過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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アイス・ストーム

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樹氷
Dayton, Ohio USA



アイス ストームという言葉は日本では聞きなれないかもしれない。 ストームといっても大吹雪になるわけでも雷鳴が轟いて豪雨になるわけでもない。 アイスストームは静かに音もなくやってくる。 まるで悪魔の吹く口笛のような不気味な風音とともに。 そしてそえれはどんな激しい嵐よりも、もっとずっと恐ろしい。
雪が解けたり雨が降ったりしたあとの地面が濡れているときに、気温が氷点下に下がり、身を切るような冷たい風が吹き荒れると、すべての地面が薄い氷のレイヤーで覆われる。 レイヤーの厚みはほんの5ミリほどしかないのだが、これが石のように硬い氷なのだった。 アイススケートのリンクを思い浮かべればいちばん早いかもしれないが、我々が住む現実の世界はリンクのように水平で真っ平らな地面ばかりではない。 我が家の裏木戸へ抜ける通路のように、地面そのものに凹凸がある場所もある。 そんな箇所は、オーバーな表現でなくほんとうに一歩も歩けない。 たとえ平らな地面でも、ほんの少しでも勾配のある坂になると、登るのは絶対に不可能だし、降りるのは自殺行為にひとしかった。

我々の住むアメリカ中西部がこのアイス ストームに襲われた。 その日は明けがたの気温が零下20℃まで下がっていて、シカゴをはじめすべての飛行場が閉鎖されたのは、天候のせいで飛行機が飛べないのではなくて、滑走路が滑るから飛行機の離着陸が不可能のためだった。
我々住民の状態はというと、うちのように一戸立ちの車庫に入れられている車は問題ないが、路上に駐車された車は窓の全面にビッシリと氷が張付いているだけではなく、硬く凍りついたドアは開けることさえできない。 ハイウェイや町中の主要道路には大量の塩が撒かれるので、なんとか車を操ることはできても、こんな日に外に出ようとするのはなにかしら強い理由を持った人々にちがいない。

僕がそのひとりだった。
ゆるい下り坂になっているわが家のドライブウェイに車を車庫から出すと、なにもしないのに車はそのまま僕を中に乗せたまま、するすると傾斜を10メートルほど下って表の道まで滑り出していった。 もしそこにほかの車が走ってていれば立派な衝突だったろう。 そこまでして僕が危険を冒している理由は、アラビアのロレンスではないが 「塩」 が必要だったからである。 「塩」 さえ撒いてやれば妻も裏のコミ置場まで歩けるし、犬たちも中庭に出てずっと我慢していた用がたせるし、息子は毎日そうするように、ポーチに置かれたサンドバッグを叩いたり蹴ったりして体を鍛えることができる。 そのうえ、毎日午前10時半にやってくる郵便配達の女性も、なんとか玄関の郵便受けまで辿りつける。 いつも親切な彼女には、わが家の玄関先で転倒してその金髪の頭を打って死んで欲しくなかった。

そんなわけで、僕は自分の命をかけて、一族を外敵から守る古代の勇者のように勇敢に外の世界へと出ていったのだった。
ふだんなら車で5分とかからないところを、15分も車を滑らせながら着いてみると、その店では 「塩」 は一袋も残さず売り切れていた。 そこからさらに30分かけて行った2軒目の店で、アラビアのロレンスはやっと 「塩」 を手に入れることができた。

それから数日たって気温が上がり、朝から日が照って生温い風が吹くようになると、地面を覆っていた雪も氷もすこしづつ解けていって、やがて嘘のように消えてなくなってしまう。 そしてこのアイス ストームが最後にわが家に残していったのは、玄関脇の二本のモミジの木に、花盛りのように輝く樹氷だった。


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コメント:

*

嵐の後の素敵な置き土産ですね。
もみじの樹だけが別世界のようで、不思議な光景です。
冬の暖かい日差しに輝いたら、さぞかし美しい眺めでしょう。

でも、ロレンス役は、さぞかし大変だったでしょうね。
お疲れさまでした。
2011/02/05 [fumie] URL #LGP0CJfA [編集] 

*

テレビで車がスルスルと滑って行く映像を観ました。
「どうして?」と思っていたのですが、そんな事情があったんですね。
確かに氷の滑り台を登るのは不可能ですし、歩いて降りるのも命がけです。
そんな中で塩を買いに出るとは・・・運も良かったんでしょうね。
それにしてもきれいな樹氷です。
2011/02/05 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

* Re: No title

fumie さん、塩を手に入れるのもなかなか大変でしたが、塩を撒くのはもっと大変でした。
すってんころりんと11回ほど転びました。

今朝見たら樹氷はもう完全に溶けていました。
2011/02/06 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

川越さん、
アメリカのほとんどの州ではスパイクタイヤやチェーンの使用が禁じられているのです。
ですから氷の上では、スノウタイヤを履こうが、四輪駆動だろうが、アンチロックブレ-キやトラクション・コントロールを装備していようが、まったく何の役にもたたないのです。
車がいったん滑り始めたらなにかにぶつるかるまで止まりません。
2011/02/06 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

*

命を賭して家族を守る勇猛果敢なライオン!
ご家族が羨ましい!
Septemberさん、お尻青くなっていませんか?笑!
勇気あるライオンに輝く樹氷のプレゼントですね。
2011/02/06 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: No title

みんさん、転んでも痛くないように上も下も考え得る限りの厚着をしてその上に厚いコートを着て、ダルマさんみたいにまるまるとしてやっているから、かえって動きが取れなくなって転んでしまうのです。
その姿は「勇猛果敢なライオン」からははるかに程遠いものだったでしょう。。
男であることは時には辛いことがあるのです。
2011/02/06 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Septemberお父さんに乾杯!

それでは、ライオンではなくてクマさんですね。家族愛につき動かされ悲壮な決意でドアを開けるテディベアの勇姿を想像して笑いました。Septemberお父さんに乾杯!
2011/02/06 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

*

他が凍っていないのに、何故モミジだけ?
ってとても不思議です。魔法使った?
まるで花盛りのソメイヨシノ。
2011/02/06 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: Septemberお父さんに乾杯!

みんさん、ふだんは家事に関しては(時おりの料理以外は)何一つしない私ですが、こういう非常時だと重い腰を上げざるをえないのです。


2011/02/07 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、違います! 今日は魔法使ってない!
ホンとです。
2011/02/07 [September30URL #MAyMKToE [編集] 

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