過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

孤独な散歩者の午後

T06pro738-blognew.jpg

Avignon, France


アヴィニョンの路地をうろうろしていたらこの一画に出てしまった。
見覚えのある 「騙し絵」 が壁一面に描かれている場所である。 実はこの同じ場所に僕は去年も立っていたのだ。 あの時はこの、精巧にできている騙し絵に魅せられて何枚も写真を撮った。 ところが撮ったものはあとで見ると満足のゆくものが1枚も無かった。 これなら旅行案内書に載っていた写真のほうがよっぽどうまく撮れている、と失望してその一連のショットは何もしないでそのままになっていた。
それから1年後の今日、この同じ場面に出くわした時に、よし、今度は失敗しないぞと、意気込んでカメラを取り出した。 去年の失敗のひとつの理由は、その時の光線のぐあいが悪かったからだ。 快晴の日の真昼間の、容赦の無い直射日光が真上から当たっていたために、壁の絵も石畳の道も汚く白茶けて見え、情景そのものが完全に立体感を失ってしまっていた。
ところが今日はうまいぐあいに、遅い午後の太陽が雲から出たり入ったりしていて、あの時よりずっと弱い光線が斜めに射している。 壁は完全な陰の中にあり、道の一部に横から当たっている光はかえって石畳の質感を強調していた。 僕はたて続けに立場を変えて数枚の写真を撮っていた。 そして思った。 (何かが足りない・・・)

その時である。 ひとりの老人が向こうから歩いて来るのが目に入ったのは。
その老人は手をうしろに組んで、背すじをシャンと伸ばして少しうつむき加減に、一歩一歩をゆっくりと確実に噛みしめるように歩いている。 角ばった肩には長い年月をかけて運んで来た人生の重荷はもう無く、今はその消えた重荷の行方(ゆくえ)を静かに思い返しているように見えた。 それはやるべきことをやり遂げた人だけが持つ、ゆっくりと遅いけれど自信に満ちた歩みだった。 彼の周りには目に見えない透明な膜のようなものが張られていて、外界からの煩らわしさをすべて拒絶しているような、孤独で一徹な空気があった。

僕は老人が近づいて来る前にすでに自分の立つ位置を慎重に選んでいた。 あとは待つだけ。
やがて自分が演出しようとしているこの舞台に、その老俳優はゆっくりと登場して来る。 そしてそこに立つ僕の存在を見事に無視したまま、またゆっくりと時間をかけて舞台の上手へと去って行った。
そのうしろ姿へ僕は声に出さないで呼びかける。
「さようなら、僕もいつかあなたのような老人になりたい」

にほんブログ村 写真ブログ モノクロ写真へ
スポンサーサイト

コメント:

*

この写真は以前も拝見したかと思いますが好きな写真です。
老人がここに入らなければこの世界は成立しなかったでしょう。
なんだろうSeptemberさんの写真からはいつもファインダーの中の舞台を見せて貰っているような感があります。演出家Septemberなんですね、いま気が付いた。
2011/06/08 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、素敵なコメントありがとう。
考えてみると、演出家になりたいと思ったことはありませんが、指揮者になりたいと思ったことはあります。
2011/06/09 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

トラックバック:

>>>> http://blog1942.blog132.fc2.com/tb.php/207-385ed8b0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)