過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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吹雪のなかで

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雪のゴルフ場
Oakwood, Ohio USA



雪のない穏やかなクリスマスが過ぎたと思ったら、明けて26日は明け方から雪が降り強い風が吹き荒れた。
昼前になっても雪はどんどん降っている。 2階の窓から見る見慣れた風景が今は清々しい新鮮さを持ってそこに横たわっていた。 正午を過ぎた頃から僕はそわそわとして何となく落ち着かない。 誰かがどこかで自分を呼んでいるような、かすかな胸騒ぎのようなものがあって、それを無視してしまうとあとできっと後悔するだろう、という意識があった。 それでとうとう腰を上げるとカメラバッグを掴んで車庫から車を出した。

気温は零下3℃。
森の中の枝道に車を乗り入れると、車輪の下で深い新雪がギシギシと音をたてる。 時おり車を停めて外に出ると雪が容赦なくカメラに降りかかった。 カメラは防水機能を持つとはいえ撮影はできるだけ手早く切りあげて、エンジンをかけっぱなしにした温かい車に帰る。 そしてまた次の地点へとゆっくり車を走らせる。 ある地点で、車内でレンズに付いた水滴を拭いているといつの間にかすぐ隣に車が来ていた。 ポリスカーだ。
「あーゆーおーけー?」 窓を下ろして若い婦人警官が声をかける。 車のトラブルだと思ったらしい。
「あいむふぁいん。 じゃすとていきんぐぴくちゃず」 と答えると、
「びーけあふる、いっつなすてぃ」 と笑ってそのまま行ってしまった。

そのあとヒヤッとした場面があった。 四輪駆動とはいえスノータイヤを付けていないから急な坂道を下る時に車が滑り始めて、道端の木柵にもう少しで突っ込みそうになった。 木柵の向こうは崖である。 わずか2,3メートルの崖とはいえ、もし落ちていたら今頃こうやってのんびりブログなど書いていられたかどうか・・・



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聖夜

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Les Baux, France


まわりの風景に薄く白いレイヤーを残したまたま雪は止んでしまった。
そして外は寒いけれど風はなく、静かなクリスマスイブとなった。 僕はクリスチャンでもイスラム教徒でもなく仏教徒でさえないけれど、今夜は柄にもなく神秘的なものを信じてもいい、と穏やかな心持ちになっている。

なぜか浮かんできたのは、あのプロヴァンスの小さな村 Les Baux の、人のほとんど訪れない丘の上の古城。
暗い回廊の片隅に村人が灯したのだろう。 十字架のもとにキャンドルがひっそりと燃えていたあの夢の中のような光景だった。

こんな静かなクリスマスイブには何の音楽が一番ふさわしいだろう?
あれこれ考えたあげく、そうだ、チャイコフスキーの アンダンテ・カンタービレ。 今夜の僕にこれ以上ぴったりの音楽はない。

"Andante Cantabile" - 歩く速さで歌うように・・・
急がないでゆっくりと一歩一歩と前に進みながら、歌を歌って生きてゆきたいものだ。
生きることは楽ではなかったし、これからも厳しいものが待っているにちがいない。 しかし何が起こっても、心だけはいつも豊かでいたい。
そう思いながら静かな心で聴く僕の心に、この弦の音がしみじみと沁みこんでいった。


Andante cantabile
Borodin Quartet





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ふるさとの山に向かひて

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国立公園 大山
米子市



晴れた日、雨の日、雪の日、
どこにいても
ビルのあいだに、田園の向こうに、二階の窓に
いつも山が見えている町・・・
そこにふるさとがある。

(声に出してうんとゆっくり読んでみると、なんだかサントリーのコマーシャルのようだ)

***



ふるさとの山に向かひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな
・・・・石川啄木






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動物好きの絵描きさん 9 犬(2)

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Portrait by Green Eyes


我が Green Eyes のインターネットサイトで、彼女の描くペットのポートレートを見た人達から依頼がくると、彼女はまずペットのオーナーから写真を送ってもらって、それをもとにしてパステルか水彩で絵を仕上げるのがふつうだった。
ところがこの絵、癌の末期で先が短いという老犬のポートレートは、送られてきた数枚のスナップショットは使えそうなものが1枚もなかった。 ラッキーだったのは、その犬が住んでいるのがカルフォルニアでもニューヨークでもフロリダでもなく、たまたま僕らの済むすぐ隣の町だとわかったので、ある日僕らはそこまで出かけていって Green Eyes のために僕が写真を撮った。 そしてその2日後に犬は死んだ。
出来上がった絵を見て僕が思ったのは、犬の表情が少し悲しすぎるんじゃないか、ということだった。  僕が撮った写真とくらべても絵の方にはもっと悲しみが滲み出ているようだった。 たぶん描いた本人の感情が無意識に表れてしまったのだろう。 しかし愛犬のオーナーとしてはもう少し幸せそうな表情を見たかったのではないか、と僕は懸念したのである。

絵を受け取りに来た女性は、この絵を見て一瞬ハッと息をつまらせると、見る見る涙が溢れてきた。
「少し悲しく描きすぎました?」 と心配して尋ねる Green Eyes の手を握って彼女は云った。
「いいえ、完璧です。 亡くなる2日前に会ってくれたあなたにしか描けない絵です。 ありがとう、ありがとう・・・」

***
イヌ歳の特徴

●甲戌(きのえいぬ) 昭和9年 平成6年

この生れの人は、狂犬といいます。 本性は至極温厚ですが、いったん衝動すると、誰彼の容赦なく食らいつくところがあります。 したがってあまり物事に熱中しすぎたり、重大な心配ごとに出会うと、目がくらみ分別がつかなくなるので注意が必要です。 普段は正直で小心で苦労性で引込主義の人です。 人からは信頼され、虫も殺さぬ柔和さも持っています。 僅かなことでも大げさ考える傾向があります。 経済的思考にも富みます。

●丙戌(ひのえいぬ) 昭和21年 平成18年

この生れの人は、猟犬といいます。 非常に敏感で目的を外したことがない人です。 その活動は自分の為より主人の利益になることが多い。 先見の明があり忍耐強く努力家です。計画したことはたいてい当たりますが、他人の力持ちとなり自分は裸で苦労します。 遊ぶことのできない人で、相当な名誉や財産を残し、安楽な生活が出来る環境を作ります。 しかし他人の為に損を被ったり、あるいは異性関係のために破滅しやすいので注意が必要です。

●戊戌(つちのえいぬ) 昭和33年

この生れの人は、野犬または野良犬といいます。 野に生まれ育ち、野で一生を過ごす自由な犬です。 犬としての天性を発揮し、粗野な振舞をし、子沢山です。 有益な仕事をするわけでもなく、主人に縛られることを嫌い、自由気ままに生活します。 呑気そうに見えますが、ビクビクしたとろこもあります。 一定の正業を持つものは少なく、かつ住所も変りやすい。 配偶者の影響を受けやすく、数奇な運命をたどるか、安定した生活を送るか、相手によります。

●庚戌(かのえいぬ) 明治43年 昭和45年

この生れの人は、猛犬といいます。 非常に闘争的で外見も武骨ですが、その割には温順なとろこもあります。 心は正直で淡白ですが一度戦いになると最後まで奮闘し、決して後には引きません。 他人の意見は用いず、無口でお世辞がなく、生一本の性格です。 異性を好み意地悪い人もいます。 職を転々と換え、理想ばかり高く、なんの役にも立たぬ人もいます。 一般的には義侠的で、人との交際を避ける人が多い。

●壬戌(みずのえいぬ) 大正11年 昭和57年

この生れの人は、愛犬といいます。 愛くるしい人です。 きれい好きで気ままで病身です。 賢くて判別力がありますが、忍耐力と向上心は弱い。 さほど活動的功績は上げませんが、一生衣食に不自由もありません。 人からの引き立てもあります。 依頼心の強いところがありますが、他人からの保護を期待せず、自力で奮闘すれば非常に成功します。 整理整頓、秩序があり何事にも几帳面です。 美衣美食で虚弱となりやすい。 結婚は意志の疎通に注意が必要です。

-陰陽道の世界-より



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迫ってくる乳房が恐い

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パルマの街角
Parma, Italy


僕はどこの国へ行ってもどこの町へ行っても、観光者なら必ず訪れるような名所旧跡よりも、そのあたりの巷(ちまた)を地図も持たないでただうろうろと歩き回るほうがずっと好きである。
それで何かとくに興味を惹くものがあれば、まずそれを写真に撮って、それから必要なメモを書く代わりに(僕は字の手書きが苦手) 掌に入るような小さなデジタルのレコーダーにインフォーメーションを吹き込んでおく。 カメラにも音声を記録できる機能があるのだけれど、レコーダーの方がずっと便利だということを発見してから、この小さな機械はいつもシャツの胸のポケットに入っている。 そこに録音されるのは、現場の地名とか通りの名だとかの実際的な情報である場合もあるし、その時の第一印象とか写真を撮りながら感じていた 「意識の流れ」 のようなこともある。

この写真の場面にはパルマの町の表通りからそれて横道に入ったとたんに出くわした。 時計屋の隣が美容院への入り口になっていて、そこにギョッとするような女性が立っていた。 帰国した後で聞いてみるとレコーダーには
「きゃあ、オッパイが迫って来る。 恐いよ助けて~。 これは暗い色調に仕上げてみよう。 自転車を入れるのを忘れないこと。 時計屋のような小物を並べる店ではなくて、もっと大きくてインパクトのあるものがウィンドウに見えていれば文句なしだったんだけどなあ」
と録音されていた。 わずかそれだけのメモでも後で読むとその時の自分の心の動きがはっきりと蘇るので、写真を仕上げるのには重要な情報となることが多い。 あの時、女性の乳房に受けた(恐い)という感じがここにうまく表せたかどうか? 



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神に洗礼を断られた話

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JOhn Hancock building and Trinitiy Church.
Boylston Street, Boston

教会とは
天国へなんて1度も行ったことのない坊さんたちが
天国へ行けそうもない人々に向かって
いろんな自慢話をする場所なのです。
Henry Louis Mencken



「ねえ、相談があるんだけど」
と妻が改まった口調で話しかけてきたのは、妻の実家へ生まれたばかりのマヤを見せに行ったその帰りの車の中でだった。
「両親がねえ、マヤに洗礼を受けさせて欲しいと云ってるのよ」
「洗礼?  あの教会でする洗礼?」 と僕は思わず訊き返していた。

厳格なカトリックの家庭で育った妻自身、他の7人の兄弟姉妹と同じく幼児の時に洗礼を受けていたが、彼女は10代の終わり頃から宗教そのものに対して疑問を感じ始めて、家を出たあとはいっさい教会との関係を絶ったのを僕は知っていた。 それだけではなく、僕らが教会の司祭の前で結婚をしなかったことが、想像していた以上に両親を傷つけたようだった。 そのために今後僕らは両親の家には出入りができなくなるのでは、と妻の兄弟姉妹たちは本気で心配したりした。
そんなわけだったから、今回はるばるボストンからマヤの顔を見せに連れてきた時も、僕らは少し恐る恐るという気持ちがあったのは確かだった。 ところが両親は、この初孫の顔を見て抱き上げたとたんにもうだらしないほどデレデレと崩れてしまったので、妻も僕も ほっとしたのだった。

両親と妻の間で洗礼の話が出たのは、我々は教会で司祭の祝福を受ける結婚をしなかったのだから、せめて子供には洗礼を受けることで神の祝福を与えてやって欲しい、というのが両親の願いらしい。 僕は洗礼をはじめとして堅信礼や告白など、宗教的な儀式なんてまったく意味のないことだとふだんから思っていたし、それには妻も同意していた。 そこで妻の相談というのは、我々にとってはやってもやらなくてもどうでもいいようなことなんだから、もしそれで両親を喜ばせることができるのなら、両親のためだと思ってマヤに洗礼を受けさせてやったら、ということだった。 僕はそれに反対する何の理由もなかった。

休暇を終えてボストンに帰ってきたあと、ある日洗礼の話をしに近所のカトリック教会へ出かけていった妻が帰ってきて、マヤは洗礼を受けることができない、と云う。 その理由は父親である僕が洗礼を受けた信者でないから。  
それを聞いた時に僕は、まるで父親の自分が社会の落伍者だからマヤは一流会社には就職ができない、と云われたような気がして少し腹が立ったが、すぐに苦笑してしまった。 迷える子羊を救いあらゆる罪人(つみびと)を受け入れるのがカトリック教の宗旨じゃないの? と妻に云ってみたけれど、彼女はもちろん何も答えられなかった。 それでとにかく、両親が納得せざるを得ない立派な口実ができたことは悪いことではなかった。
   
それからからしばらくして、妻の両親が孫の顔見たさにボストンを訪ねてくれたことがあった。 その滞在中に日曜日がくると、両親は朝早く正装をして近所のカトリック教会へ出かけていった。 毎週日曜の教会行きは、たとえどこにいようと欠かしたことのない両親なのだ。 そして彼らは朝のミサから帰ってきたと思ったら、正午のミサにもう1度出かけると云う。 「えっ、1日に2度も?」 と驚く僕に、「うん、先週は旅行に出てしまって行けなかったから今週は2度行くんだ」 という返事だった。

思うに、教会へ行くということは神への免罪符を手に入れるようなものらしい。 キチンキチンと毎週収めないと天国へは入れてもらえなくなってしまう。 ちょうど今月の電話料の支払いを忘れてしまったら、来月は当然2ヶ月分を払うことになるのと同じなのだ。 それをしないと神との契約違反ということで罪も罰もどんどん重くなっていくのだろう。 そして、いつまでも払わないでいると電話を止められてしまうのと同じで、(教会へ行かなくなった妻のように)天国への入場権を失ってしまうことになる。
そうか、宗教の世界も我々の生きる現実世界と同じで、神と人間とのあいだの契約社会なんだ、と僕は改めて納得した。 毎週ちゃんと契約料を払っていれば、洗礼や堅信礼などの特典がちゃんと付いてくるのは、電話機の契約に無料のメールや割安の国際通話が組み込まれているのと同じことなのである。


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ヴェネツィアの扇

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黄昏れの逢ひびき
Venice, Italy



オペラハウスのバルコニーで、伯爵夫人がこちらを見ている。
黒い大きな瞳が僕の魂を吸い込みそうである。
夫人の頬がそっと緩んで、あるか無きかの微笑が送られてくる。
ステージでは短剣を手にした狂乱のルチアの詠唱が続くなかで
僕は目をそらすことができない。
それから夫人は
僕を見たまま、手に持っている扇を開くと、胸の上でゆっくりと動かした。

なんという高慢な誘惑。
そしてなんと優雅な!

扇形に階段を広げたヴェネツィアの橋の上に立って、黄昏れの夢想は続いてゆく・・・・



ドメニコ・スカルラッティ 
Sonata in B minor, K.87, L.33 by Mikhail Pletnev




オペラを見る黒いドレスの女
Mary Cassatt

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12月のクイズの結果は・・・

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《蚤取り》 by Gerrit van Honthorst
Dayton Art Institute



出題者の僕が思っていたより、ずっと難しいクイズだったようだ。
原画をサーチすればドンピシャのタイトルが出てくるのだけど、そんなことをしなくても絵だけを見て蚤を取ってるんだと、皆さん推測するだろう、と思ったらそうでもなかった。
10人の解答者の中で正解が5人。 いつものようにサイコロの丁半で最後の決勝に残ったのが 「わに」 さんと 「川越」 さん。
そして優勝は 「わに」 さんに・・・

この絵は古典絵画には珍しくユーモアの香りが漂う作品で、見ていても何となく楽しくなってしまう。 覗き見をしている男たちが、彼女の裸が見たくてわざと蚤をベッドに放したのでは、などと穿った見方のコメントもあったり、あとは赤ん坊をあやしているとか、春画を見ているとか、衣服のブランド名のチェックだとか、妊娠しているかどうかをチェックしている(どうやって?)だとか、中には、客を取ったあとの娼婦が衣服に着いた精子を遣り手婆さんと二人でキレイにしているとか、思わず笑ってしまった解釈もあった。

いずれれにしても、そうやって絵の中の一人一人の表情をじっくりと観察しながら様々な想像をすることで、美術館へ行く楽しみが何倍にもなるのではないでしょうかね。 


わにさん、おめでとう。
住所氏名を非公開コメントにして送ってください。
お好きな写真を指定することを忘れないように。
数日経ってもご返事のないばあいは棄権とみなして次の方を選びます。



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ショパンの遺産

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美しいもの

Somerville, Massachusetts USA 


さまざまな出会いがあった。
長いようで短いようで、実際にはあまりにも短すぎる人生だったが、ほとんどの出会いはそのまま僕を通り抜けてどこかへ行ってしまったようだ。 まるで、街の雑踏の中で何気なくすれ違う知らない人たちのように。

現実の世界での出会いだけではない。 本や写真や音楽を媒体にして、実際に会うこともなければすでにこの世に存在しない人たちとの出会いもあった。
そんな現実非現実のさまざまな出会いの中で、僕を通り抜けてしまうことなく、現在もしっかりと自分の内部に棲みついてしまっているものが、数は多くないが確実に存在するようだ。 そしてそれ無くして、現在の自分はありえない。 
そのひとつは、10才のときに初めてショパンに出会ったことだった。

僕は5才の頃から母親に厳しくピアノをたたき込まれていて、数年たって母の手に負えなくなると、町で一番権威のあったF先生のもとへレッスンに通わされていた。 F先生の門下生には誰でもなれるというわけではなかったからその数は多くはなくて、彼らのほとんどが高校を卒業すると音楽学校へ進んだ。 そして僕はその生徒たちのなかでただ一人の男の子だったのである。
F先生のもとへ毎週レッスンに通っていた小学生の僕は熱心な生徒だったとはいえない。 遊びたい盛りだったから毎日の稽古もいい加減だったし、F先生のレッスンでもあまり進歩がなくてよく叱られたものだ。 それでも止めてしまうこともなく続いたのは厳しかった母のお陰だった。 (そして後年、その母の厳しさに感謝することになる)。
F先生の生徒として初めての発表リサイタルで、僕はベートーベンのソナタを弾かされた記憶がある。 曲の途中でちょっとつまずいてしまったりして実にさんざんな結果に終わった僕のあとへ、ステージに出てきたのは僕がふだん遠くから淡い慕情を抱いていたU子ちゃんである。 U子ちゃんは近所のガキ友達のお姉さんでもう高校生であったから、僕よりも歳はうんと上だったが、その友達の家へしょっちゅう遊びに行っていたのは彼女の顔を見たいというのが目的だった。  そのU子ちゃんがその日、水色のドレスに長いリボンを後ろに垂らして、うっとりとするような優雅な仕草で弾いたのがショパンのバラードの1番だったのだ。

それまで、ベートーベンとかモーツアルトしか弾かせてもらったことのなかった僕は、 U子ちゃんの弾くショパンを聞いた瞬間に呆然として身じろぎひとつできない状態になってしまった。 ピアノの音が耳を通して入って来るというのではなかった。 かつて聴いたこともない華麗な音の連続を、身体中の皮膚が吸い取って、その音が稲妻のような速度で全身を駆け巡ると、背骨の中枢神経を丸ごと揺さぶっているような、激しい激しい感動を子供心に経験していた。 美しいU子ちゃんがピアノでもって、僕に向かって甘く哀しいお伽話をしてくれているような幻想の中に僕は閉じ込められて、ほとんど息がつけなかった。

その物語は、最初は甘く優しい恋人同士の対話で始まり、それが少しずつ熱い情熱へと高まってゆく。 そしてある時点でとたんに激しい怒涛のようなフォルテ・フォルティシィモへと変わる。 やがてそれが静まって、再び甘い想い出の対話に返っていって、そのまま慰めのうちに物語が終わるかと思っていると、そうではなくて、突然、激しく叩きつけるような悲劇的なパッセージでもって、物語はぶっちぎられるように終わってしまう。 それはあたかも、僕のまだ見ぬヨーロッパの古城を舞台にした、王子とお姫様の悲しい恋物語であった。

それがショパンとの出会いだった。 それは僕がそれまでに聴いたどんな音楽とも違う、妖しく、麻薬のような危険な匂いのする不思議な魔力を持っていた。 そしてその音楽は10才の僕に、やがて来るべき青春の喜びと悲しみをはっきりと予告してくれていたと思う。

それから長い長い月日が過ぎた。
僕は今ではすっかり汚れてしまったかもしれないが、それでも心の片隅にあの10歳の日の感動はちゃんと生きている。
美しいものに憧れて、美しいものを求めて、美しいものに失望して、それでもまだ、僕は美しいものを探している。



映画 『戦場のピアニスト』 から。 ショパン バラード第1番(抄)


極寒のワルシャワの廃墟に、調律の狂ったピアノから流れるショパンのバラード1番・・・・ 
「美しいもの」 に命をかけた病んだユダヤ人のピアニストと、「美しいもの」 を理解するナチの将校とのあいだの言葉のないシーンは忘れることができない。


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12月のクイズ

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久しぶりに美術館へ行った。
このところ朝の気温が零下3,4度から始まって日中でも10度以上には上がらないので、寒さに弱い僕は家の中で縮こまっていた。 考えてみたらもう3日も家から一歩も外に出ていないのに気がついた。 犬の散歩さえサボって家族にまかせていたのだ。 この3日のあいだ、起きている時はただ机にへばりついていたので、僕はすべてのことに飽きてしまって、自殺したくなるほどの退屈感を持ち始めていた。
よし、今日は美術館へでも行こう、と久しぶりに髭を剃って日本の友人が送ってくれたヒートテックをしっかりと穿くと、マフラーを首にグルグル巻いて家を出た。

この美術館は小さいながらなかなかのコレクションを持っている。 たとえばこの17世紀のダッチ派の画家の絵は以前にインターネットで見た覚えがあったが、それがここに蔵められているのを初めて知ったのは嬉しい驚きだった。 もちろん写真を撮った。


そこで今月のクイズ。
男たちが覗き見ている中で、この二人の女性は何をしているのか?

正解者の中から1名を抽選で選び、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは今日から1週間。
答えは非公開コメントにして下さい。



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ユーモア 写真のレシピ (10)

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凝視
Location Unknown


日本人にとって苦手なものの一つにユーモアがある。
日本人はユーモアを解さない、というのではなくてユーモアを表現することが下手なのだと思う。 西欧では政治家が公衆を前にして演説をする時など必ずユーモアや軽いジョークが入って、聴衆を笑わせるのに、日本の政治家はどうだろう? そんなことは不謹慎だ、とんでもない、とするのが日本人のようだ。

写真も同じ。
カルティエ・ブレッソンやエリオット・アーウィットの写真集を見てごらん。 「うーん、憎いなあ」 と思わず声が出るようなユーモアが随所に見られる。 ところが日本人の写真家たちの作品を見てもそんな写真に出くわした記憶が全くないのは、あれは、人を笑わせるような写真は芸術的価値が落ちる、とでも思ってるのかしらん。

そういう僕自身も、自分の写真にユーモアという領域はまだまだ開拓が必要だと思っている。 もっと 「遊び心」 を身につけることができれば、写真を取るのがさらに楽しくなるに違いない。 ユーモアだけをテーマにした写真集なんかを出したら、ぜったい売れると思うんだけど、日本じゃダメかなあ。
ところで上の写真の失敗は、男性の裸像にピントを合わせないで、それを熱心に見ている女性群にピントを合わせてしまったこと。 僕としてはそちらの方に興味があったからしょうがないといえばしょうがないんだけど。 (右端の男性も興味の対象は僕と同じだったようだ)。





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鼻のない顔
Cape Cod, Massachusetts, USA


人の顔に見えてしまうものって、けっこうどこにでもあるものだ。 それに気がつくかつかないかはあなたの知覚の問題で、顔を探して散歩に出るというのも楽しそうだよね。







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出口?
Pittsburgh, Pennsylvania USA


こんなショットもただ漫然と歩いているとつい見逃してしまいそう。 前にどこかで見た誰かの写真で、墓場の横に立てられた道路標識に 《Dead End 》 と書かれていたのは、あれはユーモアの傑作だと思う。






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凝視(2)
Paris, France


これはヨーロッパでしか見られないような大胆な広告なんだけど、それを無心に眺める男は実は我々の同行のひとり、アメリカ人のKさんだったのだ。 そのことは以前 『パリのメトロ』 に書いている。


写真のレシピ(1)』 カラーかモノクロか
写真のレシピ(2)』 ポイントを決めよう
写真のレシピ(3)』 陰影礼賛
写真のレシピ(4)』 クロップの勧め
写真のレシピ(5)』 続・クロップの勧め
写真のレシピ(6) 群集劇のおもしろさ
写真のレシピ(7)』 ミニマリズム
写真のレシピ(8)』  警告!
写真のレシピ(9)』 芸術写真?


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日曜の朝

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ミサのあと
Park and Tremont Street, Boston
 

日曜の朝は
広場に鐘の音がひびく
陽はもう高く
教会の屋根に鳩が群れる
あたりに漂う
コーヒーの香り
          
ゴシップに忙しいおとなたち
そのあいだを走りまわる子どもたち
今朝の牧師様のお説教はとても良かった
お父様のぐあいはどう?
スーザンの結婚式は来月だったかしら
そのお洋服とっても素敵!
          
どこかの国の詩人が言ったっけ
《世はすべて事もなし》
          
日曜の朝の          
つかの間の平和



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