過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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三朝にて (2/3)

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廊下


三朝の町は予想したほど観光地化されてなくて、鄙びた温泉町の情緒が漂っていた。 どちらの方角を向いてもそこに山があった。 僕は日本でホテルに泊まることはあっても、純日本風の旅館はあまり経験がない。 『旅館 大橋』 の間口の広い玄関先へ車を乗りつけた時、そのどっしりと貫禄のある古い造りに圧倒された。
玄関を上がったところが広い洋風のロビーになっていて、われわれが取りあえずそこへ通されたところへ薄茶が出た。 旅館のすぐ裏を三朝川が流れていて、ガラス張りの壁を通して幅広い川床の真ん中を水が勢いよく流れているのが一望に見渡せる。 そうしているところへ宿の女将さんが挨拶に出てくる。 僕らと同年輩のひとである。 車中の昔話に僕以上に興味を持ったコータローがさっそく尋問に取りかかった。 確かに、すぐ隣町の倉吉にも以前は 『旅館 大橋』 があってそことこことは本家分家の関係らしい。 倉吉の旅館はもう閉めてしまったが、そこの次女だった〇子さんが若いころ東京の大学に行っていて、年齢を訊くと僕と同年だった。 夜汽車の女の子はそのひとに違いなかった。 彼女は東京で結婚して家庭を持ったという。
そして女将さんは付け加える。
「〇子さんは結婚して姓が樺になったのですけど、ご主人はほら、昔の安保闘争の時に亡くなった東大生の樺美智子さんのお兄さんなのですよ」
そういえば、樺美智子さんは東京生まれだったけど、彼女の父や祖父など代々学者を出した樺家はたしか鳥取のこのあたりから出ていたように覚えている。 そんな因縁で樺家と大橋家とは繋がりがあったのかも知れない。

いずれにしろ 「夜汽車の女の子」 は実在していた。


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欄干


二階の部屋へ案内をされる。 表からは二階、裏の川床からは三階になっていた。 ガラス戸を開けると川の流れる音がひときわ大きくなった。 板の間の隅に赤い箱が置いてある。 なんだろうと思ったら、中は火事などの非常時に使う縄梯子だった。 欄干に架けて三階下の川床まで下りるのだ。
部屋に落ち着いたあと、取りあえずやることといえば当然決まっている。 湯に入ることだった。 つい先週に僕は紀伊の白浜で温泉に入った時は、湯の温度がぬる過ぎて気に入らなかったが、ここ三朝の湯は熱くてちょうど良かった。 これならと思って浴場から裸のまま螺旋階段を下りて階下の露天風呂にも入ってみた。 皆と首まで湯に浸かりながら、今夜は何を食べさせてもらうのだろう、と期待で胸が膨らむ。

(続)

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コメント:

*

いま日本にいらっしゃるんですね(^_-)-☆

同年代として(少し私がしたですが・・・・・)樺美智子さんのことおぼえています。

その紛争の時のことは ラジオのLIVEできいていていました。

彼女の祖父は やはりそちらの出身ですね! 
2011/10/22 [okko] URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: No title

okkoさん、数日前にアメリカに帰ってきたばかりです。
あの事件は当時、すごい騒ぎでしたね。ラジオ放送は私もきいていました。
2011/10/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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