過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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鬼灯(ほおずき) のころ (4/4)

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鎮魂
上野 不忍池


それから二日後にミスターPの秘書だという女性から電話があった。 Sさんの葬儀を社葬ということでミスターPが取り仕切ることになり、SさんとU子さんの家族が日本から到着次第に行われることになったという。 午前中に教会でミサがあり、午後はPさんの自宅でレセプションということらしい。 Sさんの遺体は焼かれて灰になって、日本へ帰ることになるそうだ。
僕は、ミサには間に合わないと思うけど午後のレセプションには出席すると答えた。 僕に来て欲しいとU子さんのたっての希望でもあると、その秘書はつけ加えた。 電話の会話が終わる前に検死の結果をちょっと訊いたら、悪性の感冒に罹ったらしいSさんが医者に与えられた抗生物質が彼自身のアレルギーと対応して、一種のショック死という珍しいケースだということだった。
Sさんの死を知ってから数日間インディアナの地方紙を読めばそのニュースも詳細に載っていたと思ったけど、僕はそんなことをしようという気持ちがほとんどなかった。 詳細を知って何になるというのだ? あの子供みたいににこにこと嬉しそうだった彼の顔を見ることはもうないのだったら、何が起こったとか死因がなんだとか誰かを責めるとか、そんなことは僕にはちっとも興味のないことだったのである。 そんなことよりも僕はU子さんの心のうちを思うと、その痛みをぎりぎりと自分の腸で感じていた。 彼女に電話をすることをずっと考えていたが、何度も迷ったあげく結局電話をしないことに決めていた。 どんな言葉も現在の彼女を癒してあげることはできない。 それならば彼女は、しばらくは周りからあれこれ言われるよりは、自分だけの悲しみに浸っていたいのではないか、と思ったからだった。

葬式の当日、長い道のりを運転しながら僕はこの数ヶ月のあいだに何がいったい起こったのかを思い出そうとしていた。
レストランでU子さんと向かい合って、「誘惑するんだよ」 などと危険な暗示をかけたのは、あれは一月の終わりで雪の降っていた日だった。 それから六ヵ月たった暑い夏の日にSさんに会って、彼らの婚約を知らされる。 赤い鬼灯を見たのもあの夜だった。 そうだ、あの時U子さんがくれた贈りものは、家に帰って開けてみると真珠のネクタイピンだった。 それに付けられた小さなカードに細かな字でぎっしりと自筆で書かれた彼女の言葉。
「○○さんの御忠告を実行して幸せな結果になりました。 心からお礼を言わせて頂きます。ありがとうございました。 私達の婚約や結婚のことは私の口からではなくSから直接○○さんに告げて欲しいと思い、あえて連絡を取らなかったことをお許しください。 あの時ランチの席で○○さんがしていらした素敵なネクタイピンの、三個の石の中のひとつが欠けていたのを覚えていましたので、結婚式でのSの装身具を選んでいた時に、これならと思って買ったものです。 気に入って頂ければとても嬉しいです。S共々これからもどうかよろしくお願いします。U子」

そのあと彼らから正式な結婚式の招待状が届いたのはつい二週間前だった。十月X日に教会での式の後、P社長の自宅で披露宴をする、と印刷されたその招待状の末尾にもU子さんの自筆で、
「○○さん、お忙しいでしょうしたいへん遠路ですが、奥様と御一緒に来て頂けたら、Sも私もとても幸せです」
僕は 「出席させて頂きます」 とすぐに返信していた。

そしてその直後の金曜日の朝。
電話でのSさんは声もかすれてかなりぐあいが悪そうだった。どうしたのと訊く僕に、
「夏カゼかなんか知らないけどちょっときついです。週末にちゃんと直しますから」
「医者にいったほうがいいんじゃないですか」
「いや、薬を飲んで寝ればだいじょうです。 それに僕は医者が大嫌いだから」 と言って彼は苦しそうな声で笑った。
それがSさんの声を聞いた最後になってしまった。

あとで聞くところによると、その金曜の午後になって彼のぐあいがあまりに酷いので、U子さんをはじめ周りにいた連中が無理やり彼に退社をさせて、医者に送ったそうだ。 医者の検診と治療のあいだもずっと付き添ったU子さんは、そのあといっしょにSさんの部屋へ帰り、夜の八時ごろまで彼のそばにいた。彼が熟睡するのを見計らって、U子さんは翌朝早くシカゴへの出張の用意もあったので、自分のアパートへと帰った。 そしてその明くる朝一番に、シカゴへ向かう車から電話を入れてみると、Sさんは電話を取らなかった。(まだ眠っているのだろう) と思ったU子さんはその時点ではあまり心配をしなかったそうだ。 それが・・・・


******


P社長の屋敷には車寄せに十数台の車が停められていて、レセプションはもう始まっていた。 中に入るとかなりの人数の参列者があちこちにグループを作っていて、そのあいだをぬって、借り出されたレストランのウェイトレス達がドリンクやオードブルの乗ったトレイを持って歩き回っている。 それなのに普段のパーティのような華やかさはここにはなく、音楽も流れていない。 シャンデリアの明かりは落としてあり人々の会話は小声でひそやかだった。 十月にはこの同じ場所であるはずだった賑やかな結婚披露宴の情景や、花嫁の着る白いウェディングドレスが幻(まぼろし)のように一瞬、僕の胸をよぎって消えた。
入って来る僕を見たU子さんが走りよってきて、何も言わずに僕の両腕の中に飛び込んだ。 顔を僕の胸に押し付けた彼女は泣いてはいない。 もう泣きつくしてしまったのだろう。 そして僕は言う言葉が無い。 何を言えば良いというのだ? どんな優しい言葉も、口から出た瞬間に鋭い針のように彼女の魂に刺さり、さらに彼女を悲しませるだけだろう。 今の僕にできるのは、何も言わないでその震える細い肩を抱いてあげることだけ。 あの時僕が余計な事を言ったために、彼女は短い幸せを掴んだかも知れないけど、今はその何倍もの悲しみに突き落とされてしまった。
そのままの姿勢で僕たちは長いあいだ無言でそこにそうしていた。

(終)


*追記

このあとU子さんは会社を辞めると他所の町へと去って行き、しばらくのあいだ続いた僕達のあいだの交信もいつのまにか完全に途絶えてしまった。
ひとは誰もが幸せになる権利を与えられている。 でも、その幸せを他の人たちよりも少しだけ先に掴むことが許される優先券を、もし神様が用意しているのなら、その一枚は彼女に上げてください。 もし僕がその優先権を持っているとしたら、それはU子さんに上げてください。
なぜなら、多数の人たちが渡ることさえ無いだろう不幸の河を、このひとはもうずぶ濡れになりながら渡って来たのですから。

ずっとずっと後になって、日本の雑誌で鬼灯の記事を読んでいた時に、思わずハッとしてしまったことがある。
鬼灯の花言葉は 《偽り》 だという。

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2011/10/17 []  # 

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2011/10/17 []  # 

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U子さんが、今は何処かで幸せでありますように…
2011/10/18 [わに] URL #- 

* Re: No title

鍵コメさん、そうだったのですね。ここで詳しくは書けませんが 「がんばってください」 としか言いようがありません。過去を切らなければならない経験は私もボストン時代にしています。そのために私は24年のあいだ日本と縁を切ったわけです。
あなたはそのころの私よりも強い。しっかりしてください。
2011/10/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

鍵コメ(2)さん、どうもありがとう。楽しみに待ちます。
仕事の件、うまくいくように祈っています。
2011/10/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

わにさん、私も同じ気持ちです。もともと明るい性格のひとでしたから、きっとまた元気にカラカラと笑っているような気がします。
2011/10/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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