過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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男だって泣くことがある

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海辺のキリスト
Marseille, France


ものごとに感動して泣く、ということをしなくなってからもうずいぶんと経つような気がする。 若いころのように小説を読んで泣くことはもうないし、絵や写真を見て息が止まるような感動をおぼえることがあっても、涙が出てくることはない。 映画なら見ていて鼻がグスグスして目頭(めがしら)が熱くなることは時々あるけれど、あれはたいていの場合は劇中の不幸な人たちにに同情して悲しくなるのであって、純粋に感動して泣くのとはちょっとちがうと思う。 映画というものは、筋とか台詞とかカメラワークとかで、よってたかって人を泣かせるようにできている。 そこへ音楽が入るからたまらない。 見ている側では 「だめだ。こんなことで泣かされちゃだめだ」 と反抗をしながら、つい涙が出てくるのは、あれは一種の暴力だといっていい。 そして映画が終わったあとでいつも騙されたような、損をしたような気になる。 そしてすぐ忘れてしまう。 心から感動して泣いたあとでは、そんなことはありえない。

昔から僕が一番泣かされたのはやはり音楽かもしれない。 それだけ音楽はほかの何よりもひとの感性を直接にグイと掴む力をもっているということだ。 でも最近ではそれもほとんどなくなってしまった。
ほとんど、ということはたまには今でも泣くことがあるということになる。 たとえば、 ショパンの 『スケルツォ第二番』。

この曲はいきなり冒頭から激しい怒りの爆発で始まる。 ほとんど暴力的と言っていいくらいの危険な匂いのする始まりだ。 そのあと、情熱的な感情の昂ぶりが続く。 しかし、どんな感情にも必ず波があるものだ。 高いテンションの波長が少しずつ低まっていって、ところどころに優しい旋律が見え隠れするようになると、曲は中間部へと発展する。
中間部は、うって変わって叙情的な「癒し」の部分である。 ここではショパンの他の作品によくみられるような過度の甘ったるさがなく、抑制されて瞑想的で、そして実に美しい。 我々はそれまでの激しさから抜け出てここまで来ると思わずほっとしてしまう。 しかしそれも長くは続かない。 曲は再びもとの激しい感情の高揚へと返ってゆき、そのままぶちきれるように終わってしまう。
全体の構成としてはいくらか散漫なところがあって、他の作品に比べると完成された世界という点では弱いところがある。 これを書いた二十七歳のショパンとしてはもっと推敲する余地があったように思える。
それにもかかわらず、曲が始まってから3分50秒のあたりから中間部に入ったところで、僕は恥ずかしいけど、必ずといっていいほど胸がキューンと絞(し)まって眼に涙がたまるのだった。 この部分を聴くたびに僕はいつもある強い感情に襲われる。 それは、自分自身の人生で失ってしまったもの、手にすることのできなかったもの、犯した様々の過(あやま)ちに向けての悔悟のようなもの、そんなものが、海綿からじわじわと滲みでる水のように、哀しみとなって僕を浸してしまう。
これは至上の音楽だと思う。


若い中国人ピアニスト、ユンディが弾くこの中間部の演奏が、ルビンスタインやポリーニやジマーマンや、以前に聴いた誰よりも僕の心に迫るのは、ショパンの音楽は結局は若者の音楽だからじゃないか。 年を経て熟成して巨匠と呼ばれるピアニストが、どこかで失ってしまったものをユンディの弾くショパンが僕に伝えてくれる。 それは僕自身もずっと昔にどこかへ置いてきてしまったものだった。






青春が、
人生の中でもうすこし遅く訪れてくれれば理想的なんだけどね。

Herbert Asquith




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コメント:

* お久しぶりです。

偶然ですが,ショパンの「スケルツォ第二番」は私の心にも響きます。ただ、私の泣きのポイントは6分後半〜7分めに入るあたりの所です。深夜、ヘッドフォンをして大音響でこの部分を聴くと涙は確実です(笑)
2012/02/18 [Endless] URL #d2yN2EXI [編集] 

*

良い動画をありがとうございました。
若いピアニストの指があまりに綺麗でみとれました。
やや乱暴でミスタッチもあるけどこれが若いということ。

最近は心を動かされるのがうっとうしくて、
バッハのパルティータなんかを聞いています。
これが老化というものなのか?
まずいな~~~。
2012/02/18 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

*

タンゴを聴いてボロボロ泣き崩れたことがあります。気持ち悪いですが。
なぜなのかよくわかりません。
2012/02/19 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

*

えも言えぬ写真と文章です。
2012/02/19 [KZ] URL #HfMzn2gY [編集] 

* Re: お久しぶりです。

Endlessさんのお好きな部分は、私の好きな中間部のテーマが三度目に出てくる時に、うって変わってフォルテシモのバリエーションになる箇所ですね。 この部分はすごいです。 それまでの安らかで回想的なムードを根底から覆すような拒絶感、絶望感のようなものがあります。
真冬の深夜に大音響のなかでひとり涙を流す女性の姿は、想像すると鬼気迫るものがあります。(笑)
2012/02/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、美しい指ですよね。 ショパンの手のブロンズ像を見たことがありますが、それを思い出させます。

心を動かされるのがうっとうしい、というのはわかります。
子供のころ、「家なき子」 や 「フランダースの犬」 を読んでわんわん泣いた自分はいったいどこに行ってしまったのでしょう?
2012/02/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

micioさん、タンゴには私もよく泣きました。
アルゼンチンタンゴのバンドネオンのリズムは胸を刻み、そしてヴァイオリンが心に沁みます。
タンゴは哀しい音楽です。
2012/02/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

KZさん、嬉しいです。 ありがとう。
KZさんのブログの更新を心待ちにしているのですが・・・
2012/02/19 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

私もEndlessさんと同じ部分が泣き所です。

Kissinの演奏が好きでしたが、このYudiという人も素晴らしいですね。
(Kissinは、5月に来るので、チケットを取りたいのですが、ちょうどその頃、
出張が入りそうで、買うかどうか悩んでいます。)

Yudi Liのコンサート、行ってみたいです。
ご存知のとおり、生の音で聞いてみないと納得しない私です。(笑)

素敵な文章と、大好きな曲を、ありがとうございました。
2012/02/20 [けろっぴ] URL #- 

* 魅力的でした

Septemberさんの解説を読みながら
ユンディのこの曲をヘッドホンで聴いてみました。

ラジオで聴いて心が震えたユンディの演奏。
(お恥ずかしながらそれまでユンディを知らなかった私…)
どうして惹きつけられてしまったのかが
少し分かった気がしました。

私は3分を越えたところで急に曲調が変わる部分、
それから跳ねるような曲調になるところに
よい意味での裏切りがあって、どうしても惹かれてしまいます。

青春がもっと遅かったら。。。
どうなっていたでしょうね。(笑)
2012/02/21 [tonyURL #mQop/nM. [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、生の音を聞かないと納得しない、とは贅沢ですがNYCに住む人だからこそ言えるのでしょうね。 羨ましいです。
この曲は私も中学生の頃にF先生の門下生のリサイタルで弾かされたのですが、まあ、何をどうやって弾いたのか今から思うと冷や汗ものです。
F先生いわく 「あなたはやっぱりバッハが合っているようね」
2012/02/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 魅力的でした

tonyさんも私と同じ箇所に惹かれたようですが、あれはこの世のものとは思えない美しい音楽ですよね。 私がクリスチャンなら神の存在を信じたでしょう。 (笑)

青春がもっと遅かったら、いろいろな悲劇は起こらないし、小説の傑作も書かれないだろうし、ショパンもぷっくりと太っていただろうし、ゴッホも耳を失うことはなかっただろうし、芸術も生まれていなかったかもしれません。
2012/02/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

F先生、一体何がおっしゃりたかったのか...。
私の知りうるSeptember30さんは、バッハよりはショパンですよね。
いや、それよりシューマンですか。

それにしても、中学生でこの曲をお弾きになったとは...すばらしいです。
きっと今だったら、F先生も驚かれるのでは...?

それよりも、本当はSeptember30さんのジャズ・ピアノ演奏が聞いてみたいのですが...。
2012/02/22 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、私はピアニストよりも作曲家か指揮者になるべきだ、とF先生は遠い昔に見抜いていました。
そのどれにもなれなかったのですが・・・。

ピアノのテクニックだけをいえば、中学高校のころが頂点だったでしょうね。それ以後はジャズに転向してから下降をたどる一方だったようです。
そしてそのジャズも、もう弾けません。
2012/02/23 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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