過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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とり残されて・・・

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真夜中の水族館
Oregon District, Dayon, Ohio USA



ジャッキー・マクリーン (アルト・サックス)、マル・ワルドロン (ピアノ)。
50年代、60年代を通してハードバップの主流に沿いながら、さまざまなスタイルのミュジシャンが活躍した中で、この二人はそれぞれにユニークな世界を創造した。 21世紀の現在でも根強いファンを世界中に持っているのは You Tube を見ればすぐに分かる (二人ともすでに没している)。
この二人のコンビで出したレコードのうち、1960年に出したアルバム "Left Alone" は僕の青春時代を通して、最も思い出のあるLPアルバムのひとつになっている。 このアルバムの最初の曲はアルバムのタイトルにもなっているワルドロン作曲の "Left Alone" だった。 この曲を初めて聴いたのは、僕が田舎の高校を終えたあと東京にぽっと出てきて、あの目くるめくような奇怪な大都会の重圧に今にも押し潰されそうになりながら、金魚のようにパクパクと喘ぎながら生きていた頃だった。 マクリーンのあの尖った凶器のように鋭く、焼け焦がすように熱いメタリックな音色は、18才の僕のはらわたを匕首 (あいくち) のようにギリギリと突き刺した。 その音はあの小さな金管楽器から出ているのではなく、人間の背骨を通って噴き出てくる叫びのように僕には聞こえた。

ワルドロンのピアノはお世辞にも流麗とは言えない。 言葉が少ない。 しかもその少ない言葉も時々ドモリながら出てくるようなピアノだった。 それでいてジャズの真髄 (そんなものがあるとすれば) にいちばん近いところの音を、まるで落ち葉を拾うようにぽつぽつと弾いている。 ビリー・ホリディは彼のピアノを愛して伴奏のピアニストにワルドロンを雇っている。
新宿の 「きーよ」で、渋谷の 「オスカー」で、四畳半の自分の下宿で、この曲を聞きながら僕は長い長い孤独の夜を過ごした。


とり残されて・・・




数知れないアーティストがこの曲をレコードやCDに残しているけれど、この最初のアルバム以上に、肌に寒気をおぼえるような感じで僕に迫ってくるものは皆無である。 マクリ-ン自身でさえ晩年になってから数回同じ曲を吹き込んでいるのに、その演奏は僕に失望しか与えてくれないのは哀しいことであった。 マクリーンが失ってしまったものは、僕が失ったものと同じものなのかもしれない。 そして人間なら誰もが失う運命にあるものなのだろう。



ひとはいろいろな経験を重ねるにつれて若さを失ってゆく。
哀しいことだ。
Vincent van Gogh




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コメント:

*

September30さんの、前のブログでこの曲を紹介してくださってから、大好きになりましたe-265。小さなジャズクラブで、生で聞いてみたかったです。せめてアルバムが手に入ればいいなぁと思います。息子にせがまれ、レコードプレーヤーを最近買いましたので、昔のアルバム(LPの)を聞けるようになったのですe-287。昔のレコードの音がすきですので。

若さとともに失ったものの代わりに、失ったと思っていたそれらのものと、現在に至るまでに得たものとが交じり合い、熟成されて、もっと素晴らしいものになっていることは確かだと思います。とはいえ、若い頃の鮮烈な思いを再現するのはやはりむずかしいのですね。だからこそ、その瞬間をとらえたこのレコードが、時を経て、より輝くのですね。
2011/01/16 [けろっぴURL #ok7oinrE [編集] 

* 思い出の曲です。

タイトルを聞いたとたんあの旋律が流れます。そしてあの部屋とあの町と。あの頃友達とシェアして東京のある下町で暮らしていました。もっと明るい音楽は聞きたくなかった。若かったけど苦い思いも感じていた自分がふと、いとおしくなりました。
2011/01/16 [みん] URL #- 

* ホリデイ

september さん、お邪魔します。
この曲を聴く度、涙がこぼれます。モダンはMJQ から始まった私はジャッキーの悲鳴は好きではなかったのに、今彼のアルトが哀感に変わっているのです。ジョセフ・ロージー監督『エヴァの匂い』の中でジャンヌ・モローがビリー・ホリデーの『柳よ、私のために泣いておくれ』をレコードで何度も聞くのですが、その度にマルの訥々としたピアノを想い出していました。彼女を追悼するマルのこの曲は、私にモダンを聴いた全てを想い出させます。久し振りに聞かせてもらい、有り難う。
2011/01/16 [pescecrudo] URL #- 

*

September30さん、
当時、マックリーンとマルの、あのleft aloneを聴いてsaxを始めた人も多いのではないでしょうか?私はシングル(ドーナツ盤)まで買いました。

http://blog.goo.ne.jp/kzsax/e/d9d950d7078d1c92ac0283c60d67d381

今でもいい想い出です。
2011/01/17 [kzsax] URL #HfMzn2gY [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、私は思うのですが、画家や小説家、弦楽器を弾く音楽家ならそれほどでもないだろうけど、肉体的に強い修練を必要とする芸術家、たとえばダンサーだとか声楽家だとか金管楽器の吹奏などでは、内面の熟成のいっぽうで体力的な衰えというものがあるのでは? ということです。

フランク・シナトラの歌も晩年にはそれなりに魅力があっても、若いころの、あの無条件に人のこころを掴んでしまった強烈な魅力は失われているように思えるのです。
2011/01/17 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 思い出の曲です。

みんさん、そういう旋律って誰のこころにも生きていますよね。
童謡などはその典型的な例かもしれません。
2011/01/17 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: ホリデイ

ぺさん、こんにちは。
はるか昔、ぺさんに連れられて「きーよ」や「オスカー」で今から思うととても貴重な時間を共有したころのぺさんはけっこうハードバップも好きでしたよ。とくにピアノが好きでしたね。
レイ・ブライアント、バド・パウェル、ソニー・クラーク、レッド・ガーランド、等々・・・

私はまだ汚れをしらない純真な少年でした。(ホント?)
2011/01/17 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

kzsax さん、マクリーンのアルトにグイと魂を掴まれたのは私だけではなかったようですね。
いただいたリンクに飛んで、kzsax さんが実際に会ったマクリーンの話を読みました。
深く心に残るとてもいい話です。
『Cool Struttin'』 はあのころの我々にとっては新約聖書のようなものでしたね。

ほかの読者の方たちも、ぜひこのリンクを尋ねてみてください。

http://blog.goo.ne.jp/kzsax/e/d9d950d7078d1c92ac0283c60d67d381




2011/01/17 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

内面の熟成の一方で体力的な衰えというものがあるというのは、たしかに本当ですね。
同じビルに住む、NYシティ・バレエのプリマドンナを見ていて、そう感じたことがあります。
どうしようもないことだけに、悲しいことですね。
2011/01/17 [けろっぴURL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん
アートの形態によってフィジカルな要素が入ってくるのは、考えてみればフェアではありませんね。
でもアーティストが自分の道を選ぶときは、きっとそんなことは考えもしないでしょうね。
バレエなんてその典型です。
我々が仕事を選ぶのとはわけが違います。
2011/01/18 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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