過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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人のいないポートレート

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パチさんの椅子
Vaison la Romaine, France


パチさん、あるいはパチクリと僕とは、僕がまだ紅顔の美少年のころからの付き合いだからもう50年以上になる。
詩人であり恩師であり僕の親友のご主人であり、そして僕がもっとも愛する人のひとりなのだった。 パチさんは長いあいだ高校の国語の教師をしていて、僕もそのころ彼と知り合ったのだが、なぜか僕が彼から学んだのは日本文学ではなくてフランス文学だった。 そのおかげで僕は大学で建築科に行くかわりに、金にも何もならないフランス文学を選んでしまった。 高校生の僕たちに酒を飲むことや夜遊びすることを若い青年の情熱を持って教えてくれたのはパチさんだった。 あげくの果ては、彼は僕が好きだった女の子を略奪してさっさと結婚してしまい、そのあとは俗念に煩(わずら)わされないで教職と文学活動とを長く続けてきた。 そして詩人として著名になってからも、詩への情熱は歳を経てますます激しくなっていくようで、すでに何十冊もの詩集や歌集を出している。

パチさんは若いころの僕にとってはいろいろな面でメンターだったが、それは現在でも変わらない。 彼に会うたびに、周りの俗世間を横目で見ながらコツコツと自分のしたいことをやっている彼の生きる姿勢が、いまだに俗念を捨てられないで苦しんでいる僕に、いつも清々しいエネルギーを注ぎ込んでくれる。

そのパチさん夫妻を同行した2週間のプロヴァンス旅行は、実に楽しいものだった。 僕らは小さな村の古い石造りの一軒屋を借りていて、そこを基点にしてそこらじゅうに遠征したのだが、パチさんは3度に1度は一行について行かないで、ひとり家に残って美しいフランスの田舎の風景の中で、周りを散歩したり静かに書き物をしたり本を読んだりしていた。 そして夕方になって一行が帰還すると、みんなであれこれと相談しながら楽しく夕食の準備にかかる中で、コーヒーを沸かす以外は何もできないパチさんは、独りだけの自分の世界で机に向かっていた。 そして時々本を置くと彼は外に出て、玄関脇の白い椅子に腰かけると煙草をすう。 彼ほど美味しそうに煙草をすう人を僕は見た事がなかった。

この写真を見るたびに、そこに座ってぽつねんと煙草をふかしているパチさんが僕には見えている。 いやこうして本人の不在を見ていることで、逆にその人の存在がさらに強く浮かび上がってくるような気がする。
言葉の無い歌があるように、人のいない肖像画があってもいいと思う。




恐らく
ある種の不健全な心の持主でなければ
詩人にはなれないし
詩を楽しむことさえできない。
Thomas Babington Macaulay



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コメント:

*

不思議ですね。
パチさんが、まるでそこに座っているように見えます。

しみじみと・・・
September30さんの画もまた、「詩」なのですね。
2011/05/09 [fumie] URL #LGP0CJfA [編集] 

*

バチさん、素敵な人ですねー。
こういう人ってほんとに好き。
そして、さいごの「言葉」にうんうんとうなずいています。
2011/05/09 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* パチさん

saptember さん、お邪魔します。
いい文章を読ませて貰い、大変いい気分です。映像を差し置いてそんな事を言うとあなたは不快になるかも知れないけれど、映像も素晴らしいけど、言葉がいい。あなたとパチさんがフランスの田舎を連れ立って歩く姿を目に浮かべることが出来ます。私は仏国とは関係なくなってしまいましたが。
2011/05/10 [pescecrudo] URL #- 

* Re: No title

fumieさん、この 『人のいないポートレート』 は偶然生まれたものですが、考えようによっては面白いアイデアかもしれません。誰かがもうやっているでしょうけど。

不健全な心しか持っていない私ですから、詩人になれる資格はあるようです。(笑)
2011/05/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさんに、パチクリの魅力のひとつを教えましょう。それは彼の子供のような大きな目です。黒ではなくてブラウンなんだけど、日の光のなかではそれがかなり明るいブラウンに変わり、「異人さん」 のような印象を人に与えます。
2011/05/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: パチさん

ペさん、こんにちは。
もしY市に帰ることがあれば、ぜひ訪ねてあげてください。最後ににぺさんが彼に会ったのはいつ頃になるのでしょう?
2011/05/10 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* フランス語は

あまり好きではないですが、フランス文学は好きです。
ロアルド・ダールとかウンベルト・エーコ(あ、これは違った)、ガルシア・マルケス(あ、これも違う)とか。
ま、兎に角、日本文学(坂口安吾以外)はそんなにグッとくるものは残念ながらありませんでした。
2011/05/10 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

*

この文と一緒でこの写真は完成しているのですね。
2011/05/11 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

* Re: フランス語は

micioさん、フランス語は美しい言葉です。あの響きがどうしても自分のものにならなくて、それでしかったなくイタリア語を始めたのです。
2011/05/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、文章無しではたぶんただの静物画になってしまうのでしょうね。
2011/05/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* そういう人って

ときどきいますよね。いつまでも情熱を燃やし続けて、その人の周りだけ温度が高いのに、さっさと前に進んでいってしまう感じで。
それにしても自分のしたかった詩と写真に両親から反対を受けて、建築学科にいった私は逆にフランス語の響きにはまってしまい、建築をやめてしまいました。なんだか結局は自分のしたいところに戻ってしまっているようです。。。
2011/05/12 [inei-reisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: そういう人って

inei-reisan さんが建築をやめてしまったいきさつはあなたのブログからも今ひとつわからないのですが、とても興味があります。またいつかぜひ記事にしてくださいね。
2011/05/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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