過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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大家族とその弊害

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マーサの誕生日 2014
Dayton, Ohio, USA


まあいい加減,、嫌になってきている。
というのは女房の家族のこと。
母親のマーサが健康な時にはほとんど問題が無かったように見えたのが、彼女が軽い脳卒中で入院をして、この先そのまま老人ホームへ入るか、自宅で誰かが世話を見るかという問題が出てきて以来、8人の子供たちの間に長いあいだに潜んでいたお互いの確執や鬱憤(うっぷん)が一挙に浮上してきたような感があった。
母親を愛するという点では全員がしっかりとした共通の基盤に立っていながら、それ以外の事になると、ことある毎に意見が対立してしまい収拾がつかなくなっている。これが日本式の小家族で子供が二、三人しかいなくて、その中にしっかり音頭を取る者が一人いればもっとずっと簡単に解決することが、なにしろ8人もいる子供たちがそれぞれ強い自己を通そうとするから、船頭多くして船山に登る、というやつで家族会議を何度やっても意見がまとまらないようだ。
相談する医師や老人ホームの選択から、義母の自宅の売却処分に至るまで全員の意見が一致しないままに毎日が過ぎていく。

この家族では母親に関して Power of Attorney、つまり法的に代理人として指名されているのは長男らしい。ところがこの長男の上に姉が3人いて、長男は昔からこの3人の姉には頭が上がらない。そしてこの次女(僕の妻)と三女とは双子のように仲が良かったが、その二人と長女とが若い頃から性格的に合わず衝突する事が多かった。そんなところにも問題が解決しない理由があるように思われる。
8人の子供たちの間で毎日何十という膨大な数の携帯電話のテキストが飛び交うのを、われわれ外様(とざま)の配偶者連中は黙って見ているだけだが、だからといって関係が無いと安心する訳にはいかない。経済的負担を分担することになったり、代わり番に義母を世話するようなことになれば、われわれ配偶者の生活にも直接その影響は出てくる。

上の写真は昨年の義母の87歳の誕生日の集まりで、まだ元気であった義母(女性グループの左端)が子供や孫達に囲まれた和気あいあいのパーティの光景である。




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マグショット 5 - リンダ  


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名前 リンダ
生年 1946
職業 アンティークのギャラリー経営
撮影者との関係 友人
撮影年月日 2015年3月21日


マグショット 1》 で友人のディックを紹介したが、リンダはそのディックの恋女房である。
ニューヨークのメリルリンチ本社に勤めるデッィクが最初の結婚に失敗したあと、ロサンゼルスの支店長として赴任して来た時に二人の出会いがあった。カルフォルニア・ガールのリンダは大学で化学を専攻して卒業後はカルフォルニア州の環境庁関係の団体で仕事をしていた。そのオフィスがディックの会社と同じビルの中にあったのだそうだ。ディックが45歳、リンダが32歳の時である。
男盛りのデッィクの際立ってハンサムな容貌や、洗練された洋服の着こなし、有名大企業の有能なエグゼクティブでバリバリと仕事ができてしかも独身とくれば、ビル内のオフィスレディー達には憧れの的(まと)にならないわけがない。リンダもその一人だったらしい。中には積極的に彼をアタックする女性が何人もいたらしいが、おとなしいリンダにはそれもできず、遠くからディックをひっそりと眺めているだけだった。

そのうちに妙な噂が流れ始めた。ディックはゲイかも知れないという噂だった。とういうのはあれほどオフィスレディー達の注目の真っただ中にいて、その気になれば選り取りみどりの立場に居ながら彼には浮いた話がまったく起きなかったからである。最初の結婚で二人の成人した子供を持ちながら離婚に至ったのも実はそれが原因だった、とゴシップには目のないオフィスの女性達はまことしなやかに陰でささやき合った。

そのディックが事もあろうか、リンダをディナーに誘ったのである。驚いたリンダはすっかり混乱してしまう。ゲイの男が自分をデートに誘うその意図が分からないままにリンダはディックとのディナーに出かけて行き、その場で彼女は改めてディックに単なる好奇心をはるかに超える強い感情を抱いてしまったのだ。
それは恋と呼んでもいい感情だった。
リンダは30歳を過ぎるまで何人もの男たちとくっついたり離れたりを繰り返しながら、そんな激しい恋情を感じたのはディックが始めてだった、と言っている。

二度目のデートでディックはリンダを彼の家へ招待した。そこで彼はまれに見る料理の達人であることを披露したらしい。
(僕は今でも彼の料理するディナーに招待されると、何を置いても出かけて行く)。

夜が更けるにつれて外は嵐となった。
車の運転を心配したディックがリンダにそのまま泊まっていくことを薦めた時に、リンダはそれを断って帰ろうとしたそうだ。それをリンダの警戒心と見たディックが、これは誘惑じゃないよ、この嵐ではほんとに運転は危険過ぎる、どうか今夜はここに泊まって欲しい、と主張する。
そしてリンダはそのまま泊まってしまった。
そしてその夜は何も起こらなかった。
翌朝になって、やっぱり彼はゲイだったのだ、とリンダは大きな失望感を抱きながら帰路についた。彼女としては何かが起こって欲しかったのに…

ディックが実はゲイではないということがはっきりして、あの夜に何も起こらなかったのは、誘惑をしないという彼の言葉を立派に守っただけに過ぎなかった、とわかるまでに時間はかからなかった。なにしろその翌日にまたまた二人は会って、その夜、二人はめでたく結ばれたのである。

それからこの恋人たちの上を幸せな月日が流れていった。
4年が過ぎて、いきなりディックがフロリダへ転勤になった時に、リンダは一生に一度の大決定を迫られることになる。その結果、彼女は両親や周囲の反対を押し切り、自分の生涯の仕事と決めて14年勤めていた職場を放棄すると、フロリダへと彼の後を追って移って行った。

フロリダで結婚式を挙げてから今年で32年が経ったそうだ。




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ボルサリーノ

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つい先日のこと、何を思ったのか僕はボルサリーノハットを買ってしまった。
スポーツキャップだとか防寒用の毛糸の帽子は持っているけれど、お洒落用の帽子を買うなんて僕には生まれて初めての経験である。もちろん若き日のアラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモントに挑戦しようなどと大それた事を夢にも考えたわけじゃなくて、僕ぐらいの歳になればソフト帽が似合うんじゃないか、と柄にもなくちょっと色気が出てしまったようだ。

といっても、本家のボルサリーノ製の帽子は300ドルと手が出ないから、それよりもずっと安いドーフマンのウールのフェルト帽を選んだ。色はチョコレート。
ミディアムのサイズがほんの少しだけ大きめだったが、かぶっていると何となく気分がシャキッとして、すぐに気に入ってしまった。映画の主人公になったような錯覚があってなんとなく浮き浮きしてしまうのである。
それでふだんはまず見ることなんかまったく無い鏡に向かって百面相をしている自分を発見した。
帽子を目深(まぶか) にかぶってにっこりと優しく笑ってみたり、煙草を口の端にくわえ、キッと凄みのある目つきをして持ち前の嗄れ声で 「振り向くな、拳銃を床に落とせ」 と言ってみたり、帽子のつばに手をかけてアラン・ドロンがよくやったように眉の間にシワをよせ、憂い深げな眼差しを女に送ってみたりした。
また007のロジャー・モーアの真似をして片方の眉だけを大きく吊り上げてみようとしたけれど、これはけっこう難しくてうまくいかず。

その結果、外出する時だけではなくて家の中でも一日中その帽子をかぶるものだから、女房が呆れてしまった。
一つのことに熱中するとそればかりやるという子供の頃の習癖が、いまだにちゃんと残っているのには自分でも苦笑してしまう。










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動物好きの絵描きさん 24 猫

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エドワード・ウェストン家の猫 2010 
By Green Eyes


この絵を見ていてなんとなくあの、エドガー・アラン・ポーの恐怖小説 『黒猫』 を思い出してしまった。
猫という動物の持つ一種の神秘性というか、陰湿さというか、気味の悪さ、のようなものは同じペットでも犬には無いものだ。猫を愛する人と犬を好きな人とははっきりと別れる、とはよく言われるけれど、僕自身は子供の頃から猫も犬も同じように可愛がった。そこへいくと犬派である我が Green Eyes の描く猫の絵には、猫に対する恐怖感のようなものが滲み出ているようで、それが僕にポーの 『黒猫』 を思い出させたのかもしれない。

家庭で飼われるペットとしては、猫よりも犬のほうが圧倒的にポピュラーだろう、と思った僕の予想は裏切られた。
ある日本のブログランキングのサイトを見ると、日本人が書く猫のブログは約2000サイトあって、それは犬や育児のブログとほぼ同数だった。つまり、日本人は自分の子供の事をブログに書くのと同じような異常な熱心さで犬猫のことを記事にしているということになる。
子供が成人して巣立ってしまったあとの家庭や、家庭を持たない人にとって、犬や猫が直接の愛情の対象として取って代わる、ということなのか?



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マグショット 4 - 太郎

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名前 太郎
生年 1983
職業 スポーツ用の靴のスペシャリスト
撮影者との関係 長男
撮影年月日 2015年2月18日




太郎の鼻は3度潰されている。
最初は高校生の時にレスリングの練習中に起こった。どんなスポーツをやってもいいけどフットボールだけはダメ、と母親に強く言われたこの子はレスリングとテニスを選んだ。そのレスリングで鼻を潰しただけではなく、膝や肩を痛めたり足首の捻挫はしょっちゅうだったから、母親はこれも止めさせようと躍起になったが、父親の僕が 「どんなスポーツでも負傷は避けられない」 と息子の側についたので母親はしかたなく諦めたようだった。
高学年になっってチームのキャプテンをやらされて、地域の大会で優勝したり州大会に出場したりして、シーズン中の地元の新聞に太郎の記事や写真をよく見るようになる頃には、僕と女房はほとんどの試合を見にあちこちへ出かけたが、観戦していても女房の方は息子の怪我が心配で試合を楽しむところまではいかなかったようだ。
日本人の血を引く太郎の、胴が長め脚が短めという体型がレスリングでは有利に貢献したに違いない、と父親の僕は苦笑した。

この子が2度めに鼻を潰されたのは大学生の時、クリスマスの帰省中に夜の盛り場で数人を相手に乱闘の結果だった。顔を腫らし鼻を潰されて友人に病院へ連れて行かれた。警察沙汰にはならなかったが、顔や手に包帯を巻いて帰宅した太郎を見て母親が絶句したのは言うまでもない。

そして3度目はつい昨年の事だった。8年ほど前に始めたブラジリアン柔術という総合格闘技のトーナメントに出場中での負傷だった。
今あらためてこの子の顔写真を見ていて、負傷の痕跡が鼻に残っていないのを見て安心した。ただし本人が言うには、寒い季節にはまだ痛みを感じることがあるという。


太郎は幼い時から言葉の少ないおとなしい性格の子で、成人してからも思ったことを何でも口にするというタイプには育たず、内に抱えたものを発散するためにブラジリアン柔術という極端に苛酷な格闘技を必要としたのではないか、と思っている。
現在はスポーツ用の靴専門店で、あらゆるスポーツの靴のスペシャリストとして勤務している。彼の仕事ぶりを何度かのぞいたことがあるが、親の予想に反しててきぱきとクライエントに対応しているのを見て安心した。

この子は成人してから次々と仕事を変え、僕が見つけてやった東京での会社勤めも1年足らずで挫折をしてアメリカに帰ってきた。挫折の連続の中に生きてきたとも言える太郎が、自分は何をやってもダメなんだ、というネガティブな思いだけは絶対に持ってほしくない、と父親の僕は祈っている。
酒に強いところは僕から受け継いだようで、最近は時々二人だけで飲むようになった。そんな時、以前と打って変わったようによく喋る我が子を見るのは嬉しかった。そういえば僕自身も20代になって父親と酒を飲むようになってから、初めて父親に近づいて行った事を思い出す。





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セギュレの石畳

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石畳の路
Seguret, France


セギュレはフランスの南東、ヴォクリューズ地方にある山の上の小さな村だ。この村に魅せられてしまった僕は2年続けてここを訪れている。そして相当な数の写真を撮った。
旅先で発見した場所への自分の興味度と、そこで撮影した写真の枚数とは正比例するものだ。その公式で行くとこのセギュレの村は今までの旅行の中でもたぶんトップにくるかもしれない。

セギュレは標高500メートルほどの、遠くから見ると茶碗を伏せたような小さな山の中にある。だからこの村の道はすべて坂道だった。車がようやくすれ違えるくらいの細道が入り組んでいて、それはすべて石畳の路だった。加工されていなくて上面だけが平らに削られた様々な形の石がきっちりと敷き詰められていた。そしてレールのように続く2条に嵌(は)められたレンガ状の石は馬車の車輪の幅に合わせてあるのだろう。

ジグザグパズルのように、1個1個の石をていねいに嵌め込んでいったに違いない。気の遠くなるような辛抱強い作業だと思った。現代の石畳のように石の隙間にコンクリートを流し込むようなことをしていないから、雨水は坂道を流れないで自然と地面に吸い込まれる。溶けた雪も同じだろう。
何百年もの昔に造られた石の坂道を登りながら、改めて人間の力の偉大さを思った。

このセギュレの事はすでに何度か書いている。

Once upon a time
セギュレ、そのあと


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