過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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異端者の勲章

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刺青
Dayton, Ohio USA


刺青といえば、1990年代のアメリカでは若者たちのファッションのひとつとして刺青が大流行していた。 とくに女の子のあいだで流行(はや)っていたようで、夏の海岸やプールサイドでビキニ姿の女の子が、腰の後ろや腹や腕に入れた小さなタトゥーを誇らしげに見せていたのを覚えている。 なかでも人気があったのは日本語の漢字やひらかなで、たとえば 『愛』 という彫り物はもっともポピュラーでいたるところで見かけた。 あまり大きくない僕の町にも Tattoo Studio と呼ばれる刺青屋があちこちにあってずいぶん繁盛していたようだ。
そのころ高校生だった娘が、刺青を彫りたいんだけど、と言ってきた時に僕はそれを許さなかった。 その少し前に、耳に幾つかピアスをしたいと言った時には、妻が反対しなかったので、僕はあまり気が進まないままに許していたから、刺青は駄目だと言われた娘もわりと簡単にあきらめたようだった。

ピアスとか刺青に対して僕が生理的な拒否反応を示すのは、自分が古い日本人のせいかも知れないと思う。 (現在の自分はそれほどでもない)。
《身体髪膚(はっぷ)、これ父母に受く、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝のはじめなり》 というような孔子をはじめとする儒教の教えが僕の内部に浸透していたかどうかはわからないが、自分の体に傷をつけるのはよくないことだと、という意識が確かにあったようだ。
日本社会では昔から刺青などするのは普通の人ではないとされていた。 だからヤクザと呼ばれた一団の男たちが体に彫り物をいれたのは、俺たち極道はまともな人間ではないんだ、社会の枠の外に生きるアウトローなんだ、というような反逆意識の表れだったのだろうか。 彼らにとって刺青は異端者の勲章のようなものだったのかもしれない。

それで思い出すのは、僕が二十代のころ山陽地方の海辺の小都市に数ヶ月のあいだ住んだことがあった。 その町にはアメリカ軍のキャンプがあって、そこの将校クラブで僕はピアノを弾いていた。 そのキャンプにMさんという日本人の運転手が働いていた。 もう五十を過ぎていると思われるMさんは、軍所属の、滑稽なくらいに馬鹿でかい青いシボレーを運転して毎日アメリカ人の高官たちの送り迎えをやったり、バンドの我々を乗せてクラブと宿舎のあいだを往復したりしてくれた。 Mさんはどちらかというと口数が少なく気難しくて、誰とでもすぐ親しくなるというタイプの人ではなかったのに、そのMさんに対して僕が最初から親しみを感じたのは、彼の顔つきや性格が何となく自分の父親と似ていたからである。 Mさんには二十歳も年下だと思われるきれいな奥さんと中学に行く娘さんがあった。 親しくなるにつれて僕は彼の家庭にも出入りするようになって、夕飯をごちそうになったりするようになっていた。 

ある時、夕飯のあとでMさんに誘われるままに二人で近所の銭湯に行ったことがある。 そしてお互いの背中を流し合っていて、僕は彼の背中一面にケロイド状の大きな傷があるの気がついたのである。 「この傷はどうしたのですか?」 と僕は訊かずにはいられなかった。 
「いやあ、わしは昔若い頃に極道をしてたもんでね、背中に俱利伽羅紋紋をやっとったんですわ」 とMさんは小柄で引き締まった体を洗いながら言った。
「それがひょんなことで今の家内に会って一緒になった時に、わしは組を抜けて堅気になったんですが、背中の刺青のことはあいつは解ってくれていて何も言わんかったのです」 
僕はとっさにあの静かで優しい奥さんを思い浮かべていた。 組を抜けて堅気になるのは容易なことではなかったにちがいない。 彼の短い表現の中に、中年のやくざ者と若い堅気の女性とのあいだの、激しくて一途な恋物語を想像することができた。
それからMさんは何でもないことのようにあっさりと言った。 
「ところが娘が生まれた時に自分で決心して紋々は取ることにしたんです」

なぜ?
というような無神経な質問をするほど僕も馬鹿ではなかった。

***

それ以後長いあいだ、いや実は今でも、刺青をしている人を見るたびにあのMさんを思い出す。 そして僕の記憶の中のMさんの裸の背中にはいつも、目を剝(む)いた巨大な竜が勢いよく躍(おど)っていた。

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コメント:

*

私の地元では四年に一度、俗に水かけ祭りという、担いでいる神輿に水を掛けるお祭りが行われるのですが、彫り物をした人たちが沢山現れます。
子供のときは、お祭り用にボディペインティングをしているのだと思っていました。そして親に自分もああいうのを身体に塗りたいとねだっていた、アホな子供でありました。
2012/02/02 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

*

この写真に人はすごいですね!以前、オースティンに住んでいたとき、顔中緑色に刺青をした人をスーパーで見かけてギョッとしたことがありますが、その後しばらくしてから、その人をTVで見ました。蛇になりたくて、歯を削って尖らせ、全身に緑色のうろこを刺青しているのだそうです。いろんな人がいるものだと感心します。

 私自身は、アメリカに住んで20年以上になっても、刺青には抵抗があります。外に食事に行って、シェフや給仕する人の腕中に刺青があると、一気に食欲が失せてしまいます。そんな偏見があるものですから、いくらタトゥーとカタカナにしても、おしゃれ感覚で入れるのは、理解できないものです。やっぱり古いのかしら…
2012/02/02 [わに] URL #- 

* くりからもんもん

昔、下町で親友とハウスシェアして暮らしていた頃、隣の銭湯が騒がしいので出てみると、湯あたりしたお爺さんが腰に手ぬぐいを載せただけの姿で男湯から戸板に載せられて運ばれているところでした。
全身に入った刺青はなんだか滑稽で、でも、見ているうちに、切なく哀しく見えました。昔は猛々しい龍だった筈の刺青が、しょんぼりしているようで。
2012/02/03 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: No title

micioさんの住んでいるあたりは典型的な東京の下町らしく古い風習がそのまま残っているようですね。それにしても四年に一度のお祭りというのは珍しいのかな?
祭りは昔から、「彫り物をした人たち」にとっては重要な仕事のひとつだったのでしょう。
彼らが持っていた二つのdivisionである「的屋」部門も「香具師」部門もお祭りと大いに関係があるしね。
2012/02/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

わにさん、私はテレビのクッキングのプログラムをよく見るのですが、アメリカのシェフというのは男性も女性もなぜか刺青をしていますね。これも「異端者の勲章」のような意味があるのかな、と思いました。日本の板前さんはどうなのか知りませんが・・・
2012/02/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: くりからもんもん

みんさん、お久しぶり。
そういえば、v-14マークの絵を描いた風船が半分萎んでいるのを見たことがありますが、スマイルのはずの顔が泣いていましたね。 (笑)
2012/02/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

四年に一度ではなく、三年に一度でした。すみません。
何十年も住んでいるのに間違えるとは恥ずかしい、、、。

それにしても外国の刺青は稚拙な技術のものがあったりして、悲しいですね。(特に米軍のひとのとか。ハワイで見かけたサーファーもトホホな文様だったりして。)どうせ彫るならもっと立派なものにすればよいのに。
2012/02/03 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

micioさん、わざわざ訂正してくれてありがとう。

刺青の写真集を見たことがありますが、芸術性の点では日本人の刺青は文句なしにダントツです。
2012/02/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 刺青

昔、仕事で、Tシャツにプリントする刺青柄のデザインを頼まれた事があり、その時期はそればかりやっていました。
刺青の写真集を読み取って、Photoshopで加工するんですが、
刺青って拡大すると本当に気持ち悪い!
毛穴とか、乳首とか、、、。
若い人の刺青は肌が張ってるので絵も元気ですが、壮年期になると、あちこち、はみ出てくるし、色艶もくすんでくるし。
さすがに銭湯のお爺さんみたいな刺青は写真集にはありませんでした。笑。
2012/02/04 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: 刺青

みんさん、そうなんですか。刺青をフォトショップで加工するんですね。 でも、もともと人間の肌ってうんと拡大すると、私の陶磁器のような美しい肌でさえけっこうグロテスクに見えるものなんですよ。 (笑)
2012/02/04 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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