過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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銀座の午後の会話

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ヤッコの世界
Lexington, Massachusetts USA


「ヤッコちゃんがこの写真を見るのは初めてだと思うんだけど?」
「ええっ これ私ですか? ああっ、あのころレキシントンにあった彩子おばさまのおうちの庭でしょう。 ええ、この写真は初めて見ます。 わ~懐かしい。 でも、この写真を撮られた時のことを、今いきなり思い出しました」
「あのころはよく彩子さんの家に子供たちがいっぱい集まって遊んでたよね」
「とっても懐かしいです。 今では私のふたりの娘がこの写真の自分よりも大きいなんて・・・。 あれからそんなに経ったのですねえ」
「そう。三十年ちかく経ってるかな。 ヤッコちゃんはお転婆だったお姉さんとちがって、人見知りする内気な子だったよ」
「そうなんです。 だからこの時も太郎君のお父さまが私にカメラを向けた時にたぶん泣き出しそうにしてたのだと思います。 おじさまの顔はしょっちゅう見ていて知らない人ではなかったのに」
「覚えているよ。 この一枚だけ撮ったあとすごいスピードで走って逃げていった」
「ごめんなさい。 あのころのおじさまはいつも首から大きなカメラを提(さ)げていて、何となく怖い感じがしたのを覚えています」

「このあとしばらくしてから僕らの家族は遠くへ引っ越してしまったんだけど、何年も経ってからボストンに遊びに来た時にヤッコちゃんにも会ってるんだよ。 もう高校生になっていた。 あの時はボーイフレンドもいっしょで、もう内気な女の子じゃなかった」
「はい、あのころが家族としては一番幸せな時代だったと思います。 あのあと、私は日本の大学に行くことに決めていた時に父がああいうことになってしまって、私はどうしようかとさんざん迷ったんですけど、母がどうしても予定通りに日本の大学へ行け、というのでひとりで東京の祖母のところへ帰ったのです。 それ以後は姉は結婚してコロラドへ、兄はあちこちを仕事で移ったあげく、結局はドイツに落ちついてしまいました。 ですから家族全員がいっしょに暮らすことは二度とありませんでした」
「そうだったね。 でもヤッコちゃんがもし日本へ帰ってなかったら、今のご主人にはめぐり合っていなかったし二人の娘さんもいないわけだ。 あれからずっと東京で暮らしていたの?」
「はい。 でもボストンには夫や子供たちを連れてもう何度も行っているのですよ。 自分が生まれたところですし、それに母がどうしても日本に帰りたくないといって動かないので」
「お母さんはアメリカに長かったし、お父さんのお墓もあちらにあるし、彩子さんという仲良しのお友達もすぐそばにいるしね」
「日本に帰って私たちといっしょに住めば、というのに、今のところはまだ気が変わらないみたい。 そのくせ孫たちの顔を見にしょっちゅう日本へ飛んでくるんですよ」

「今回の帰国でヤッコちゃんに会えるとは思ってなかった」
「私もです! これからは時々お会いできればいいなあ。 何十年に一度というのではちょと寂しすぎません?」

人生というものは幾何学でいうと直線ではなくて曲線なのだと思う。 それもくねくねと蛇行している曲線である。 そしてひとそれぞれにその湾曲のぐあいが違う。 だから、ある時点で交わって離れて行った二つの軌跡はまちがいなくどこかで再び出会うことになる。 それが五年後、二十年後、五十年後、百年後、千年後になるかどうかの違いがあるだけなのだ。


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コメント:

*

線が放射状に伸びている場合もあるかもしれません。

一緒にいたい人たちは外国に行ってしまったり昇天してしまったりして2度と会えない状況になったり。
今回は、今までお世話になった人々にお別れをするために生まれてきたのかもしれない。

そろそろ新しい世界に移らないとね。
上のひと(上か下かどこにいるのか実際には良く分からないのですが)が、自分にそう言っている気がしょっちゅうします。
2012/02/14 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

micioさん、別れていった人、昇天してしまった人、きっとまた会えますよ。 現世ではないかもしれないけど。
でも会いたくなかった人にも会うことになるかもしれません。
それから新しい人たちにもいっぱい会うでしょう。
すべて決まっていることです。
2012/02/15 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

september さん、こんにちは。
あなたのblog を読んでいて、かつて萌生が言っていたのを思い出しました。川端康成は一つの短編小説を、全て会話の文章で構成することを最高としたと、読みながらそんな事を思い出しました。
ヴェネツィアでは既にカーニヴァル中です。そんな訳で箱根ガラスの森美術館に行ってきました。あそこにはあなたの写真にもある、デイル・チフーリのガラス作品もありました。
2012/02/15 [pescecrudo] URL #j9tLw1Y2 [編集] 

* Re: No title

ペさん、おはよう。
会話だけで文章を書いてみようとはずっと以前から考えていたのです。日本語の会話は男言葉と女言葉がはっきりしているので、男女間の会話なら問題がないですね。 これが英語なら不可能でしょう。 でも日本語でも、男同士、女同士、あるいは二人以上の会話になるとこれは大変じゃないかな。
そして、実際の会話をそのまま文章にしてもおかしいと気がつきました。 難しいです。

森美術館は知りませんでした。 箱根の小涌園のナイトクラブに出ていたのはもう40年も昔のことです。それ以来箱根には行っていません。
2012/02/16 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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