過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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11月のクイズの結果・・・正解者なし

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これ何?
Apopka, Florida USA


今月のクイズは難しかったようだ。

① ワインを作るためにブドウの粒を潰す
いかにもありそうに僕には思えたのにこれを取った人は一人もなかったのはちょっと驚き。 だけど正解じゃない。

② 洗濯したあとの衣料やシーツなどの水を絞る
4人を除いたあとの人達がすべてこれを正解とした。 外側の色や模様で女性的な作業を想像したのかもしれない。 脱水機なら洗濯物を2本のローラーのあいだを通すだけだから、もっと簡単な機構ですむと思う。 これほど大袈裟なものは必要ないだろう。

③ 剪伐した樹の枝の葉を取る
これが正解。 小枝に付いた葉を1枚1枚むしるのは大変な作業だろう。 この機械に枝を上から通してやると、中にある刃が葉っぱをきれいにこそぎ落とすようにできているそうだ。 葉を落とした小枝は編んで庭の柵にしたり籠を作ったり、短く折って薪を焚くストーブや暖炉で火種を起こしたり、色々な使い道があったんだよ、とオーナーが話してくれた。

④ チェリー(サクランボ)の実を枝と分離する
チェリーを採るなら木から直接もぎるから、これはありえない。

⑤ 家畜用トウモロコシの粒を取る
これはいかにもありそうに僕には思えたので、オーナーに尋ねる前の僕の推測はこれだった。 彼いわく、うん、悪い推測じゃない。 でも家庭でならナイフで簡単に粒は取れるからこんな機械は必要なかったし、家畜用の巨大な電動のものは見たことがあるけど手動というのは見たことがない、と言っていた。

⑥ パスタを作る
これはジョークとして付け加えたんだけど、これで作る巨大なパスタなら、古い西部劇に出てくるような、家族や使用人が何十人といる農家で夕食に出せるだろう。 しかしこれで作ったパスタなんて何となく食欲を削がれるような気がしませんか?


というわけで、今月は正解者の無い珍しいクイズとなった。 選択肢を与えたにも関わらず③を選んだ人が一人もいなかった、というのは驚き。 でも正解者無しというのも悪くないね。 賞品の写真をプリントしたりマットを切ったりで時間を掛けたあと、包装して面倒くさい税関書類に記入して、郵便局までドライブして1200円の郵送料(日本の場合)を払って、送り出したあともちゃんと着くだろうかと1週間のあいだ心配したり、それを今月はしなくていいから。

というのはもちろん冗談で、本心はもっとどんどん僕の写真を世界中にばら撒きたいと思っている。




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つわもの共が夢の跡

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センチュリーバー
Dayton, Ohio USA


久しぶりにダウンタウンに足を向けてみて、そのあまりの寂れように驚く。
僕の棲む家から車で15分のところにありながら、ここへ来ることはまずなくなってしまっていた。 以前は勤め先の会社のビルもここにあったから、僕は何年ものあいだ毎日ここへ通っていたのだ。 それが、ビルのレントの高騰に悲鳴を上げた多くの会社がダウンタウンを抜けだして他へ移ったあとは、二つあった大きなデパートの一つが出て行き、もう一つは潰れ、周りにあったほとんどの商店が市外のショッピングセンターへ引っ越してしまうと、僕にはもうここへ来る理由は何も無くなってしまっていた。

この、センチュリーという名のバーには、僕は三日に一度は来ていたものだ。 それも仕事の終わったあとの夜ではなくて、ほとんどいつもランチだった。 料理のメニューは数は多くなかったが何を食べても美味しいものを出していたし、何よりも常連客の好みをすべて熟知している老年のバーテンダーが作るマテニーは天下一品だった。 そう、腕時計を見ながら時間を気にしてそそくさとランチをパクつき、ダイエットコークを飲むような若い連中はここには来なかった。 ここの客たちはビールやマテニーをゆっくりと飲みながら時間をかけて食事をした。 顔見知りの他社の社員と隣合わせに座ったりすれば、そこでまた話はビジネスでもそうでなくてもどんどんと弾んでいったものだ。 商工会議所の会頭に話しかけられて、新たに日本からやってくる企業の世話を任されたのもここだったし、日本へ支社を出すという会社に東京の代理店を紹介してやったのもこのバーだった。

繁雑な目抜き通りの角にあったこのバーは、以前なら道を渡るのに、鼻先を切れ目なく走り抜ける車のそばで長い信号を待たなければならなかったのに、今日来てみると交通はほとんど無くて、赤信号を無視してゆっくりと渡れた。
それでもセンチュリーバーは昔ながらにそこにあった。 以前なら立ち止まって写真を撮るなど、人の流れを止めるような行為は難しかったのに、今カメラを構える僕の周りを通り過ぎる者は誰もいなかった。

朝の10時という時間には店はまだ開いていなくて、ウィンドウには酒のボトルがまるで亡霊のようにそこに並んでいた。






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流れ流れてエジプトへ

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奴隷市場にて (1871)
Jean-Leon Gerome (France) 
Cincinnati Art Museum


美術館の部屋から部屋へと、絵から絵へと、次々にさまざまな違う世界や違う時代にトリップするのが好きだ。
ロシアのコサックの群れを離れた僕は、いつの間にかエジブトの街を歩いていた。

道端で女が売られている。
左端に立っていた褐色の肌の若い女が、僕が近づくのを見て緋色のローブを脱ぎ捨てて全裸になった。 その女も他の女たちも、すぐ目の前を横切りながら自分たちにカメラを向ける僕をまるで見ようともしなかった。 彼女たちの眼は何も見ていない。 深く自分の中に閉じこもって、その表情もたたずまいも、生きることに疲れきっているように見える。 部屋の中の男が僕を見るとニット笑って片手の指を何本か立てる。 値段の交渉をしているのだ。 それを無視して、むんとする熱気の中を歩き続ける僕の顔の周りを数匹の蝿が音を立ててうるさく飛び回った。      

***


21世紀の現代では270万人の奴隷が世界中にいるそうだ。 下の動画に出てくる女の子はモデルでもシンガーでもなく、実生活で奴隷だった。 彼女はアメリカのあるトークショーで取り上げられたのがきっかけになってこのビデオが作られた。



美しい奴隷

もう自分がどこにいるのかもわからない
みんな盗られちゃった
ぶたれて、買われて、慣らされて
今はただ言いつけを聞くだけ

私だって前は無邪気な良い子だったのに
今は誰かの持ち物
知らない人のおもちゃにされて
恥ずかしさとクスリにまみれているけど
でもまだ感じることならできるわ
とても大きな苦痛なら。

ねえ、誰か聞こえてる?
誰かこの鎖を解いて
誰か私を自由にして
                        ----- 訳 September30



Beautiful Slave







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11月のクイズ

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これ何?
Apopka, Florida USA


今年の夏、フロリダを旅行した時のこと。 巨大なアンティークのモールがあったのでそこで数時間を過ごした。
その時ある店先で見たのがこの、 古めかしい器具だった。 ごくシンプルなメカニズムを持つこの手動の器具は、木製の部分はかなり傷んでいて鉄製のギアも錆び付いていたが、ハンドルを回してみるとちゃんと動いて、まだ立派に使えそうだった。 農耕のための器具なのかそれとも昔の農家の家庭で使われたものなのか、と考えながら写真を撮っていたら店のオーナーがやって来て説明をしてくれた。 これはすべての機械が電化される以前の遺物には違いなかった。



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さて、これは何のための器具でしょう?


① ワインを作るためにブドウの粒を潰す
② 洗濯したあとの衣料やシーツなどの水を絞る
③ 剪伐した樹の枝の葉を取る
④ チェリー(サクランボ)の実を枝と分離する
⑤ 家畜用トウモロコシの粒を取る
⑥ パスタを作る


正解の中から抽選で1名を選んで、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは今日から1週間。
答えは非公開コメントにして下さい。


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コサックたちと飲む

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静かな時間
Cincinnati Art Museum, Ohio USA


シンシナティのこの美術館へ来るのは久しぶりだった。 何年ぶりだろう。
僕がまだ現役でやっていた頃は、この美術館でジャパン・アメリカ・ソサイェティのクリスマスパーティをやったりしたものだ。今日来てみると以前は土曜以外は有料だったのが今は毎日無料になっていた。 勝手を知った内部なので、今日は今までに見落としたものを拾っていこうというつもりで来ていた。 僕の住むデイトンの優秀だけど小さな美術館と違って、ここはずっと大きくて、大都市の文化を担っているという意気込みが、スタッフたちの応対にも感じられた。
失望したのはここのカフェで、そっけない食堂という感じしかしなかった。 これなら我がデイトンの美術館のカフェのほうがずっと洒落ていて魅力がある。





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サルタンに返事を書くコサックたち (1891)
Paul Profiroff


今日の収穫はこれ、ロシアのポール・プロフィロフという画家の絵だった。
ロシアの歴史の隙間に存在して、さまざまなドラマを経たあと消滅した特異な集団だったコサック。 雇い主であるサルタンからなにか良い知らせでもあったのだろうか。一人一人の顔に喜びが溢れている。 それにしても何という生き生きとした表情の描写であることか!!
見ている僕自身もいつの間にか土の匂いのするそこへ座って、ウォッカを煽りながら彼らと喜びを分かち合っていた。

ここは全館、特別展以外の写真撮影を許可しているのに、なぜかこの絵に限って撮影禁止のマークが付けられていた。 芙二子がどうしても諦めないので、顔まで持ち上げないで首から吊るしたまま、すぐ背後に監視員の眼を感じながらシャッターを切った。 サイレンサー付きの拳銃で人を撃った時の感覚と似ていた。


いぎりす人は利口だから水や火などを使う
ろしあ人は歌を歌いみずから慰める



仕事の歌
ダークダックス









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恐ろしいものを見てしまった


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ソルトレイクシティーから長崎へ
Air Force Museum, Dayton, Ohio USA


僕のすぐ目の前にあるのは、ボックスカーのニックネームで呼ばれたB29爆撃機だった
1945年8月9日、このB29はソルトレイクシティーの空軍基地で 『太っちょ』(Fat Man) を積み込むと、太平洋を横切り長崎の上空でそれを落とした。広島に原爆が落とされた3日後だった。
そして
その6日後に日本は無条件降伏をしたのだった。





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『太っちょ』

最初の写真にかえって操縦席の外側に描かれた太っちょのシンボルを見て欲しい。
5個のうち1個が赤く塗られているのが長崎の成果だとすると、アメリカは日本の降伏がなければ、更に日本の他の都市へ原爆を落とす計画があったのだろうか?





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『坊や』


この、坊や(Little Boy) と呼ばれた長さ3メートルほどの金属の塊が、これもB29の 「エノラ・ゲイ」 に運ばれて広島に落とされて、実に16万人の日本人の命を奪ったとは・・・・

『太っちょ』 にしても 『坊や』 にしても、人類の歴史を変えるほどの恐ろしいモノに、無邪気な他愛ない愛称を付けるアメリ人のユーモア。
その裏に、底知れない不気味な凄みを感じてしまうのは僕だけだろうか?




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墓地の秋

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眠れる女たち
Calvary Cemetery, Dayton, Ohio USA


この小さな白い墓石の下に眠るのはすべてカソリックの尼僧である。 なぜか没年だけが刻まれていて生年が書かれていない。 一つ一つ見ていくと一番古いのは1894年というのがあった。
一度修道に入ってしまえば、亡くなっても家族の元には帰らないでこうして同僚と一緒になるのだろう。 それとも、世を捨て人を捨てて修道に入った時に、彼女はすでに孤絶の人生を送る決心をしていたのだろうか。

「あなたも早くいらっしゃい。 みんなでいろいろなお話しましょう」
と、老いた尼僧の声が、薄ら寒い晩秋の風に乗って聞こえてくるようだった。 片隅では若い尼僧がクスクスと笑っっている。 
「早くいらっしゃいって言われても・・・」 と僕は答える。
「僕にはまだやらなきゃならないことがあるし、それに僕が死ぬのはここじゃなくて遠い日本の国なんだよ」

尼僧たちの秘そやかな囁きが続き、それを消すように、乾いた落ち葉がかさこそと音を立てて舞い散った。





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この墓地は我が家から車でほんの10分の距離にあって、1周間に1度はここを訪れる。 別に墓地が好きだというわけではなくて、犬を走り回らせるために来るのだ。 ゴルフ場を幾つもくっ付けたようなすばらしく広大な墓地だから、車を乗り入れてその日の気分でいろいろ違う場所に停める。 そして犬を放してやる。 僕はその辺りをゆっくりと歩き回りながら、墓石に刻まれた知らない人たちの名前を読んで、何歳で亡くなったのかを頭のなかで計算したりする。 町の騒音はここまでは届かず、辺りは静寂に満ちている。





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一昨年亡くなった義父が眠るのもこの墓地だったが、今日は迷ってしまってどうしても探し当てることができなかった。 それほどこの場所は広いのだ。 その代わり見つけたのは、綺麗な青い大理石の墓。 靴の箱くらいの大きさしかないその墓は、散歩者やジョッガーがほとんど来ることのない片隅に、その名前の通りに隠れるようにして、ひっそりとそこにあった。





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遠くに見える大きな銀杏の樹の下で、パイシーが糞をする時の多角的なポーズを取っていたので、僕はポケットからビニール袋を取り出して近寄っていく。
するとそこにはこんな墓があった。 しっかりと銀杏の樹に抱かれて、その墓はほかの墓のように寂しそうには見えなかった。 フランクさんは生前に銀杏をことさら愛したのか、それとも只のすごい寂しがり屋だったのか。 僕はビニール袋にパイシーのお土産を入れると、車を停めた方角へ向かって歩き始めた。


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芙二子との静かな午後 その2 

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一部屋だけの学校
Carillon Historic Park, Dayton, Ohio USA


1896年にあった学校の建物がそのままここに移されている。
薄暗い内部へ入ったとたんに僕は自分の小学校の教室を思い出していた。 古い古い木造の校舎だった。 建てられたのはこのアメリカの学校よりもさらに昔のことである。 冬にはこれと同じ達磨ストーブが置かれ、石炭が燃えていた。 その周りに子供たちが持ってきた弁当箱が置いてあり、誰かの沢庵の匂いが部屋中に満ちた。 子供たちは当番制で雪の降る校庭へ、バケツを下げて石炭を取りに行った。 児童数はクラスに40人はいたと思うから、この写真の教室とサイズはほぼ同じである。 といっても僕らの小学校は1学年に4クラスあったから、全学年では決して小さな学校ではなかったけど。
僕の机は教室の最後列にあって、すぐ左隣りには僕が秘かに想いを寄せていた布団屋のよしこちゃんが、そして右隣にはどうやら僕のことを好きらしい刃物屋のトキちゃんが座っていたから、いつもドキドキして勉強にはあまり身がはいらなかった。

そんなことをぼんやりと思い出していると、当時の衣装をつけたボランティアの女性が入ってきた。 そうだ、彼女に僕らの担任だった秋鹿(あいか)先生になってもらって写真を撮ろう、とお願いしたら快くひきうけてくれて、黒板の前の椅子に腰掛けてくれた。

教室の中はかなり暗い。
レンズの絞りを開放のF2、ISOを自動に設定してフラッシュ無しで撮ってみると、ISO1250で驚くほどきれいに撮れている。 それなら、と絞りを4にしてISOを5000で試してみたら、さすがにノイズがかすかに出てきているが気になるほどではない。 ニコンの姥桜(D200)ならノイズだらけになっているところだ。 さすがは俺の芙二子だ、と褒めてやる。 こんな暗さでフラッシュ無しで撮れる、ということが秋鹿先生にはどうしても理解できないようだった。

「毎日ここへ来ていながら、自分の入った写真を見たことがないのよ」 と、秋鹿先生が言ったので、それじゃああとで送ってあげようと、いうことでメールのアドレスを交換する。




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地に堕ちた栄光

1912年頃のデイトン。
盛況を極めたダウンタウンのど真ん中にそびえるカラハン ビルディングの突端に、この時計塔があった。
ニューヨークのシンボル、エンパイアステートビルとまではいかないにしろ、この時計塔ほど当時のデイトンのシンボルとされたものは、後にも先にも無かったらしい。 ずっとあとになってビル自体が取り壊されたあと、これほど市民に愛されたものを失うのに忍びなく、この塔はどこかで長いあいだ保存されていた。 そして2006年以来この歴史パークに展示されているのだが、これを見て涙ぐむシニアの人たちがいる、とはいっしょに歩いてくれたボランティアの秋鹿先生の話である。




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本館のロビー


はあー疲れた!
若くてエネルギッシュな芙二子の相手をするのは大変だったけれど、でも楽しかった。
こんな素晴らしい場所が家から車で10分のところにありながら、最後に訪れたのが数年前だ、ということが自分でも許せない。 この町を去るのはもうはるかに先のことじゃない、と思う時、そうだこれからはこの20年以上住んだ町を記録に残して置かなくちゃ、と思う。
そのために芙二子が現れてくれたのだ。





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芙二子との静かな午後

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秋の日差し
Carillon Historical Park, Dayton, Ohio USA


「あなたが長いあいだ住んでいるこのデイトンの町が見たいわ」
と、最近急激に親密になった芙二子(フジX100S) がせがむので、久しぶりにカリロンパークの博物館を訪ねた。



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ミセス デイトン

博物館の入り口で挨拶をしてくれたのは、この婦人だった。
彼女は実は精巧なロボットなのだ。 歩くことはないが入り口に立って訪問者に挨拶をする時の、笑顔に出る口周りの皺(しわ)だとか、視線の動きや首の上げ下げなど機械的な不自然さがまったく無くて、柔らかそうな肌の雰囲気など血の通った人間そのものだった。



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ミラー付きのレジスター

デイトンはNCR (ナショナル キャッシュ レジスター) の御本家だという史実はアメリカでもあまり知られていないようだ。
何十台と並んだ前世紀のレジスターの中から、もっとも変わり種のこの金銭登録機を芙二子が選んだ。 自分の姿をミラーに映しながら。



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二人乗りはよく見かけるけど

デイトンは言わずと知れたライト兄弟が生まれ育った町。
自転車屋を営業していたライト兄弟が自転車ではもの足らず、自動車にも興味がなく、いっきょに空を飛ぶことを夢に見た。 グライダーから始まって研究と試作と試験飛行をデイトンでさんざん繰り返したあげく、最初のエンジン付きの飛行機をいろいろな事情でノースカロライナ州のキティーホークで飛ばして成功した。 1903年のことである。 それ以来デイトンとキティーホークの二つの町が 「飛行機の生誕地」 としての栄誉を賭けて後々まで争うことになる。
僕の家のすぐ近くに、富裕になったあとのライト兄弟の大邸宅がある。




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Sunoco ガソリンスタンド

1924年に実在したスタンドをそのままここに持ち込んできている。 アメリカではお馴染みのブルーのスノコの銘柄は "Sun Oil Company" の略だと初めて知る。 両側に2基のガソリンポンプ、中央には3基のオイルポンプが置かれている。


2時間ほど歩きまわったあと急激に空腹を覚える。 そういえば今朝は日曜の朝のテニスをしたあと風呂に入ってそのまま出てきたから、もう昼すぎなのに何も食べてなかったのだ。 ここには別棟の小さな洒落たレストランがあって今まで入ったことがなかったのでそこへ行ってみる。 博物館内にはほとんど人を見なかったのに、レストランはけっこう人が多かったのは、たぶんここだけを目当てに来る人たちがいるのだろう。
僕はワインのホワイトと魚の料理を注文して、芙二子と二人だけの優雅なランチを取った。


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新しいカメラ

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あの頃は良かったなあ
Kettering, Ohio USA


新しいカメラを手に入れた。
フジ X100S というコンパクトなこのカメラ、レトロなスタイルは前世紀のレンジファインダーにそっくりだ。 バカチョンと呼ぶには恐れ多いほど高度な機能を備えていながら、外観にそれがまったく見えないところがいい。 気軽にどこへでも持っていけるし、仰々しい一眼レフのように周りの注意を引かないから、日常の生活をさり気なく撮影をするにはもってこいのカメラだ。 昔あんなに愛用していながら、フィルムカメラと訣別した時に手放したコニカのヘキサーと同じ感覚で使えそうだ。 プロレベルのユーザーを想定して作られたことは明らかで、インターネットで見るとフジ X100S は世界中のストリートフォトグラファー の間では爆発的な人気で、すでにカルト的な存在になっているらしい。

まず感嘆したのはそのレンズのシャープさだったが、フジのレンズは昔、ビューカメラを使っていた時にさんざん世話になってそのすばらしさは身に沁みていたから、これは当然と思えた。 また35ミリでF2という明るい固定レンズも僕の最も好きな焦点距離だったが、それよりもなによりもこのカメラに惚れ込んだ理由は、昔ながらの光学ファインダーを備えているということだった。 昨今ではすべてのカメラはLCDのモニターで画像を見るようになっていて、僕はどうしてもそれに馴染めない。 中にはアイレベルのファインダーを持ったカメラはあるにはあるが、それとてあの電子ファインダーというやつで、そこから覗く醜く歪んだ偽りの風景は、僕にはどうしても好きになれなかった。 このカメラの明るくて大きな光学ファインダーから見る世界は、そのまま自分が生きている現実の世界だった。

フジ X100Sはデジタルとアナログの間の不思議な混血女性として忽然と僕の前に現れた。 長いあいだ憧(あくが)れ続けていたひとにとうとう出逢えた、という気がして僕はこのところ凄く幸せだ。 これからはうんと可愛がってやろう。 今まで慣れ親しんできたニコンの姥桜たちにはしばらく逢瀬を遠慮してもらうことになりそうだ。
そう、これは新しい恋の始まりだった。

さっそく近所のバーガーキングでパチリ。
と云ってもレンズシャッターを持つこのカメラはパチリどころかほとんど無音に近くて、ひと気のない静かなバーガーキング内でさえ、うっかりすると撮っている自分にも聞こえなかった。 1眼レフのフォーカルプレーンシャッターとミラーの跳ねるあの、これ見よがしの 「バシャリ!」 という音はあれはあれで快感を感じるが、あのサウンドを恋しく思う日がいつか来るだろうか?


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