過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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芸術家と恋



愛するものへ


これは音楽に命をかけたふたりの男の物語である。
映画は17世紀の終わりから18世紀にかけて、フランスの宮廷の楽長を務めた老年のマーリン・マレス(ジェラール・ドパルデュー)が回想する、若き日の自分(ジェラールの息子、ギローム・ドパルデュ)と恩師であったムシュー・ド・コロンブ(ジャン・ピエール・マリエール)、それに師の二人の娘の交錯を描いた凄絶な叙事詩だ。 物語自体は創作ということだが、人物はすべて実在した。
映画全編を通して流れるヴィオラ・ダ・ガンバの重厚な音色がギリギリと胸に食い込んで、見終わったあとの僕の中にそのまま余韻として残り、僕は珍しく呆然としてしまった。 華やかな宮廷の音楽界から隠遁して、亡くなった妻への愛にひっそりと生きる老師コロンブにとって、芸術は恋以上のものではなかった。 それにひきかえ、野望に燃える若いマレスにとっては、音楽のためには愛も恋も犠牲となる。 彼の妻となった老師の姉娘の自殺さえものりこえて。

音楽のCDはかなりのコレクションを持つ僕だが、映画はほとんど買ったことがない。
その僕が、すぐにビデオを注文した。(当時はまだDVDがなかった) 
昔から音楽映画と呼ばれるジャンルは、音楽がふんだんに聴ける映画には物語が軽くてあまり印象に残らないか、映画として面白いものでは音楽の影が薄くて物足らないかのどちらかだったのに、この映画はその点、音楽と映像がガッシリと一つに組み合ったすばらしいものだ。





師にめぐり会う時

この映画を紹介しようとして日本語で検索をしていて、びっくりしてしまったことがある。
1991年に制作されたこの映画は、日本では1度も上演されたことがないのである。
フランスの原題は "Tous les Matins du Monde" で英題は "All the mornings of the world" 。 日本でなら 「夜明け前」 とでも付けるのかどうかは知らないが、日本で上映されなかったというのは信じられないことだった。


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コメント:

* めぐり逢う朝

Septemberさん、

制作年度から数年は博多にいました。当時上映されたフランス映画はたいがい見たつもりですが、この映画は記憶にありません。でも、「めぐり逢う朝」の邦題でDVDは売られてますので、公開されぬままビデオになったのか、一部の名画座とかでのみ上映されたかもしれません。ドパルデュー、役どころ広いですね。見てみたくなったので、オハイオで探してみます。
2013/04/23 [November 17] URL #- 

* Re: めぐり逢う朝

November さん、

「めぐり遭う朝」ですか、なるほど。
どちらにしても元の仏題からして物語の内容とどう重なるのか
今ひとつピンときません。

この映画ではドパルデューは年老いた音楽長の回想ということで始めと終わりにでてくるだけで
主役はむしろ息子のギロームといってもいいでしょう。
いや、主役は師であるジャン・ピエール・マリエールというべきかな。
2013/04/23 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

September30さん、

この映画を見ていた日本人に初めて出会いました(感激です)。
見終わった後、私も感動してしばらく席を立てず、その後、すぐにCDを買い、何度も何度も聞きました。
今でも "Touls les Matins du Monde" と聞いただけで、頭の中にその音楽が浮かんできます。
2013/04/24 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、

私もこの映画を見たという日本人は
けろっぴさんが初めてです。
20年前に買ったビデオは何十回も繰り返して見たというわけではないのに
すっかり質が落ちてしまい、現在ではもうVCRも我が家からは消えてしまいました。
DVDを手に入れなくては、と思っています。
2013/04/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: Re: No title

Septemberさん、けろっぴさん

あっ、いいですね、他の人が知らない映画のすんばらしさを二人だけで共有される、その盛り上がり、羨ましいです。

Septemberさんは、僕のことを「映画オタク(オタクという言葉がどういう経緯で今のように使われるようになったか思うと、ちょっと辛い)」と呼ばれることがありますが、その僕よりはるかに映画に詳しいうちのカミさんさえも、この映画は見たことないと言います。

どうでもいいことですが、Septemberさんいわく「映画オタク」の僕が、これまで一番繰り返し見たのは、ソ連時代に作られたSF映画「惑星ソラリス」なのですが、割とメジャーになってきた作品(ハリウッドでもリメイク)なので、どこかの女性と「君と僕しかみていなんだ」とソウルメイトになって盛り上がるのはちょっと無理かなあ。
2013/04/25 [November 17] URL #- 

* Re: Re: No title の訂正

この上のコメントで、「映画に詳しいうちのカミさんさえも、この映画は見たことない」と書いてしまいましたが、仏語ではなく英語のタイトルでもう一度聞きなおすと、市内の名画座で上映された際しっかり見てました。やはりサントラのすっばらしさを言っており、後年、図書館のAV(アダルト・ビデオではなく、オーディオ・ビジュアルのこと)コーナーに勤務することになった際、CDをオーダーしたそうです。ヨーロッパ映画好きを自称しながら見てなかったのは僕一人、、、失礼しました。

これは日本もアメリカも同じでしょうか、ある程度のサイズの街に住んでないと、こういう繊細な外国語映画をスクリーンで見る機会って本当に限られますね。上映されても、見ないまま一週間くらいで終わってしまい、DVDになった時見ようかと思っていても、そのうちすっかり忘れてしまっていたり。

確かSeptemberさんのお言葉だったと記憶してますが、アメリカの映画好きは金曜日の新聞にその週末に公開されるほぼ全部の新作映画の批評が出ているので、それをしっかり読んで、見る映画を決めるとか。でも、僕の街のローカル新聞は、今では紙面削減で三本くらいに限られ、メジャーなやつが中心。
2013/04/25 [November 17] URL #- 

* Re: Re: Re: No title の訂正

November さん、

「オタク」の語源はともかく、私が人をオタクと呼ぶ場合は
多大な尊敬が入っているのです。つまり、
一つの分野をとことんまで突き詰めて高レベルの豊富な知識を有する人
ということです。
私の周りにはオタクと呼べる人はそんなにいません。

たしかにメジャーな映画でない限りは、名画座やアート系の小シアターでしか上演しないようです。
しかしこの映画みたいにインデペンデントでも小プロダクションでもなく
しかもドパルデューのような大(?)俳優を使った映画が日本に上陸しなかった
というのは不思議です。
プロデューサー側の意向とか映画会社の配給システムが関係するのかもしれまさせん。
2013/04/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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