過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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フィラデルフィア物語 (3/3)

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帽子
Boston Common



僕は、ある日突然仕事をクビになってしまった。
ここで自分の名誉のために記しておくと、僕は決して、会社の金を使い込むとか、社長夫人と不倫の関係を持つとか、出入りの業者から賄賂を取るとか、クビになっても仕方のないような事をやらかしてクビになった訳ではない。 真相は、社内の派閥争いの犠牲になっただけだったんだ。 何の派閥なのか、また何のための争いなのか新顔の僕は全く知らなかったし、もともとそういう政治的な事にはまったく無関心な自分だった。 ただホテル内部に二派の対立があるという事は、来た時からうすうす耳に入っていた。 僕にとって不運だったのは、自分の直接の上司である重役が、抗争に敗れた一派のリーダーだったというだけで、何の責任も無い自分にも、とばっちりが来たのである。

僕の上司はあっという間にどこかに姿を消してしまい、僕はある日、勝利派の重役に彼の室へ呼び出された。 この男は50代半ばの痩せて背の高いチェコスロバキア人だった。 その彼が訛りの強い英語で説明する。 今回僕の上司は訳あって職を退いたこと、それに続いてかなりの人事の異動や経営の見直しが予定される事。 たとえば給与の高い日本レストランのマネージャー(僕のことだ)はアメリカ人と入れ替えて、シェフ達の給料も見直しをすること、レストランのスタッフに無料で支給されているアパートも、今後はレントを課すことなどだった。 僕は何も言うことがなかったので黙ってふんふんと聞いていたが、最後に彼は面白いことを言った。
どこで調べたのか、この男は僕の前身を知っていて、レストランの仕事が終了しだい、2ヵ月間だけ2階のラウンジでピアノを弾け、と言うのだ。 そしてその間は今まで通りアパートもタダで、給料も今まで通りに呉れると言う。 僕はこれもふんふんと言って聞いていた。 たしかに僕は給料をもらい過ぎている、とは自分でも思っていたから、減給をされても文句は言わないつもりだったのに、解雇されてしまったことには少し驚いた。 あとで分かったのは僕のあとに日本レストランのマネージャーになった男というのは、かれの子分の一人だった。 僕に2ヵ月のピアノの仕事をくれたのは、彼なりの温情だったのだろう。

それで最後の二ヵ月間は、毎晩7時から夜中の1時までピアノを弾くことになった。 これがまた馬鹿みたいに楽な仕事で、外から来るショーとショーの合い間に、30分ずつ数回にわたってピアノの前に座って、何か音を出していればよいという仕事だった。 このラウンジには毎夜いろいろなショーが入っていて、バンドだけではなくコメディアンとか奇術師が出ていた。 時折 “The Carpenters” や "Sonny and Sher” のような名の売れたグループが入ることもあった。 そんなショーがステージで進行している間、僕はバーの片端でスコッチを飲みながら、ショウを見たり聴いたりしていれば良かった。 僕にこの仕事をくれたチェコスロバキア人の重役は毎晩のようにちょっとだけ顔を見せて、その度に決まって、映画 『ドクトルジバゴ』 の主題曲を僕にリクエストするのには閉口した。

そうやって2ヵ月が過ぎるとピアノの仕事も終わりが来た。 僕は 「プロシャの王様」 における唯一の戦利品ともいえる中古のマスタングに写真の機材を詰め込んで、またボストンに戻って来た。

見切りをつけて出て行ったボストンだったはずなのに、久し振りに帰ってみるとやはり懐かしかった。 別れた妻はすでに日本に帰国したあとで、道でばったり会うようなことも無く、季節は春からに夏に移ろうとしていて、ボストンでは一年を通してもっとも気持ちの良いシーズンだった。 暗い気持ちを引きずって都落ちをした時と違って、僕には今では銀行の口座に幾らかの貯えもあったし、車を所有したり、写真の機材なども以前欲しかったものをほとんど手に入れていた。 そして何よりも、僕は精神的にずっとリラックスしていた。
眼に眩(まぶ)しい初夏の陽射しを浴びて、ボストンコモンの雑踏をぶらつきながら、今度こそ何か良いことが起こりそうな、そんな予感がしていた。 

(終)


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コメント:

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だれでも 自分のことで小説一冊は 書けるそうですが、septemer30さんは 何冊も書けそうなドラマチック人生ですね!
2011/08/06 [okko] URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: No title

okkoさん、私は人の一生というものは、一冊の長編小説ではなくて、無数の短編小説の寄せ集めではないかと思っています。
2011/08/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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