過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ふくろうと出逢った日

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ふくろう
Boston, Massachusetts USA



1970年代の僕は、妻を失い、音楽の道をあきらめ、滞在ビザもすでにきれていながら、日本へ帰る気持ちはまったくないままに絶望的な毎日を過ごしていた。 帰るべき祖国はすでになく、行くべきところもなかった。 僕はよくボストンの街なかを自転車で疾走しながら、交差点にくるとスピードをさらに増して、襲ってくる車に打たれて死んでしまうことを半ば期待する、というような自虐的なギャンブルを平気でやっていた日々だった。
そんな僕にとってたったひとりの友達は古いニコンFだった。 それを手にしてボストンの町をうろつきながら、目に入るすべてのものを写真に撮りまくった。 カメラのフォーカルプレーン・シャッターが、カシャッと小気味よく切れるときの音が、どれだけ僕の心を慰めてくれたことだろう。 その音は、泥沼に沈んで喘いでいる自分に、口移しに息吹(いぶき)を送りこんでくれる天使の唇のようなものだった。 そして僕は、その音を聞くためにだけ写真を撮り続けていたような気がする。

そんなある日、ボイルストン・ストリートの交差点で僕はこのふくろうと運命的な対峙(たいじ) をすることになる。
ぼんやりと佇んでいた僕のそばに1台の車が停まり、開かれた窓の中から1羽の鳥が僕の顔を凝視していた。 僕の心の底まで見透かすような激しく冷徹な凝視だった。 一瞬たじろいだあと、僕は反射的にカメラを持ち上げて数枚の写真を撮る。 次の瞬間に信号が変わり、まるでお伽の国から湧いてきたような不思議な黒い車は、ふくろうを乗せたまま僕の視界から去っていった。
ふくろうの眼に加えて、もう一つの 「眼」 がそこに写されているのに気づいたのは、あとでフィルムを現像した時である。

***

それからずっとあとになってインターネットの世界が到来して、僕も自分のサイトを持ち、そこへ数百枚の写真を載せていた。 その中でこの 「ふくろう」 に最多数の六万人の閲覧者があり、プリントが売れた枚数もいまだに最多数となっている。 またアメリカを始め、イタリア、ロシア、中国などの写真サイトでは、「ふくろう」 が起爆剤となって僕の一連の作品を特集してくれたこともあった。 このふくろうの眼が見通してしまったのは僕の心だけではなかったようだ。
それだけではなく、「ふくろう」 は出版された僕の写真集の表紙になったり、個展のポスターになったり、このブログのアヴァターにまでなって、いつも僕といっしょにいてくれる。 そしてあの二つの鋭い眼で僕の心を睨み続けてくれるのである。




樫の枝にとまる年老いた賢いふくろうは
ものごとを見れば見るほど、話さなくなり
話さなくなればなるほど、耳をすませて聴いている。
なぜ我々はそうなれないのだろう?
作者不詳



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コメント:

* 私も

その「ふくろう」を探しているところです、実は。こういう、厳しくて美しい眼を。

会ったら、雷に打たれたように”これだ。”と分かるのでしょうか。
2011/02/19 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

*

いつもと様子が違うと、瞬間感じます。
何か心に荒廃するような出来事があったのでしょうか?
2011/02/19 [kp] URL #- 

* こんばんわ

この話を読み始めて息を止めている自分がいました。強烈に惹かれたのは、自転車のスピード感のせいでしょうか?
なにか昔噂でアメリカでビザが切れてそのまま居続けて、偉大な人となり違法滞在にも関わらず、グリーンカードを獲得した方を聞いた事がありますが、、もしやそのお方ですか?

写真、
やはり私にとっても特別な意味を持っています。
そしてこれからはもっともっと特別なものになっていく
直感を感じます。


2011/02/19 [inei-reisan] URL #rayiHRxo [編集] 

* Re: 私も

micio さんもいつかふくろうに会うでしょう。でもふくろうの眼は怖いです。
しかも、ふくろうは見るだけ、聞くだけであまり何も言ってくれないから、うっかりすると見逃してしまうかもしれない。
言葉というものは実はそれほど信頼できるものではないのでは、と私は最近思うようになりました。
2011/02/19 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

kpさん、現在はそんなことはありません。
ただ、ふくろうのように淡々と生きることはいつになったらできるでしょうか?
2011/02/19 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: こんばんわ

inei-reisan さん、私がグリーンカードを取得したのは、故レーガン大統領が「そうか、お前行き場がないんか? ほんならここに住めや」とお情けでくれたものです。

写真については、
もしそれがなかったら・・・
私はどうなっていたか、想像もできません。
2011/02/19 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

>言葉というものは実はそれほど信頼できるものではない

それは私も同感です。実際に相手の顔を見て話をするのに比べ、言葉のみでは真意の30%しか伝っていないという話を聞いたことがあります。

というわけで、September30さんに直接会ってお話したいです。オハイオに呼んでください。

2011/02/19 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

*

フクロウのように淡々と生きるのは簡単です。
心を閉ざして諦めてしまえばいいのです。
おかげでフクロウの心の中は寂しさでいっぱいです。

言葉を信じないって嘘でしょう?
だってSeptember30さんのブログに皆さんが集まるのは言葉の力ではありませんか?

2011/02/20 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

micio さん、オハイオは私たちが会うにはあまりにも殺風景過ぎる。ここは、延々と続くトウモロコシ畑とホンダや関連日系企業の工場が立ち並ぶ、これ以上つまらない所は世界中にもあまりない、という地域なのです。
私たちが会うとしたらもっと意味の深い舞台背景が必要ですね。
micio さんが住むアンダルシアはどうでしょう?
セビリアでもよし、マドリドでもよし、コルドバでもよし。
呼んでください!
2011/02/20 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、心を閉ざしてしまうと淡々と生きることはできないのですよ。
ふくろうのように、眼も耳も心も大きく開けてすべてを吸い込んで、淡々と生きるのです。
ふくろうの心の中は寂しいけれど、それは孤独の寂しさではなくて、生きることの寂しさなのです。

言葉を信じない、というよりも、言葉の完全性を信じないのです。
ムーさんは、自分が発した言葉で自分の気持ちを余すところなく完全に表せたと思うことがありますか?
私はありません。
私のブログには嘘や作り事は無いとしても、真意がどこまで伝わっているか、と考えることはとても恐いのです。
2011/02/20 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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