過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2016年06月18日

2016/06/18  長い眠り

長い眠り

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古い帳簿



わが家の地下室の片隅に小さな部屋がある。
物置として使っているその部屋には、昔やっていた木工の工具だとか写真用暗室の器具などがぎっしり詰まっていて、もう何年もそのドアさえ開けたことがなかった。 それが今回、引っ越しという大事件が起こりつつある中で、このドアを開けなければならない状態に追い込まれ、中に入っているものを一々調べ始めた。 リョービ製のテーブルソーや電気カンナ、ルーター、ドリルスタンドなどのパワーツールから、十何本もの大小のクランプやノミ、手鋸など、よくこれだけ揃えたものだ、と自分でも驚くほどの数の工具が出てきた。 それに加えて写真の引伸し機や乾燥機、マウントプレスなどもある。 昔さんざん使いこなしたものばかりでその一つ一つに思い出があり愛着があった。 思わずセンチメンタルになってしまう自分を、いけないいけないと叱りながらも作業はなかなか進まない。 おそらくもう2度と使うことはないだろうと思うと、重ねてきた年月の重さに、つい動作が止まってしまうのだ。

すべてを処分してしまうつもりだった。 捨てるものはほとんどなく、貰い手を見つけるのは難しくないだろうと思われるものばかりである。
そんな中に、見覚えのない小さな段ボールの箱を見つけた。 開けてみると3冊の使い古された帳簿のようなものが入っている。 明らかに僕のものでも家族のものでもなかった。 どこから紛れ込んだのだろう? 20年前にこの家へ越して来た時に、すでにそこにあったものに違いなかった。 手書きの帳簿のようなその本には日付や人の名前、それに金額の数字がぎっしりと書かれていた。
日付を見て驚いた。 1885年から1887年までの3年間となっている。 なんと130年前の記録なのだ!
それにしても何の帳簿だろう? 店のオーナーが金銭の出納をきちんと付けたように見えるが、それにしては売れた品目の名前などいっさいなくて、そこにあるのは人の名前だけ、というのが不思議だった。 と思いながら丹念に1行づつ読んでいくと、あったあった! ところどころに品目が書かれているじゃないか。 「1/4 ポンドのジンジャー … 10セント」 とか 「桃1缶 … 15セント」 とかがそれだった。 そうか、これを書いた人は町の食料品店の店主だったのだ。 その頃は買い物をして一々現金で払う客と(By cash とあるのがそれ)、ツケで買う客との二通りがあったようだ。 左欄がツケの金額、右欄が現金の売上げのようで、月末には左欄を総計してそれぞれのツケの客へ請求をしたのだろう。

上の写真に見える1886年といえば日本は明治19年。
その数年前に日比谷に鹿鳴館が建てられて西洋風の舞踏会が盛んに催され、当時の外務卿であった井上馨は欧化政策に失敗して1887年に辞職している。
そんな頃にこのオハイオ州の一都市で商売を営んでいた人の息子か孫かが、僕らが20年間住んだこの家の持ち主だったのだろうか。 家が建てられたのが1920年代だと聞いているから、それで辻褄は合うことになる。 そのあと、1996年に僕らがこの家へ越してくるまで、どんな持ち主の変遷があったのかは知る由もないが、その長いあいだ、この帳簿はずっとこの地下室に眠っていたに違いなかった。 それが130年ぶりに人の目に触れたことになる。 長い眠りだ。


この3冊の本が郷土史の資料として貴重なものなのか、それとも何の値打ちもないものなのか。
まったくわからない。
さて、どうしよう。

というようなことで、家の整理などまったく進まないこの頃だった。







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