過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2017年01月23日

2017/01/23  マーサが逝く

マーサが逝く

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90歳の誕生日に孫のマットと談笑するマーサ (2017)


今日1月21日(土)、午後10時半。 義母のマーサが逝った。
彼女の最後の誕生日に家族が集って午後のひと時を過ごしたのはつい今週の日曜日で、それから6日しか経っていなかった。 マーサに乞われて珍しく僕がそこにあったピアノで数曲を弾いたら、彼女は目に涙を浮かべて喜んだ。 ピアノから立ち上がる僕に手を差し伸べて引き寄せると僕の唇にキスをした。 それは母親が息子にするキスだった。

3人の息子と5人の娘婿を持つマーサだったが、その娘婿の中でも彼女が誰よりも僕を気にかけてくれたのは、日本人の僕が遠い異国から来てずっと昔に両親を亡くしていたことを、ことさら憐れと思ってくれたからだった。 「自分の息子だと思ってるからね」 と言っていた。 初めて会ってからこの35年間、僕の誕生日には毎年必ず送ってくれたバースデーカードには、「マーサより」 ではなくていつも 「母より」 と書かれていたのを思い出す。



マーサの様態が悪くなったこの数日間に、フロリダの三男を始め家族が続々と彼女のアパートへ詰めかけていた。 僕の息子の太郎も昨日から帰省している。 僕らも今日の午後までそこに居て、夕方にいったん帰宅したばかりだった。 そして夜になって義妹からの携帯メッセージでマーサがたった今逝ったことを知った。
マーサがこの数年住んだアシスタントリビングの施設はうちからは車でほんの10分の距離だったが、女房は今はそこへは行きたくないと言い張る。 妹達からの誘いを頑なに拒むと電話を切り、それからしばらくのあいだ声を上げて激しく泣いた。 自分だけの悲しみに浸りたい、今は誰ともこの悲しみをシェアしたくない、という女房の気持が僕には痛いほどよくわかった。 僕自身も同じだったから…


お母さん、さようなら。



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マーサと太郎 (1984)





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