過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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エヴァのこと (1/2)

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羞恥
Murano, Italy



エヴァの前身は娼婦だった。
彼女がそのことを僕に話してくれたのは、知り合ってからかなりたって、時々ふたりでコーヒーショップやバーの片隅に座って彼女の話を聞くようになった時である。 30代半ばのエヴァと、ずっと年上で妻子があり家庭を持つ中年男性である僕との関係は、最後までフレンドの領域を出ることはなかったが、他人の目にはそうは映らなかったかもしれない。 しかしどこへ行っても僕たちがまわりの人々の目を引いたのは、ふたりの奇妙な取り合わせのせいではなかった。 エヴァのたぐい稀な美貌のせいだった。

エヴァと知り合ったのは、僕が今とちがって、会社の机で過ごす時間より外を飛び回っている時間の方がはるかに多かった頃のことだった。 あちこちの町をを車で走りまわっていろんな人に会って、長い一日がようやく終わりに近づき、やれやれあと30分ほどで家に到着するという距離まで来ると、いつも急にコーヒーが飲みたくなる。 そこでハイウェイの24番の出口で降りたところにあるファミリーレストランのカウンターで、アメリカンコーヒーをゆっくりと飲んで、それから帰途につくのが習慣になっていた。 そうするうちにそこでいつのまにか常連とみなされたらしく、いつもコーヒーだけの客である僕に店の者たちが親しく話しかけて来るようになっていた。 エヴァはそこで働くウェイトレスの中の一人だった。

数人いるウェイトレスの中でエヴァがとくに僕の目を惹いたのは、いやでも人目を引くその美しい顔立ちのせいだったのはまちがいない。 しかし美しい女に熱い視線を送るという年代をもう卒業していた僕にとって、それ以上に僕の興味をひいたのは、こんな田舎には珍しい彼女の垢抜けた雰囲気と、その中世の彫像のように整った表情の内側から滲み出ている、淡い陰のような暗さだったと言っていい。 しかも他のウェイトレスの誰よりもてきぱきと仕事をこなすだけではなく、客に対して、とくに老人や身体障害者に接するときの暖かい対応は、見ていて自分の気持ちまで暖かくなるようだった。
それなのに、彼女が始終絶やすことのない優しく美しい笑顔から、ときおりその重みに堪えきれず零(こぼ)れ落ちてくる、かすかな痛みのようなものを、僕は感じることができた。

そのエヴァがある時、僕の前に置かれたカップにコーヒーを注ぎながら、「あなたにほんじんでしょう?」 とカタコトの日本語で訊いてきたとき僕はびっくりしてしまった。 それがきっかけとなって、エヴァと僕は以前よりずっと多くの言葉を交わすようになった。 あとでわかったことだが、エヴァが日本人である僕に声をかけてきたのは、実は理由があったのだ。 僕に何かを頼みたいらしいということはわかったが、それは、まわりを人が動き回るレストランのカウンターで話すにはあまりにも私的で複雑なことのようだった。 それではどこかほかの場所で会おうということになり、数日後にエヴァと僕はレストランの近くのコーヒーショップで会っている。 そしてそのあとはさらに2度会って話をした。

僕に語ってくれたエヴァの話は、長い物語だった。
大体のところを知っているのは両親だけで、こんな詳細を人に話すのは初めてだという。 淡々と話すエヴァの声を聞きながら僕は喉が渇いて何杯も水をおかわりしなければならなかった。
ここに書くのはその大まかな荒筋に過ぎない。 いや荒筋でさえないかもしれない。 というのは、物語の中の幾つの箇所はたぶんどんな形でも発表のできる内容ではなかった。 それはここでも全部省いてある。

エヴァは中西部の小さな町で生まれた。 裕福でも貧乏でもないごく普通の家庭に育ちながら、18歳の時に家を飛び出してカルフォニアまでヒッチハイクをして放浪する。 西海岸のあちこちの都市を転々としたあと、結局ラスベガスまで流れて、そこで高級娼婦となる。 若さと美貌と容姿をすべて備えていたエヴァにとっては、トップクラスの娼婦となるのに時間はかからなかった。 そしてそのまま数年が過ぎた頃、エヴァは偶然に知り合った日本人の男に恋をしてしまうのだ。 そのあとエヴァは身体を売る仕事をやめて、レストランのウェイトレスになるのだが、妻子を日本に置いてきた駐在員のその男性が、任期が切れて帰国するまでの2年間が、エヴァにとってはもっとも甘く幸せな月日であった。

男が日本へと去って行った時ににエヴァの夢が閉じられてしまう。 エヴァはそこから人生の海の荒波へと漕ぎだしてゆくことになる。 愛する男を失った悲嘆から。 彼女はドラッグに手を出した。 そのうちドラッグを買うだけではなく、ディーラーとして街角で売りさばくという暗い不法の世界へと入って行ったのだった。 そして自分が妊娠している事を発見する。子供の父親はもちろん彼女の愛した日本人の男だった。

アメリカ国内の麻薬売買、ことに麻薬を売る事は重罪であった。 検挙されて、州の女性刑務所で服役した2年の間に彼女はその刑務所の中で女の子を出産する。
2年後に出所したエヴァは赤ん坊のリサを連れて中西部の郷里の町へ、両親の元へと帰って来たのだった。
それからのエヴァは仕事に恵まれず、レストランや商店を転々としたり、時には再び街に立ってセックスを売ったりしていたらしい。 そのうちに知り合った一人の男に請われて結婚をする。 男は若くは無かったがひとりで商売をやっていて金回りも悪くなく、エヴァはもう働く必要もなくなった。 彼女にとっては初めての自分の家庭を持ち、落ち着いた生活ができるようになった。 それからその男との間に、男の子が生まれる。 エヴァの人生もようやくここまで来て、女としての人並みの幸福をつかむことができて、怒涛のような半生が遠い過去に流れ去って行ったかのように思われた。
それが数年後に、彼女は自分の夫であるこの男を警察に訴えている。 8歳になる彼女の娘リサを、父親である男が性的に虐待し続けていたのだ。 証拠不十分で男は不起訴になったが、エヴァはそのままリサと男の子を連れて家を飛び出し、そのあと離婚の手続きを取っている。
そして彼女が最後に出会ったのがイエス キリストだったらしい。 クリスチャンとして急速に宗教にのめりこむことで、彼女は自分が救われたと思っている。

***

ここまで書いてきて思うのは、この荒筋にはエヴァが実際に経験したことの半分も表現されていないのに気がついた。 娼婦としての生活や刑務所の中での幾つかのハプニング、それに最後に離婚する時の男との葛藤など、彼女を次から次へと襲った苦痛は精神的なものだけではなかった、としかここでは書くことができないが、すべてはエヴァの美貌が原因になっていたように思われる。

そのエヴァが僕に接近してきたのは理由があったのだ。

(続)

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2011/01/11 []  # 

*

今日の記事、ちょうど最近観た二つの映画がリンクしました。
ヴィスコンティの「若者のすべて」(アラン・ドロン主演!)、
こちらには刑務所に入っていた女性が。
ソフィア・ローレン、マストロ・マルチェヤンニの「ああ結婚」、
こちらのソフィア・ローレンは、娼婦出身の役。
コメディのようなそうでないようなという微妙な作品。

とりあえずは、続き(以前読んだかもしれませんが・・・)、
お待ちしてます。


2011/01/11 [bluemillefeuilleURL #Xlf.8pIU [編集] 

* Re: No title

鍵コメさん、渦中のようですが、強いあなたならきっと乗りきれると信じています。
2011/01/12 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ハナさん、「若者のすべて」 は私が高校のころに見た映画ですが、若かったせいかその印象は強烈でした。
あの女性が犯されるシーン、彼女の絶叫とひらひら下着が舞う場面は今でも耳と目に残っています。
(私の記憶が正しければあの映画だったと思うのですが・・)
2011/01/12 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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