過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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おい、クイズだってよ。 クイズだぜ!

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ウサギ
By Green Eyes


久々のクイズ。 そういえば今年初めてのクイズである。
まずその前に、わが Green Eyes のウサギの最新作を紹介しておこう。
というのは、今回のクイズは、わが Green Eyes にも、ウサギにも、大いに関係があるからなんだ。

ウサギ年の彼女を陰陽道でチェックしてみると、次にような記載が出てきた。
『この生れの人は、月卯あるいは餅つき卯という。 ものごとの考え方や行動が一般の人とは異なり、哲学者や詩人タイプで、理想や空想に生きる人である。 活動力に乏しく、美を愛し、夢を好む。 世の中の事に無頓着で、忍耐力や持続性が少なく、夫婦間では割と冷淡なところがある』。

あまりにもピッタリとあたっているので驚き、最後の記述ではつい笑い出す。



と、前置きはそのくらいにして、かんじんのクイズに入ろう。
つい数日前の記事、つまり 『わが家の動物たち (後編)』 にもう一度帰っていただきたい。そしてこれがクイズ。

そこに載せてある8枚の写真には全部で何匹のウサギが見えているか?


正解の中から抽選で1名を選んで、僕のブログ上のどれでもお好きな写真を差しあげます。 
締め切りは今日から1週間。
答えは非公開コメントにして下さい。




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わが家の動物たち (後編)

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Ⅰ 年中いつもクリスマス



今日のこの記事の写真を撮ろうと、わが家に住んでいる動物たちの絵や置物を、改めて見直してみてびっくりした。
なんという数であることか!

そういえば思い出した。
娘のマヤがまだ小学生の頃、学校がひけるとクラスの友達をよくうちへ連れてきたものだ。 みんながうちへ遊びに来たがると言う。 その理由は、動物がいっぱいいるから、ということらしい。 外で遊べない雨の日の午後などには、きまって数人の女の子がやってきて、スカベンジャー・ハントをして何時間も遊んでいたものだ。

うちの動物たちのですべては、我が Green Eyes がどこからか手に入れてきたものばかりである。 「クールなもの見つけたわよ」 と家に持ち帰った時に僕に見せてくれた大きなものもあれば、小さな置物などは、何も言わないでそっと棚やマントルピースの片隅に置いたまま、僕の目に触れることなく何年もたってしまったものも多い。
それぞれの部屋に置かれたそんな置物を、一つ一つたんねんに見ていると、動物なら何でも好きという女房のコレクションにも、なんとなくレパートリーがあるのがわかってくる。 一番数が多いのが兎と象と馬だった。 そういえば、彼女は昔から象の収集は宣言してたっけ。(なぜ象なのかは聞いたと思うけど、忘れている)。 兎はたぶん、彼女が卯年の生まれということで、ことさら親しみを感じるのかもしれないし、馬に関しては、世界でもっとも美しい動物、とアーチストの彼女はふだんから言っていた。

兎と象と馬以外は、あとはもう種々雑多の状態である。 鶏、ヒヨコ、鴨、白鳥など、いろんな鳥もけっこうあれば、豚、猫、蛙、蜘蛛、猿、蛇、ワニ、など挙げればきりがない。 中にゴジラとかGIジョーまであるのは、あれは息子の幼年時代の名残りに違いなかった。

わが家の動物たちは、骨董品と呼べるものでもないし、値打ちも何も無いただのガラクタにすぎない。 それでも、その一つ一つに、我が家族の郷愁がいっぱいに詰まっていて、見る者に優しく語りかけてくる。
そこに家族の歴史のようなものがあった。




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Ⅱ 窓辺の会話





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Ⅲ 浴室を覗くガーゴイル





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Ⅳ 混んでいるアパートメント





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Ⅴ てんとう虫





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Ⅵ スパイス ラックの大集会





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Ⅶ 暖炉のそばで





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Ⅷ 春四月 蒼ざめた馬 貝合わせ



実はこの 「わが家の動物たち」 は、4年ほど前に書いた記事がすでにあって、今日のこれはいわばその後編ともいうべきもの。 前編とあわせて読んでいただけるとめでたく完結することになるので、とても嬉しいです。
あ、それから…
次回は久しぶりにクイズをしようと思っている。 そのクイズは今日の動物たちに関することだ、とだけ言っておこう。

わが家の動物たち





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花信 その三

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風に揺れる


きのうは朝から晴れて暖かく、気温が26℃まで上がったのに、一日中、風が強かった。
窓の外で、揺れに揺れる枝垂れ桜。 満開を迎えたばかりというのに、この今日の風で散ってしまうとは、花の命はなんと儚(はかな)いものだろうと思った。 そして、散る前の艶(あで)やかな楊貴妃を写真にしなかったことを後悔した。

ところがである。
よく見ると、これだけ強い風の中で、桜の花びらが只の1枚も宙に舞っていないのに気がついた。 長く垂れ下がった枝々が、絶え間なく吹きつける風に激しく蹂躙されながらも、命ある花々をしっかり抱きかかえて離さないようだった。
ああ、これならまだだいじょうぶ。 と僕は安心する。


そして日が変わった今日。
僕は今年最後になるだろう美しい楊貴妃を、写真に収めた。
このあとは、雨に打たれたり風に吹かれたりするたびに、一日一日と衰えてゆくだろう女の姿を、無残に記録に残すつもりは、僕にはない。


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絢爛





こうして毎日のように、隣家の枝垂れ桜を飽きもせずに眺めてきたのは僕だけではなかった。
我が家の荒れ庭に住む、2匹の兎もそうだった。 うちに来た頃は抜けるように色が白かったのに、今は風雨に晒されてすっかり、グレーの兎になってしまった。 可哀相に…
今年は、もう一度白く塗ってやろう。


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石段の兎




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楓の木の下で




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花信 その二

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帰ってきた枝垂れ桜



咲いた。
僕の楊貴妃は、ちゃんと帰ってきてくれた。
もし浮気をして離れていった愛人が、ある日おずおずと帰ってきたら、その女を迎えた僕はきっとこんな気持ちになるのだろう。
よしよし、もういい、何も言うな、 と、そっと抱きしめてやりたいような、そんな優しい優しい気持ちである。

一本の木に対して、こんな感情を持つことが可能だなんて、自分でも驚く。
草木や花を愛する人は世間には多いけれど、自分は生まれつきそういう人たちの中には入らない、ということを僕は知っていた。 それは今でもそうだ。 その僕が、1本の木を、しかも我が家の所有でもない隣家の枝垂れ桜を、これほど気にかけるのは不思議だった。

「情が移る」 とはこのことかもしれない。
1年365日。 その毎日毎日の起きている時間の大半を、僕は仕事部屋の机で過ごす。 その机のそばの窓のすぐ外に、この隣家の桜の木はあった。 机上のモニターから疲れた目をそらすたびに、その目は自然とこの桜の木へと行っている。 自分の心が平静な時も、怒りや悲しみで揺れている時も、無意識のうちにこの木を眺めていた。 別にそれで慰められるというわけでもない。 目はその木に向いていても、実際は何も見ていず、思考は内へ内へと飛翔しているのがふつうだった。
それにもかかわらず、桜の木の残像が僕の虚ろな目を通して、心象としてしっかり焼き付いてしまい、長いあいだには自分でも予想しないままに、密かな愛情へと変わったのかもしれなかった。

そして毎日、夜10時頃になると、隣家の庭の灯がまず消え、それから家中の灯が次々と消えてお隣は眠りにつく。 窓の外が闇となった時、そこで僕は初めて窓のシェードを下ろす。 とたんに自分の部屋が、小さな孤独の空間へと変貌して、現実の世界からとり残されてしまったような寂しさを感じるのはその時だ。

そして明くる朝、目が覚めて仕事部屋へ行くと、まず最初にやるのは、窓のシェードを上げるのが習慣だ。 いきなり朝の光が溢れ、その光の中に、今日も楊貴妃の姿がある。
さあ、新しい1日の始まりだ。




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繚乱




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花信

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春の到来


きのうのこと。
それまで寒かったり、雨が降ったり、の日が続いていたのが急に明るく晴れあがって、気温がいきなり18℃ まで登った。
二階のサンルームから何気なく外を見た時に、あっと思った。 隣家のしだれ桜の枝に小さな豆粒状のものが無数に付いていて、それまぎれもなく蕾だった!
去年の冬は例年になく寒さが厳しくて、とうとう花を咲かせること無く春を終えてしまったこの桜。 そんなことはそれまで一度もなかっただけに、ああ、とうとうこの樹も寿命を全うしたのか、と草木に関する知識が皆無の僕は、暗い気持ちになったものだった。 読者の数人が、いや大丈夫、枯れてさえいなければ来年はきっとまた花を咲かせるよ、と慰めてくれた。 そしてその通りになりそうじゃないか!

そして明けて今日は4月の13日。 朝から気温が22℃ で始まり、日中には25℃まで上がるという予報を見た。
目が覚めて待ちきれないようにサンルームへ行く。 なんと、目の前で風に揺れているしだれ桜の枝の幾つかは、蕾がすでに開きかけていた。 僕はいそいそとカメラを取りに行って、嬉しさに鼻歌を歌いながら撮ったのが冒頭の写真である。
春の到来だ。

ただ、ちょっと気にかかる事がある。
このしだれ桜は、2階建ての屋根よりも高い樹なのだが、今見ると蕾をつけている枝は全体のごく一部なのだ。 樹のてっぺんに近いほうの枝は、まるで枯れ枝のように寒々として風に震えていた。
一昨年までは(昨年は花咲かず) 樹全体が同時に蕾をつけたあと、一斉に花を咲かせたのを知っているから、今年の楊貴妃はもしかして、どこか具合が悪いのかしらん、と心配だ。



昨年の、雪にうち震える楊貴妃を撮影した日を調べたら、4月15日となっていた。 この2枚の写真の撮影日は2日しか違わないというのに…


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4月の雪
2014




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マグショット 7 - 久仁子

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名前 久仁子
生年 1961
職業 通訳 書道家
撮影者との関係 友人
撮影年月日 2015年4月2日


久仁子さんとは、もう16年ものつきあいになる。
あれは1999年だったと思う。面接に来た久仁子さんを、近辺の日系企業に紹介したのが始まりだった。そのあとしばらくして、今度は僕自身のアシスタントとしてうちのオフィスに来てもらってから、僕が仕事をリタイアするまでの8年という長いあいだ、彼女と僕は机を並べて仕事をした。
僕はもともと日本では、サラリーマンをやった経験がまったくなくて、アメリカで初めて会社勤めなるものをして、アメリカ式のビジネスのやり方を覚えていったわけだけれど、次に勤めたこれも米系の会社で、クライエントの大部分が日本人となった時には、ずいぶんと戸惑ったものだ。だいたい日本人はイエスとノーがはっきりしない。それに、口から出る言葉の真意が読み取れず、その裏にある本音を突きとめることなしには、日本人とビジネスをやるのは不可能だと悟った。自分の思うことをアメリカ式に歯に衣(きぬ)を着せずに主張する僕を、よしとして受けとめてくれる日本人よりも、そうでない人のほうが多かったようだ。
そんな所へ久仁子さんが入ってくれることで、ぎこちない雰囲気がどれだけ和らげられたことか。中には気の弱いクライエントもいて、最初から話を彼女の方へもっていく人もいたくらいである。そんなとき僕は、安心してすべてを彼女にまかせた。そのくらい頭のきれる人だった。

秋田出身の久仁子さんは、東京で中央大学を終えると、広報関係の仕事をしたあと、アパレル業界へ入った。そこで買付業者として、彼女はパリ、ミラノ、ボローニャなどヨーロッパの都市と日本を数限りなく往復している。
ところが彼女は何を思ったか、その華やかな仕事をいきなりやめて、オーストラリアへ移住してしまった。はっきりとは言わない本人の話をいろいろとつないでみると、どうも、その動機は大きな失恋が原因となっていたようだ。
オーストラリアで2年ほど暮らしたあと、帰国して秋田の実家へ帰る。そこで書道教室を開いた。書道家でもあったお父さんと叔父さんの二人に、幼い頃から修行をさせられてきた久仁子さんだった。

そういう時に、アメリカから教師として秋田の高校へ着任してきた、今のご主人のケンとの出会いがあったのだそうだ。
数年後に、任期を終えたケンといっしょに、ミネソタ州のケンの家へと行き、そこで二人は結婚をする。翌年には女の子が生まれた。そしてその頃、僕のクライエントが募集していたある役職に、ケンが応募をしてきて、面接と選考の結果、採用が決まり、それで彼の三人家族は僕の住む中西部へと引っ越して来たのである。

久仁子さんとの仕事はなかなか楽しい毎日だった。なにしろ、現代日本の新鮮な息吹を吹き込んでくれるような人は、それまで僕の周りにはいなかったから、新しい日本と日本人に関して、いろいろなことを彼女から学ぶことになった。言葉ひとつにしても、彼女は、僕のまったく知らなかった俗語や新語の、無限の供給源となる。たとえばざっと思い出すだけでも、 ネアカ、ハムト、腐女子、ニート、デブス、うざい、ボンレスハム、婚活、タレ弁、ネチケット、ボキャ貧、シベタリアン、チン妻、パソ婚、サビラン、などなど… 中には今はすでに死語になってるものも大いに違いないが、それを聞いた時の僕のあっけに取られた顔を想像してほしい。


そういえば
久仁子さんとの会話の中で、忘れられないことが一つある。
ある時、僕の大学時代の仲間の話をしていて、ハワイ在住のYの名前を出した時のことだった。Yは日本では名の知られた著者で、それまでに哲学関係の本を数冊出版していたが、なんと久仁子さんはその彼の東京事務所で編集の仕事をしたことがあり、彼をよく知っていたという! あまりの偶然に、二人は顔を見つめ合って絶句してしまった。
Yと僕とは、大学であれほど兄弟のように仲良くくっつき合っていた時期があったのに、アメリカへ渡った彼を頼って僕があとから渡米した時に、つまらない事で喧嘩をしてしまい、それ以後長いあいだ別々に生きてきた。それが久仁子さんとの不思議なめぐり合わせを知った時に、急に彼の声が聞きたくなって、ハワイの彼に電話を入れた。そして30年ぶりの和解が実現したのである。

そのYも今はもういない。癌で亡くなってしまった。一昨年のことだった。




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マグショット 6 - ハインリッヒ

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名前 ハインリッヒ
生年 1987
職業 米国空軍基地勤務 デベロップメンタル・エンジニア
撮影者との関係 姪(キャサリン)の夫
撮影年月日 2015年3月29日


ハインリッヒは、その名ですぐわかるようにドイツ人。 ベルリン生まれである。
父親がドイツ人、母親はアメリカ人、十代でアメリカに移る。だから、2国のことばを流暢に話す。スパイとしては、完璧なバックグラウンド。だから大学を終えて、アメリカの空軍基地のエンジニアに採用されるとき、うんざりするほど徹底的に調べあげられた。今だって、背後に鋭い眼が、いつも光っている。もしかしたらハインリッヒはスパイかも? 僕はスパイ映画をみるたびに、考える。そういえば、彼は、新妻のキャサリンを連れないでひとりでドイツへよく帰る。なんのために? また、自宅には、獰猛(どうもう)な大型犬を2匹飼う。あれは、護身のためじゃないのか? 

ハインリッヒが、キャサリンとの結婚で参加したわが大家族。 そのほとんどが、アメリカから一歩も外へ、踏みだしたことがない。 そこへあるとき、ふらりと、日本人がひとりまぎれこむ。 けっこう大変な事件だった。 なにしろ、彼らにとっては、僕は敵国の子孫だったから。
みんな優しくしてくれたけどね。

そしてハインリッヒ。 大家族にとって、ふたり目の外国人。そのせいか、彼と僕とは、話がよく合う。アメリカの悪口になることもある。われわれドイツ人と日本人は、アメリカ人の持たないものを共有していることを実感する。
そして、もうすぐ4月の末には、ハインリッヒとキャサリンのあいだに子供が生まれる。 大家族の長、マーサにとって、最初のひ孫である。新しい世代のはじまり…




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