば犬はすばらしい散文かもしれない。
しかし猫は詩である。
- フランスの諺 -


 

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九月のクイズの答え

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京都清水寺 西門


京都清水寺の西門は三重塔のすぐ近くにある。 
この二つの建物は形はもちろん全く違うのに類似点が多い。 鮮やかな赤だけではなくて、デザイン的にも同じコンセプトで一貫されていて、上の写真のディテールなどは両方に共通している。 同じ大工による設計/建立に違いなかった。
今回クイズの出題にあたって僕自身どちらだったのか覚えていなくて、時間をかけて調べなければならなかった。

6人の回答者の中にはただ、「清水寺」と答えた人がいたが、かなり迷ったあげく清水の舞台から飛び降りるような気持ちで正解とすることにした。 結局4人の正解者の中から抽選で「MM」さんを選びました。

MM さん、おめでとう。
住所氏名を非公開コメントにして送ってください。
お好きな写真を指定することを忘れないように。
数日経ってもご返事のないばあいは棄権として次の方を選びます。
 

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京都清水寺 三重塔



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私の好きなもの

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私の好きなもの
東京 築地


・ ダブルエスプレッソを一気に飲み干したあと、デミカップの底から小指ですくって舐める砂糖の味。

・ 夜明けの仕事部屋の窓から眺める、オレンジ色の有明の月。

・ 心を込めて書いたブログに、遭ったこともない人から来た心のこもったコメント。

・ バスタブの中で髭を剃ったあとに指で触れるなだらかな肌の感触。

・ 冬の朝、目が覚めて窓の外に見る、一夜で変わってしまった雪の風景。

・ 僕をいつも三人称で呼んでいたひとが、初めてあなたと書いてくれた便り。

・ 道で行き会う時にまっすぐこちらを見て挨拶をくれる見知らぬ人の笑顔。

・ しみじみと音もなく雨のふる暗い日の午後。

・ すれ違うときにうっすらと匂うか匂わないかの幽かな香水。

***

まだまだありそうだから、おいおいここに書き足していこう。



My Favorite Things - Jullie Andrews

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怒りについて

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壊れる
Miamisburg, Ohio USA


「形があるものは必ず壊れる」 と古くから言われてきたのは、あれは仏教から来たのか儒教の思想なのか知らないが、このことがなぜか僕の内部ににいつの頃からかしっかりと棲みついてしまったようだ。
何事につけても壊れるよりは壊れないほうが良いに決まっている。 でも、もし壊れた時に、「いつかは壊れるさ。それが今壊れるか、先になって壊れるかの違いだよ」 と僕はいとも簡単に事実を認めるというか、諦めが早いというか、あまり腹が立たないのである。 腹を立てても壊れたものが元に返るわけでもないので、それならさっさと事実を認めてしまったほうが精神的にもずっと健康である。

いつだったか、帰省していた娘がキッチンで洗いものをしていて、僕が長年愛用していたショットグラスを割ってしまったことがあった。 
そのグラスはクリスタルでもなければ高価なものでも何でもなく、ピエワン・インポートの安売りで一個だけ残っていたものを3ドルで手に入れたものだったが、その薄手の縁が口に当たる感触と角度や、ほんの少しだけ裾がつぼんだようなデザインと、全体に微かに見せる飴色が僕はとても気に入っていたから、自分以外には誰にも使わせないで大事に使っていた。 それを知っていた娘は僕の顔をまっすぐに見れないほど悪がって小さくなっていたけれど、僕はほんのちょっとだけ悲しかったが、「よく今までもったよなあ」 の一言で終わりだった。

またある時は、購入して三日目の新車を息子に貸してやったら、さっそく片方のフェンダーを石垣にこすって30センチほどの大きな傷をつけてしょんぼりと帰って来た。 息子はオヤジからものすごい雷が落ちるのを予想してビクついていたのだと思うが、僕としては自分でも驚くほど平静で、
「ばか、もっと運転に上達しろよ。」 それだけで終わってしまった。 

こんなことを書いていると、僕という人間はとても温厚でカドのとれた、いかにも好ましい性格だと思われるかもしれない。 ところが実はまったく逆なのである。 腹がたたないのはあくまでも「形あるもの」に関してであって、形のないもの、たとえば人の言葉だとか行為だとかに対しては、僕は許容度があまりない。 
もちろん最初からいきなり怒りをぶつけるということはなくて、自分なりに抑えて抑えて我慢したあげく(そんなに長い時間ではないにしても)、相手がなお僕の感情を逆撫でし続けると、そこで僕はキレてしまう。 
つまり僕が内部に抱えている爆弾は導火線が普通の人よりもかなり短いようで、一度火を点けられると爆発するまでにあまり時間がかからないのだ。 
そして爆発の危険は自分でもよく承知しているから、おい、なんだか危なくなってきたぞ、お願いだから導火線に火をつけてくれるなよ、と相手に対して思う気持ちは、それは祈りと言うよりも哀願に近いものだった。 それにもかかわらず非情にも小さな炎が点火される。 ジージージーと導火線の燃えてゆく音が僕には聞こえている。 しかしまだ遅くはない。 線を手早く切断すればいい。 だがそれは自分にはできない相手の仕事である。 そして・・・・
爆発。

昔付き合っていた女性にも 「絶対に怒らない」 ということを誓わされていた。 そして僕がその誓いを破った時に、僕らの関係は終わりになってしまった。 終わりにしたのは僕の方からではあったけれど。


人に対して怒りをぶつけることは、
灼熱した石炭を掴んでその人に向かって投げつけようとするようなものだ。
火傷をするのは自分自身である。
仏陀





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動物好きの絵描きさん 2 ツチブタ

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ツチブタ Aadvark
『動物の絵本』 より
By Green Eyes


『動物の絵本』 は我が Green Eyes が数年前に友人のコータローのお孫さんたちのために作成したアルファベットの絵本で、AからZまでの名前を持つ動物が描かれている。
その最初のページ、つまりAがこのツチブタだった。

不思議な動物である。
ツチブタと呼ばれていても豚とは関係なくて、れっきとしたツチブタ目 ツチブタ科 ツチブタ属 を専有している。 しかし豚を食べないイスラム教徒はツチブタも食べないそうだから、一般では豚の1種と見られているようだ。 

僕の古いブログのクイズに 「これはなんでしょう?」 と出題したらほとんどの人がアリクイと答えた。 
ツチブタの生息地は主にアフリカで、アメリカにも日本にも住んでいない動物である。

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九月のクイズ

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ここへ来たのがもう13年も前のことになってしまった。
その時、色彩のあまりの鮮やかさに驚いたが、それはしばらく前の解体修理で外部の極彩色が復元されたからで、それ以前はずっとくすんだ色だったそうだから、僕はラッキーだったと言わなければならない。。
それにしても詳細に入り組んだ驚くべきディテールである!

寺社や史跡だらけのこの町で、この年僕らが行ったのはここを含めてほんの数カ所にすぎなかったが、昨年の帰国でさらに幾つかを回ることができた。

これはなんの建物でしょう?

正解者の中から1名を抽選で選び、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは今日から1週間。
答えは非公開コメントにして下さい。



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September Song

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野菊のように
Oakwood, Ohio USA


我が家の玄関先に、何年か前から毎年春から夏にかけて、きまって一輪だけ花を咲かせる野草がある。 誰も名を知らない可憐な小さな花である。 
車庫から車を出してドライブウェイを降りてくると、街道に出る手前で一旦停車する。 その時、運転席の窓のすぐ外、手を伸ばせば届くような近さにその花は咲いていた。 僕は車で出かけるたびにその花に面と向かうことになるわけだけど、慌ただしい日常の中でその花を見ると一瞬、心がなんとなく和(なご)む。 人間の子なら 「いい子だ、いい子だ」 と頭を撫でてやりたいような優しい気持ちにさせられるのだった。

その花ももう散ってしまった。 九月になっていた・・・・ 
僕は九月になるといつも、なんという事のないもの哀しさを感じる。 夏という季節を愛する僕にとっては猛暑も全く気にならなくて、あの熱気の中に若さとか華やかさとか、たくましい生命力のようなものさえ感じる。 その、まるで青春のように短かった夏が終わり、これからは我々老人の季節に移って行くのかと思うと、まるで何か大切な物をなくしてしまったような気がしてたまらない気持ちになる。 そのうえ、九月になれば為す術もなく僕はまたひとつ歳を取ってしまう、という残酷な事実が待っている。

憂鬱な秋。
せめてソウル・ブラザーのジェームズ・ブラウンに元気をつけてもらおう。
シンガーならおよそ誰でも歌っているこのもの寂しい九月の歌も、彼が歌えばこんなに楽しくなる。
Oh Yeah!


〈September Song〉 James Brown



僕は1960年代の半ばにまだ日本へ返還前の沖縄で仕事をしていて、ジェームズ・ブラウンとステージをシェアしたことがあった。 といっても、当時すでにファンクの神様みたいな存在だった彼は、このショーのために本国から自分のバンドを連れてきていたので、一緒に演奏したというわけではなかったけど、楽屋で親しく話をしたことがあった。
その彼も2006年に逝ってしまった。

あの時の沖縄のことは『ジェームズの話』に書いたことがある。


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動物好きの絵描きさん 1 犬

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ジャック・ラッセル・テリア
By Green Eyes


僕の奥さん (ニックネームを Green Eyes という) は絵描きさんである。 
この人は動物が好きな事にかけては生半可ではなくて、公的生活では動物愛護協会の重要なメンバーでもある。
もし僕らの乗った船が難破して海に放り出されたら、小さなボートに乗った彼女は溺れて沈んでゆく僕を救うより先に、まわりの小動物たちを救出するだろうことには、僕はかなりの確信を持っている。

もちろん絵描きとしての彼女は動物だけを描いているわけじゃないんだけど、僕自身の好みを言えば彼女が描くものの中では何といっても動物が一番好きだ。優しい線が生き生きとしていて描く人の愛情がそのまま素直にこちらに伝わってくる。そう思うのは僕だけではないようで、愛犬や愛猫のポートレートの依頼はけっこう次か次へと来ているようだ。

ところが、僕が彼女の描く動物をあまり褒めると彼女の機嫌がちょっと悪くなる。それじゃあ私の他の絵はどうなのよお?  ということらしい。
それはそうだろうと思う。
僕だって誰かが「September さんのブログは大好きです。あの文章を読むのをいつも楽しみにしています。」というようなことをコメントにしてくれると、僕としては非常に嬉しいのは嬉しいんだけど、それじゃあ僕の写真はどうなんでしょう? と内心で密(ひそ)かに思ってしまう。

芸術家とは、あらゆる種類の人間の中でプライドの高いことにかけては人後に落ちないのだ。


アーティストとは、
決して特殊な人種ではない。
しかし
人は誰もが特殊なアーティストなのだ。
Eric Gill





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イタリア映画 『軌跡』 について

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再会
映画『軌跡』(1970) のシーン


時は1940年ごろ、アメリカ娘キャサリンはボストンの大学でフランス語を習得したあと、スイスのロザンヌに英語の教師として赴任する。 そしてそこでの二年目の夏にたまたま休暇で通りかかったイタリア人の若い兵士ロベルトと知り合い、ふたりは熱い恋に陥る。
戦争が激しくなってきて、ヨーロッパ中の町が燃えているような緊迫した状況の中でふたりはパリに愛の逃避行を試み、そこで目くるめくような甘い五日間を過ごしたあと、ロベルトは属する軍の駐屯地であるナポリへ、キャサリンはスイスへと、引きちぎられるような辛い別れをすることになる。 わずか数ヶ月の、一夏の情事といえるような短くそして激しく燃焼した恋であった。
そして戦争終結の直前のヨーロッパをあとにして、キャサリンは両親に呼び戻されてアメリカへ帰国したのだった。

それから三十年が過ぎる。
幸せに結婚してふたりの子供を持つキャサリンが、息子の留学するソルボンヌを訪ねて一人でパリにやって来る。
そのパリのメトロで、今は初老となったキャサリンとロベルトは奇跡のような劇的な再会をするのである。
そのあと物語りは意外な方向へと進展して行く・・・

上のスチル写真はこの『軌跡』の一場面で、パリのメトロで二人が30年ぶりに再会するあの感動的なシーンを覚えている人も多いと思う。(ニーノ・ロータの音楽が実に泣かせる)。 映画制作の当初、キャサリンの役はキャンディス・バーゲンに行ったが、同じタイミングで制作が始まろうとしていた『カーナル・ナリッジ』で、キャンディスがジャック・ニコルソンとアート・ガーファンケルとの共演を優先して『軌跡』の役を降りてしまった。
監督のアントニオ・ピリオーニがそこで見つけてきたのが、ニューヨークの無名の舞台女優であったこのメアリー・マーフィだった。
映画として大成功であったと言えないのは、たまたま同年に封切られた巨匠ヴィットリオ・デ・シーカの『ひまわり』 (マルチェロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレン) に完全にくわれてしまったからである。 しかし『ひまわり』と違って『軌跡』は同じ戦争下の恋物語でありながら、異国人同士の恋を描いたということと、過去の物語が現在まで続いているという点ではユニークであったと言わなければならない。

***

以上に書いたことは、まるきりのデタラメで、最初から最後まで(写真を含めて)全部僕の創作である。
このメトロの二人は実は僕らの友人で長年の旅行仲間であるM夫妻であった。 ただしデタラメの中にも幾らかの真実は入っていて、たとえばM夫人は事実ロザンヌで若いころに教師をしていたことがあるし、ご主人はピッツバーグに移民をしてきたイタリア人の両親の間に生まれて、純粋なイタリア人の血をひいている。

一枚の写真からひとつの物語を引き出そうとしたわけだけど、あまり良くできた物語ではなかったことを認めます。 それにしても窓際に立ってカメラを見ている男のうさんくさそうな表情が良くないな。
僕が監督だったらあの俳優は降ろしてしまったと思う。


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八月のクイズの答え

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Dayton Art Institute
Dayton, Ohio USA


この美術館は僕の住む町にある Dayton Art Institute で、その名のとおり昔は美術学校だった。僕の妻の母校でもあったし、僕もこの町に越してきた当時は自分の家に暗室を設置する部屋がなかったので、ここの写真科の暗室を使わせてもらっていたこともある。いつのころからか学校の方は閉鎖されたにもかかわらず、名称はそのままに残している。
小さいながらなかなか良いものがそろっていて、我が家からは車で15分もかからないこの美しい建物を、僕はもう数え切れないほど訪れた。

ところでかんじんのクイズ。
6人の応募者の中で正解を寄せてくれた方が3人いた。
抽選の結果は「centerfield」さんが当選となった。

centerfield さん、おめでとう。
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以下のリンクは過去の記事の中から。

カクテルパーティ
二つの絵
Oktoberfest
無限の世界へ


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サマーヴィルのころ (2/2)

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キャサリ-ンの微笑
Somerville, Massachusetts USA


あの頃の僕らの生活は楽では無く僕は仕事を二つ持っていた。
子供たちが少し大きくなると、妻も夜間学校の教師のアシスタントの仕事を始めたので、週に数日は夜になると子供たちに食べさせたり風呂に入れたり寝かしつけたりするのは、僕の仕事になっていた。 欲しいものはほとんど何も買えないで、旅行に行くなど夢のような話だった。 僕は古いフォードを運転していたが、またこの車が時々動かなくなるのでその修理はすべて自分でするしかなく、僕が今でも車のメカに少し強いのはそのおかげである。

僕らのアパートのすぐ裏の家とはお互いの庭同士が続いていて、そこには母親と子供三人が住んでいた。 一番下のキャサリ-ンはうちのマヤとほとんど同年だったから、この二人はそれこそいつも金魚のふんのようにくっついて、我が家でキャサリーンの顔を見ない日はまずなかった。 父親を幼い時に失ったこの子は、僕の中に自分の父親を見ているのかも知れないと思ったことがある。 いつもひっそりと寂しそうな顔をして、笑顔をほとんど見せない子供だった。

子供たちの学校が夏休みに入ったある日、僕らの家族にキャサリーンを加えて車で1時間ほどのところにある動物園へ行ったことがある。
40度を越す猛暑の日だったが、その帰り道、気まぐれな僕の車がハイウェイでいきなり走ることを止めてしまう。 路肩に車を停めてボンネットを開けると、僕はゴミの詰まったキャブレターを取り外してきれいにしたあと、それをまた装着するという作業を1時間ほどかけてやっていた。 子供たちは外に出て芝生の上できゃあきゃあ叫びながら遊んでいたが、そのうち三人の子供たちが口をそろえて喉の渇きを訴え始めたのである。 そういう僕自身も炎天下の汗みどろの労働のおかげで喉はカラカラに渇いていた。 車中の魔法瓶の水はもうとっくに空になっていて、あと飲むものといえばワインが1本あるだけだった。 僕はそのワインの栓を抜くと紙コップに注いで子供たちに飲ませ、自分も飲む。妻も飲む。 子供たちがもっと、とねだる。 また少し注いでやる。
エンジンがまるで何事もなかったかのように、ブルンと始動してくれた時には、子供たちはもう酔っ払って後部座席でぐうぐうと眠っていた。

家に到着してキャサリーンを帰す時に、「ワインを飲んだこと、お母さんには内緒だよ。 あれは僕たちだけの秘密だからね」 と言うと、あの子は珍しく嬉しそうな顔を見せて、ウンとうなづくと少しふらふらした足取りで帰っていった。

そんなことがあってから数年して、僕らの家族はボストンを離れていった。
それ以後はキャサリーンを見ることは一度もない。 指を折って数えてみると、あの子はもう31歳になっていた。


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