過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2017年03月31日

ふるさとは遠きにありて思ふもの

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叔母 2011年


日本への出立があと数日に迫って準備に忙しくしている。
今日も朝からトレーダー・ジョーズに出かけて、叔母の好きなチョコレートやキャンデーやクッキーを山のように買う。 包の小さなものばかりを選び、同じものは2つと買わない。 叔母は昔からこんな小さな包をあれやこれやと手に取りながら、これを開けたりあれを食べたりするのが好きで、買い物をしながら僕にはほくほく顔で喜ぶ叔母の顔が見えている。

その叔母はこのところ具合が悪くなって病院へ運ばれたまま入院している。
施設に入ることを頑固に拒否して古い広大な屋敷に一人で住む叔母が、ある朝、床に倒れているところを看護士に発見されて病院へ運ばれたのはつい数日前だった。 それを知らせてくれたのは叔母の娘の龍子さんである。 親子とはいえ血の繋がりの無かった龍子さんはわけがあってもう何十年も叔母とはいっしょに住んでいず、ふだんは東京住まいのその龍子さんが病院からの知らせで郷里の米子へ飛んできていた。

さて今日の叔母の具合はどうなのだろう、とこちらの夜中前、日本の昼過ぎの時間を見て龍子さんに電話を入れてみる。
電話を取った龍子さんが僕の声を聞いてあっと驚いているのが気配でわかった。 いま、僕に電話をしようとして番号を探していたところだと言う。
叔母が今日の未明に亡くなっていた。

龍子さんが昨夜病院を出る時は叔母は喋れないながら意識はちゃんとしていて、来週はトシオさんが来るからね、もうすぐだからね、と耳元で繰り返す龍子さんに叔母はしっかりと頷いていたそうだ。

89年もの長いあいだ僕を待ち続けてくれたのに、あと1週間だけ待ってくれなかった。
若い頃からいつもシャキシャキとせっかちな叔母だったけれど、死ぬときもせっかちな叔母だったのだ。

日本で僕と血の繋がる最後の人が逝ってしまった。
今こそ僕は一人ぼっちにされてしまった、という感が強い…
そのふるさとへ僕は今帰ろうとしている。
何のために?








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