過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

Profile

September30

Author:September30

Visitors Counter

Search form

旅の終わり

T11japan683-blognew.jpg

異邦人たち
Saint Paul International Airport, Minnesota USA


長い旅をしたあとで自分の家に帰ってくるといつもそうだけど、数日のあいだは頭がぼんやりとして、身体も何だかふわふわと宙に浮いているような感じで、僕は実に奇妙な人間になってしまう。 アメリカ国内の旅でもいくらかそういうことはあるけれど外国 (つまりアメリカ以外の国) から帰って来た時はそれがかなり酷いのだ。 たとえばヨーロッパで2週間とか3週間を過ごしてアメリカに帰って来ると、必ずといっていいほど憂鬱になってしまうようだ。 ヨーロッパで古い古い歴史の重みを経験してきたあとでは、アメリカの文化が何となく薄っぺらでニセモノのように思えてしまう。 ヨーロッパが石造りの伽藍だとすると、アメリカはベニヤ板で建てたバラックのような感じがしてしまうのだ。 同じ西洋文明なのに何という違いがそこにあることか!
カルチャショックという言葉があるが、たぶんそういうことをいうのだろうと思う。

ところが、そのカルチャショックが極端な形で僕を襲うのが、いつも日本から帰ってきた時だった。 日本へ発つ前の自分が、まったく別の人間になって日本から帰ってきたような気がするのである。 それがとりわけ今回の日本旅行のあとは酷かった。 その理由はたぶん、いつも日本に行く時は家族を伴っていくので、僕は日本にいても自分の中の日本人とアメリカ人を適当に入れ替えしながら旅をする事になる。 周りには日本語で対し、家族には英語を話すわけだし、自分がアメリカ人であるという実証 (つまり自分の家族) がすぐ目の前に存在するわけである。
それが今回は違った。 なにしろ自分独りだけで3週間以上も日本にどっぷりと漬かっていたのだ。 日本人と話し、日本人と食べ、日本人の家に泊まり、日本人と旅をして、日本人と同じ部屋に寝た。 僕の中のアメリカ人は完全に影を潜めてしまい、僕は生粋の日本人になっていた。 そして旅が終わってしまったあと、身体ははるばる海を渡ってこちらに帰還しているのに、僕の魂はまだうろうろと秋の日本列島の上を彷徨し続けているから、『雨月物語』 のような奇怪な事が起こったりする。

日本から帰ってきた最初の晩、明けがた近くに僕は目を覚ます。 それが実際に目を覚ましたのかそれとも夢の中で目を覚ましていたのか、僕の頭は混乱している。 自分がどこにいるのか、なぜここにこうして横たわっているのかまったく理解ができていない。 すぐそばに女の顔があって、それが誰なのか僕には分からない。 いきなり僕は日本語で訊く。 「あんたは誰?」
それから僕は訳の分からないことを次々とまるで呪文のように口にする。 口から出ているのは日本語だった。 部屋の中は薄ぼんやりと光があって、ものの形が何となく逆光線の中に浮いている。 それは僕が見たことの無い光景だった。 そして突然に僕は理解をしたようだ。 そうか、自分は母親の胎内から今この世に生まれてきたばかりなんだ。 これは誕生なんだ。 その時僕が感じていたのは、嬉しいとか悲しいとかの感覚からは程遠く、ただただ恐ろしかった。

明くる朝妻に言われた。
「あなた、うなされて訳の分からないことを日本語でぶつぶつ言ってたわよ。 ずいぶんと長い間。 起こそうと思って顔を見たら目をちゃんと開けているじゃない。 ちょっと気味が悪かった」



よその国に住んで自分が異邦人だと感じるのは仕方が無いことだ。
しかし、祖国に帰って自分がよそ者だと悟ることほど悲しいことはない。
September 30


にほんブログ村 写真ブログ モノクロ写真へ
スポンサーサイト

コメント:

*

september さん、こんにちは。
今回の文章、秀逸です。シメがとても素晴らしい。そしてこのうまい引用文はフランス人か誰かな、と思ったら、september30 氏のものでした。
6~7月にイタリアに行った話をしたかしら。フィレンツェに最初に行き、キャンティの山にある友人の山荘を訪ね、一晩過ごしました。彼はイタリア陸軍地理院の測量士でした。この度イタリア維新150年記念式典に招待されたそうです。そこで配られたニース(ニッツァ)等フランスに譲る前の、イタリアの不思議なA全判地図が送られてきた感動を伝えたく、書いてしまいました。彼はイタリア全土を測量したそうです。
2011/10/30 [pescecrudo] URL #j9tLw1Y2 [編集] 

*

September さん こんばんは
僕も15年振りに帰任した時は、不思議な感じで会社の中でも日本語の辿々しい外国人の様に見えていたようです。
マンダリンが忘れそうで、一人で山の手線に乗ってグルグル回っていると、沢山聞こえてくるんですよ...広東語や北京語が...ホッとしましたね
2011/10/30 [MasaURL #HfMzn2gY [編集] 

* Re: No title

ペさん、こんにちは。
そういえばペさんのイタリアの話をもっと聞きたかったのに、話すことが他にもあり過ぎたので残念でした。
ニースといえば私は1度しか行っていませんが、たしかにイタリアの匂いがあちこちにする町でした。
2011/10/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

Masaさん、こんばんは。
私が24年ぶりに日本に帰ったときは、まったく見ものでしたよ。
東京で、みんな同じ顔に見える日本人に取り巻かれて、電車の切符の買い方もわからないし、雑踏の歩き方も忘れているし(対面者を右に避けるとか左に避けるとか)、目が回ってその場にうずくまってしまいたい様な絶望的な気持ちでした。
郷里の田舎に帰ってやっと息を吹き返しました。
2011/10/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

そんなに長いこと故郷を離れた経験はないのですが。
Exileって、そういう感覚なのでしょうか。(あ。失礼なことを言ってしまいました。すみません。)

ところで写真を見て、クアラルンプールとカルカッタの空港で、長いトランジットの間に仮眠(というより本格的に寝ました)を取ったなあと思いだしました。
2011/10/31 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

micioさん、ちなみに “exile” を辞書で引いてみると、
国外追放,国外異境生活,亡命,流浪,勘当
などと出てきますが、「国外追放」 以外はどの語もそのころの私にはぴったりの言葉です。
いや、国外追放だって当たっていなくはない。日本政府に追放されたわけではないけれど、自分を取り巻く状況から追放されたのは事実だから。
2011/10/31 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

コメントの投稿

:
:
:
:
:

:
: ブログ管理者以外には非公開コメント

トラックバック:

>>>> http://blog1942.blog132.fc2.com/tb.php/249-87f022f8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)