過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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真夜中のひげ剃り

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シャワーのあと


『女性から見た男らしい行為のトップテン』 などというアンケートがもしあれば、 男が 「ひげを剃る」 のはかなり上位にくるんじゃないかと思うんだけど、女性の皆さんどうでしょう?
もしかしたら女性だってひげを剃るのかもしれないけど、それは人に見せるべきシーンじゃないのにくらべて、男性がひげを剃る場面は映画にいやというほど出てくる。 だからあれは堂々と人に見せても構わない行為らしい。

僕自身は数年前にやっとサラリーマンを卒業させてもらって、日常生活がガラリと変わってから最初に起こったのは、朝起きて時間を気にしながら急いでシャワーを浴びて電気シェーバーでそそくさとひげを剃るという制約から完全に解き放されたことだった。 それだけでもリタイアする十分かつ立派な理由になると思うんだけど。
大部分の男性にとっては別にひげを剃ってきれいになりたいという欲望があるわけではなく、あれをしないでは外には出れないという、ちゃんと服を着なければ外出できないのと同じ万国共通のルールがあるからだ。

それが現在の僕には、ひげを剃るのは風呂に入った時、という新しい習慣がすっかり身についてしまった。
バブルを溶かした泡だらけのバスタブに浸かって(幼児みたい)、顔を洗いながらざらざらの髭を手のひらに感じると、ああひげを剃ってサッパリしたいという気持ちが湧いてくる。 そこでバスタブに寝たままそばのシェービングクリームとシェーバーに手が伸びてしまう。 時間をかけてゆっくりと剃る。 剃ったあとのすべすべになった皮膚を指先に感じると、実に幸せな気分になれるのだ。
えっ、バスタブの中でひげを剃っちゃうの? と驚く人がいるかもしれないけれどそれはぜんぜん気にならない。 ひげを剃るのも身体を洗うのも、踵(かかと)を軽石でこするのもすべてバスタブの中である。 もっとも髪を洗うのはシャワーの方が便利だから、これはすべてが終わってお湯を全部流したあと、立ち上がってシャワーを浴びながら頭を洗う。 そして身も心もキレイキレイになった僕はようやく浴室から出てくるわけだ。

昔見た映画 『クロコダイル・ダンディ』 でオーストラリアの森林に住むポール・ホーガンが、ニューヨークに出て来てホテルの部屋のバスタブに浸かりながら靴下を洗っていたシーンを思い出すけど、さすがにそこまでは僕にはできない。 またタイトルを忘れたけど、あるギャングの親分がバスタブの中で葉巻をくわえ新聞を読みながら、葉巻の灰をそのままお湯の中に落とすのを見て、カッコイイと思った僕はその真似をしてみたこともある。(ずっと昔のことだけど) 葉巻じゃなくて煙草の灰を落とすのはまったく問題なかったけど、読んでいる新聞がお湯でベタベタになって、ページもめくれなくなってしまうわ活字のインクが滲み出るわでうまくいかなかった。 だから全然カッコよくなかったのだ。 あれは日本人がやってもさまにならないよねえ。

だいたい自分の生活が世間のサイクルと無関係になった今では時間に限られないから、風呂にはいつでも入れる。 入りたいと思うときに入る。 それが時には夜中に突然風呂に入りたくなることもある。 そして入るとやっぱりひげを剃る。 寝る前にひげを剃るなんてまったく意味が無いのはわかっていながら、僕はその習慣に逆らうことができない。 それでもいいんだ、それで自分の気分が良くなるのなら、と思う。
だから最近ではどうしても人に会わなければならない時や親族の集まりに出かける時には、その前に風呂に入るか、そうでなければ以前使った電気シェーバーで手早くひげを剃る。
ああ、面倒くさいと顔をしかめながら。


ところで・・・
『女性から見た男らしい行為のトップテン』 には何がくるのかをぜひ教えて頂けたらたら、われわれ男性としてはすごく興味があるんですけどね。



私がアメリカの大統領選挙に出馬したくない最大の理由は
大統領という役職は1日に2度、ひげを剃らなければならないからである。
アドライ・スティーブンソン





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動物好きの絵描きさん 22 リス



栗鼠
By Green Eyes


我が Green Eyes の仲の良い友達のキムが最近小さなビジネスを始めた。
キムのご主人のトムはアメリカ空軍の基地に勤めるエンジニアで、キム自身も二人の子供を見ながら近所の玩具屋さんでパートで働いているので、とくに経済的にサイドビジネスの必要があるわけではなかった。 にもかかわらずこの夫婦がコーヒーの豆を売る商売を始めたのは二人とも人並み以上のコーヒー嗜好家だったからである。
アメリカ国内、ヨーロッパ、南米などから豆を取り寄せて、自宅のブレンダーで豆をひきそれをあれこれ混ぜて独自のブレンドコーヒーを作る。 そしてそれを毎週土曜日の近所のファーマーズマーケット売る、という商売だ。 一度マーケットを覗いてみたら、けっこう人がたかっていて客同士でひとしきりコーヒー談義をしたあとで、袋入りのコーヒーの粉を買って行くのが見られた。 一度買った客が気に入って次の週にはまた訪れるのが多いそうだ。

そこでキムとトムはビジネスを1ステップ飛躍させることにした。 まず、店の名前を 'Lucky Squirell' (ラッキーなリスちゃん) と決めると市の商工会議所に登録をして、その商標になるロゴを我が Green Eyes に 「やってみる?」 と言ってきたのである。
そこで彼女が描いたのがこの絵だった。 仕上がった原画を写真にとってそれを高解像度のPNGのフォマットで編集をして印刷屋に渡せる段階までは、当然ながら僕の仕事となってしまった。 その結果がこうなった。 リスの下部にはアーチストの名前が入っているのも我が Green Eyes を満足させた。




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イラストレーターとしての Green Eyes への報酬は金ではなくて、ビジネスが続く限り、そして彼女が生きている限り、コーヒーはタダで供給するということになったそうだ。
これを書きながら僕が今朝飲んでいるのは、ホンジュラスの豆にエチオピアの豆を少し混ぜて挽いたという。 うん、なかなか美味しいコーヒーだった。


コーヒーというものは
地獄のように真っ黒で
死のように強烈で
そして愛欲のように甘美でなくてはならない。
-トルコの古い諺-




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日々のつれづれに



消えた風景
Kettering, Ohio


うちから車で5分ほどの所にそれほど大きくないショッピングセンターがある。
以前はそこに大きな本屋さんやちょっとめかした中華料理店や、娘が高校生の頃に夏休みのバイトをしていたグルメのレストランなどがあって僕はしょっちゅう行っていたのが、数年前にアメリカ中を襲った不況のせいでかなりの数の店が閉じられてしまった。 それでもあとには銀行や幾つかの小さな商店が残っているので、ショッピングセンターが閉鎖されることはなかったけれど、そこを訪れる人の数は急激に減ってしまったようだった。 たまに行った時に目につくのは買い物客の代わりに、スニーカーを履いた高齢者たちが元気よく歩いてエクササイズをしている姿だった。

そんな所へいきなり新しく店を開いたのが、食料品のチェーン店のトレーダージョーズ(Trader Joe's)だった。
とたんにこのショッピングセンターは活気を取り戻して以前にも増して買い物客が増え、それに連れて幾つもの新しい店が入った来た。 我が家でも毎週の食料品のほとんどはここと、これもすぐ近くのDLM(ドロシーレーン・マーケット)で十分に足りてしまう。 野菜の新鮮さではトレーダージョーズ、良質な肉類や魚貝類の豊富さではDLMと決めているのは我が家だけではないようだった。

先日のこと。
このショッピングセンターの裏手にある、パネラというインターネットカフェで人と会うことになっていた。 僕はまとまったショッピングをする時以外はいつもそうするように、その日も気軽に自転車で出掛けた。 そしてパネラのある裏手へ廻った時に思わず、ええっと声に出して驚いてしまった。
無い、無い、無い ・・・
どこを見ても何度見ても無い。
あの、壁に描かれていた絵がそこには無かった。 そしてそのあとには素っ気ないクリーム色のペンキが塗られた壁があるだけだった。
この町へ越してきてから25年のあいだ、あの風景画を眺め続けてきたのに。 そして、つい2週間前にこの写真を撮ったばかりなのに。
あの風景は永久に失われてしまっていた。

ふだんは気が付かないでそれが当たり前だ、と思っていたものが失われた時に、初めてその大切さに気がつくということは、過去に数えきれなく経験してきたはずだった。 それがまた起こってしまった。

でもそれが壁画でよかった。
人ではなかったから・・・

パネラのドアを引きながら、そう思って自分を慰めた。





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長老と若者、あるいは恋のゆくえ

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生贄
Franklin, Ohio


毎年夏になると必ず招待されるのが妻の親族が集まる大パーティだ。
100人以上の招待客が全員何らかの形で血縁的につながっているのは、アメリカの大家族では珍しくはないけれど、またどこにでもあるというわけでもなかった。 僕がこの一族にただ一人の日本人として参加してからもう30年以上がたつから、パーティで見るほとんどの顔は見覚えがあるけれど、彼等が僕とどんな関係になるかなんて覚えられるわけがなかった。 何しろ妻の直系の家族を別にすれば、大部分の人達を見るのは1年に1度このパーティだけだったから、名前も思い出せないのが多かった。 ところが相手の方では異人種の僕を忘れるわけがなく、幼い子供たちでさえちゃんと僕の名前を知っている。

この30年の間に、若い世代の人達が次々に結婚して子供ができて一族の主流になっていくのは当然の世の習いだから、それと共に僕の年齢的なランクがどんどん上がっていって、いつの間にか少数派の長老グループに入れられているらしい。 若者たちが僕に話しかける時の敬意のこもった言葉や態度でそれが察せられる。 といっても、僕の上には10年20年以上も歳上の真の長老がまだ10人は健在で、彼等は逆に僕をまるで若者のように扱うからなんとも宙ぶらりんな場所に僕はいるわけだ。

毎年のこのパーティの主役はいつも2頭の豚だった。
庭に設置されたグリルで、串刺しにした豚を電動のモーターでぐるりぐるりとゆっくり回転させながら何時間もかけて焼く。 豚を焼くのも、焼きあがった豚をテーブルに乗せて切り分けるのも、このパーティを取り仕切る男、ジム(僕にとっては妻の従姉妹の亭主)の役目だった。 ところが哀れな生贄となった豚の死体を見ていると、ポークが好きな僕でもいつも食欲が失せてしまい、ほとんど食べられなくなってしまうのが常だった。
生贄(いけにえ)の豚を取り巻くアメリカ人たちの表情は、交通事故の現場を取り巻く野次馬のそれに似ていた。


そういえば数年前のこのパーティで、初めて日本人の女性に紹介されたことがあった。 僕にとっては甥にあたる大学4年生のスティーブのガールフレンドで、名前をアツコさんといい彼とは学校の同級生だそうだった。 二人がアツアツの仲なのは誰の眼にも明らかで、スティーブは彼女をまるでお姫様のように扱っていた。 そのスティーブが僕にそっと告げたのは、近々大学を卒業したら就職が決まりしだいに婚約をして、将来は結婚をしたい、と。
それを聞いて僕は、そうか、この巨大なアメリカ人の一族にもとうとう僕以外の日本人が加わることになるのか、と感慨深かった。

ところがあくる年の同じパーティにスティーブが連れてきたのは、アツコさんではなくアメリカ人の女の子だったのである。 当然ながら 「どうしたんだい?」 と訊く僕を、スティーブは周りに聞こえない場所へひっぱって行くと言った。
「聞いてよ、伯父さん。 アツコには非道い目にあったんだよ。 ボクは去年あのあと卒業してB社に就職したんだけどね。 ほんとはシカゴの一流会社のA社に就職が決まっていたので、アツコと一緒にシカゴへ移って彼女はそこで仕事を探す、ということになってたんだよね。 ところが、アツコがそのままここで大学院に行くと言い出したんだ。
それでボクは仕方なくA社を断ってそれほど魅力のなかった地元のB社に決めたんだ。 彼女とどうしても離ればなれにはなれなかったからだよ。 そしたらさあ、数ヶ月たっていきなりアツコが言い出したのは、他に好きな人ができたから別れましょう、だって。 信じられる? 非道いよ。 日本人の女性ってあんなこと平気でするの?」

「バカ、日本人に関係ないだろ。 女にピンからキリまであるのはどこの国だって同じだよ。 だいたい、お前もケツの青い22や23で婚約だの結婚だのって10年早いっつうんだよ。 振ってくれて良かったとそのうち彼女に感謝するようになるさ。 俺が保証する」。
さらに僕は続けた。
「実は今だから言うけど俺は彼女にあまりいい感じを持たなかったんだ。 彼女、あの時初対面の俺に向かって何と言ったと思う? 長年アメリカに住んでいらした割には英語に訛りがあるんですね、だって・・・
俺もムッときたから、あなたも日本人にしては珍しいくらいのブスですね。 私は女性の容貌には全然うるさくない方なんですけど、あなたとやる時はきっと顔に洗面器をかぶせてやらなきゃダメでしょう。 ほら、そこにいる丸焼きの豚ちゃんの方がずっと可愛いですよ。 と言いたかったけど、まあまあ将来スティーブの嫁さんになる人だから、と思って我慢をしたんだ」。





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とうとう8月のクイズの結果が・・

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シェードを下ろして・・・


クイズの正解は③のピーマン。

最初のクイズではペッパー (グリーンペッパー、レッドペッパー、ベルペッパーなど)とか、パプリカと答えた人も正解にするつもりだったのに誰もいなかった。 「女性のお尻」 と答えた人がほとんどで、 ただ 「おしり」 とか 「臀部」 と答えた人もいたけれどこれも失格。 確かにこの写真はピーマンのお尻には違いないんだけどね。

僕がシェードを下ろしてひっそりと遊んでいた相手はこの一個のピーマンだったのだ。 最終的にクイズの写真となったのは、120枚ほど撮った中の1枚である。



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おお、すでに読者たちの轟々たる非難の声があちらからもこちらからも聞こえてくる。
「だって、ヒントの中で野菜じゃないと言ったじゃない!?」

そう。
ピーマンは植物学的には野菜ではない。 果物なのである。

たしかに料理の世界では甘くなくてメインの料理に使う植物を野菜。 甘くてデザートの材料になるものを果物と呼んでいる。 一般の人々にとっては八百屋で買うものが野菜で果物屋で買うものが果物、という事になる。
しかし21世紀に生きる我々はあくまでも科学的に物事を明確に把握しておかなければならない。

植物学的に定義をすると、
果物 (fruit) とは、植物の花から発展して実(fruit)となり、種子を含むもの。
野菜 (vegetable) とは、植物の根、葉、茎、などを食用とするもの。

卑近な定義をすれば、種を含む食品、または種そのものを食べる食品はすべて果物ということになる。

この定義でいくと以下のものはすべて果物なのだ。 (驚いたでしょう?)
トマト、アボカド、豆類、ドウモロコシ、キュウリ、カボチャ、ナス、ピーマン、米麦などの穀類 ・・・


そして野菜は、これは誰もが知っている。
根 - ジャガイモ、ダイコン、カブ、ニンジン
葉 - ホウレンソウ、レタス、キャベツ
茎 - セロリ、ブロッコリ


昔からピーマンが写真家たちが好んだ被写体となってき理由は、女性のヌードを思わせるそのセクシーな曲線に惹かれたからである。 画家よりも写真家に好まれるのは、モノクロで撮影することでアブストラクトな曲線が見る人に自由な解釈と想像を許すからだろう。
何といっても歴史上で有名なのはかの巨匠、エドワード・ウェストンの一連のペッパー・シリーズだ。 ウェストンは女性のヌードと同じくらいにピーマンを愛した。




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Green Pepper
Edward Weston (1886-1958)

***


説明が長くなったけど、大部分の人が⑤のサクランボと答えた中で、ピーマンと当てた正解者は 「ogui」 さんと 「okko」 さんの二人だけだった。 凄い! 脱帽します。
しかし非情なサイコロの3度振りは半と出て、「okko」 さんに決定した。

okko さん、おめでとう。
住所氏名を非公開コメントにして送ってください。
お好きな写真を指定することを忘れないように。
数日経ってもご返事のない場合は棄権とみなして次の方を選びます。


そこで余談である。
クイズ常連の川越さんは彼のブログの中で僕のクイズを早々に記事に取り上げていて、その中で 「これは誰が見ても <尻> か <女体> でこれをピーマンと答える御仁はいないだろう」 と書かれているのを読んで、僕がニヤリとほくそ笑んだのは言うまでもない。 ピーマンを誰よりも最初に出していたのは彼だった。

また、ある女性の解答を読んで、僕は思わず吹き出してしまった。 日本の女性もこんなユーモアが言える時代になったのだと嬉しくなった。
「亀頭という果物は私は手にしたことや食べたことはあると思うのですが、どんなだったのかよく思い出せません。 そこで答えは①の桃でお願いします。 当選するといいなあ。 どうしても欲しいお写真があるので・・・」。

そして、いつも緻密なリサーチと鋭い推理で僕に挑戦してくださる ogui さんの解答を読めば、いかにして彼が真理へ到達したか、他の読者のための参考になるというものだ。

『まず
1. これはアーチストたちが昔から繰り返し挑戦してきた被写体。
2. 指で触れるとすべすべと・・・・
3. 器物や花や野菜ではありません。

そしてさらに、この中のどれか・・

① 桃
② 亀頭
③ ピーマン
④ 指
⑤ サクランボ

ピーマンは野菜で没
フォルムが次々と変化する(静物ではない)ので桃、サクランボは没
残るのは指と亀頭だが、アーチストが繰り返し挑戦してきた・・ホントか!!??

指で触れるとすべすべ・・は亀頭だなぁ。 まあ、状況次第では一方行に変貌はするが・・

と、このままではワナに落ちる、感じだ。

形状と艶ではピーマンの底部が一番しっくり来る。 が、野菜・・・
そこで調べてみると、
『ベルペッパーは植物学的には果物であるが、料理の分野では野菜とみなされる。(ウィキペディア)』
とある。 彼はここまで裏を取って出題しているのか?

「シャッターを切るたびに、フォルムが次々と変貌」 も気になるが、よく読むと先に 「角度を変えるたびに」 とある。 ふむ・・・
凹凸の多い底部なら角度次第でフォルムは変貌する。

というわけで、③ ピーマンです。
(ただし、「アーチストたちが昔から繰り返し挑戦してきた被写体」は説明できない・・)』

ブラボー!です。(拍手) ogui さん。
最後に言及されている (ただし、「アーチストたちが・・・) ですが、これは "Photography and pepper" の検索で簡単に出て来ます。 「写真家」 としないでアーチストと書いたところが僕のずるいところ。

一方、当選された okko さんの解答は実に簡潔だった。 『ヒントを頂いてもわかりません。 直感で③です』 。

今回のクイズはまるで科学者と詩人の対決のような観があるではないか?
論理と情念は相反するものでまったく別の世界に属するようでありながら、到達するところ(真理)は同じなのだ。




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8月のクイズは正解なし! そこで・・・

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正解なしのクイズはたしかこれで2度目だと思う。
そこで、心優しき September30 はもう1度だけ読者にチャンスを差し上げることに決めたのだった。 異例の 「クイズ2回戦」 というわけだ。

正解が無かったというのが最大のヒントになるわけだけれど、想像力や経験に乏しい人達のために今回は選択肢を与えよう。 僕はなんて優しい男なのだろう、と自分で涙ぐんでしまう。

① 桃
② 亀頭
③ ピーマン
④ 指
⑤ サクランボ


今回は締め切りが短いので注意してくださいね。


正解の中から抽選で1名を選んで、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは日本時間で8月13日(水曜)の午前零時。
答えは非公開コメントにして下さい。


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パリのチャイナクラブ

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マダムとマドモアゼル
"China Club" Paris  2001


旅先のヨーロッパで食べた日本料理や中華料理で、美味しかったという記憶がほとんど無い。
とくに日本料理に関しては絶望的で、行く度に後悔するという経験を何回も繰り返したあと、いつの間にか行くのを完全にやめてしまった。 そこへ行くと中華料理の方はまだ少しましで、この15年のあいだに忘れられない料理を出ししてくれた店が幾つかあった。

たとえばフランスでは、ヴォクリューズ地方の小さな町、ベゾン・ラ・ロメインで入った中華とベトナム料理のレストランがその一つだった。 大衆食堂のような素っ気ない店だったがメニューを見てあっと驚いたのは、僕の好物の鴨料理が8種類も並んでいるじゃないか! 興奮してあれこれ質問する僕に、ベトナム人の若いウエイトレスが親切に説明をしてくれたあと、ようやくその中の一つに決定した。 そしてそれがまた実に美味しかったのである。 味をしめた僕はあくる日の夜も同じ店へやって来て違う鴨料理を食べなければならなかった。 後にも先にもあれだけ豊富な鴨料理のメニューにお目にかかったことは一度もない。

しかしなんといっても忘れられないのはパリの 『チャイナクラブ』 だろう。
あれは2001年の初夏だった。 あの旅行が忘れられない理由というのは、家族4人がそろって行った初めてのパリだったということや、あの旅行からアメリカへ帰国した数カ月後にニューヨークで歴史的な 9/11 が起こったということもある。

あの頃の僕は旅行へ出かける度に日本とアメリカ両方の旅行案内書を読み比べていて、こと旅先での食事に関する限り僕は日本人の情報を一方的に信頼していた。 その本の中で見かけたのがこのチャイナクラブだった。 それで僕らはある日、夜の8時に予約を入れておいたこのレストランを訪ねて行った。 メトロのバスチーユ駅で降りるとオペラ座を左手に見ながら細い路に入った所にこの店があった。 アールデコ風の凝った内装を持つ洒落た店である。 内部が驚くほど暗くてその中にキャンドルを灯したテーブルが並んでいるのは、昔60年代の東京のサパークラブを思い出させた。 その雰囲気とワインに酔い痴(し)れた我が Green Eyes が僕のタバコを1本抜き取ると火を付けて、マダムの貫禄を見せた。 彼女にとってはたぶん20年振りの喫煙だったろう。 彼女をそうさせるようなパリの夜のムードがここにはあった。

いわゆるニューチャイニーズの凝った料理から僕はまたまた鴨の料理を選んだが (ほんとによく飽きもせずに食べれると自分でも呆れる)、結果から言えばこれ以上に美味な鴨料理に13年後の現在まで出会ったことがない。 あの味が今でも舌に残っている。
好奇心から先日このレストランを検索してみてわかったのは、チャイナクラブはその後一度店を閉めたあと今度は "Le China" と名を変えて再開していた。 ウェブサイトで写真を見ると、内部はあの時のように暗くはないだけでまったく変わっていないように見える。

こんどパリへ行ったらぜひまた行ってみたい場所の一つだ。

"Le China"






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8月のクイズ

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シェードを下ろして・・・


午後の強烈な夏の光線も、シェードで遮(さえぎ)られた部屋の中までは届いて来ず、柔らかな逆光の中に被写体はあった。 ぴったりと閉ざされた部屋の中で、密やかな時間が被写体と僕の間を流れていく。
角度を変えるたびに、そしてシャッターを切るたびに、眼の前のフォルムが次々と変貌していった。


***


僕は何の写真を撮っているのだろう?

ヒントをあげよう。

1. これはアーチストたちが昔から繰り返し挑戦してきた被写体。
2. 指で触れるとすべすべと・・・・
3. 器物や花や野菜ではありません。 

正解の中から抽選で1名を選んで、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは今日から1週間。
答えは非公開コメントにして下さい。


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涼しい夏はテニスをしよう

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泉で戯れる
Boston (Circ. 1973)


日本は地獄のような暑さに見舞われているようだ。
ところがこちらアメリカの中西部は、このところ嘘のように涼しい毎日が続いて、気温も朝など16度から始まって日中でも27度ぐらいまでしか上がらない。 夜寝ていても知らない間に足元のブランケットを引っ張りあげている。
そんな涼しさのせいと、仕事がこのところ減って時間が余っているせいとで、最近は1日おきくらいの頻度で、夕方になると近所の公園のテニスコートで息子と落ち合ってテニスをするようになった。 ふだんならせいぜい1週間に1度か2度のテニスなのに。

'Tennis today?' と勤務中の太郎から昼過ぎにテキストが僕の携帯電話に来ると
'OK' と答えて、そんな短い交信で予定が成立してしまうのが普通だったけれど、最近は逆に僕の方から太郎を誘うことの方が多くなった。
息子とのテニスは試合などをして楽しむというのではなくて、只がむしゃらに打ち合うだけのエクササイズのようなものだ。 冬が終わってシーズン初めには身体が信じられないほど鈍(なま)っていて、30分も打ち合っているともう歩けないほどに疲れたのが、きのうなど1時間半ほど休みなしでやったあとでもまだ体内にエネルギーが残っているのを感じたのは嬉しかった。
しかし最近になって脚力の衰えをハッキリと自覚するようになって、これじゃいかん、と僕は自転車で外へ出る機会を極力増やしたり、テニスでもボールをストレートとクロスに交互に打ち合って走る距離を増やすという練習を考えだしたりした。

この公園には2面のテニスコートがあって、いつ行っても誰か使っていることはほとんどなく、まるで自宅にコートを持っているような贅沢さを味わっている。 ここは住宅地の中の小さな公園の一部となっていて、コートを囲む金網の外にはきれいな芝生が広がって遊園地となっている。 噴水の周りでは水着姿の子供たちが遊んでいるし、そばのベンチでは母親たちが子供に眼を走らせながらゴシップに余念がない。 水飲み場や公衆のお手洗いがコートのすぐそばに備わっているのも便利だった。

僕にとってテニスの効用はいろいろある。
たとえば、いつも午後になると酒を飲み始める習慣の僕は、テニスの予定が入るとアルコールには手を出さない、というのもその一つ。 それからテニスのあとは食欲が大いに進むので夕食が美味しい、ということもある。
けれど、何よりもありがたいのはその適度の疲労が、夜はぐっすりと僕を熟睡させてくれることだ。

そういえば去年の夏にも、『夏を謳歌する』 という記事の中に太郎とのテニスのことをちょっと書いていた。 今読むと、昨年は今年よりもずっと暑い中でテニスをしていたようだった。




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