過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ボストン奇譚抄 - 沖縄から来た男

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駆け抜ける夏
Frog Pond of Boston Common



ボストンのダウンタウンには、二つの公園がチャールス・ストリートをはさんで向かい合っている。 Boston Common と Public Garden である。 この二つを合わせても、ニューヨークのセントラルパークにはその規模ではとてもかなわないが、ボストニアンにとってはこの二つの公園はもう何百年も前からの憩いの場所となっていた。

ボストン・コモンはその敷地の真ん中にフロッグ・ポンド(蛙の池)と呼ばれる大きな池と噴水があって、夏には子供たちの恰好の遊び場となる。 寒い季節でなければ正午になると周りのオフィスから人がどっと吐き出されてきて、芝生に座ってランチを食べたり昼寝をしたり本を読んだり、(男性なら)女性を物色したりしている。 デモの大集会だとか、アートのショーなどが開かれるのもここだった。 まだ元気な時のローマ法王のジョン・ポールⅡ世がここで講説をした時には、史上最多数といわれる群集が集まった。

そのボストン・コモンに較べると、隣のパブリック・ガーデンの方はサイズもずっと小さめで、起伏のある芝生に小径が縦横に走り、華やかな花壇があったりして、その名の通り庭園と呼ぶにふさわしい美しい一画だった。 このパブリック・ガーデンの西の端がアーリントン・ストリートに面していて、古い鉄の柵が道と庭園を仕切っている。

このアーリントン・ストリートに、もうとっくの昔に無くなってその名さえ忘れてしまった映画館があった。 僕はこの映画館でいつでも好きな時にタダで映画が見ることができた。 貧乏学生だった僕にとっては夢のような話だが、実は、ここで映写技師として勤めていた日本人のTさんと僕は知り合いだったのである。

Tさんは僕よりもずっと年上で、沖縄出身だった。 なぜボストンで暮らすことになったのかは確かに訊いたことがあると思うけど思い出せない。 彼と知り合いになったのは、僕がそのころパートで働いていた日本レストランに彼も以前にいたことがあり、それで時々レストランに顔を出す彼と話しをするようになったからだった。 スイス人の奥さんとの間に生まれたばかりの赤ちゃんがいた。 僕たちはおたがいにすぐ近所に住んでいた、ということもあったのだろうけど、どういうわけかTさんは僕のことを気に入ってくれて、よく家庭での夕食に呼んでくれたり、バーで酒を奢ってくれたりした。 と言っても決して彼は裕福ではなく、次から次にいろんな仕事を変っていたようだった。

Tさんのおかげで、おそらく僕は何十本もの映画をこの映画館で見た。 始めのうちは映写室にいるTさんをいちいち呼び出してもらって中に入れてもらっていたが、そのうち入り口のモギリのおばさんとも顔見知りになると、Tさんを呼んでもらわなくても、あるいはTさんの休みの日でも、いつでも僕は顔で入れるようになっていた。

Tさんの奥さんが、彼の仕事がいつも長続きしないと言って僕にこぼしたことがあった。 太くて黒い眉毛がいかにも沖縄人らしい顔をしたTさんは短気な上に、物事を考えるよりも先に行動してしまうようなところがあって、周りの誰とでもうまくやっていけるというタイプではなかったようだ。 そのせいで、たいていの仕事は上司や同僚とうまくいかなくなって辞めてしまっていた。 この映画館の仕事も一年足らずで終わってしまい、そのあとは僕自身もボストンを離れてずっと遠くの州で何年も暮らしたり、それからまたボストンに戻ってきたり、結婚したり、子供ができたりして、Tさんには長いあいだ会わないままに時が流れていった。

それからずっとあとになって、僕の子供たちがボストン地区の日本語補習校に行くようになった頃のこと。 僕が学校の理事をやらされていたその理事会で、ある生徒のお父さんが交通事故で亡くなったので、補習校の父兄から義捐金を募るという提案が出ていた。 僕が思わず声に出してあっと言ってしまったのは、その亡くなったお父さんというのがTさんだったのである。 タクシーの運転手をやっていたそうだ。 あのころ生まれたばかりの赤ちゃんだった女の子が、もう中学生になっていた。 ということは十何年ものあいだ、僕らは会うことがなかったのである。
会議の進行からぽつんと取り残された僕は、あのTさんの黒くて濃い眉や、まるでアメリカ人がするように、大きな手でギュッと僕の手に握手をしたことなどを、まるで昨日のように思い出していた。

彼が勤めていたアーリントン・ストリートの映画館で見たフィルムは今でもほとんど覚えている。 つい先日もジーナ・ローランドとピーター・フォークが主演する "A Woman Under the influence" (壊れゆく女) をまた何度目かに見た時に、僕の思考はいつのまにか映画を離れてあのボストンのパブリック・ガーデンをさまよっていた。

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コメント:

* 初めまして

当方ブログ帯に表示された、似ているブログをクリックすると、こちらにまいりました。似ているとは、?よくわかりませんが、写真と文章を興味深く拝見し、読ませていただきました。リンクさせていただきます。
2011/12/01 [shousonnURL #- 

* Re: 初めまして

shousonnさん、はじめまして。
似ているというブログぜひ拝見させていただきます。 ありがとうございました。
2011/12/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* なんと!

September30さんはなんと偶然の多い人かと感心してしまいました。
まるでメロドラマの主人公のように人生の中に偶然が組み込まれているのですね。
昔から知っている人なので決して創作ではないことはわかっていますが、これだけ偶然の多い人はそうはいないでしょう。
2011/12/02 [G-Mac] URL #- 

*

今日は、沢山読ませていただきました。そして、何も知らずに差し上げたコメントが何と軽率であったかとお侘びします。「事実は小説よりも奇なり」という言葉を随所に感じます。色々な出来事の中に滋味深い人生があるのだなと感慨ふかくなりました。
2011/12/02 [shousonnURL #- 

*

”壊れゆく女”の写真は 私のこころに深くのこってました!
(でも、ちょっと怖い感じして部屋に飾りたいとはおもいませんが・・・ごめんなさい)

映画みたくなりました。
古い映画のようですが、レンタルDVDをさがしてみたいとおもいます。
2011/12/03 [okko] URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: なんと!

G-Macさん、それほど偶然の多い男だと自分では自覚したことはないのですが・・・
むしろ人並みだと思います。 長く生きていれば誰にでも起こることではないのでしょうか。
2011/12/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

shousonnさん、軽卒だなどととんでもない。 侘びなど必要のないことです。
その経緯が何であれ、こうして私のブログに来ていただいたことはとても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
2011/12/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

okkoさん、あの映画の主演をしたピーター・フォークという男優は、ほら昔テレビの探偵シリーズに出ていた 「コロンボ」 なのですよ。 今の人達には馴染みが薄いと思います。
2011/12/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

そうだったんですね!
ますます見たくなりました。
わたしは ”コロンボ”の大好きで 昔もみてましたが 今年彼が亡くなったので追悼でBS放送で名作を数点やっていたのでみました。
2011/12/04 [okko] URL #mQop/nM. [編集] 

* Re: No title

okkoさん、そうでした。ピーター・フォークは今年の夏に亡くなってのでしたね。
コロンボシリーズは私も大好きでした。

2011/12/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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