過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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峠の我が家 (2/2)

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大山国立公園


もう二十年も前の事だけれど、僕は会社の同僚のエルマーと二人で家から400キロも離れた、ケンタッキーとテネシーの州境の辺りを仕事で回ったことがある。 同僚といってもエルマーは僕よりずっと年上で、親子ぐらいに歳が離れていた。 あの頃すでに70歳に近かったろう。 そして彼はこの道何十年の経験を持つベテランだったから、四十代になって初めて会社勤めをしたばかりの僕にとっては、優しい先輩であり教師でもあった。 

その夜は山のふもとのある町で一泊する事になっていた。 一日中幾つかの顧客を回って、疲れた上に腹を空かせて、やっとたどり着いたホテルで夕食にありついた時、我々は恐ろしい事実を知らされて愕然とした。 この町では公共の場では酒を出せないという法律があると言う。 (アメリカの南部では時々ある話だ) それで夕食のあと二人はまた車に乗り込んで、山向こうの三十分離れた隣町の酒屋まで酒を買いに行く事になった。
街灯も何もない深い山道を走りながら、僕は昔まだ街道が完備する前の箱根の山中を夜中に車で走った事を思い出していた。 やがて峠を越える辺りで一軒の山小屋の前を通りかかった。 中には灯りがともっている。 表には看板らしきものが架かっていたが、それも暗闇の中では読めなかった。 窓に "Budwiser" のビールの赤いネオンが点いているところを見ると、この何とも寂しくも怪しげな山小屋は飲み屋に違いなかった。
これは良い、と僕は言った。 このまま山を越えて行くよりも、ここで一杯飲んでホテルへ帰ろうよ、と提案する。 ところがそこに停められた十台ほどのバイクを見てエルマーは尻込みをしてしまった。 どうしても中に入ると僕が言うなら、自分は車の中で待っているなんて言い出した。

その彼をなんとか説き伏せて山小屋のドアを開ける。 とたんに店内から何十という視線がスーツ姿の我々の上に釘付けになった。 どの顔にもまるで幽霊を見たかのような表情がある。 エルマーそのまま回れ右をしそうな気配があったが、そこで外に出てしまえば状況はもっと悪くなるかも知れない。 彼と僕はバーのカウンターの一番端っこにそっと腰を下ろして、ビールを注文した。

しばらくして一人のバイカー('ZZ Top' みたいにあご髭のデブで、刺青だらけのその腕は僕の腿よりも太かった) が我々の所まで来ると話しかけてきた。 何とはない会話をしばらく続けたあとで彼が我々にビールを買ってくれる。 そのお返しに彼にもビールを取ってやる。 そのうちにテーブルにいた数人が我々の周りにやって来て話に加わる。 我々の眼の前には次から次とビールが出てくる。 エルマーは最初はあんなにおとなしかったのに、今は酒が入って話に夢中になっているし、僕は僕でビールを賭けたビリヤードやダーツに興じた。

ビールを一杯だけのつもりが結局2時間以上も居てしまった。 エルマーは僕以上に楽しんだ事は明らかで、引っ張り出さなければ彼はまだ飲んでいただろう。 外に出ると頭上にびっくりするくらい大きな月があった。 満月だった。ふたりで 『峠の我が家』 を大声で歌いながら、僕は崖から落ちないように気をつけてゆっくりと運転をしながら山を下って行った。

エルマーが亡くなってからもう十年が経つ。



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コメント:

* 峠の我が家

アメリカ版「注文の少ない料理店」。

息子は今高校シニアですが、大学によっては、「全寮禁酒」というのがあるそうです。実際は、余り守られてはいないようですが。ちなみに息子の大学生活の目標の一つは、Budwiserを飲みながら宿題をすることです。
2011/11/28 [なかた] URL #D2C0PZQI [編集] 

* Re: 峠の我が家

なかたさん、アメリカの巨大な主要大学(州立が多い)では学生の飲酒問題がよく新聞テレビなどで取り上げられていますよね。 新入生に洗礼式と称して何ガロンものビールを無理やり飲ませて、その結果死亡者が出たこともあります。
息子さんにはそんなことの無いように、シニアのうちからちゃんと飲む練習をさせてあげてください。
(こんなことを言うから子供の学校の父兄に村八分にあってしまうのです)

2011/11/29 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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