過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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北へ - 日本の旅(7)

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国境の長いトンネルを抜けると雪国であった


50年近くも日本を留守にしているうちに、頭の中の日本の地理がすっかりおかしくなってしまった。
たまに帰国をしてもいつも行く先は東京と山陰の郷里の2ヶ所と決まっているから、それ以外の土地、とくに昔から馴染みの薄かった東北地方はすっかり混乱していたようだ。 あらためて日本地図を見直したのはあの東北大震災の時である。 それまではたとえば秋田と山形がどちらが北にあるのかわからなかったり、岩手県が太平洋側だったのか日本海側だったのか確かじゃなかったり、それに第一、宮城という県の存在を完全に忘れていた。 (宮城の皆さん、ごめんなさい)。 そんな、日本人が聞いたら信じられないような混乱が東北大震災のお陰で訂正されたわけだ。

今年の大学同期会を新潟と佐渡でやると聞いて、また日本地図を見直してみた。
佐渡ヶ島はもっとずっと北にあると思っていたので、大学の頃ガールフレンドと数日の旅をした能登半島からそんなに遠くないのを知って驚く。 それに対岸の新潟県は意外と東京に近いじゃないか。 道理で東京組の3人は車で行くことにしたのだろう。
そして僕もそれに参加したわけである。

出発の前夜は車のオーナーである I の石神井宅で泊めてもらう。
風邪をひいていた僕のために、 I の奥さんが数種の薬やマスクなどを用意してくれて、薬の飲み方などを丁寧に説明してくれるのに感謝した。 マスクというのは日本人の専売特許だと思っていたので、外国人がよく馬鹿にするそのマスクをするのに僕はちょっと抵抗があったけど、奥さんにきつく言われて、はい、ちゃんとします、と約束をする。 僕は昔からこの奥さんの大ファンなんだけど、この時は僕の風邪を心配してくれているというより、その悪質の風邪を最愛のご主人に車内で移すのを懸命に予防したのだろう、などと思っちゃいけないと自分に言い聞かせる。 そう、彼女はいつも本当に優しくてそんな人じゃない、僕のことを心配してくれてるのだと思い直した。


朝の6時40分に石神井公園駅に集合した4人で出発する。
新潟から佐渡へのフェリーに遅れないように、朝食も I の奥方が用意してくれたおにぎりをを移動中の車内で食べる。 途中停止はトイレだけと、リーダーの I に最初から釘を刺されていたが、新潟までの数時間のあいだにそのトイレに7回も止まったことで、4人の高齢が証明されてしまった。

新潟は僕は何度か行ったことがあるが佐渡は初めてである。
正直に言うと、とくに佐渡へ行きたいと思ったわけではなく、何年ぶりで帰る日本なら行くのはどこでもよかったのだ。 ハイウェイを走る車の後部座席で、窓ガラスに額を押し付けて、次々と変わっていく風景を、僕は飽きること無く眺め続けた。








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日本人礼賛 - 日本の旅(6)

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シャトルを待ちながら
成田空港


日本へ帰るたびにいつも感激することと言えば、リストにすればかなり長いものになるけど、そのトップに来るのはいつも同じである。
それは日本人のサービス精神。

これは外国から来た人なら日本にまず最初の一歩を踏み出した瞬間に感じる。 逆に言うと外国へ出たことのない日本人にはまず理解のできない感覚で、自分がどんな素晴らしい国に暮らしているかは外国、とくにアメリカヘ来てみて初めてわかる。
日本の地へ到着した外国人がどこへ行ってもまず感じるのは、日本人は他人への対応が親切で丁寧で真心がこもっている、ということにはまず疑問の余地が無い。 もっともデパートなどでは礼儀の正しさが徹底し過ぎて、もうちょっとフレンドリーでもいいんじゃないか、などとフレンドリーが看板のアメリカに住む僕なんかは思ってしまう。 まあ営利企業などで客を大切に扱うのは当然だろうけど(アメリカにはそれさえ無い)、今回驚いたのは市役所などの公共事業で市民への対応が実に良く行き届いていることだった。 とくに高齢者に対する所員の扱いはそばで見ていても気持ちが良いくらいに、至り尽くせリと言っていい。 アメリカの役所なら、世話をしてやるんだという見え見えの態度でつっけんどんに対応されるのとはなんと大きな違いだろう。

ファーストフードの店でも客に対する店員の態度はちゃんとしたレストランのそれと変わらない。 アメリカなら、他に仕事がないから嫌々ながらやってるんだ、というのが顔にも言葉遣いにも出ていてそれを隠そうともしない。 小さな商店でも似たようなもの。 客がものを買うんじゃなくてお願いして売ってもらっている、という具合にこれは売る方も買う方も誤解している。

今回の日本で、もう何代も続いてきたような街角の八百屋のおばさんなんか、明るくて陽気で、その上高級店には無いユーモアとフレンドリーさがあった。 釣り銭を貰う時に僕がうっかり100円硬貨を落っことしてしまうと,、おばさんはそれを床から拾ってふっと息を引きかけると僕に返そうとせず、キャッシャーから違う硬貨を取って僕の手に握らせる。 汚れた金を客には握らせないというのは、これは日本の文化以外の何物でもない、と僕は感激して心からおばさんにありがとうを言うのであった。
考えてみると、アメリカに暮らしていてサンキューという言葉は、それこそ日に何十回と発するけど、心からサンキューと言ったことなんであっただろうか、と思ってしまう。

こういう話は日本へ帰るたびに毎回蓄積していくもので、いちいち書き始めるとキリがない。
以前ブログにも何度も書いていてそれをあらためて読み直してみると、たしかに、あの頃ほどの感動は最近の日本に慣れるに連れて少しずつ薄れていっているようだ。それでも日本滞在のあとでアメリカへ帰ってくると、その日から 「ああ、アメリカ…」 と溜め息をつくのが習慣になった。
そしてこれは周りのアメリカ人には絶対に言わないことだけれど、ここなら声を大にして言える。
「日本人はすばらしい!」

でもかんじんの日本人はそれを知らないんじゃないのだろうか?











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