過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

Once upon a Time (2/2)

T05prov205-blognew.jpg

泉よ、語ってくれ


セギュレの部落はちょっと時間をかけて歩けばすぐにその全部を見ることができるほど小さかった。
ところが歩いていて目に入るものが、すべて僕に何かを語りかけているような気がして、そのたびに僕は立ち止まってカメラに収めなければならなかった。 そのうえ細い石の道はいたるところでジグザグに分岐していて、それを辿って行くといつのまにか元の地点に帰っていたりする。 不思議なのはこの午後の早い時間に人影をまったく見ることがなく、動くものといえばそこここにたむろしている無数の猫だけだった。


T06pro258-blognew.jpg

密かなランデブー

見慣れた噴水、よく行った教会、広場のスズカケの並木、忍び込んで遊んだ頂上のルイン、そして上から見下ろす民家の屋根や丘のふもとに広がる葡萄畑もよく見た風景だった。 僕はずっと以前ここに住んでいたことがある。 その思いはほとんど確信に近かった。 もし「前身」とか「前世」というものがあるとすれば、僕は昔ひょっとしてこの村の農夫だったのかも知れない。 あるいは人間で無いとすれば、ここに住んでいた猫だったのだろうか。 それとも小鳥だとか昆虫だったのかも知れない。


T06pro252-blognew.jpg

鐘が鳴る


教会の鐘が鳴る。 その音さえ懐かしい。 いつか遠い時代に何度も何度も耳にした音に違いなかった。
夢中で坂道を歩き回っていた僕の肩に、それほど重くないはずのカメラバッグのストラップがくい込んで痛い。 僕はようやくこの夢の中のような不可思議な世界をあきらめて、車まで辿り着いた。 セギュレの村に別れを告げて下り坂を運転しながら、やがて麓の現実の世界へと帰還した僕に (いつかまたここに帰って来るだろう) と確信のようなものがあった。

そして明くる年の秋の終わりに、僕はまたここに帰って来たのである。
セギュレの印象はあまりにも強く、僕は何度もこの村のことを書いた。 『猫と少年』 もそのひとつだった。

にほんブログ村 写真ブログ モノクロ写真へ
スポンサーサイト

コメント:

*

なんて素敵な小さま村でしょう。
色々な物語が思い浮かぶような…
こんな場所を訪ねて、暫くの間住んでみたい。

「密かなランデブー」ドラマが感じられて大好きです。
2011/07/10 [わに] URL #- 

*

そういえば、子供の頃ありましたっけ。
「この坂を登って右へ曲がると右側に白い二階建があって、犬がこっちを見ている」と思い、
行ってみるとその通りだったとか。
大人になったら全然そういうこと無くなりましたけど。
2011/07/10 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

わにさん、ヨーロッパを私が好きな理由の一つは、この村のように観光地化されていない夢のような場所がいたるところにあることでしょうね。何世紀も昔の世界にそのまま帰ることができるのはすばらしいです。日本にもそんなところはあるのでしょうか。いつか探索してみたいと思っています。
2011/07/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、そう、大人になってからはありません。昔ボストンの郊外の海辺の町に住んでいたときに、ドアを開けておけば美しい女性が迷い込んでくると信じて、1日中ドアを開け放しにしていました。迷い込んできたのは犬だけでした。(笑)
それでも凄くうれしくて大歓迎してやったことを覚えています。
2011/07/11 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

トラックバック:

>>>> http://blog1942.blog132.fc2.com/tb.php/219-9ca0ef3f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)