過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2016年12月01日

2016/12/01  恋をするマヤ

恋をするマヤ

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マヤとアール 




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後ろ姿のマヤとアール





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マヤと叔父夫婦






娘のマヤに恋人ができたらしい。
長いあいだ男を寄せつけなかったこの子が、今年の8月にシンシナティでの甥の結婚式に出席した時に、ピッツバーグからボーイフレンドを連れてくると予告した。 珍しいことだ。 過去に付き合っていた男性をこんな形で両親に紹介したことは今までなかったからだ。 第一、身内の結婚式に同伴すること自体が、この子にとって彼が友達以上の意味を持つことは明らかなように思えた。 仕事場の同僚というわけではなく仕事を通して知り合ったというこの青年の名はアールといった。 フェイスブックで彼の優しそうな髭面の顔を見て、われわれ両親は理由もなくほっとする。

8月といえば僕らは新しい住居に引っ越したばかりで、まだ家具類も置くべき場所に納まらず部屋中に箱が積まれている中に、とりあえず寝る場所だけを確保していたような状態だった。
そんな乱雑な住まいに、ピッツバーグから5時間をかけて車を駆ってきたマヤとアールが姿を現す。
こちらの眼をまっすぐに見てミスター付で僕の名を呼ぶアールに、僕のことはトシオと呼び捨てにしてくれればいい、と言いながら握手をする。 彼のしっかりと固い握手に好感を覚える。
すでに到着していた息子の太郎を交えてとりとめのない会話が始まったが、初対面のぎこちなさをまったく感じさせないアールの雰囲気に女房はその場で好感を抱いたようなのは、彼女の饒舌さからも読み取れる。 マヤよりも二つ年下だというアールと同年輩の太郎とはその場で気が合ってしまったようだった。 父親の僕はといえば、彼が常にマヤに対して見せる優しい気づかいに好感を持ちながら、いやまだまだ騙されんぞという意地悪な意識を拭い去ることができないでいる。
夜更けまで飲んで食べて話をしたあと、僕らのアパートからはほんの2ブロックのところにあるグランドホテルに宿を取った二人は帰って行った。 酔っ払った太郎はもうソファで眠っている。
「いいひとよねえ。 大好きよ。 あのふたり完璧なカップルだわ」 とベタ褒めムードの女房に、僕は何となく同意をしたくなくて
「うん、だけどちょっと調子よくてしゃべり過ぎるんじゃないか」 などと言ってみるが、その反抗はいかにも弱々しく響いたのに自分でも気がついていた。


その翌日。
結婚式のあるシンシナティは僕の住むデイトンの町からは車で1時間足らずの距離である。
5人を乗せた車の中では次から次へと話が弾んでいる。 といっても運転に専念する僕と、いつものように口数の少ないマヤは時々口をはさむだけで、女房、太郎、アールの3人の会話のもっぱら聞き役だった。 その会話を聞いていて、この30数年を真っ直ぐな人生を送ってきた訳ではないらしいアールの人柄が次第に浮かび上がってくる。 彼の見かけの優しさの裏に、太い芯が通っていることを認めないわけにはいかなかった。


式のあとの披露宴。
どっとバーに押し寄せる人の群れに気を削がれて、名札の置かれたテーブルにポツンと座っている僕の眼の前にそっとマテニーが置かれた。 アールが自分のドリンクよりも先に僕にマテニーを持ってきてくれたのだ。 うーんなかなか憎いことをする、と僕はうなってしまった。 そういえば、昨夜自宅で僕がマテニーをすすっているのを見て 「ジンですか? それともウォッカ?」 と彼が訊いたのを思い出す。 それにしても憎いことをする奴だ。   


披露宴を終えてまたまた車でデイトンのわが家まで帰ってきたのは夜中を過ぎていたが、そこでまた飲み直すことになった。
煙草を吸いに外に出ようとした僕に、アールが自分も行くといっていっしょに裏の川辺りに出る。 彼も喫煙者だとわかって何となく嬉しい。 建物の裏側が公園か何かだと思っていたらしい彼は、いきなり目の前に広がる大きな川を見て子供のように驚き、喜んだ。

男同士の会話は自然とマヤが話題となった。
マヤを知れば知るほどご両親がいかに良い育て方をされたのかがよくわかります、と当の両親にとっては最大級の賛辞が彼の口から出るのを聞いて、僕は年甲斐もなく嬉しくなる。 彼の言い方にお世辞とは思えない誠実さを感じたからである。 そこで僕が
「いや、正直に言うと母親はともかく、僕が子供達に良い父親だったという自信はまったく無いんだよね。むしろ世間並みには父親として落第だったと思ってる。」 と正直に本心を告白する。
「いえ、それはないと思います。 彼女がお父さんのことを話す時、言葉の端々に尊敬とか畏敬といった感じがいつも出てる。」 と彼は驚くようなことを言う。 そこで僕は言った。
「うちの子供達は息子が母親似、娘は父親の僕に性格が近いような気が長い間してきたんだけど、こんなことを言うと本人のマヤは不本意かもしれない。」
するとアールは微笑して言った。  
「実は彼女も同じことを僕に言ったことがあります。」 これも驚きだった。 こんな会話は家族同士でもやったことがなかったからである。 アールという男が媒体になってくれたお陰で、知らなかったマヤの一面が覗けたことが僕にはとても嬉しかった。

川面を渡ってくる生暖かい真夏の風に、ふたりで2本目の煙草の煙を吹き出しながらの短い会話の最後に、アールが言った。
「マヤのことは安心してください。 過去にあったいろいろなことは全部聞いているけど、もう誰にも彼女を悲しませるようなことはさせません。 約束します。」
とまたまた実に憎いことをいう。 この男、女を口説くのと同じくらいに親を口説くのがうまい、そう思いながらも僕はすでに彼を信頼してもいいという気持ちになっていた。



あれから3か月半、ふだんマヤと僕とのあいだにはメールも電話もほとんど無いのは前と変わらないが、母親とはけっこう交信しているようだ。
今夜女房が言った。
「マヤは以前とくらべて見違えるように元気になってる。 電話の声に張りがあるし、メールの文面もすごく明るいしね。 サンクスギビングはパーティにも行かずふたりだけでひっそり過ごしたみたいよ。 私は以前のようにあれこれ心配する必要がなくなって、うんと楽になった。」


以前の悲しいマヤのことは数年前に 『娘への手紙』 に書いている。





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