過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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危険な関係



危険な関係のサンバ
Art Blakey and his Jazz Messengers


高校生の僕はフランスから日本上陸をしたヌーヴェル・ヴァーグの渦中に溺れていた。
衝撃的な物語、即興性の多い演出、スタジオを離れたロケーションだけの撮影、眼を見張るようなモノクロの映像。そしてその裏に、いつも流れていたのがモダンジャズだったこともさらに拍車をかけたようだ。
「い とこ同士」(シャブロル)、「大人は判ってっくれない」(トリュフォー)、「美しきセルジュ」(シャブロル)、「勝手にしやがれ」(ゴダール)、「ヒロシマ・モナムール」(アラン・レネ)、「去年マリエンバー ドで」(ロブ・グリエ+アラン・レネ)、「死刑台のエレベーター」(ルイ・マル)、そしてこの「危険な関係」(ロジェ・ヴァディム)、と50年前に見た映画をよくもまあ覚えていたと自分で感心するくらいに思い出せた。 もちろん、調べればもっともっといっぱい見たのはまちがいない。

「危険な関係」を最初に見た時は、主演のジェラルド・フィリップやジャンヌ・モローはその頃の僕には大人のお兄さんお姉さんという感じがして、彼らのやる放埒な恋と誘惑のゲームをポカンと 口を開けて見ていたと思う。その中で若いアネット・ヴァディム(監督の奥さん) が僕のお気に入りで、そのあと同監督の「血と薔薇」でもうすっかり彼女に魅せられてしまっていた。あんな美女を自分のものにできるなんて、映画監督とはなんとうまい商売だろう、と憧れたものである。
しかし「危険な関係」で映像と同じくらいに僕がショックを受けたのは、音楽担当のこのアート・ブレーキーのグループだった。このテーマ曲はピアニストのボビー・ティモンズの作曲によるものだけど、このサンバを聞けばすぐ判るように、主役はむしろうしろで凄絶なドラムとパーカッショ ンを叩く大殿のアート・ブレーキ―だった。この演奏には映画の醸しだす頽廃とエロティシズムの雰囲気そのままに、緊迫したテンションが溢れている。

ロジェ・ヴァディムといえば、一生に結婚を5回繰り返した。
後年になって "My Life With The Three Most Beautiful Women In The World (1986)" (世界でもっとも美しい三人の女たちと私) という自伝で、以前の二人の妻と一人の恋人の女優たちのことを書いたのは、5人目の妻、女優のマリー・クリスティーヌ・バローと結婚する数年前だったから、 あの本を読んだバローとしてはどんな気持ちで彼との結婚に踏みきったのだろう、と考えてしまった。

1952年に、24歳だったロジュは17歳の少女ブリジッド・バルドーと結婚したあと5年後に離婚。
その翌年にアネット・ストロイバーグ(アネット・ヴァディム) と結婚してこれは2年後に離婚。
その翌年、1961年に17歳のカトリーヌ・ドヌーブと知り合い、結婚はしなかったが2年後にドヌーブがロジェの息子を生んだ直後に二人は別れている。
その同年、ジェーン・フォンダと同棲を始めて2年後の1965年に結婚、この結婚は8年続いた。
1975年には衣裳デザイナーのキャサリン・シュナイダーと結婚。 2年後に離婚。
それから13年間は、さまざまの女達との情事を繰り返したあと、
1990年に最後の女性となるバローと結婚をして、10年後に72歳のロジェはバローの胸に抱かれて死んだ。

なんという人生!

文字通り芸と女に生きたロジェ・ヴァディムは只の「女たらし」ではあるまいと思う。一つ一つの恋に彼はすべてを賭けたような気がする。映画界の寵児としてその気になれば、永遠のバチェラー(独身男) を通しながら次々と女を変えていこうと思えばできたろうに、彼はそうしないで律儀に結婚を繰り返して、それぞれの女に4人の子供を生ませている。きっと、それぞれが最後の恋だと思っているうちに、さらに崇高な至上の恋に巡りあってしまったのだろうか。その終わりのない遍歴は最終的にマリー・クリスティーヌ・バローとの結婚という形で終結する。ずっと以前から知っていた女優だった。
そして10年後の2000年に、今まで関係のあったどの女よりも先にあっけなく死んでしまう。

なんという人生!




私は誘惑には絶対に逆らわない
なぜって
自分のためにならないことに誘惑を感じることはない
と発見したから。

George Bernard Shaw



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在りし日の歌

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石の街にて
Haute-ville, Vaison la Romaine, France



                          骨


                   ホラホラ、これが僕の骨だ、
                   生きてゐた時の苦労にみちた
                   あのけがらはしい肉を破つて、
                   しらじらと雨に洗はれ、
                   ヌックと出た、骨の尖(さき)。

                   それは光沢もない、
                   ただいたづらにしらじらと、
                   雨を吸収する、
                   風に吹かれる、
                   幾分空を反映する。

                   生きてゐた時に、
                   これが食堂の雑踏の中に、
                   坐つてゐたこともある、
                   みつばのおしたしを食つたこともある、
                   と思へばなんとも可笑(をか)しい。

                   ホラホラ、これが僕の骨――
                   見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
                   霊魂はあとに残つて、
                   また骨の処にやつて来て、
                   見てゐるのかしら?

                   故郷(ふるさと)の小川のへりに、
                   半ばは枯れた草に立つて、
                   見てゐるのは、――僕?
                   恰度(ちやうど)立札ほどの高さに、
                   骨はしらじらととんがつてゐる。
                           
                                   ―――― 中原 中也




以前に書いた 未来からかかってきた電話 はこの石の街の前編とでも言えるものです。


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風習の違いということ

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近所のパーティでビールを飲む男
Somerville, Massachusetts USA


もう5年も前になるだろうか。
この写真を以前のブログに載せた時、日本から数人の読者がコメントを付けてくれた。 ところがコメントの内容はどれも 「ビールをラッパ飲みしている男のこと」 ではなくて 「男がビールをラッパ飲みしていること」 についてだった。 人前でビールをラッパ飲みするようなことだけはしたくない、と書いた人もいれば、そんなことが日常的にできる階級層の人間を捉えた、社会派のドキュメンタリーとしてこの写真を見た人さえいた。

これには慌ててしまった。 そして考えさせられた。
長年アメリカに住んでいるばかりに、日本の風習を全く忘れていた自分に気がついたのである。
アメリカではビールはラッパ飲み、と決めている人達が実に多い。 (アメリカには大瓶のビールはない) 特に若い世代に多いようだ。 家庭ではもちろんだけど、パーティやバーなどで、それがとくにかしこまった場所でもない限りビールはラッパ飲みなのだ。 その辺の大衆的なレストランやバーではビールを注文するとウェイトレスが必ず、「グラスを付けますか?」 と訊いてくる。 ほとんどの人が "No" と答えるようだ。 僕自身はグラスを持ってきてもらうことが多いが、それはグラスで飲んだほうがビールの味が良い、というそれだけの理由である。

思い出したのは、以前日本に帰国した折に、それほど親しくない知人の家での野外パーティに招待された時のことだった。 暑い夏の盛りで、普段はほとんどビールを飲まない僕も、そこに冷やしてあったビールの小瓶を取り上げて何気なしにラッパ飲みしてしまったのだ。 それを見た当主の奥さんが、「あらあら、まあまあ、グラスがありますのに・・」 と呆れた口調で云うとあわててグラスを持ってきてくれた。 あとで何を言われたかは知る由もないけれど、少なくとも彼女に対する僕の印象が落ちてしまったのは確かのようだった。

考えてみるとこういう風習の違いは、大したことじゃない、で済まされないことが多い。 それが日米間のビジネスの世界だと大変なことになる場合がある。  まとまる話がなかなかまとまらない原因が、ビジネスのマナーや話の進め方などの些細な風習の違いから来ていたということが何度もあった。 僕がアメリカの企業に雇われた理由の一つは、そんな違和感を緩和するという役目もあったのは否めない。

というわけで、僕が今日云いたかったのはビールの飲み方ウンヌンではなくて、風習の違いは時として思わぬ結果を招くことがある、ということなのだった。 世界がどんどんとグローバル化して行く中で、これは見逃せないことだ。
お互いの風習の違いを理解するのは簡単なことではないけど、大切なのは、違いが存在するのだということをお互いが常に意識することじゃないのだろうか。

あ、ところで、
ビールをラッパ飲みすることは (まだ拘るか!)、あとの洗い物が少なくなるという大きななメリットがあるのです。


人がいちばん気にするのは
人間性に反する行いではなく
風習や習慣に反する行いをした時だ。
プルターク






* 風習の違いは今まで何度も書いた。 例えば 『レディファーストの国 アメリカ』


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プロとアマチュアのちがい・・・写真のレシピ (15)

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海辺のワークショップ
Rockport, Maine USA


「プロ」 と 「アマチュア」 とはよく聞く言葉だ。
この言葉の使い分けは、日本とアメリカで少し違いがあるようだ。 日本ではどうも、もの事に熟達して人よりも秀でたことをしている人をプロと呼んで、アマチュアとはまだ未熟で勉強中の人を指すらしい。 「やっぱりプロは違うねえ」 とか 「あいつはまだアマチュアだよ」 というような使い方をする。 つまりレベルの差、質の差、ということなのだろう。 これはかなり曖昧で主観的な区別だといえる。

それがアメリカだとその区別はかなりはっきりしている。 アメリカでのプロの定義というのはずっと簡単で、プロとはその仕事でもって生活を支えている人、ということになっている。 たとえば最近ある日刊新聞での恒例のフォトコンテストが実施された。 そこではプロとアマチュアの別々の部門が用意されていて、その応募資格の欄に二者の違いをハッキリとうたっている。 つまり年収の二分の一以上を写真で稼いでいる人はアマチュア部門への応募資格がない、という規定だ。 二分の一か三分の二かは議論の余地があるとしても、数字にはっきりと現れるこの区別は、仕事の質や本人の才能とはあまり関係がないわけだ。 事実、コンテスで発表された結果を見ると、プロ部門とアマチュア部門の入賞作品群は、見ただけでは絶対に区別のつくようなものではなかった。


その定義で行くと、僕なんかたまに自分の写真が売れることはあっても、年収の何分の一どころか毎月の飲み代にもならないくらいの僅かな収入にしかならないから、僕は立派なアマチュアということになる。 それなのに日本へ行くと周りの人たちからよく、「いやいや、プロのあなたに見てもらうようなものじゃないです」 とか 「プロのあなたに褒められて凄く嬉しいです」 と云われる。 その度に僕はすごく妙な気がするのだ。 「僕はプロなんかじゃないですよ」 と言いたくなる気持ちを抑えることができない。 そしてたとえそれを口に出しても、その言葉はただの謙遜としか取られない。 しかし告白をすると、プロと呼ばれる度に、僕の心に中にあるささやかなプライドのようなものがいつもちょっとだけ傷つけられるのだ。 「僕はプロのような何でも屋さんじゃないつもりなんだけどなあ」 と思ってしまうのである。

僕は昔、それぞれ違う時期に音楽と写真の両方の世界でプロをやっていた。 だからプロの世界がどんなんに厳しいものかは身に沁みて体験している。 自分の好きなことをやって金をもらえる、そんな生易しいものではないのだ。 いったんクライエントに雇われてしまえば、やりたくないこと、嫌いなことでも何でもやらなければならない。 やりたい仕事だけを選択して生きていけるような贅沢は無いのである。

そこへいくとアマチュアというのは実に贅沢だ。 嫌なことをやる必要は全く無い。 自分が本当にやりたいことだけを、とことんまで追求すればいい。 ダメを出すクライエントもいなければ、仕事を納めたあとの成果を気にすることもないし、第一あの、身の毛もよだつほど恐ろしい 「締め切り」 などというものは存在しない。 自分の締め切りは自分が死ぬ時だと思えばいいのだ。 だから、アマチュアとして生活のできている芸術家は、この世でおそらくもっともラッキーな人だと云っていい。

繰り返そう。
何よりも一番大切なことは、プロとアマチュアの差は質ではないということだ。

***


冒頭の写真は以前にも書いた 『海辺のワークショップ』 のクラス風景。 講師のジョン・ロンガードは僕のすぐ横に立っていたので、写真に入っていないのが残念だ。




過去のレシピ

写真のレシピ(1) 「カラーかモノクロか」     
写真のレシピ(2) 「ポイントを決めよう」
写真のレシピ(3) 「陰影礼賛」    
写真のレシピ(4) 「クロップの勧め」
写真のレシピ(5) 「続・クロップの勧め」
写真のレシピ(6) 「群集劇のおもしろさ」
写真のレシピ(7) 「ミニマリズム」
写真のレシピ(8) 「警告!」
写真のレシピ(9) 「芸術写真?」
写真のレシピ(10) 「ユーモア」
写真のレシピ(11) 「被写体はどこにでも」
写真のレシピ (12) 「フレームの中のフレーム」
写真のレシピ (13) 「パターン」
写真のレシピ (14 「わたくし的なポートレート」


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夏を謳歌する

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摂氏41度の世界で
Puerto Vallarta, Mexico


日本では35度を超えるような暑い夏が続いているらしい。
それはアメリカでも同じで、僕の住む中西部も先日37度という日があった。 ただ日本と違うのは、こちらでは暑い日とそうでない日が、数日づつ交互にやってくるという奇妙なことが今年は起こっている。 今日などは、朝起きた時が17度、昼の盛りでも24度まで気温が上がっただけだった。 明け方は涼しくて、僕は知らないあいだに毛布を足元から引っ張り上げていた。
我が家の階下の壁に付いているサーモスタットは24度に自動設定されたまま、夏中ほとんど触る必要はないのだが、昨日今日と一度もエアコンが入って来なかった。 そのくらい涼しいのだ。

ところが階下は常に24度に保たれていても、二階の部屋はそれよりも常に数度高い。 正確に云うと我が家では 2.8 度だけ高いのである。 これは夏だけではなくて、冬にヒーターを入れた時も同じだ。 つまり一年中を通して二階は階下よりも常に 2.8 度高いということになる。。 そしてこの26度半という階上の気温が僕にとってはもっとも快適だ、ということを発見した。
一階と二階でこれほどの温度差があるのは、アメリカの家庭では常識となっているようだ。
先月フロリダの義弟の家に滞在した時も、全家族の寝室は二階にあるのでそれに合わせて温度が設定されているため、一階の客間で寝ていた僕は最初の夜に涼しすぎて困った。 夜中にごそごそ起きだしてクロセットを開けてみたけど毛布など見当たらず、といってもう休んでいる住人を起こすわけにもいかないので、仕方なく持ってきたウィンドブレーカーを着込んで眠りについた。 そんな夜中でも外は35度の暑さだというのに。

思うにどうも僕は生まれつき寒がりやさんのようだ。
二階の仕事部屋でほとんど一日を過ごして、夜寝るときも二階の寝室で寝る僕は、階上に留まっている限り快適な状態にある。 それが時々、食事とかテレビを見たりするために階下に降りると寒くてたまらない。(これは冬も同じということになる) だから階下に降りるときは何かを上に羽織るという習慣がついてしまった。

昔からそうだったけど、暑さはわりと平気なのだ。 それに第一、「夏を謳歌する」 という言葉が好きだ。 謳歌という言葉は夏のためにあるのだと思う。
先日も息子と、32度の炎天下で誰もいないテニスコートで思い切りボールを打った。 まるで水からあがったようにびしょびしょに汗をかいて、さすがにその日は2時間持たなかったとはいえ、なかなか爽快だった。 シャワーのあとで体重を測ったら 2.3 キロ減っていた。
だから、暑さには僕は強いのだ。

こんなことを云うと日本の人たちに
「それならこの日本のもの凄く蒸し暑い夏を体験してごらん。 考えが変わるよ」
などと云われてしまいそうだ。



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8月のクイズの結果は・・

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ポケットに新聞を差し込んで、葉巻をくわえる男
Boston, USA


これは今までのクイズの中で僕自身が楽しんだという点では、圧巻だった。 解答を見る度に、吹き出したりニヤニヤしたり感心したりする自分がいた。
ともかく、まず優勝者から・・・




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リャマ (ラマ)


これを答えてくれたのは誰あろうあの、belrosa さんである。
女優さんというのはなにしろ人の顔を見ることにかけてはプロだから、当然といえば当然かも。 といって 「プロお断り」 の規則が僕のクイズにあるわけではないので、喜んで彼女の優勝を認めよう。
彼女がおっしゃるには、ブログの写真を見たとたん、クイズの問題を読むより前にもうこの動物を思い出したそうだ。 凄い直感力だと思う。 (見た途端にある昆虫を思い出した、という人はもう一人いてそれについてはあとで述べる)。

ところで、「アルパカ」 と解答した人がいて(Via Valdossola さん) 僕の頭のなかではどちらがどうなのかわからないので、あれこれ写真を検索してみた。 それでわかったのはアルパカもリャマもどちらも南米に住むラクダ科の動物だそうだ。 道理で似ていると思ったわけだけど、よく見ると両者には違いがある。 ここはわずかの差でリャマの勝利だった。 (ところで、ラクダと答えた解答者も二人いた)



それからとにかく笑ってしまったのは、micio さんの 「水飲み鳥」。 これは凄く気に入った。
帽子をかぶったところや、首が長いうえに葉巻の代わりにクチバシが突き出てるところなんか実にそっくりなんだけど、残念ながら水飲み鳥くんは顔が丸過ぎる。
それにしてもこのおもちゃ、実に懐かしい。 (いやあ、あのオットリとした動作を思い出すと、可笑しくて僕はまだ笑ってる)





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水飲み鳥



それから、yspringmind さんの 「バッタ」。
バッタは色んな種類がいるので、僕には今ひとつ想像ができなかったけど、彼女が見たというバッタはきっとそっくりだったに違いないと思う。 yspringmind さん、写真を撮れば良かったね。
彼女はこんな説明を付けてくれた。

『 文章を読む前に、写真を見た途端、一昨日まで家の入り口の近くの壁に止まっていた体長8cm もある茶色いバッタによく似た男だと思ったのですが、そういう訳でこの人をバッタさん。
ところでその大きなバッタは暑さでまいってしまい、右へ行ったり左へ行ったりと暫く歩き回っていましたが、終いには跳ねるのを忘れてしまったのか歩いて門の外に出て行きました』



そうそう、水田博之さんの 「ジャコメッティ」。
たしかにジャコメッティの彫刻作品に感じが似てるな、と思いながらジャコメッテ自身の写真を見たら、これがまた問題の男に似てるので笑い出してしまった。 水田さんの意図はどちらにあったのだろうか? たぶん作者を指したのだろうと思う。


***


それでは今回の全解答をここに載せよう。
バッタ、キリン、水飲み鳥、第4の目(?)、リャマ、ジャコメッティ、ワシ、ラクダ(二人)、アルパカ、仏のシラク大統領、バセットハウンド、ゴイサギ。
どれもこれも秀逸でした。

belrosa さん、おめでとう。
住所氏名を非公開コメントにして送ってください。
お好きな写真を指定することを忘れないように。
数日経ってもご返事のないばあいは棄権とみなして次の方を選びます。


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古いアドレス帳

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閉ざされた窓
Venice, Italy


知らない国の知らない町をさまよう。
歩いていて新しい道にぶつかる度に、そこを曲がるかそのまままっすぐ進んで行くか迷う。 その決定はいつも直感的なもので理由はなかった。 新しい道を行くことに決めた時は、もしその先に何もなければまたここへ帰って来ればいいと思う。 しかし、元の場所へ帰って来ることは、偶然でそうなってしまった以外はほとんどなかった。 何となくわれわれの人生に似ている。

迷路のようなベネツィアの町はそんな歩き方をするのにはうってつけの場所だった。 僕は昼間の大群衆がまだ眠っている時間にうんと早起きしをして、夜明け前の町を彷徨する。 そこには自分だけのヴェネツィアがあった。
そうしていつの間にかこんな所へ来てしまっていた。 ちょうど夜が明けたばかりで、人々が起き出してくるにはまだ早い。 どの窓もぴったりと黒い雨戸が閉じられていて、窓の内側ではいったいどんな生活が営まれているのか想像もつかない。 よく見ると一つだけ開けられた窓があって、引かれた白いカーテンが朝風に揺れていた。 それを見てなんとなくほっとする。 そこに暮らす見知らぬ人となんとなく心が通じたような気がしていた。  

ひとの心も同じだ。
お互いに心の窓を少しずつ開きながら新しいつきあいが始まっていく。 ひとにもいろいろあって、固く心を閉ざしてめったに窓を開けない人もいれば、少しずつゆっくりと時間をかけて開けてくれる人もいる。 そして僕のように、わりと簡単に開け放してしまう人間もいる。 それがいったん心が通じ合えば、そのつきあいがどこまで深くつながっていくかは人それぞれに違うとしても、僕にとってはそのどれもが大切な人たちとなっていく。
そういう人たちとの付き合いも、長い間変わらずに続いているのもあれば、いつのまにか宙に留まったまま自然と疎遠になってしまったものもある。 「去るものは追わず、来るものは拒まず」 とは長い間に僕の人生の理念となってしまったようだ。

それが時々失敗をする。
あの時、 「去るもの」 をもっと追って行けば良かった、追うべきだったと後悔したこともあったし(これはけっこうあった)、違う時には 「来るもの」 を拒んでいればあんなことにはならなかった、と反省したこともある。(これはずっと少ない)

古いアドレス帳を見ながら、そんなことを考えた。



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8月のクイズ

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ポケットに新聞を差し込んで、葉巻をくわえる男
Boston, USA


今月はちょっと毛色の変わったクイズだよ。
読者の皆さんの想像力と創造力と肖像力を一挙に試してみたい。

1970年代の、ボストンはダウンタウンのビル街ですれ違ったこの男、なかなかおもしろい顔をしていると思わない?  おもしろいという意味は可笑しいという意味ではなくて味のある顔、という意味なんだけど。
それにしても僕はこの男の顔を見るたびに、何かの動物に似てるような気がしてしょうがなかった。 あれこれと思いあぐんでみたけど、それが何なのだどうしてもピッタリと言い当てられないんだよね。

そこで今月のクイズ。
この男の顔や姿が読者に何を思いださせるか、皆さんの素直で直感的な印象を云って欲しい、というわけです。
動物でも昆虫でも、あるいは必ずしも生きものでなくてもかまわない。 何でもいい。 僕が読んで 「ああ、これだ!」 と膝をたたくような解答を当選としたい。

そして今月の応募者にはもう一つ特典があるんだ!
この猛暑のまっただ中で、疲れた頭脳を酷使して(無い)知恵を絞ってくださる皆さんのために・・・

もし、採用したいと思う秀逸な解答がなかった場合、
全応募者の中から抽選で一人を当選としたい。

どう? やる気出たでしょう?


当選の方に、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは今日から1週間。
答えは非公開コメントにして下さい。




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イタリアの旅 フィレンツェ (2)

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ボーボリ庭園 Ⅰ


ボーボリは彫像の庭園だった。 いたるところに彫像があった。
16世紀にメディチ家が所有していて、彼らはこのすぐ裏手にあるピッティ宮殿に住んでいた。 当主のコジモ1世が華麗なパーティのあとで、「ちょっと腹ごなしに散歩でもするか」 と云って奥方のエレオノーラを連れて 「糸杉の坂道」 をそぞろ歩いたり、この池のほとりで、激しい変遷を経てきたメディチ家の来し方行く末に深い想いをはせたのかもしれない。




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メディチ家の変遷と興亡はまるで長編小説を読むようで実におもしろい。
しかし代々の当主が昔から変わらずに守ってきたのは、芸術の偉大なパトロンになることだったようだ。 ボッティチェリ、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、を筆頭にメディチ家の擁護がなければイタリアのルネサンス芸術はここまで爛熟しただろうか?





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僕らがつい先程までいたヴェキオ橋周辺の狂的な混雑とくらべて、ここの閑静さは嘘のようだった。
この広大な公園でほんのたまに行き交うのも、観光者だけではなくて地元の人達が多かった。 




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今度イタリアを訪れる機会があるとしたら、その旅行のテーマはこの時もうはっきりと僕の頭のなかにあった。 メディチ家の変遷を辿る、というテーマが。
当然ながらその旅の本拠地はフィレンツェということになるだろうな。




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イタリアの旅 フィレンツェ (1)

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ウフィツィ美術館から見るヴェキオ橋
Florence, Italy


前回のイタリア旅行で、フィレンツェ (英語ではフローレンスと味気なく呼ばれる) をどうするかで僕ら一行(4人)の意見が二つに分かれた。
我々がベースキャンプに設定したボローニャからは、フィレンツェ はそんなに遠くない。 行こうと思えば汽車でも車でも容易に行ける距離である。 しかし僕に言わせると、近いといっても行けば一日がつぶれてしまう。 しかも観光地のメッカと言われるフィレンツェに世界中から集まって来るうんざりする数のツーリストに揉まれてクタクタになるに違いない。 それよりはもっとリラックスした田舎の町巡りをしてのんびりとイタリアを楽しみたい。 今回、ロ-マをバッサリと切ってしまったのと同じ理由でフィレンツェも棄てよう、というのが僕の意見だったのである。 それに対する反対意見は、せっかくボローニャにいながら隣町のフィレンツェを見なかったら、きっとあとで後悔するよ。 ということだった。 そう言われてみると実は、僕が生きているあいだに (ちょっとオーバーかな) どうしても見ておきたい二枚の絵がそこにあるのを思い出した。 そこで結論は、ともかく一度行ってみよう、それでそのあとのことは自然と決まるだろう、という ことになった。
結果から言うと、僕らはこの旅で二度とフィレンツェへは帰らなかった。 この町は二度や三度の訪問で満喫するにはあまりにも深いリッチな文化を持った場所だ、ということを全員が納得したからだった。 しかし一度きりの訪問だったけれど、僕にとってはあの二枚の絵に逢えたことで忘れられない日帰りの旅となった。

その日フィレンツェに車で到着したあと、僕らの一行は二手に別れて別行動をとった。
アカデミア美術館に何時間も並んでダビデを見る気がまったくなかった妻と僕は、切符を予約していたウフィツィ美術館へとやって来た。 入ってみてまず落胆したのは、館内写真撮影禁止である。 フランスではどこの美術館でも撮影禁止などいっさい無かったのでこれには参った。 そこで窓から外の景色を撮るのならかまわないだろう、とコンパクトカメラでこっそり撮ったのがこのアルノ川と、その川にこぼれ落ちそうなほどぎゅうぎゅうにツーリストが詰まったヴェキオ橋である。



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モヒカン


撮影禁止の場所で盗み撮りをするのはちょっと勇気のいることだった。
撮影はもう諦めていたのに、このじっと見入っている青年と、絵の中の男の数百年を隔てたモヒカン刈りの対面を目にした時、衝動的に僕はカメラを取り出していた。

芸術のためには、あらゆる行為が正当化される。 ―― September30




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グレコ・ローマン


最初の犯行に味をしめて、だんだん大胆になってきて僕は数枚の写真をコッソリとものにしていたが、この彫刻を撮ったところで警備員に摘発された。 僕は 「ミ ディスピアーチェ」 を何度も繰り返して勘弁してもらったが、そのあとは警備員の不審そうな眼がなんとなく僕についてまわった。
それにしても残念だったのは、その隣りの部屋に行く前に捕まってしまったこと。 そこには今日の僕が一番期待していた二つの巨大な絵が並んでいて、それがどうしても見たいばかりにフィレンツェまでやって来たのだった。

ボッティチェリの 「ヴィーナスの誕生」 と 「春」。
あの部屋で経験した陶酔の世界は、またいつか章を改めて書くことになるだろう。



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考える人、考えない人

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考える人
上野 国立西洋美術館



人にはどうも二種類あるような気がする。 「考える人」 と 「あまり考えない人」 と。
「考える人」 は、自分に起こることや身の回りのことなどをいつも深く解釈しようとする人で、「あまり考えない人」 はそういうことにわりと無頓着で生きていくことができる人のようだ。 といって前者が思慮深くて頭の良い人で、後者が無知で浅薄な人、ということではない。 そして日常の細かなところまでいちいち良く気がつく人と、そうでない人、ということでもなさそうだ。 両者の違いはもっと深いところにあって、生まれながらの性格とか実生活での經驗に由来するようだ。

僕は自分では「考える人」 族に属すると思っている。 そのために時々それほど重要ではないことに頭を使い過ぎて疲れてしまい、やれやれと嫌になってしまうことがある。 そしてそういう時、「あまり考えない人」 が羨ましくなる。 いろいろなことを気にしないでスルっと流せたらどんなに楽だろうかなんて考えてしまう。 もの事に悩まない、という人は実際にいたるところに存在するのだ。
理想的なのは、この両者の資質を両方共備えていて、必要な時にスイッチ一つで切り替えることのできる人だと思うけど、それは僕から見るとすごく難しいことのように思える。 でもそれができる人というのはきっといるはずだとも思っている。

話は少し外れるけど、英語にインテリジェント (intelligent) とインテレクチュアル (intellectual) という二つの言葉がある。
日本語では双方とも 「知性的な」 という意味に使われるけど、この両者には微妙な違いがあるようだ。 この二語は英語を話す人たちの間でもよく議論の的となる言葉で、色んな意見が飛び交っているが大体のところを総括するとこういうことのようだ。
インテリジェントというのは、知識とか教養とかというより、生まれつきその人が持っている思考力とか判断力を指すという。 それに比べてインテレクチュアルは、努力して獲得した高い知的なレベルの資質だという。 日本語で言えば、前者を 「知性」、後者を 「教養」 とでも呼ぶのだろうか。

卑近な言い方をしてしまえば、学歴も何もないごく世俗的な人が実はとても知的(インテリジェント)な人だということは十分あり得るわけだ。 その一方、豊富な知識や常識を持っていてインテレクチュアルと見なされる人でも、インテリジェントではない人がいる、ということになるのだろう。
なるほど、と思ってしまった。
そうすると、最初に述べた 「考える人」 はまさにインテリジェントの範疇に入るようだ。 そして、世間で知識人と見なされていて高い学識や教養を持つ人の中にも 「あまり考えない人」 は存在する、ということになる。 

自分の周りの友人や知人を改めて思い出してみると、すごく親しくしている 「あまり考えない人」 もいれば、自分と同族の 「考える人」 なのにそれほど好きとはいえない人もいるようだ。 ということは、知性の有る無しと好き嫌いとは、これも関係がないような気がする。
ところで、人は僕のことをどう思っているのだろうか、と考えてしまった。



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