過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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鬼灯(ほおずき) のころ (2/4)

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鬼灯
Dayton, Ohio USA


それからしばらくすると、インディアナでの僕のプロジェクトは終わりになって、Sさんに会うこともなくなった。 それでも僕たちはときどき電話で話すことがあったが、口の重いSさんとの会話はいつも短く、気になっていたU子さんとのことも、彼からは何も引き出すことができないままに過ぎていった。
それが五ヶ月以上たった時に、またSさんの会社との新しい仕事が始まった。 七月ごろの猛暑の中を数時間運転して、彼のオフィスで久しぶりに見るSさんは、相変わらず 「とっちゃん坊や」 のようなかわいい顔に、僕に会えた嬉しさをいっぱいに見せて迎えてくれた。 U子さんの姿を見るのをそれとなく期待していたのに、彼女が休暇で日本に帰っているとわかった時に、僕は何となくがっかりしていたようだ。

数人の担当者を交えた、うんざりするほど長い会合が終わったのはもう夜の八時を過ぎていた。 そのあとSさんと僕は当然のように示し合わせると、近くのレストランまで歩いて行き、腹のへっていた僕たちは草鞋(わらじ)のように巨大なニューヨークステーキをがっつきながらビールを飲んだ。
その時である。Sさんが唐突に 「実はU子と婚約しました」 と言ったのは。
僕は心の中で一瞬親指を立てて (やった!) とガッツポーズをとりながら、まるで自分が長いあいだ口説き続けていた女性が、とうとう 「うん」 と言ってくれた時のような嬉しさでいっぱいになっていた。 おめでとうを言うのももどかしく、それまでのいきさつを聞きだそうとしたけれど、恥ずかしがり屋のSさんは
「いやあ~、まあ、何となくそういうことになっちゃったんです」 と言うだけでほとんど何も聞き出すことができない。
彼はそのくせ、思いがけない大きなプレゼントをクリスマスにもらったときの子供のように、にこにこと幸せそうだった。 そのあと、結婚式は秋に考えているとか、U子さんが日本に帰っているのは、ウエディングドレスを日本で仕立てるためだとか、そのうち正式の招待状を僕にも送り出すとか、そんなことをぽつりぽつりと話してくれた。

僕は仕事でここに来るたびにいつもならホテルをとって一泊したあと、明くる朝にまたもう一度会議を持つのが今までの習慣だったが、この日は理由があって僕はどうしてもその夜のうちに家に帰らなければならなかった。 ふたりが外に出ると、夜の十時を過ぎたこの時間だというのにまだ異常に蒸し暑い七月の熱気に襲われた。 Sさんが、「これから長道中でしょう。 よかったら僕のアパートに寄ってコーヒーでも飲んで目を覚ましませんか。 実はU子に○○さんにあげてくれといわれてたものを、うっかり家に置いて来ちゃったんです。 それを差し上げないと彼女に叱られてしまう」
僕は喜んでそうすることにした。

Sさんのアパートは初めてではない。 実は以前に一度だけ、酔っ払って運転が危ないので泊めてもらったことがあった。 その時の彼の部屋は、自分の若いころのだらしないアパートとはまるで違って、ずっと清潔できちんとされていた。 二日前の汚れた食器が流しに積み重なっていることもなく、冷蔵庫を開けてもぷんと嫌な臭いがすることもなかった。 それにもかかわらず、そこは色気の無い、殺風景な独身男の部屋だったのを覚えていた。
それが今夜ここに来てみると、明らかに「おんな」の気配がある。 そこはもう男が夜帰って来てただ寝るだけの空間ではなく、そこで過ごされる暖かい「時間」を感じさせる色や匂いが、壁にも床にも部屋の隅々にまで満ちていた。 まるで初めて訪れた場所のようにもの珍しげに見回す僕の目にとまったのは、ダイニング・ルームのテーブルの上の一輪挿しに飾られた一連の鬼灯(ほおずき)だった。 U子さんの仕業にちがいない。 その鈴のような可憐な形状や目を射す鮮やかな赤に、僕は、優しいながら凛とした日本の女性の意気を見た思いがした。 そしてその鬼灯には、ここからはるか15000キロ離れて存在するあの懐かしい日本が、ひっそりと宿っていた。

Sさんの煎れてくれた強いコーヒーを飲み、U子さんからだという小さな包みをポケットに入れると、僕は立ち上がって別れを告げていた。
「Sさんどうもありがとう。 この次に会うのは三週間先になるのかな」
「そうですね、三週間先の月曜日になります。 それまでにはU子も帰って来てますから」

僕は彼の部屋のドアを閉めると、ふたたび、むんとした熱気に囲まれて七月の夜の闇の中にいた。

(続)

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コメント:

*

以前、このお話をお引越し前のサイトで読ませていただいた記憶がありますが、先を読むのがこわいような。
お話がというより、その時と自分が変わっていない気がして。
でも、読みます。
2011/10/11 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

micioさん、前のサイトに載せたのはほんの1年前です。自分が変わってしまうほどの時間はまだ経っていないと思うのですが、micioさんにはその間にいろいろなことがあったのでしょうね。
2011/10/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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