過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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伯母ジェーン

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ジェーンの部屋
Dayton, Ohio USA


ジェーンが92歳で亡くなってからもう数年が経つ。
僕の妻の伯母にあたるひとで、7人兄弟の長女だったが生涯結婚もせず家族を持つこともなく、亡くなるまえはひっそりと一人で暮らしていた。だからといって、田舎に住む寂しい老嬢を想像することはまちがっている。彼女の妹(妻の母)や弟たちがそれぞれの結婚で8人とか10人とかの子供をつくり、しだいに巨大な一族となってふくれあがっていったのに、その一族のほとんどがこのアメリカ中西部の地方都市から外に出ることなしに暮らしてきたようだ。そのなかでジェーンはちがっていた。20歳になるかならないかの時に郷里の町を出てワシントンDCに行き、そこの有名デパートのファッションのバイヤーという仕事についている。そのあと彼女は、ニューヨーク、ダラス、サンフランシスコと数十年を大都市で過ごしたあと、リタイアをしたときに郷里の町に帰ってきて、彼女のお母さんとふたりでこの家に住んでいた。そのお母さんが102歳で亡くなったのはもう20年以上も前である。そのあとジェーンはお母さんから受け継いたその家で、隣接する教会のボランティアなどをしながら気ままな生活を楽しんでいたようだった。

そのジェーンと僕が最初から気が合ったのは、この一族の中では珍しい彼女のコズモポリタン的な知性のせいだったと思う。僕にとっても、自分より30歳も年上の女性と対等にいろいろな話ができる、という経験は初めてだった。それで僕はよく彼女をデートに誘い出して日本食や中華のレストランへめしを食べに行ったり、アート系の映画や美術館へ連れていったりした。酒が好きなところもジェーンは僕と合っていて、よくキッチンのテーブルに向かい合ってスコッチを飲みながらカードをした。ジン・ラミーではいつも僕を負かした。
若い頃にあちこちの大都市にある有名なデパートで購買という華やかな仕事をしていたジェーンにとって、とりわけニューヨークでの7,8年は忘れられない大切な時期であったようだ。セピア色に褪せた古いモノクロ写真を見ると、白い夏のドレスに思いきりつば広の帽子をかぶったジェーンが、開いた花のように笑いかけている。 家族持ちの男性との激しい恋があったという古い噂は本当らしい。ジェーンから直接その話を聞いた者は誰もいなかったが、亡くなったあと、その男性からのラブレターの束が出てきた。

家主を失ったジェーンの家に入ると、湿った黴の匂いがした。暗いリビングルームには、ここにもそこにもジェーンのかたちの無い存在が潜んでいるのが感じられる。"Jane doesn't live here" という古い映画のタイトルが僕の頭に浮かんできたが、それがどんな映画だったのかも思い出せない。明かりを入れようとカーテンを開くと、見慣れた葡萄のステンドグラスがそこにあった。 そしてその横の壁には何十というジェーンの甥や姪が、まるで採集された蝶の標本のように並んでいた。(その中には18歳のころの妻の写真もあっった)。彼らもまた、今ではもうそれぞれの家族を持ち、成人した子供たちの親になっている。
部屋の中にはそういった「時の流れ」のようなものが、圧縮された空気のように澱(よど)んでいて、そこにいるものに息苦しいほどの悲哀を感じさせた。 すべてが化石のように動かず、完全に停止した時間の中に僕はいた。
Jane doesn't live here…

このジェーンの部屋も今はもう存在しない。この家はその後しばらくして隣の教会に買い取られ、買い取った教会が家を取り壊して真っ平らな駐車場にしてしまった。葡萄のステンドグラスはそのまま一族の誰かの家へ移されたようだ。
先日ここを車で通ると、ポッカリと空いた空間にジェーンの魂がふわふわと揺れ動いているような錯覚がした。その魂が休める場所は、この白いコンクリートの地面の上にはどこにも無い。


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コメント:

* なんか

寂しい感じが最後しますが、きっとご本人がいたころはもっとこの部屋は明るく輝いていたのでしょうね。
でも大家族をもつ家系の中で一人でいる気持ちはどのようなのだったのでしょう。september30さんとそのようなお話はでなかったのでしょうか??
2011/01/23 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

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2011/01/23 []  # 

* Re: なんか

inei-reisan さん、
ジェーンの部屋はいつも薄暗くてその中で葡萄のステンドグラスだけが明るく光っていたのを思いだします。
私がずっとあとになって行ったヨーロッパの寺院の回廊のように、静穏でミステリアスな空気に満ちていました。
ジェーンは私が何度聞いても昔のことは話してくれませんでした。大家族の良いところはそんな伯母を誰かがいつも訪問していたようです。とくに、壁の写真の甥や姪たちが。
2011/01/23 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

この素敵なステンドグラス、前のブログで紹介して下さった時も、そして今回も、メトロポリタン美術館にある、ティファニーのステンドグラスを思い出しました。

亡くなってから、ラブレターの束が出てきた、というのは、なんともロマンチックですよね。
今だったら、メールの世界で、亡くなっても、誰にも知られることがなかったかもしれません。
けれど、その代わり、もしかしたらジェーン伯母さんは、ブログで、昔の恋のお話をしてくれていたかもしれませんね。
そのブログ、のぞいてみたかったです。
2011/01/23 [けろっぴURL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、ジェーン伯母の家には実はもう一ヵ所ステンドグラスがありました。こちらは窓ではなく、二メートル幅で床から天井まで届く見事なものが壁の一部になっていました。それで近所の人々はこの家を「孔雀の館」‥Peacock House と呼んでいました。
この孔雀は「葡萄」 とちがって色彩も華やかな目立つものでしたが、私はどうもその稚拙な図柄が好きになれませんでした。これもまたある親類の家に移されています。

ひとりの男への愛のために生涯ほかの男に見向きもしなかった、のかどうかは知る由もありませんが、そんな寂しさを誰にも見せたことのない強い性格の女性でした。

ジェーン伯母の死後、彼女のエステートをめぐって家族間でひと悶着あったのですが、それは兄弟間の争いではなくて、配偶者が介入したためだったのは、世間によくある例ですね。

2011/01/23 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30 さんはその類の手紙は残して置かれる方ですか、それとも処分されるのでしょうか?
2年ほど前に手紙を残すもの、保存するものとに整理をして、何年来の課題であった手紙は、
一瞬の間にシュレッダーの中で微塵になり、
自分自身では感傷的になるものと予想していたのにさっぱりとしたものでした。
その後も何も感じることなく今に至っています。
何年もどうしようかと悶々としていたのが嘘のようです。
と、ここまで書いたら、急に当時のことが思い出されます、変ですね!
2011/01/24 [のほほん] URL #60nqeuCY [編集] 

* Re: No title

のほほんさん、こんばんは。
「その類の手紙」というのはラブレターのことですか?
のほほんさんにそう言われて気がついたのですが、私は昔から手紙とかメールとか文字に書かれたものがどうしても信じられないという変な習性があって、大切なことはいつも面と向かって言っていたと思い出しました。
面と向かえないときは電話でしたね。また、貰った手紙でもその真意が二様にも三様にもとれるような気がして、相手から直接の気持ちを聞くまではさんざん苦しんだのを覚えています。

これは仕事上の手紙やメールに関してもそうです。お互いに不完全な文章から今までどれほどの誤解があったことでしょう。

この世には村上春樹さんのような文章がかけるひとってそんなにいないのですね。


2011/01/24 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

私は手紙やメールに書かれたものの方を真に受けるタイプみたいです。
何度も読み返すうちに確かに自分に都合の良い解釈をしてますけど(笑)
誤解も恋の醍醐味。じゃありません?
2011/01/24 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/01/24 []  # 

* Re: No title

ムーさん、「書かれたもののほうを信じる」というのは私のように「書かれたものが信じられない」というのと対比してすごく興味深い議題ですね。いつかこのことをもっと掘り下げてみたいです。

でも「誤解も恋の醍醐味」というのは恋の達人のムーさんだからこそ言えることで、私にはそんな「粋な」恋の遊びをする余裕はなかったと思います。「恋道」の極意をムーさんから教わりたい。
2011/01/25 [September30URL #- 

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