過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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宴のあと

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朝霧のケープ・コッド
Cape Cod, Massachusetts USA


彼女の名がどうしても思い出せない。
僕がボストンで写真の仕事をしていたころ、同じ仕事場にいて、スライドのデュープ(複写)を専門にやっていた女の子だった。 痩せて背が高く、顔にはいつも吹き出物が出ていて、おせじにも綺麗だとはいえなかったが、静かで優しい性格の子だった。 そうだった、時々僕の二人の子供たちのベビーシッターをやってくれたこともある。 いつも寂しそうな表情がまるでそれが彼女の素顔でもあるかのように顔に張り付いていて、親しい友達やボーイフレンドがいるようすもなかった。 どこへ行くにも黒い犬がいつもいっしょで、仕事場にもその犬を毎日連れてきていた。 そして犬といっしょに小さな暗室に閉じこもってしまうと、そのドアは一日のうちに数回以上開くことはなかった。 噂では、子供の時に母親が家出をしてしまい、そのあと実の父親に性的に虐待されながら育った、という。 そんな話を聞くと、友達もボーフレンドも作らず犬だけを愛して寂しく暮らしている彼女の性格が理解できるような気がした。 といって、彼女は決して人嫌いというわけではなく、仕事場の同僚には心を開いていたようだった。 僕らの仕事場はごく少人数だったし、みんな若くて彼女とは同年配のものが多かったからだろう。 そういえば前に書いたスティーブもその中の一人だった。

同僚の中に、実家をケープ・コッドに持っている女の子がいて、ある年の夏に仕事場の全員が1泊どまりでそこへ行ってドンチャン騒ぎのパーティをやったことがあった。 寝室が6つもある大きな屋敷で、すぐ裏は砂浜が海まで続いていてプライベートのビーチになっているような贅沢な地所だった。
その夜のパーティでは牡蠣やロブスターをいやというほど食べながら、全員がまるで魚になったように酒を飲んで (浴びるほど酒を飲むことを、Drink like a fish とアメリカでは言う)、僕も最後にはスティーブを相手に喚き合いの議論をしているうちにそのままわけが分からなくなって、応接間の床で眠ってしまった。

明くる朝眼が覚めるとスティ-ブはいつの間にか部屋から消えていて、屋敷中がまだひっそりと眠りについていた。 僕は割れるように痛む頭をできるだけ動かさないようにしながら起き上がると窓の外を見る。 外は一面の霧だった。 その霧の中、遠い海辺に2つの黒点があって、ひとつの黒点はそこらじゅうを動き回り、もうひとつはゆっくりと動いている。 「彼女」 と犬に違いなかった。 僕はカメラを掴むとサンダルを履いてふらふらとした足取りで外に出た。

カメラを向けている僕を見て、彼女が遠くから叫ぶ。
「おはよう!」   
僕も、「おはよう」 と叫び返したとたんに、頭を鉈で切り裂かれるような痛みが走った。
「今の、とってもいい絵になってたよ」 と言う僕に、近寄って来ながら彼女にしては珍しく笑い声を立てると、
「こんな素敵な風景の中では、何を撮っても絵になってしまうのよ、きっと。 少し歩く?」 
「歩きたいけど、この二日酔いの頭じゃ無理だね。 コーヒーでも飲めばだいじょうぶだと思うけど」
「それじゃあ中に入りましょう。 コーヒーを沸かしてあげるわ」

それから僕らは湿った砂を踏んでゆっくりと屋敷に向かって歩いた。 まだ誰も起き出して来ない屋敷の中は、いたるところに昨夜の狂気の宴(うたげ)の残骸が散らばっていて、胸にむかっとくるような酒の匂いに僕は一瞬、屋敷に帰ってきたことを後悔していた。 



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コメント:

*

写真がまるで詩のようで、ず~っと見ていたくなります。
2011/05/19 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

*

人の周りというのは、最終的には自分と同じ種類の人が集まってくるようになっているのだなあ。と、気付いたのは、つい最近のことです。嗅覚みたいなもので引き寄せられて。
付き合っていた期間とかは関係なくて、彼らは密度の濃い”何か”を残して去って行くのです。
2011/05/20 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* 絵になる風景が、勝手に転がり込んでくる強運の持ち主

9月30日様
 南仏紀行と云い、そして海辺の朝霧と云い、9月氏の手許へは、先方に頼んでもいないのに、「絵になる風景が、向こうから勝手に転がり込んで来る強運が、昔から備わっている」模様です。凄い才能ですね、これは。
 私が、このブログの読者になったのも、米国の某都市の街頭に於いて、野鳥を招き寄せる老婦人の仕種を活写した9月氏の撮影の才に感嘆したからです。
 また機会が有れば、その才能を読者と分かち合って下さい。お元気で。
2011/05/20 [Yozakura] URL #- 

* Re: No title

けろっぴさん、

素敵なコメント、ありがとう。
2011/05/21 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

micioさん、そのとおりですね。”密度の濃い何か”を残して去っていった人たちは自分で思っているよりも数は多いのですね。普段の日常でそんな人たちを思い出すことはあまりなくても、彼らが残していった密度の蓄積が現在の自分なのだ、といえるかもしれません。
2011/05/21 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 絵になる風景が、勝手に転がり込んでくる強運の持ち主

Yozakuraさん、絵になる風景はいつでも誰にでも「そこ」にあるわけだから、あとはそれを見つけて、掘り出してやるのがわれわれの仕事なのでしょう。彫刻家が一塊の石からものを掘り出すのと同じでしょうね。
2011/05/21 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30さんの写真って、見えない点と線が綾取りのように複雑に、かつ理論だって交差しているようです。

何て奥が深いんでしょう。
お気に入りの写真が増え続けてしまって困ります(笑)
2011/05/31 [fumie] URL #LGP0CJfA [編集] 

* Re: No title

fumieさん、この写真も以前に何度も見ながら素通りしていたのを、今回初めて拾ってみたのです。
以前の自分に見れなかったものが現在の自分にはハッキリと見ることができるというのは、私の中で確かに何かが変わったのでしょう。それが何なのかは分からないのですが、悪い事ではなさそうです。
2011/05/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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