過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ジョン・アップダイクのこと (1/2)

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噴水で遊ぶ子供たち
Boston, Massachusetts USA


20世紀のアメリカ文学を代表する作家の一人、ジョン・アップダイクが亡くなったのが3年前の今日、1月27日なので、テレビではその特集をやっていた。そこで、以前の古いブログに僕が書いた記事をもう一度掲載してみようと思ったのは、今日改めて彼のことを思い出していたからです。

***

ジョン・アップダイクが亡くなった。
僕は彼の作品はその幾つかを読んだことがあるだけで、とくに、この著名な小説家の愛読者というわけではなかった。 それなのに、彼の訃報を車の中のラジオで聞いた時に、はっと一瞬息がつまったのは、遠い記憶の中にはっきりと思い出すことがあったからだった。

そのころ、つまり1980年のはじめに、ボストンで写真関係の仕事をしていた僕のまわりには、フォトグラファー志望、イラストレーター志望 (実際には何をやっていたのかまったく不明だったけど) の若い人たちが数人集まっていた。その中にミランダという20代半ばの女の子がいた。なかなかシャープな頭脳の持ち主でしかも性格がとても素直な彼女を僕はかなり気に入っていた。デートというわけではなかったけれど(僕は結婚したばかりだった) いつもいっしょにコーヒーを飲んだり、時々野外のロックコンサートに行ったりしているうちに、ちょうどアシスタントを探していた僕のところへ来ないかということに、なんとなくなってしまった。履歴書も何も見ないで、身元もチェックすることなしに採用してしまったのだから、僕もいいかげんなものであった。しかし、アーティスト間の雇用関係はいつもそんなぐあいにして始まるものだった。

ミランダは、アシスタントとしては仕事をきちんとこなすし責任感が強く、僕にとってはまったく申し分のない片腕となってくれた。しかし何よりも僕が愛したのは、彼女のてきぱきと仕事をこなす能力とはまったく逆の、実にのんびりとして鷹揚な性格だった。いつもくるぶしまで隠すようなロングスカートを着て、数人の女性とシェアするアパートで大きなジャーマン・シェパードと暮らしていた。彼女のライフスタイルは、僕に70年代のヒッピーを思い出させた。
そのミランダの父親というのが、あの世界的に有名な小説家のジョン・アップダイクだと知ったのはしばらく経ってから、それも本人の口からではなくて彼女のボーイフレンドからだった。なぜその事を言わなかったの、と訊くと彼女は肩をすくめて、「別に隠したわけじゃないけど、自分から吹聴することでもないと思ったから」 と答えた。
「父のことを知ったとたんに人の私を見る目が変わるのがいやなんです」
それで僕はますます彼女が気に入ってしまった。もし僕が三島由紀夫の息子だとか村上春樹の兄貴だったりしたら、どこまでそれを人に伏せておけるか。知ってもらいたくて、うずうずしてしまうのではないか、と想像するが、こればかりは分からない。 (続)


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コメント:

*

お写真拝受しました。
ありがとうございます。
丁度手術の日の朝に夫が持ってきてくれました。
空の青と壁のオレンジがとても素敵なコントラストで、白やパステルカラーばかりの病院生活に、刺激をあたえてくれます。
ありがたく病室で眺めております!o(*⌒―⌒*)o
2012/02/05 [nico] URL #- 

*

> こればかりは分からない。
それはもう、その境遇に置かれた状態で幼少の物心つかない頃から分かってきた頃から自我が芽生えてきた以下略...
と、ウンウン考えるのは小市民の特権でしょうかね。(汗)

そんな自分の家は言うにもれずごくごく普通に暮らしてきた一家であった訳ですが、今になって、この普通が実は大変な事なんだなと思うにつれ、思春期の時期に父親に思っていた「なんて平凡な生き方だろう」という思いが見事に消し飛び、いつかその事を父親と酒でも飲みながら報告出来る日が来るのか来ないのか少々不安になりた。(反省)
2012/02/05 [バナOKAURL #3un.pJ2M [編集] 

* Re: No title

nicoさん、手術の結果が順調であるようにと願っています。
どうぞお大事に。
2012/02/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

バナOKAさん、私も大学の頃に初めて父と酒を飲みに行くようになりましたが、いまさらまじめな話をするのは何となく照れくさいというか難しくて、結局あまりしなかったような記憶があります。 それでもっぱら父の昔話を聞いてやったようです。
今から思うともっとたくさん聞いておけばよかったと後悔します。
2012/02/05 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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