過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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September30

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2015年05月

2015/05/28  
2015/05/25  古い靴よ、さようなら
2015/05/16  続・小さな贅沢
2015/05/12  小さな贅沢
2015/05/06  ウサギのクイズの結果は?

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Papal Palace, Avignon, France





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Dozza, Italy





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凧屋 倉吉市






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Venice, Italy





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Paris, France





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Bologna, Italy





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Barcelona, Spain





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Isle-sur-la-Sorgue, France






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Ravenna, Italy





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東京国立博物館






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Lausanne, Switzerland





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Ravenna, Italy





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Vaison la Romine, France





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Puerto Vallarta, Mexico





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東京 国立新美術館












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古い靴よ、さようなら

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老兵消ゆるべし



よくもまあ、こんなになるまで履き古したものだと、われながらあきれる。
このプリンスのテニスシューズは、購入したのがいつだったのか、完全に忘れてしまっている。 4年まえ? 6年前? もっと前だったのかもしれない。 フロリダの休暇や日本の郷里への帰国にも、この靴とラケットは必ずスーツケースに入っていた。
冬にはほとんど使うことはなく、シーズンの最中でも週に1,2度しか履かない靴だからこれだけ長く保(も)ったのだろう。 改めて手にとって見ると、あちこちが破けているだけではなく、詰め物がはみ出したり、靴底のトレッドはほとんど摩滅していた。 テニスをやる度に息子に、いつになったら靴を替えるの、とせっつかれながらもずっと無視してきたのは、気に入ったものは最後まで使う、という持ち前の自分の性格に違いない。 (車も衣服も食器も器具も女房も、全部そうだとは必ずしも言いきれないけれど)。 それに運動靴の場合は他の靴のように見てくれを気にかける必要はない、というのも今まで買い換えなかった理由の一つだった。

それが、とうとう新しいテニスシューズを買うことになったのは、このところテニスを数回やった時に、ヒップの左側に痛みを感じ始めるようになったのが起因となった。 ボールを打つ瞬間に大きく腰をひねるわけだが、その時は何も感じないのに、全力でボールをめがけてダッシュする時に、左の腰にほんの少しだけ痛みがある。 その痛みはテニスのあとまでも残っていて、とくに階段を登る時などにかなり酷く、自分の動作が目に見えて鈍くなっているのに気がついた。 これはまずい。 アスピリン系の薬を飲むと数分で痛みは感じなくなったが、それでは完全治療にはならない。 スポーツシューズのスペシャリストである息子が、それ見ろと云わんばかりに、とにかく靴を替えるところから始めろとアドバイスしてくれたので、それで新しい靴を買うことになったのである。

息子が連れて行ってくれたスポーツシューズの専門店で、あれこれさんざん試したあと、ようやくニューバランスというブランドの、ハードコート用テニスシューズに決めた。 レジスターで代金を払いながら、「よし、これであと10年はだいじょうぶだな」 と云いながら息子の顔を見ると、彼は苦笑しながら何かを云いたそうにしていたが、何も云わなかった。
「そんなに長生きするつもりかよ」 と云いたかったのかもしれない。





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続・小さな贅沢

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リンダの店から道を挟んだ向かいには、大きな病院がある。
その病院に入院している患者を見舞う人たちが、よくリンダの店を訪れる。 殺風景な病室に、何か彩りを添えるものを置いてやりたいという家族や友人の思いやりなのだろう。 花もいいが、ありきたりだし、しかも長くは保たないのにくらべれば、小さなアンティークならいつまでもそばに置けて、見るたびにそれをくれた人を思い出すにちがいない。

しかしこの店にやってくる人たちの多くは、ある特定なものだけを探すコレクターだ。 それが人形であったり、動物であったり、動物でも犬猫とか蛙とか兎とか馬とかふくろうとか、それも陶器製でなければならないとか、ガラス細工に限るとか、なかなかうるさい。 レノックスの食器を集める人はイタリアのガラスには目が行かないし、浮世絵のコレクターは中国の山水画には興味が無い、というぐあい。

インターネットでの商売がこれだけ普及してきて、台所のゴミ入れから自動車まで、なんでも家に居ながらにして注文できる中で、骨董品だけはやはり店に身体を運んで、自分で実際に見たり手に触れたり、値段を交渉したり、昔ながらの方法で買われているようだ。

僕が手に入れたマテニーグラス (写真前面) には20ドルの札が付いていたが、それを16ドルに値切ったわけじゃない。
リンダが VIP の割引をしてくれたのだった。 それにしても背後の巨大なグラス。 ボトルの大きさと比べてほしい。 これはたぶん、水草を入れたりして花瓶の役目をするんだと思うけど、どうだろう? それともこの大グラスは、ビールでもなみなみと入れて飲むのかしらん。




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小さな贅沢

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久しぶりにリンダの店へ顔を出す。
しばらく行かないうちに、ものの数が驚くほど増えていた。
一つ一つを手に取ったりして丹念に見ていくと、楽しくて時間がたつのを忘れてしまう。 まるでお伽の国だった。

もともとリンダの店は、骨董店といういかめしい古臭さがまったくなくて、洒落たクールな小物がぎゅうぎゅうに詰まった明るいブティックという感じ。 古いものがもちろん多い中に、現代のアーチストの作品もあれば、アメリカ、ヨーロッパ、南米、アジア、と世界中のものが、一見混沌としたカオスの中に綺麗に並べられている。 目の玉が飛び出るような高価なものはほとんど無く、たとえば100ドル札を手にしてここを訪れれば、いろんなものをいっぱい自分のものにすることができる。 実に楽しい贅沢である。

今日の僕の収穫は、前から探していたマテニーグラス。 大き過ぎず脚も長過ぎず、紙のように薄いガラスでできていて、一度過(あやま)って倒せばそのままコナゴナに壊れそうな繊細なもの。 おそらく1950年代のものだろう、とリンダは云う。 ほんとはペアで欲しかったんだけど、1個だけの片端ものだった。 値段は16ドル。 リンダがていねいに包装してくれたそのグラスを持って、小さな幸せを感じながら帰途につく。
さあ、このグラスで飲む最初の一杯は、どんな味がするだろう?






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リンダのポートレート




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ウサギのクイズの結果は?

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Ⅰ ウサギが3匹


正解は17匹

出題した時点では、易し過ぎてまちがいなく全員が正解だろう、と予想したのが裏切られて、正解は4人だけ。
(不正解だった人に、どこでミスしたかをコメントにでもしてもらえば、僕にとっては今後のクイズの参考になるだろう)。
抽選の結果、当選者は ryo-n さん。 ランナーアップは fumie さんだった。
うちわけはこの通り。


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Ⅱ ウサギが5匹




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Ⅳ ウサギが9匹





今回のクイズで、解答者のなかに 「ウサギは何匹とは言わない。 何羽ですよ」 と注意してくれた読者がいた。 また、何匹と書かないで何羽と解答した人が半数はいた。
それで、あ、そうだった、と長いあいだ忘れていた事を思い出したのである。 僕のうろ覚えの知識では、むかし江戸時代に仏教で獣を食することが禁じられていたころ、ウサギを何羽と呼ぶことで鳥に見立てて食べていたという。 そのことを完全に忘れてしまっていたのだ。
ふだんから、自分の誤ちは喜んで素直に訂正するのが僕の良い所、なんて思っているぐらいだから、まちがった言葉を正しく直す事には何のためらいもない。
しかし僕は、今回に限って頑固にそのまま押し通そうと思う。
ウサギを鳥とみなす必要のなくなった現代では、もとの動物に返してやるべき、とも思うし、その一方では、そんな興味深い歴史を裏に持つ特別な言葉なら、いつまでも大事にしたい、という気も大いにする。 日本の古い美しい言葉がどんどんと失われていくのはたまらなく悲しいことだ、といつも嘆いている僕である。

にもかかわらず、僕が頑固を押し通そうとしているのは、何よりも、漢字の視覚的な問題だけなのだ。
僕の頭のなかでは、鳥を数えるときの何羽という字面(じづら)が、動物のウサギとどうしても結びつくことができない。 ウサギが何匹と呼ぶことで初めてあの小動物のウサギがイメージに湧いてくる、というのが一番の理由なのです。 そう思うのはきっと僕だけかもしれない。 何羽のウサギと呼んでちゃんとウサギのイメージが浮かぶ人も沢山いると思う。 僕は長いあいだ日本を離れているうちに、そういう自動的な連想の習慣が抜けてしまったのにちがいない。
とにかく、僕の頑固には困ったものだ。 ヘンな日本人と笑ってもらいたい。


ryo-n さん、おめでとう。
住所氏名を非公開コメントにして送ってください。
お好きな写真を指定することを忘れないように。
数日経ってもご返事のない場合は棄権とみなして次の方を選びます。





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