過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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ジョン・アップダイクのこと (2/2)

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酒と薔薇の日々
Boston Common


ミランダがある時仕事中に、忙しいお父さんが珍しくランチに連れていってくれることになって、彼女のボスである僕にもぜひいっしょに、と言っていると言う。僕は喜んでその招待を受けた。僕の仕事場はチャイナタウンのそばにあったから、そこからすぐ近くのボストン・コモンで我々3人が落ち合った。それから秋の日のパブリック・ガーデンを横切って、向かいのリッツ・カールトンのレストランで昼食をとった。

もともと僕は長いあいだ音楽界にいてその世界では知名度の高い人たちともずいぶんと知りあいになった。そのせいかどうか、世間で有名人とみられる人に会うからといってことさら大騒ぎをするようなことはないのだけれど、なにしろ小説家に面と向かって話をするのはこれが初めてだったので、僕ははちきれるような興味でふくらんでいた。
と、ここまで書いて、実は以前にもうひとり小説家と会ったことがあるのを思い出した。昔、三島由紀夫さんが書いた脚本がバレーになって、上野文化会館で公演があった時にダンサーであった前妻が出演していた。その打ち上げのパーティで三島さんと同席したことがあったのである。
そしてその時の出し物のタイトルが 『ミランダ』 だったのはこれは何という偶然だろう!

ところで…
初めて会うアップダイク氏は、一見大学の教授か、そうでなければ教会の牧師のような感じがした。少し早口だけれど口元をいつも微笑するように弛めて、非常にクリアなしゃべり方をする人であった。僕が最初に、恥ずかしながらあなたの作品は 『ラビット』 シリーズの中の一作と、一番最近は 『カップルズ』 しか読んでないんです。なにしろ日本人の僕にとってあなたの文章はかなり難解な部類に入るんです。ヘミングウェイを読むようなわけにはいきません。というと、彼は笑いながら
「実はその "Couples" はしばらく前に日本で出版されたんだけれど、私の作品は日本語に訳しにくいと思いますか?」 と訊いてきた。僕は英語で読んだばかりの 『カップルズ』 の内容を思い浮かべながら、
「多くの節や句で装飾された非常に長いあなたの文章は、日本語にはなかなか変わりにくい文章ではないでしょうか。日本語は関係代名詞を持たない言語ですから」 と答えた。
「そうですか」 と彼は頷いた。
「ミランダにその訳本を持たせますから、よければちょっと目を通してみて下さい」 と言ってそれでその話は終りになった。

数日後にミランダが持ってきたのは、新潮社から数年前に出ていた 『カップルズ』 の上下2冊の文庫本だった。驚いたのは、その奥付に僕の名前が書いてあって、《Warm regards from John Updike》 と手書きの署名がしてあった。
僕はさっそく、ちょっと前に読んだばかりのその長編小説を、こんどは日本語訳で読んでみたが、正直にいうと僕は最後まで読み通す根気を一冊目の途中で放棄してしまった。思わず苦笑してしまうような明らかな誤訳や、何度読み返しても意味の通らない構文などが随所に出てきて、本を閉じた僕はアップダイクさんに済まない気持ちでいっぱいであった。卑近な日常生活が主題になっている彼の小説は、俗語だけではなくて、言い回しなどにも、アメリカに住んだ人でなければピンと来ないような表現に満ちていて、机上の辞書に頼る翻訳者には無理な文学なのかもしれない。だから直訳をしないで、翻訳者が完全に消化して理解したうえで、大胆な意訳を実行するしか、この「意識の流れ」的な小説を翻訳する方法は無いように、僕には思えた。

アップダイクさんが翻訳の内容を訊ねてきたら、何と答えようかと僕は困っていたが、さいわいなことに、アップダイクさんもミランダもそのことに触れないままに月日が経ってしまった。そしてそのうちにミランダは僕との仕事を離れてゆき、そのあとは時々電話で話をするだけで何年も会うことが無かった。ある時突然にそのミランダから結婚式の招待状が来た。ところが挙式の当日は、僕は家族全員を連れて日本に行っていた最中で結婚式には出席することができなった。 しかも日本から帰って来るとすぐに、僕は19年住んだボストンを、家族といっしょに離れていった。 それ以後ミランダには一度も会っていない。

***

昨夜のテレビのニュースで、亡くなる数ヶ月前にインタヴューされているアップダイクさんを見た。 癌に侵(おか)されている人だとは思えないほど、やつれの見えない元気そうな彼がそこにいた。 そして画面に映された数枚の古い写真には、若いアップダイクさんと並んで幼いミランダが笑っていた。
僕は本箱の奥に大事にしまってあった 『カップルズ』 を取り出して、彼の手書きのサインがあるページをいつまでも眺めていた。

*上の写真とこの話とどんな関係があるか、というと、このアル中のおじさんが腰かけている同じベンチで、あの日ジョン・アップダイクとミランダと僕の3人が会って、そこからリッツ・カールトンまで歩いたのだった。

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コメント:

*

september さん、こんにちは。
『カップルズ』はそんなに訳がいい加減でしたか。私も読みましたが、今では筋も覚えていません。貴方のブログの、短編小説のようなキリッとした文章は記憶に定着されていますし、楽しみにしています。
私のブログでは書く材料の枯渇のため、買って来た本を訳して載せたりしています。笑ってしまうような誤訳だらけに決まっています。恥ずかしくて、もう終わりにしたいのですが、ヴェネツィアについて書いているだけで楽しいのです。エンディングは難しいです。
2012/02/06 [pescecrudo] URL #/plE8HKU [編集] 

* うれしいです

ああ、またしてもステキなお話。

このブログの始めの方によく出てきていた「前のブログで書いた記事」という言葉を目にするたびに、
ずっとそれが読みたくて読みたくて…

念願かなってとてもうれしいです。
これからもお蔵出し、ぜひしてください、切にお願い。(笑)

2012/02/07 [belrosa] URL #- 

* Re: No title

ペさん、こんばんは。
『カップルズ』は舞台がボストン界隈なので、よく知っている地名や建物がふんだんに出てきて興味深い小説でした。 幾組もの中年夫婦の物語なので、年をとってから読めばもっと身につまされたと思います。

ブログのことですが、ブログというのは結局は自分のためにやっているいがいの何の理由もないので、楽しむ事ができれば理想的です。 続けるべきですよ。
私は自分のブログは懺悔録のつもりで書いています。写真も文章も音楽も。
2012/02/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: うれしいです

belrosa さん、一般的にブログというのは毎日の書き捨て読み捨てのようなものがほとんどなので、古い記事を再掲載することなどまずないようです。 でも私は、ブログもひとつの作品だと考えているのです。 (偉そうなことを言ってごめんなさい) ですから古いものに手を加えたり、写真をより良いものに取り替えたりして改良改訂して再掲載するのも許されるのではないかと・・・。
古い記事をお読みの読者にはちょっぴり罪悪感を感じています。 「またこれかよ」 と言われそうで。
2012/02/07 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

私がblogを始めたら、一年に一回の更新になると思われます。
内容は、写真か今日の献立を載せて、みながコメント欄に各々好きなように日記を書くというものです。
それが本になり、日記を書く欄が足りなくなって増刷に増刷。
嗚呼、素敵。
2012/02/07 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

micio さんのアイデアとは少しちがうかもしれませんが、私が見たブログの中に、幾人かの仲の良い友達同士(それぞれが違う国に住んでいる)がお互いに毎日の日記をブログのかたちで寄せ合う、というのがありました
micio さんのようにいろいろな国でいろいろな状況でいろいろな経験のある人のブログならきっと素敵なブログになると思います。 
2012/02/08 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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