過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2016年05月09日

引っ越し嫌いの僕だけど…

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雨の葉桜



雨の日の朝、隣家の枝垂れ桜がびっしりと若葉をつけているのを見て、嬉しくなる。
しばらく前に満開の花を見ていた時には、その風情がなんとなく元気がなく、花の数も少なめで爛漫という感じからは遠かった。 やはり老樹だから仕方がないのだろう、人と同じで盛りを過ぎればあとは衰えていくのを待つだけなのかと、寂しい気持ちにさせられたばかりだったから、こうして隣家も空も見えないほど隙間なく密に茂った元気な葉桜は、僕を喜ばせた。

こうやって窓越しに隣家の枝垂れ桜を眺めるのは今年が最後かもしれない。
というのは、わが家では引っ越しの話がまたまた持ちあがっていて、もうすでに幾つかのアパートを見に行っている。 そのどれも高層ビルの中の住居で庭もポーチも無い、 (ベランダは付いているけど)。 われわれが最低条件に上げているのは、うんと広いリビングルームにベッドルームが2つ、浴室が2つ、それに今よりもずっと大きなキッチンを備えていることだった。 そんなの贅沢だと日本の友人たちは言うかもしれないが、そうは思わない。 リビングルームは女房のアトリエも兼ねるだけのスペースが必要だし、ベッドルームの1つは僕の仕事部屋になる予定だった。 浴室が2つ欲しいといってもその1つはバスタブの無いトイレとシャワーだけ、つまり不動産屋がハーフバスルームと呼ぶあれでかまわない。 アメリカではベッドルームが2つ以上のアパートで浴室が1つだけというのはまずないからだ。 キッチンも今の古い家のキッチンがあまりにも狭いのに改造のしようがなくて長年我慢をしてきた。 だから今回の僕らの望みはけっして贅沢ではないのである。

そうやって探し始めてみると我々の条件を満たすアパートはけっこう多くあって、そのどれも近代的で機能的で快適に暮らせそうな場所だったが、今のところ、これはというものにまだ行き当たっていない。 僕がいいなと思うものには女房が異論をとなえ、彼女が気に入っているのにこちらが気が進まず、というぐあいである。 そしてほぼ完璧に二人を満足させる住居が見つかったと思ったら、その地域が感心しない環境だったり、不便な場所だったりする。

引っ越しの話は数年前から何度も持ち上がっていたが、いつも話だけに終わってこうやって積極的に探し始めたことは今までなかった。 今回は実現するかもしれないという気になっている。 なにしろ建てられてから80年以上も経つ古い家にもう20年住んでいるから、あちこち具合が悪くなるのはしょっちゅうでその修理が大変だし、大きな庭の手入れをするのもわれわれには年々きつくなってきた。 子供たちが出て行ったあと使わない部屋やスペースが多すぎる。 もっと以前に移るべきだったと思いながらそれをしなかった理由はただ一つ。
昔から僕は引っ越しが大嫌いなのだ。





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