過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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2017年06月05日

日本人礼賛 - 日本の旅(6)

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シャトルを待ちながら
成田空港


日本へ帰るたびにいつも感激することと言えば、リストにすればかなり長いものになるけど、そのトップに来るのはいつも同じである。
それは日本人のサービス精神。

これは外国から来た人なら日本にまず最初の一歩を踏み出した瞬間に感じる。 逆に言うと外国へ出たことのない日本人にはまず理解のできない感覚で、自分がどんな素晴らしい国に暮らしているかは外国、とくにアメリカヘ来てみて初めてわかる。
日本の地へ到着した外国人がどこへ行ってもまず感じるのは、日本人は他人への対応が親切で丁寧で真心がこもっている、ということにはまず疑問の余地が無い。 もっともデパートなどでは礼儀の正しさが徹底し過ぎて、もうちょっとフレンドリーでもいいんじゃないか、などとフレンドリーが看板のアメリカに住む僕なんかは思ってしまう。 まあ営利企業などで客を大切に扱うのは当然だろうけど(アメリカにはそれさえ無い)、今回驚いたのは市役所などの公共事業で市民への対応が実に良く行き届いていることだった。 とくに高齢者に対する所員の扱いはそばで見ていても気持ちが良いくらいに、至り尽くせリと言っていい。 アメリカの役所なら、世話をしてやるんだという見え見えの態度でつっけんどんに対応されるのとはなんと大きな違いだろう。

ファーストフードの店でも客に対する店員の態度はちゃんとしたレストランのそれと変わらない。 アメリカなら、他に仕事がないから嫌々ながらやってるんだ、というのが顔にも言葉遣いにも出ていてそれを隠そうともしない。 小さな商店でも似たようなもの。 客がものを買うんじゃなくてお願いして売ってもらっている、という具合にこれは売る方も買う方も誤解している。

今回の日本で、もう何代も続いてきたような街角の八百屋のおばさんなんか、明るくて陽気で、その上高級店には無いユーモアとフレンドリーさがあった。 釣り銭を貰う時に僕がうっかり100円硬貨を落っことしてしまうと,、おばさんはそれを床から拾ってふっと息を引きかけると僕に返そうとせず、キャッシャーから違う硬貨を取って僕の手に握らせる。 汚れた金を客には握らせないというのは、これは日本の文化以外の何物でもない、と僕は感激して心からおばさんにありがとうを言うのであった。
考えてみると、アメリカに暮らしていてサンキューという言葉は、それこそ日に何十回と発するけど、心からサンキューと言ったことなんであっただろうか、と思ってしまう。

こういう話は日本へ帰るたびに毎回蓄積していくもので、いちいち書き始めるとキリがない。
以前ブログにも何度も書いていてそれをあらためて読み直してみると、たしかに、あの頃ほどの感動は最近の日本に慣れるに連れて少しずつ薄れていっているようだ。それでも日本滞在のあとでアメリカへ帰ってくると、その日から 「ああ、アメリカ…」 と溜め息をつくのが習慣になった。
そしてこれは周りのアメリカ人には絶対に言わないことだけれど、ここなら声を大にして言える。
「日本人はすばらしい!」

でもかんじんの日本人はそれを知らないんじゃないのだろうか?











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