過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2016年09月14日

2016/09/14  携帯電話のこと

携帯電話のこと

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青い噴水



最近、携帯電話を買い替えた。
長いあいだ使っていた旧式のやつ (日本でガラケーと呼ばれるあれ)が、ある日ついに働くことを止めてしまい、それで仕方なく、という感じでスマートフォンを手に入れたんだけど、使い始めてみるとこれが実に具合がいい。 まずそのサイズが馬鹿でかいからスクリーンの字がとても読みやすい。 それと、これは僕が知らなかっただけだけど、付いている機能が旧式の電話とは比べものにならないくらいに充実している。 日本ではパソコンをやめて携帯電話に切り替える人の数がどんどん増えているというのも大いに頷けた。

最初、新居となったビルの中までは外からの電波が届きにくく、いちいち中庭に出て電話をしていたのが、ケーブルとインターネットの設置で自宅のワイファイが使えるようになってからはその不便も解消した。 ただ発見したのは、電話を使いながら外から家の中へ入るととたんに電波がドロップする。 電話会社のシグナルと自宅のワイファイとの切り替えがうまく行ってないのだろうが、電話の使用量が仕事をやめてからは極端に減った僕にとっては、どうってことはない問題だった。 電話を耳に当てながらブリーフケースを抱えて、あたふたと外出する、なんて生活とはもうすいぶん前にグッドバイしている。 どこで電話を取ろうと、その場でゆっくりと応対すればいいのである。 それともう一つ、今の僕がカルト教団の狂信者みたいに死守しているルールが一つだけあって、それは車の運転中には電話に出ない、ということだ。 絶対に出ない。 発信者の名前すら見ない。 自分のスローライフをこんな形で周りの人に蔓延(まんえん)しているとも言える。


スマートフォンを持つようになって、普通の音声通話よりもテキストメッセージの数がぐんと増えたのに気がつく。 古い電話のキーボードがいかに使い難かったかがわかる。 まだ日本語のソフトを入れていないのでテキストはもっぱら英文だけなんだけど、グーグルのソフトが実にうまくできていて、英語のスペルを途中まで入力するとあとは候補の単語がいくつか上に出てくるので、それをタップするだけですぐに次の語へ進めばいい。 文章が驚くほど早く書けてしかもミススペルが無いのだ。 自分でも気が付かないでつい自然と饒舌になっている。
テキストメッセージの良いところは、同じ1対1の会話でも電話とかチャットと違って束縛感が薄いから、返答が遅れたり途中で座を外したりしてもあまり気にされないことだろう。

ある土曜日の午後に、息子と僕のあいだでこんなテキストが飛び交ったりする。

息子 「父さん、どうしてる?」
父 「おれは調子いいよ。 そちらは?」
息子 「芝刈り機を運転しててウルシにかぶれたらしく顔が倍に腫れちゃってる。」
(彼はアテネ郊外の大邸宅に住む老嬢に雇われて、庭の管理をしている)
父 「そうかそれはかわいそうだな。 父さんも子供の頃よくかぶれたけど、大人になってからは1度もないよ。」
息子 「今何してる?」
父 「テレビでテニスのUSオープン見てる。 錦織とカーロヴィッチ。 今回は錦織の調子がすごくいい。」
息子 「ああ、カーロヴィッチって2メートル10の大男だよね。」
父 「そうだ。 だけど彼はなぜプレス連中に Dr. Evil って呼ばれるんだろ?」
息子 「あれはね、コメンテーターのブラッド・ギルバードが映画のシリーズから付けたニックネームだよ。 異様に大男だから。」
父 「そうか。 たしかに身体といい顔といいテニスプレーヤーにはちょっと異様だ。 フランケンシュタインにそっくりじゃないか。」
息子 「あはは、その試合の結果は僕はもう知ってるけど言わない。 父さんはいつも1日遅れの録画しか見ないからね。」
父 「いや、これは錦織の圧勝だろうな。 賭けてもいい。」
(ここで息子の返信がしばらく途切れるので僕はそのまま続けて打つ)
父 「テニスといえば、おれはシンクレアのテニスのクラスを取ることにしたよ。 土曜の朝の9時からだ。 今日でもう3回目だ。」
息子 「それはいい! シンクレアなら新しいアパートから歩いても行ける距離じゃない。 それでクラスはどうだった?」
(ここで誰かがドアをノックするので、開けてみるとアマゾンからの小包が届く)
父 「いやあ、ちょっと参ってる。 別に年齢の制限とかは無いはずなのに参加者のほとんどがシニアなんだ。 まあ自分もシニアだから不満は言えないとはいえ、ちょっと程度が低すぎるんだな。 まず最初のクラスの日に、始まってから15分もしないうちに女性の一人が卒倒して床に寝たまま動かなくなったんで、救急車を呼んだり警察が来たりで大変だったんだ。」
息子 「まあ父さんもこのところ身体がナマッてるだろうからしばらくはそれでやってみたら? そのあとほかのクラスへ移ればいいじゃない。」
父 「うんそのつもりだよ。」

というぐあいである。
息子は自分の方から電話などまず掛けてこないくせに、テキストはこうして時々打ってくるのはなぜなのかは、何となく僕にもわかる。 電話で話す時のあの改まった緊張感を持たないで、気軽に呼びかけができるからだろう。
新しい電話でテキストメッセージをやるようになってから、息子だけではなく周りの人との対話がたしかに増えたのは喜ばしいことには違いない。


***



今日の写真はフィレンツェのピッティ宮殿の中庭をそぞろ歩きした時に撮ったもの。
なんて言えばカッコいいけれど、実はこれも我がアパートのコートヤードの壁に取り付けられた噴水なのだった。
ビルの管理人の話では魚の口からちゃんと水は出るそうだ。 誰も来ない庭に噴水を出すのも不経済だからと、ふだんは止めているという。
そしてこの噴水の壁の真裏にあるのは、ほかでもないわが家の寝室で、寝室の窓から首を出せばすぐそこに、シャチホコのような怖い顔の魚がいる、というわけなのです。





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