過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2016年10月06日

トシオとコータロー (追記)

T161005-01-blog.jpg

米子幼稚園



この写真を探し当てるのにまる2日かかった。
本来なら前回の記事にいっしょに載せたかったのに、どうしても見つからないので諦めて 「トシオとコータロー」 を公開してしまったあと、やっぱりあの写真は載せたい、と思い直して大々的に捜索を始める。
引っ越しのドサクサでどこかに紛れてしまったらしい。 ようやく片付いたばかりの新居なのに、またまた僕が家中の戸棚や本箱をひっくり返して何十冊というアルバムを取り出したり、整理されていない写真の束を床にばらまいたりするのを見て、女房は口の中で言葉にならない小言をつぶやきながら、それでも表立った抗議がこないのは、コータローの写真を探しているのを知っているからだった。 そうでなくともこの数日間は、友人の死で沈んでいる僕をまるで腫れ物に触るように扱っている。

「おまえどこに隠れてんだ。 いい加減で出てこいよ」 などとぶつぶつ言いながら、まるで、紛失した宝くじの当たり券を探すような勢いであちこちを引っかき回していたら、この、手札版よりもずっと小さな色褪せた写真は分厚いプリントの束の中からひっそりと出てきた。



さてそこで…

子供達の1番前で頭に大きな絆創膏を貼って、指をくわえているのがコータローである。
そういえば、幼稚園から小学校へかけてのコータローはどの写真を見てもなぜか必ず指をくわえている。 くわえる指が1本の時もあれば2本の時もある。 中には両手の指を1本づつ口の中へ入れている写真もある。 あの習性がいつ無くなったのかを訊こうと思いながら、ついいつも忘れて訊かないままに時が経ってしまった。 もう訊けない。
そして、コータローのうしろで T の野球帽をかぶった、まるで皇太子のように気品のある少年がトシオだとは、説明するまでもなくすでにお分かりでしょう。

さらに付け加えると
先生たちの中で向かって左から二人目に顔を見せているのが僕の母である。







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