過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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満月の夜に酔っ払って思うこと

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Dayton Art Institute


これは僕の住む町の美術館で催されたチャリティのパーティ。
正装に身を包んだ人たちが優雅に談笑している。 背後の壁には17世紀のタペストリーが掛けられてあって、そこではフランスの農民たちが森の中で酒を飲んで集う。 時代も場所も階級もすべてに対照的なこの2つのパーティを見ていて、僕は 「時の流れ」 というような事を考えてしまった。

たとえばつい先日、独立記念日の夜に近くの川岸まで恒例の花火を見に出かけた。 ぎっしりと詰めかけた何千人もの群衆の頭上を、赤や青や白の華麗な花火が炸裂したと思うと、一瞬にして消えてしまう。 それを眺めている僕を襲ったのは、人間の生命だって悠久の歴史の中では花火と同じ一瞬の存在に過ぎないという、切ないような実感だった。
僕は現在から100年後のことを考える。 この暗闇の中で蠢(うご) めいている群集の誰一人として100年後には存在していないという事実。 ふだんの生活で自分の目に入るすべての人々も、自分の知らない、会うこともない世界中の人間が100年後には確実にいなくなっている、と思うと不思議な気がする。
いつも寄るマーケットのおじさんも、近所に住む可愛らしい中学生の女の子も、ちょっと意地悪な歯医者の受付の女性も、テレビで演説する政治家も、それどころかやっと大人になったばかりの自分の子供たちでさえ、もういなくなってしまっている100年先の世界・・・

この写真だってそう。
優雅な人たちがいなくなってしまってもタペストリーは残る。 残るといえばこの写真だって残るだろう。 新開発されたピグメントのインクを使ってプリントされたこの写真は、製造元のスペックスによれば200年のアーカイブが可能だという。 でもそのスペックスが正しいかどうかなんて誰にもわからない。

そして僕は思うんだ。
自分が死んだあとスーッと天の高いところに上って、明るい雲の上から現世に残してきた家族や愛する人や眼下の混沌の世界をにこにこしながら眺めている、なんていうのはどうも僕の性分には合わないような気がする。 僕にとって死とは、ぽっかりと開いた真っ暗な穴の中をどこまでもどこまでも堕ちて行く事だった。 200年後に世界がまだ健在でいようと、あるいは日本がすでに滅亡していようと、僕の写真が真っ白な紙切れにに還元してしまおうと、僕にとってはあまり関係のないことだった。 僕が死ぬ時は、僕のために泣いてくれた人も子供たちも、僕を憎んだ人も、世界中の人類はひとり残らず死んでしまう時だ。 つまり、僕が存在しなくなった時、世界に終焉が来る。  日本は海の底に沈み、地球は飛んできた惑星と衝突して跡形もなく消えてしまうだろう。 そして僕は自分の手も見えないような真っ暗な闇の中を、独りでどこまでもどこまでも、永遠に堕ち続けて行くだろう。


人生において死は最大の損失ではない。
生きている間にわれわれの内部で死んでしまうものが
最大の損失なのだ。
Norman Cousins



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コメント:

*

子供の頃よくそういう想像をしていました。
年を経るに従いそういうことをあまり考えなくなってきています。
死後評価されようが当人にとってはなんの価値もない。
そう考えるか、それとも中国人のように青史に名を残すことを名誉とするか。
ただ酒あるのみ、です。
2011/07/18 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

*

september さん、こんにちは。
あなたの書いている事に全く賛成だから、自分の墓は要らない、骨はアドリア海に流して欲しいと家族には言っているのだけれど、昨夜朝まで、なでしこ・イレヴンとアメリカ・イレヴンとのWカップ優勝戦を応援していて、TV上ながら、こういうシーンに立ち合えたことは幸せなことなのだと不思議な感懐がありました。
2011/07/18 [pescecrudo] URL #j9tLw1Y2 [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、科学者のように自分のやることが人類のために役立つと確実にわかっている場合を別として、芸術などあっても無くてもいいようなものは、死後に名を残してもしょうがないでしょう。

ただ、酒あるのみです。
2011/07/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ぺさん、日曜の夕方いつものカフェへ自転車で行ったら、数人の常連がラップトップでWカップの最後の20分を見ていて、わたしを見ると大声で呼んでくれたのです。おかけで私も歴史的な感動シーンを目撃する事ができました。
終了後、立ち上がって興奮したのは私ひとりで、あとはションボリとしていました。
おかげで全員にビールをご馳走して、私は日本のために大散財。
2011/07/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 嬉しい散財だったでしょう?

9月30日さま

 亀レスにて失礼します。処変われば、優勝試合の観戦体験も、この様に「わが身の危険を回避するリスクヘッジの散財始末」に変身して仕舞うんですね。御愁傷さまです。
 でも、心中では、実に嬉しい散財だったのではないですか?

 お元気で。
2011/09/21 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

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