過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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珊瑚の耳飾り (2/2)

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少女
Isle sur la Sorgue, France


連れを失った僕がひとりで気ままに歩き回っているうちにこの美しい少女に出会った。 飾り気の無い素朴な胸像である。 はっと胸を打たれた僕が遠くからまじまじと見つめたり近づいて手で触れたりしていると、店主のオヤジがそばにきて、「この子を連れて帰ってやってよ。 きっとあんたの人生を豊かにしてくれるよ」 なんてポン引きまがいのことを言うので、半分その気になって試しに両手で持ち上げてみると、クレーで作られたその彫刻は簡単に持ち上がらないほど重い。
「アメリカまでは無理だよ。 残念だ」 と僕は言うと少女の額にさよならのキスをしてそこを離れた。

公園のベンチに腰掛けて、子供たちが犬と遊んでいるのを眺めながら、僕が考えていたのは先ほどの珊瑚の耳飾りだった。 Y子さんは目に入るものをなんでも気軽に買ってしまうような性格ではないことを僕はよく知っている。 あれはほんとうに気に入ったのではなかったのだろうか。 そう思うと僕はいきなり立ち上がって最初の店へ向かって急ぎ足で歩いていた。 そしてあれからもう二時間以上が過ぎていたのに、その耳飾りはちゃんとまだそこにあったのである。
店主のお兄さんと英語で二.三度ネゴシエーションをくり返した結果、25ユーロで話がついた。 それから僕が彼に頼んだのは、先ほどの日本女性が戻ってきたら、それを買ったのは僕だということを言わないでほしい、ということだった。 彼は笑って僕にウィンクをすると 「了解だよ」 と答えた。


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約束の待ち合わせ場所はソーグ川に架かる橋の上ということになっていた。 やがて次々とみんなが現れる。 かんじんのY子さんも幾つかの包みを両手に下げて姿を見せると、僕の顔を見るなりすかさず言った。
「やっぱり売れちゃってたわ。 あ~ん、あの時買えばよかったなあ」 としょげている。
「ほんとに惚れたのなら迷わないで自分のものにしろ、という教訓かもしれないよ。 物でも男でも」 と傷口に塩をすり込む僕。
「あんな変わった細工のは見たことがなかったのよ。 長過ぎず短か過ぎずで私にぴったりだったのに」 と彼女は後悔に苛(さいな)まれていた。
「珊瑚の耳飾りは珊瑚礁のかなたに儚(はかな)くも消えてしまったというわけか」 と僕が追い討ちをかける。
「もういい。 きっと縁がなかったのよ」 と彼女はすこし悲しそうだった。
「こういうのを縁というんだろう」 と言って僕がポケットからじゃらじゃらと裸の耳飾りを取り出して彼女の顔の前に吊り下げた。
彼女は言う言葉もなく目を丸くしてその耳飾りを手に取る。 それから嬉しそうな笑いを顔中に広げて言った。
「あなたって、もう・・・。 五十年もつきあってるのに優しいのか意地悪なのかいまだにわからないんだから」。

その珊瑚の耳飾りは、こんな男と五十年もつきあってくれている彼女へ、僕からの数少ない贈り物のひとつとなった。


***

この楽しい旅の話は以前に何度か書いている。

人のいないポートレート
カマルグの白い馬
プロヴァンスの旅


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コメント:

*

こんにちは。September30さんのお話は、私にとっては切ない内容が多いように記憶しているのですが、このお話はつい顔がほころんでしまいました。今年もたくさんの記憶に残る話しをありがとうございました。何かと厳しい世の中ですが、September30さんのブログはいつも更新されるのを楽しみにしていました。来年もよろしくお願いいたします。お体に気をつけて、良い年をお迎えください。
2011/12/30 [川越URL #uvrEXygI [編集] 

*

う~~~っ。
こんなコシャクな男は私のまわりにはいなかったのだ。

2011/12/30 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: No title

川越さん、こんにちは。今年も一年おつきあいをありがとうございました。私も川越さんのブログはいつも拝見してきました。
来年も美しき奥様と睦まじくしあわせな一年になりますように。
2011/12/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、「言ったりやったりすることが冗談なのか本気なのまったくかわからない」 というのが、昔も今も変わらす私に対する一般的な評価なのです。これってどんな性格なんでしょうね? 自分ではよくわかりません。
そのおかげで今まで何度窮地に立ってきたことか・・・
2011/12/30 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

こんな粋なことをしてくれる男友だちは、残念ながら私の周りにはいませんでしたね~。
ムーさんとまったく同じ意見です。
日本人男子はたいてい恥ずかしがりやなのでできないのか、はたまたそこまで気が回らないのか...。
September30さんのように、お茶目な人ってなかなかいないような気がします。
2011/12/31 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん、悪気のない茶目っ気は私は大好きです。この「珊瑚の耳飾り」も、喜ぶY子さんの顔が見たいばかりにしくんだ小さな陰謀でした。
2012/01/01 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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