過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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原点を見つけた

IMG_0094_1-blognew.jpg

表門
北京市
撮影: 古門吉郎


数葉の写真を付けたそのメールはある日、何の前触れもなく僕に送られてきた。
「これが君の生まれた家なんだよ。 覚えているかい?」
写真を見て僕は呆然としてしまう。
まるで誰かが、自分が見たこともない女性を目の前へ連れてきていきなり、
「これが君のお母さんなんだよ。 覚えているかい?」 と言われたような気がしていた。

覚えているかい、といわれても僕には覚えていようがなかった。
北京の天安門広場に近いこの家で僕が生まれた直後に、父は家族を連れて天津へ引越しをしてしまっているからだ。 天津の家なら僕は四歳ごろまで住んだから頼りない記憶のようなものは微(かす)かに残っている。 それにその家で父が撮った写真も数枚残されていた。 ところが北京の家で僕が生まれたということは、厳然とした事実として戸籍謄本にその住所がそっけなく一行載っているだけであった。

昭和xx年九月参拾日中華民国北京市内六区南月牙胡同十四号で出生

それ以外には自分の出生地に関して、すべての記憶も感傷も、興味でさえもがきれいに僕から抜け落ちていた。 六十年以上も。

写真を送ってくれたのは郷里の友人のKである。 周囲の同年輩の友人たちがもうとっくに現職から退いて それぞれ好きなことをやったり、孫たちの世話を見たり、あるいはまったく何もせずに日々を送っている中で、Kはますます元気に仕事でアジア中を飛び回っていた。 そのKがつい最近北京へ行った時に、わざわざ時間をつくって僕の生家を探し当ててくれたのであった。 探して欲しいと彼に頼んだわけでもなければ、自分の生家を見てみたい、というようなことさえ僕は一言も言ったことはなかった。 ただ以前に一度だけ、戸籍謄本に記載された住所を 「これはどの辺かわかるかい?」 と北京に詳しいKに見せたことがあるだけだった。

Kは北京へ発つ前に、あらかじめ北京の駐在員に頼んで僕の戸籍の住所が現存することを確かめている。 そして天安門広場からそれほど遠くないというこの家を探し当ててくれたのだった。 超近代化が進んだ北京の町でまるで忘れられたようにポツンと残された一画だった、とKは書いていた。

僕は、写真の中の表門に貼られた 《14》 の赤地に白の標識が、戸籍謄本の住所の 《十四号》 と一致するのを確かめた時に、どうしようもなく胸が苦しくなってしまった。 長いあいだ、遠い架空の星の中にしか存在しなかった自分の生家が、今、目の前のモニターに現実の映像としてはっきりと映っていた。

僕の父が母と結婚して新居を構えたのはこの家だったのだ。 そして僕が生まれる時に、終戦前のあの混乱の中を日本の祖母が母のためにひとりではるばる海を渡ってやって来たのもこの家だったのだ。

ここが、この廃墟が、自分の原点だったのだ。




IMG_0096_1-blognew.jpg


撮影: 古門吉郎


Kはメールの中で書いている。
近所で見つけたホテルに入って尋ねてみると、この一画は1950年ごろに一部の建て直しが施工されたそうで、君の生家も当時のままではないかもしれない。 もう長いあいだ人の住んだ跡はなくて、忘れられたようにひっそりとそこにあった。 中に入ることはできなかったので壊れた塀の隙間からかろうじて内部の庭の写真を撮った。
いつか、いっしょに北京に行こうよ。

友達とはありがたいものだ。 つくづくそう思う。


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コメント:

*

お久し振りです。
北京で生まれ、日本で育ち、米国在住...
3か国に時代時代の思い出の場所があるのですね。



再び北米(ミシガン)に来ています。
インディアナとケンタッキーの現場があるので、教えて頂いた和食のお店に行く予定です。
2012/01/12 [バナOKAURL #3un.pJ2M [編集] 

* Re: No title

バナOKAさん、お久しぶり!
あいかわらず、世界を股にかけて飛び回っているようですね。 股がずいぶん大きくなったでしょう。(笑)
でも季節の1番酷い時にまたまた中西部とはお気の毒です。 冬の景色を撮るのなら日本のほうが100倍も美しいでしょうし。
2012/01/13 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/01/13 []  # 

*

ぜひご一緒したいですね。
2012/01/18 [上海狂人] URL #wuZV7DPc [編集] 

* Re: No title

上海狂人さん、もし私たちが中国で会えたとしたら、それこそ上海狂人対北京原人の世紀の対決です。 (笑)
2012/01/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 原点の風景に相応しい歌は?

September30様

 この写真と跋文が掲載されて一カ月ほど経過しております。廃墟への立ち入りを阻む門扉に書かれた文言には、どなたも言及されていない様ですので、余計なお世話ながら、簡単に解説致します。
 壊れかけ鎖錠された門扉の上に掲示された額に横書きの文字は「萬事如意」。「全てがお望みの通り、順調に運びますように」と云う程度の意。お目出度い年賀状などに書く常套句です。
 その下、門扇の中断、郵便物の投函用に空けられた横穴の下に、下手な字で殴り書きされているのは「全款買房(?)」。「この建物は全て買い上げ済み」の意でしょうか、これは字が一部汚れているので、想像で補いました。更に、その下に書かれている数字は電話番号でしょうか、詳細は不明です。
 但し、肝腎要の居住表示のプレートは半分以上が壊れて剥落し、解読不能ですね。残念です。

 斯くして解読作業が終了すれば、この永らく打ち捨てられた陋屋に、やがては帰還するであろう音楽愛好家・9月さんの無聊を暫し慰める音楽が必要となります。

 そこで、此処では先ず、
(1) 敗戦後の混乱も漸く静まり、これから日本へ帰国の途に就く9月一家の出立を、この陋屋が無言で密かに見送る----と云う構図を描いてみました。
 この状況に相応しい歌と云えば、満洲のハルピンで生まれ、敗戦の翌年に京都に引き揚げた歌手が、政治犯として収監される配偶者を想い、切々と唄い上げる弾き語りの名曲がドンピシャリです。
 で、例の如く、サイトは別便にて連絡差し上げます。お待ち下さい。

(2) 今度は、生まれ故郷を遠く離れ、実家に全く帰省していない、或いは帰省できなかった家人を偲び、昔を知る故郷の旧友知人が、出立した切りの人に帰郷を呼び掛ける歌です。これは内容からして、中国人が北京語で唄う「あの名曲」が相応しいでしょう。
 こちらも又、別便にてのご案内となります。御了解下さい。



 

 
2012/02/20 [Yozakura] URL #Y2lB8pKc [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/02/20 []  # 

* Re: 原点の風景に相応しい歌は?

Yozakuraさん、あの廃屋は当然ながら誰かの持ち家になっているのでしょうね。 早く帰らなければそのうち取り壊されてその跡に巨大なモールでも建ちそうな気がします。 文中の友人の話ではこの家のすぐ数軒隣にちょっとした小奇麗なホテルがあるそうです。 友人はすぐにでも部屋を予約しそうな勢いなのですが・・・・
2012/02/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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