過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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ジョージとその影


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ジョージ
Dayton, Ohio USA



僕には3人の義弟、3人の義妹、そしてひとりの義姉がいる。
というのはわが Green Eyes は8人の兄弟姉妹のなかの上から2番めの娘だからだ。 その全員が結婚をしてその相手がいるということは、その数がたちまち倍になってしまう。 すると義弟が6人、義妹が6人、義姉と義兄がひとりづつ、となる。 さらにそれぞれのカップルに0~3人の子供がいるから、その結果は恐ろしい、せんだってのクイズのような状態になってしまう。
僕をのぞいてもちろん全員がアメリカ人である。 だから in-law (姻戚)である彼らがよく僕のことを out-law と呼ぶのは、僕が外国人だという意味でジョークになっているわけだけど、それだけの理由でもないようなところがある。 アウトロー(無法者)的に生きてきた僕の性格や半生を彼らは長い間にある程度見抜いてしまったようだった。

8人もの兄弟姉妹とその配偶者がいれば、その中にはお互いに仲のあまり良くない関係もできるだろうと思ってしまうが、ところが彼らは互いに驚くほど緊密度が高くて仲が良い。 これは珍しいことだった。 この8組のカップルのうち1組をのぞいた7組が地域内の至近距離に家庭を持つので、なにかあるとすぐ集まってしまう。 年に数回の祝祭日に全員が集合するのは当然としても、誰それの誕生日だとかですぐに何組かが集まってしまうので、僕は3回に1度くらいしか顔を出さないようになってしまった。 何しろ僕はアウトローだから。

ジョージはそういう義弟の中の一人である。 (つまり、ジョージの奥さんはわが Green Eyes の妹なのだ)。
ジョージのお父さんというのは、この町のラジオ局でアナウンサーやニュース解説者として一生を捧げた町の名士的な存在だった人で、名前を言えばその年代の古い人達なら今でも覚えている人が多い。 ジョージはそれを受け継いだのか、若い時にテレビ局のアナウンサーとなり、時にはヘリコプターに乗って交通情報を送ったりしていた。 後年になると顔の広いのを買われて営業の方を担当していたが、つい最近リタイアをした。
アナウンサーをやったくらいだから深くて響きのあるなかなかセクシーな声の持ち主で、それはいまでも変わらない。 教会の聖歌隊でもう長年歌っているが、今年もこれからクリスマスにかけてあちこちから声がかかってきて忙しくなると云っていた。

そういえば、
彼の家族がメリーランド州の中都市に住んでいたことがある。 ジョージはそこの町にあったテレビ局のニュースキャスターとして赴任していたのだ。 訪ねていった僕をオートバイの後ろに乗せてくれて山の中を走り回った。 あれはもう30年ちかくも昔になってしまった。 その時の写真は僕の個展にも出たし、古い写真集にも入っている。



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動物好きの絵描きさん 8 コマドリ

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コマドリ Robin
『動物の絵本』 より
By Green Eyes


その音は朝起きてからずっと気になっていた。
木の小槌か何かで杭(くい)を打ち込むような、わりと甲高い音が断続的にしばらく続き、いったん止まったと思うとまたすぐに始まるその音は、隣家の方角から聞こえていて、うるさいというほどではないけど執拗な音だった。 (また隣は日曜だというのに朝早くからなにをやってるんだろう?) とただの好奇心から一階の窓のブラインドを上げてみると・・・・
窓の外1メートルぐらいのところの板塀に、背中に縞を持つ10センチばかりの小鳥が1羽止まって懸命に板の節穴をつついていた。
キツツキだ。
こんなに近くで見るのは初めてである。 その小さな体にしては、コンコンと突くその澄んだ音は驚くほど大きく響く。 見ているとやがて節穴の奥から、何やらミミズのような形をした小さな黒い虫をクチバシの先に挟んで取り出した。 長い労働の甲斐があって美味しいご馳走をものにしたのだ。 あ、カメラカメラ、と慌てて二階に駆け上がって、また下に戻ってみると、もうキツツキはどこかに行ってしまっていた。

我が家では前庭の玄関脇の2本のモミジの木に、2個のバードフィーダーを吊っていてそこには1年中を通して様々な小鳥が訪れる。 フィンチ、コマドリ、ハト、ハミングバード(ハチドリ)、雀、それに時々は嫌われ者のカラスも現れる。 そのうえ、鳥だけではなくリスも餌を求めてくるので、餌箱にリスがいるあいだは他の鳥は寄り付かない。 そのリスたちを追い払うのはうちのパイシーの役目となっている。 一声吠えるとリスがそそくさと逃げていくあとに、小鳥たちがまた帰ってくる。 

小鳥たちは朝飛んできてバードフィーダーが空になっていると、それはもううるさい程鳴いて催促をするので、わが Green Eyes が慌てて餌の袋を抱えてパジャマのままで表に出てゆく。 最近になってまた新しい顔ぶれが増えたようだが、その鳥はまだ姿を見たことがない。 新しい仲間だとわかるのはその鳴き声が変わっているから。
"Merci, merci, merci" とフランス語そっくりに聞こえる鳴き方をする。
そう、「ありがとう、ありがとう、ありがとう」 と云っているのだ。


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芸術写真? 写真のレシピ (9)

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叔母と甥
Dayton, Ohio USA


人の撮ったスナップ写真を見るのが好きだ。
バケーションから帰ってきた友人や知り合いや親類に会うと、きまって 「旅行の写真が見たいなあ」 といリクエストをする。 たいていの場合彼らは、ただのスナップショットでいい写真なんかないから僕なんかが見てもきっと面白くないよ、と前置きをして、それでも喜んで何十枚と分厚いスナップショットの束を持ち出してくる。 1枚1枚を丹念に見ながら僕はいろんな質問や感想を浴びせる。 「これはなに?」 「これは誰?」 「ああ、これはいいね」 「何を食べてるんだろう?」 「もっと近づけなかったの?」
そういう類の質問を受けることが嫌いな人はいない。 それに答えることで、彼らは忘れられない楽しい休暇をもう一度生きているのである。 そして彼らが最後にきまって云う言葉が、
「あなたみたいな芸術写真が撮れれば、どんなにいいだろうなと思うよ」 

芸術写真?
それってなんだろう?
ウィキペディアの定義によると
芸術写真とは、一般的に、記録、証明等のためではなく、芸術作品として撮影された写真のことである
となっている。

これはまったくおかしいと思う。
「よし、スナップはもうこれぐらいにして、さあこれから芸術写真を撮るぜ」 とカメラを構えなおして被写体に向かう写真家なんているもんか、と思う。
僕自身を例にあげると、僕は自分の撮る写真はすべて例外なくスナップ写真だと思っている。 それが人物であれ風景であれ、すべて自分の記録のため、自分がそこに確かに居た、という証拠写真のようなものだ、と思っている。 もっと簡単にいえば、ただ撮りたいという衝動にかられてシャッターを押しているだけで、それが次回の個展のためだとか、ブログに載せるためだとか、ネットで売るためだとか、そんなことは何も考えていない。 (個展も写真集もブログも、ネット上でのビジネスも、結果としては僕はやっているけど)。
 
僕が人のスナップ写真を見るのが好きなのは、そこに写っていない本人が見えるからだろうと思う。
休暇の旅行だけでなくふだんの日常の生活の中でおよそ誰でも撮るのがスナップ写真だけど、そのほとんどは私的な記録として撮られることが多いようだ。 旅行先で目の前の風景などに感動して思わず写真を撮らずににはいられなかった、という場合は、それは無意識に自分のための記録として残したい、という気持ちの現れじゃないかな。 もっとも、家に帰って家族に見せてやりたいとか、自分がここに来たという証拠写真として残したいという場合もあるだろうけどね。 (そばにいる人にシャッターを押してもらって自分(たち)が風景の中に入る、というのはその良い例だ)。

旅行だけではなくて、家族やペットの写真も同じだ。
そういう、他人が見てもあまり意味のないような超私的な写真を見るのが僕は大好きだ。 そこに写されているものから、その時写真を撮った撮影者の意図や、心情を推測するのは僕にとっては非常に興味深い、一種のゲームのようなものだと思っている。
確かに構図がばらばらだったり、被写体がブレていたり、露出に失敗したりしたものが多くて、作品と呼ぶには程遠いかもしれないけれど、そんなことは英語で言う "So waht?" (だからどうだと言うんだい?) ということになる。
その人の見た風景への感動や、家族やペットに対する強い興味や愛情がじっくりと素直に表れていて、見ている僕は思わず微笑んでしまう。 そういう写真が好きだ。 あの荒木経惟が 「私写真」 と呼んでいるのはこのことなのだ。 技巧とか顕示欲にとらわれない、かけがえのない日記のようなものだ。

そんな中に時々、本人も気づいていないようなすばらしい映像があるのを見つけると、僕は嬉しくなってしまって、色や構図にちょっと手を加えたものをプリントにして差し上げると、とても喜ばれる。 それがきっかけで写真に興味を持ち始めた人が僕の周りにはけっこういる。

自分の興味を惹いたものはとにかく何でも撮ってしまおう。 構えないで、無心な心で、自分のために。
人に見せるために写真を撮るのではない。
ということを噛みしめよう。
周りがなんと言おうと気にしない。 
"So what?"


写真のレシピ(1)』 カラーかモノクロか
写真のレシピ(2)』 ポイントを決めよう
写真のレシピ(3)』 陰影礼賛
写真のレシピ(4)』 クロップの勧め
写真のレシピ(5)』 続・クロップの勧め
写真のレシピ(6) 群集劇のおもしろさ
写真のレシピ(7)』 ミニマリズム
写真のレシピ(8)』  警告!

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男と女・・・リンダ・ロンシュタットの場合



What's New?
Linda Ronstadt




どうしてる?


どうしてる?
元気だった?
あなたちっとも変わってないみたい。
あいかわらず素敵よ。

どうしてたの?
あの女(ひと)とはうまくいってる?
あれ以来会うのは初めてね。
でも会えてよかった。

ほんとうに久しぶり。
私はすごく嬉しいけど
あなたはそうでもないのかなあ。
でもちゃんと握手をしてくれて
優しいのは前と変わらないのね。

さようなら。
声をかけちゃったりしてごめんなさい。
ああ、でもあなたにはわかりっこないんだわ。
私ちっとも変わってないって。
今でもあなたのことこんなに愛してるって。
曲:Bob Haggart 詞:Johnny Burke 訳詞:September30

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エアポート

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空港のレストラン
Marseille, France



英語は日本語とちがってひとつの言葉の表す意味がずっと広範囲だ。
たとえば transit という語。 ふつうなら 「交通」 とか 「輸送」 の意味に使われることが多いが、旅行関係では駅や空港での 「乗り継ぎ」 を意味する。 同時に 「通過」 とか 「移行」、「変遷」 の意味もあるし、時には 「死亡] の意味も含む。 天文学では天体が宇宙のある一点を通過する時などにもこの語が使われる。 
そのせいかどうか、空港のターミナルで案内板にトランジットという語を見るたびに、そっけない 「乗り継ぎ」 以上の意味を感じるのは、たぶん僕だけかもしれない。 何百という人々がこの場所で束の間の存在を共有して、やがては世界中に向けてばらばらに飛び去って行くという事実は、僕に宿命のようなもの、儚(はかな)さのようなものを感じさせる。 そしてその中で自分も旅人の一人として感じるのは一種の 「無常感」 だった。

汽車の駅にもそれに似た 「旅情」 が漂うけど空港ほどでない。 第一飛行機のような遠方感がないし、汽車の旅は確実な大地の上を這う安定した移行だという前提がある。 それにくらべると文字通り宇宙に向かって翔び立つ飛行機の旅は、未知の空間へ向かって昇り続ける冒険の旅だ、という気がする。
「天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客にしてしかるに浮世は夢のごとし」
と書いたのはたしか李白だったと思うが、そこにも僕はトランジットを感じてしまう。 李白の旅は明らかに宇宙の旅を暗示している。

次のフライトを待つ長い時間をゲートの近くに腰を下ろして、周りの雑多な人々をぼんやりと眺めるのが僕は好きだ。 一つ一つの人生が人間の形をして、衣服を着て、チケットを手にして、カートを引きながら足早にあるいはゆっくりと目の前を通り過ぎていく。  トランジット・・・・・

* そういえば空港で乗り継ぎ中に撮った写真は、前にもどこかに載せたはずだと思って探してみたらようやく見つかった。 よければもう1度 『旅の終わり』 を見てください。 



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春になったら・・

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雲と葡萄畑
Vaison la Romaine, France


 想ひ
   
春になったら
ふらんすの田舎へ行こう
ふらんすの田舎の小さな村で
黒いやわらかな土をふんで
ぶどう畑を歩きながら
おだやかなぬるい風を
頬に感じていよう

春になったら
ふらんすの田舎へ行こう
ふらんすの田舎の小さな村の
青いカフェでくるまを停めて
エスプレッソを飲みながら
優しかった人たちのことを
想いだしていよう



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Cafe Le Piki
Camaret-sur-Aigues, France




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11月のクイズの結果は・・・

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ダウンタウン
Boston, Massachusetts USA



11月のクイズは25人の読者から応募があって(史上最高)、その中で正解者は18人でした。 (コメント数が27となっているのは解答以外のコメントが入っているため)。
前に述べた抽選方式で最終選考に残った二人が、ogui さんと Nakky さん。 勝者は Nakky さんとなりました。 (これからは最終選考に残った二人を発表していこうと思います。 そこで落ちた人はさぞかし悔しいだろうと思うと、私のサディスティック趣味が頭をもたげて、すごい快感を感じるから)。

正解は 「写真が裏表逆になっている」。

カメラのファインダーを覗かないで胸の上から撮ったのは、自分が撮影者(傍観者)としではなく群衆の中の一人として写りたい、という意図が働いていたに違いありません。
また、正解者の一人が指摘されたように、当時ネガを裏返していわゆる裏焼きをしたのはこれは意図的なものです。 たぶん、鏡という実像を撮りながら、そこに映る虚像を逆にして実像にして、それをまた写真という虚像の中で見ることで、見る人が現実と非現実のあいだを往き来する、というようなことを考えていたのでしょう。

もし将来、この写真をどこかに発表することがあるとすれば、それはおそらく裏焼きのバージョンになるような気がします。 35,6年前に若かった自分が一生懸命に考えていたことは、尊重してやらなければならないから。
ただし、上の写真はオリジナルの真正バージョンです。

Nakky さん、おめでとう。
住所氏名を非公開コメントにして送ってください。
お好きな写真を指定することを忘れないように。
数日経ってもご返事のないばあいは棄権とみなして次の方を選びます。


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コーヒーショップ

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ダウンタウン
Government Center, Boston


コーヒーショップがどんどん無くなってきている。
その代わりに雨後のタケノコのように(自分でも驚くほど古い表現!)出てきたのがカフェで、僕の家から歩いてすぐのところ、犬の散歩で毎日歩く近所にもなんと4軒もある。 しかもその4軒はお互いに至近距離にあって、その中の2軒などは間にヘアサロンを挟んでほとんど隣り合っているといってもいいくらいだ。 そしてそこから道を挟んで向かい側にあるのが、例のスターバックスだった。 あとの1軒というのはそこから100メートルほど離れているが、これは最近開いたばかりで店のサイズも一番大きく、夏には屋上にパラソルを立ててワインやビールも飲めるようになっていた。

カフェとコーヒーショップの違いはわりとはっきりとしているようだ。 
コーヒーショップは文字通りコーヒーを飲むのが主目的だから、立ち飲みしたりハイチェアーに腰かけるようなカウンターのスペースがかなり取られていて、むしろテーブル席のほうが少ない店もある。 ヨーロッパとちがって同じコーヒーを飲むのにカウンターとテーブルでは値段が違うというようなことはないから、テーブル席でゆっくりすればいいのにと思うのに、いわゆる常連の客はほとんどがカウンターでコーヒーを飲んで隣の見知らぬ客と気軽に会話を交わしたりしている。 コーヒーの種類といえばもう簡単明瞭に2種類だけ。 真正コーヒーとカフェイン抜きのコーヒーと。 そして値段が安いだけではなく何杯でもおかわりができる。 コーヒー以外の飲み物といえばせいぜい紅茶とココアぐらいでそれ以外はコークなどのソーダ類になる。
こんなコーヒーショップはもうほとんど見られなくなってしまった。 

それにくらべると最近のカフェはまったく違う。
まずコーヒーの種類が、強くて苦いヘビーなものからあっさりとした軽いものまで数種類が揃っているから、その時の気分で選べるのは嬉しい。 でもなんといっても凄いのはエスプレッソをベースにした飲み物で、それこそ何十種類もある。 たとえばラテ、カプチーノ、マキアート、モカ、などとあって、混ぜるものによってそれぞれにさらに何種類もが加わるから、ダブルエスプレッソしか飲んだことのない僕には何がなんだかよくわからない。

カフェに集まる人たちには2種類あるようだ。
二人とか数人で来て楽しくおしゃべりをしているグループと、ひとりでラップトップを睨みながら黙々と仕事や学業に取り組んでいる孤独な人たち。 そういう僕も時々そんな孤独な一人となってカフェで仕事をすることがあるが、ざわざわと騒がしいカフェの中でかえって仕事が捗るのはなぜだろう? ひょっとしたら、周りに人がいるという事実が、自分の中に深く根を下ろした孤独感を解きほぐしてくれて、それで (ああ、自分もまだ外の世界とつながってるんだ) と安心をするから、それで仕事がよく進むのかもしれない、なんてことを思ってみた。


Black Coffee - Sinead O'Connor



* このジャズのスタンダード曲はいろんなシンガーが歌っている。 決定版は何といってもやはりエラ
だと思うけど、この気だるい感じのシネイド・オコナーも悪くない。
それにバックのオーケストラのアレンジがすばらしい。


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アメリカの旅

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早朝の埠頭
Seattle, Washington USA



40年以上もアメリカに住んでいると人に言うと、さぞかしアメリカ中をあちこちを旅行したことだろうと思われるけど、実際はそれほどでもない。
会社勤めをしていれば旅行をするような長期の休暇はふつうは一年に一度しか取れないし、仕事の出張で出かけるといっても行く先は大体いつも決まっている。 その一年に一度の休暇でも、僕のように外国から来ている人間には母国に時々帰るという 「お勤め」 があるから、それをするともう他の旅行というのはできなくなってしまう。 どうしてもしたければその 「お勤め」 を犠牲にするしかないわけだ。

僕がラッキーだったのは、サラリーマンになる以前に貧乏な写真家をやっていた時期に、出版社の仕事で全米に散らばる20都市を廻らせてもらったことだろう。 その本を今取り出して見ると、けっこういろんな町へ行っていた。

北東部:ボストン、ピッツバーグ、ニューヨーク、フィラデルフィア
中西部:シカゴ、シンシナティ、クリーブランド、デトロイト、ミルウォーキー、セントルイス
西部:ロスアンゼルス、サンフランシスコ、シアトル、デンバー
南部:アトランタ、ダラス、ヒューストン、マイアミ、ニューオリンズ、ワシントンDC

どの都市でも慌ただしい数日間を過ごしだけの旅だから、正当に比較することなどできるわけはないのだけれど、どの都市もそれぞれ独特のムードを持っているということは僕には明確に感じられた。 街や風景だけではなく、そこに住む人々の表情や雰囲気にも微妙な、しかし何となくはっきりとした違いがあった。
その後、上記の都市の大部分はその後何度か行ったが、あの時の第一印象はそんなに的外れではなかったようだ。
   
中でも、シアトルはその後1度も行っていない数少ない都市の一つなのになぜか印象がすごく強くて記憶が薄れていない。
早朝の埠頭を歩いた時の空気の冷たさや、どんよりと曇った空に舞うカモメの大げさな鳴き声まで、はっきりと思い出すことができる。 その頃僕が住んでいたボストンに何となく雰囲気が似てるなあ、と思いながら、この町なら住んでみたいと思ったのを覚えている。 そんなふうに感じたのは、この旅行で廻った都市の中ではシアトルとサンフランシスコの2都市だけだった。 (サンフランシスコにはその後数回行っている)。
今度帰国する時にもし時間が取れれば、シアトル経由の便をとってそこで数日を過ごしてみたいと思っているけど、果たして実現するかどうか。
なにしろ僕を取り巻く3人の女の中で、僕がこれからいっしょに生きてゆきたいのは誰なのか、という問題に帰着してしまうからだ。
3人の女の詳細はこちら



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11月のクイズ

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ダウンタウン
Boston, Massachusetts USA


これは僕としては非常に珍しく、自分が写っている数少ない写真のひとつ。
僕が撮ろうとしていたのはもちろん、まるで異星から来た異邦人のように突っ立ている、ベルボトムのジーンズ姿の自分ではなくて、ある昼下がりの午後のダウンタウンの雰囲気だった。 人々のファッションもウィンドウの飾り付けも、駐車しているポリスカーまでがまぎれもなく70年代半ばのノスタルジアに満ちている。

だが、もうかなり傷んだ古いプリントをよく見たら気がついたことがある。
昔は気づかないで見逃していたようだ。
この写真にはどこかしらおかしな所がある。

それは何なのだろう?


正解者の中から1名を抽選で選び、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは今日から1週間。
答えは非公開コメントにして下さい。



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動物好きの絵描きさん 7 うし

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『動物の絵本』 より

By Green Eyes


僕の父の実家は百姓だった。
百姓といっても田畑だけではなく山林なども所有していたから、昔はいわゆる庄屋とか名主と呼ばれる類の比較的裕福な百姓だったのだと思う。 父はそこの長男として生まれながら百姓を嫌って、若い時に家を出て東京の学校へ行ってしまったので、実家は父の弟が継いだ。 子供の頃は両親に連れられてそんなに遠くないこの、厚い藁葺き屋根のそびえる大きな家へ行くのが楽しみだった。 少し大きくなってからは一人で汽車に乗って遊びに行った。 そこには犬や鶏だけではなく牛や豚もいた。 牛は、田んぼで犂(スキ)を引くための重要な労働力として飼われていたが、この黒い牛の背によじ登ってまたがると、僕はカウボーイだった。 そして人に迷惑をかけるならず者たちを残らず撃ち殺して、僕は西部の町のヒーローになってしまう。 激しい撃ち合いのあと、腹の減ったヒーローに憧れの眼差しで少女たちが捧げてくれるのは、ナシ畑からもぎったばかりの手のひらよりも大きな二十世紀梨だった。

「町の子」 であった僕にとって、ここは空想と冒険に満ちた別世界に違いなかったようだ。



丑年の特徴

●乙丑(きのとうし) 大正14年 昭和60年
この生れの人は、乳牛といいます。 牛の中でもっとも人間に取って貴重な役割をする牛です. 母性愛が強く人情深い人が多い。 義務観念が強く、温厚で尊 敬されます。 欠点は異性関係で問題が生じやすく、女性は縁談もニ度目以降の方が幸運となる傾向があります。 お人好しで実社会においての開拓的な闘志に乏し い。 27~28才は特に注意が必要な時期です。 寿命は長寿の系統。 背は高く優美な人が多く、男性も外見は女性的に見えることが多い。

●丁丑(ひのとうし) 昭和12年 平成9年
この生れの人は、耕牛または野牛といいます。 労働的な役割を強くもった運勢で、自分のことよりも他人の力持になることが多い。 気が荒く短気 のほうで、家庭内では不和や孤独になりやすい。 生涯衣食住には恵まれ、肉親と離れて気ままな生活をおくる人もいます。 18~19才頃の病気に注意。40才 頃から運気は上昇し金運もあります. 高尚な事業には向きません。 寿命は長寿の部類です。 頭は大きく特に後頭部の張っている人が多い。

●己丑(つちのとうし) 昭和24年 平成21年
この生れの人は、水牛といいます。 熱帯地方の水の中に生息する牛です。 気性は非常に荒く、安楽な生活を願う気持ちが強い。 その為の才能にた けていて、また敏感です。 油断無く警戒心も強い。 人に取り入ることが上手で、外交手腕が優れています。 しかし、労少なくして利多きを望むために、一時は順 調でも波乱が多い。 遊行する牛なので住所に度々変化があります。 人情にもろく、義侠心から失敗を招くこともあります。 40才頃まで苦労が多い。


●辛丑(かのとうし) 昭和36年
この生れの人は、牧牛といいます。 おいしい物をたくさん食べて、その身を提供する役目から、生活に不自由はなく、良い主人を持つことによっ て安全が確保されます。 牧牛は飼い主を離れて生活できないように、目上または主人に可愛がられ信用されますが、独立の気持があっても独立出来ない運命にあ ります。 自営自活の力に乏しい。 知恵があり曲ったことが嫌いな人ですが、他人に対し強いことは言えません。 縁談は一度で納まりにくい方です。

●癸丑(みずのとうし) 大正2年 昭和48年
この生れの人は、索牛といいます。 車などを索く労働的な使命をもった牛です。 労が多く効の少ないことが多い。 束縛も多く自由が少ない。身体 は壮健で、勤労的生活の結果、50才位から安定した生活となります。 男女ともに養子運が強く、20代においての他人や目上の為の苦労は、晩年の安楽な生活 へのポイントとなります。 自ら自由な道を望むより、他に任せて進む方が利益が上がる場合が多い。 縁談においても、目上からの勧めに流した方が有利な場合が 多い。
                                                        -陰陽道の世界- より



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海に癒やされた日々

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海辺の町の遠近法

Winthrop, Massachusetts USA


日本を離れてボストンに住み、2年もたたないうちに妻と別れる、という事件があった。
それは二人でよく話し合って結論に達した、という種類の別れではなく、ある日突然に訪れた交通事故のようなもので、妻の意志など訊くこともなしに僕が一方的に壊してしまった関係だったといえる。 とにかく一人になりたかった。
そして一人になってみて分かったのは、自分の中に占めていた彼女の存在は思っていたよりもずっと大きかったという事実だったけれど、そのために妻への怒りが萎(しぼ)んだということはなかったようだ。 彼女の方ではどうだったのだろう、とあとになってよく思ったが、それを尋ねてみるような機会は永久に来なかった。

一人になってガランとしたアパートに耐えられず、僕はちょうどその時バークリーに留学してきたアルトサックスの丸田良昭さんにアパートを又貸しして、ボストンから逃げ出してしまった。 ペンシルバニア州のフィラデルフィア郊外の日本レストランが、マネージャーの仕事を提供してくれたのである。 (この時のことは以前 「フィラデルフィア物語」 に書いている)。

そして、数年ぶりにまたボストンに戻って来た時、僕はなぜか無性に海の近くに住みたいという気持ちが強くて (ペンシルバニア州には海がない) ボストン郊外のウィンスロップという古い小さな町にアパートを借りることにした。 海岸の砂浜の延長といってもいいほど海に近いところにその建物はあって、僕は夕方になると酒の入ったグラスを手にして波打際までやってくると砂の上に腰を下ろして、茫洋たる大西洋を長い時間眺めて時を過ごした。
そのあたりは真夏になると水着姿の若者達で溢れた。 僕はいつか天使のような美しい少女が迷い込んでくるかもしれない、と期待をして入り口のドアをいつも開け放しにしておいたが、迷い込んできたのは近所に住む数匹の猫たちだけだった。

この話の続きといってもいいようなものを、もう2年も前に書いていたのを思い出した。 ・・・  ボストンの冬


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男と女・・・ニーナ・シモンの場合



誤解
Nina Simon



あなた、わかってちょうだい。
あたしだって怒ることあるのよ。
生きてる女が皆んな天使になんかなれないって、わかってほしいの。
何もかもがうまくいかない時には、悪いところが見えてくるのね。

でもほんとのあたしは、とってもいい子なのに・・・
ああ、神様… お願いだからあのひとにあたしを誤解させないで。

ふだんのあたしは歓びをすぐ外に出してしまうのんきな女だって
あなたは知ってるのに
それが時には心配以外はなにもできない女になる。
そんな時、違うあたしをあなたが見てしまうのね。

でもほんとのあたしは、とってもいい子なのに・・・
ああ、神様… お願いだからあのひとにあたしを誤解させないで。

あなたには知ってほしい。
あたしが幸せそうに見えない時があるとしたら
それはあなたのせいじゃない。
生きるって易しいことじゃないはず。
あたしだっていろいろなことがあった。
でもそれをあなたのせいにすることだけは絶対にしないわ。
だって… あなたをこんなに愛してるから。

ああ、あなた、あたしはふつうの人間よ。
誰とも同じように悪いところもある、とわかってほしいの。
自分がやってしまった愚かなことや
何でもないような小さなことを
ひとりで後悔することがある。

でもほんとのあたしは、とってもいい子なのに・・・
ああ、神様… お願いだからあのひとにあたしを誤解させないで。

お願いだから・・・。
あたしも一生懸命がんばるから。
だからお願い。 どうかあのひとにあたしを誤解させないで。
                       曲・詞:The Animals 訳:September30

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うどんをすすりながら思うこと

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猫と少女とピツァ
North End, Boston



家にいて仕事をすることの良いところはいろいろあるけれど、その中の一つが、好きなものを好きな時に調理して食べられるということだ。 といっても締め切りのある仕事をしている僕にはあまり時間が取れないから、簡単なものをさっと作るだけなんだけど。
最近のお気に入りはうどん。
日本の友達がおいしい讃岐うどんを送ってくれて、それを汁なしの 「生醤油うどん」 にして食べる。 うどんを正確に12分間茹でているあいだに、生姜をおろして葱を刻んでおく。 それを茹であがっったうどんに乗せて生卵の黄身を落とす。 醤油を少量たらして山椒入りの八味唐辛子をかけてできあがり。 醤油の代わりにポン酢にしたり、唐辛子の代わりにこれも友達が送ってくれたゆず胡椒にすることもある。 
出来あがったうどんをツルツルと音を立ててすすりながら、ふっと思い出したことがあった。

ずっと昔、まだ僕が日本で暮らした年月のほうがアメリカでの生活の期間よりも長かった頃、久しぶりに日本へ帰った時のことだ。 友人宅でうどんをご馳走になっていて言われたことがある。
「嫌ねえ、あなたうどんぐらい音を立ててすすりなさいよ。 ここはアメリカじゃないんだから。 そのほうがおいしいのよ」
そう言われてはっとした。 自分では無意識でやっていたことだけど、やはり長い間に外国の習慣が身についてしまったのを実感していた。 たぶんその時じゃないだろうか。 アメリカと日本という二つの異質の文化を自分の中に共存させることは、外国に長く暮らす僕のような人間にとっては宿命のようなものだ、ということを悟ったのは。

そして今ではその二つの文化が、あたかもPCに内蔵された個別の2個のハードドライブのように、時と場合によって自動切り替えのように操作されているようだ。 日本人の昼食会では誇り高くズルズルと音を立てて熱い味噌汁をすすり、そのあとのアメリカ人とのディナーでは、静かなること林のごとし、というわけだ。 その切替えを全く意識することなく自然にやっている自分に気がつく。
二つの文化の使い分け、というのはもちろん食事のことだけではない。 いやむしろ食事のことなどごく些細な部分にしか過ぎず、二つの言語の間を行ったり帰ったりしながら、それぞれの言葉の裏についてまわる思考そのものを切り替える、という離れわざが、いつのまにか身についてしまった。

僕という人間はアメリカ人から見れば 「アメリカナイズされた日本人」。
日本人から見れば 「ヘンな日本人」。
その両方とも真実の自分であるとすれば、僕は自分で思うよりもう少し複雑な人間になってしまったのかもしれない。


 

祖国…
そこの山河の気高さ
そこの人たちの優しさ
そこの食べ物のおいしさ
そこの芸術の美しさ
つまり
祖国のかけがえの無いすばらしさを発見するために
私は長い歲月を異国の地で暮らさなければならなかった。

September 30






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空気はおかずになるか?

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朝食
三朝温泉 旅館大橋



一年に一度とか日本へ帰ると、ふだんアメリカではやらないことを自然と日本でやっていることに気がついた。
その一つが朝食である。
僕はアメリカでの日常では朝食をとらない。 そのかわりかなり早目の昼食とかなり遅めの夕食の、一日二食という習慣をもう何十年と続けてきた。 それが日本へ着いたとたんに朝食を逃さないのは、旅行中だからというのが理由ではなさそうだ。 その証拠に、ヨーロッパに行っても同行人たちがクロワッサンやオムレツをもりもりと食べるそばで、僕はコーヒーとせいぜいバナナかリンゴを1個かじるだけだからだ。

じゃあなぜ、何十年と頑固に守ってきた習慣が、日本ではあえなく崩れてしまうのか。
それはもう、日本の食文化の魔力としかいいようがない。 ふだんなら早朝には食欲などまったく感じない自分が、日本に来て朝起き抜けに日本の朝食を目の前にすると、猛然と腹が減ってきていくらでも食べてしまう。 日本に帰って泊めてもらう友人たちの宅では、朝食は和風がいいか洋風がいいかを、奥さんが前の晩に訊いてくれる。 中にはもう答えがわかっているから訊いてくれない奥さんもいる。 朝になると、トーストにジャムをつけて食べている友人の横で僕は懐かしい日本の朝食をきれいに平らげる。

ところがわからないのは、日本の朝食なんて(旅館大橋のような凝ったものは別として)アメリカにいても自分で作ろうと思えば簡単に作れるのにそれをしないのはなぜだろう? 日本にあって我が家にないものはなんだろう? 
それは空気だ。 同じものでも日本の空気の中で食べるものや飲む酒はなぜか旨い。 これは厳然たる事実なのです。 

こんなわけだから、2週間の日本滞在のあとアメリカに帰るまでには、2キロも3キロも体重が増えてしまうのは当然だよね。



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