過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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プロとアマチュアのちがい・・・写真のレシピ (15)

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海辺のワークショップ
Rockport, Maine USA


「プロ」 と 「アマチュア」 とはよく聞く言葉だ。
この言葉の使い分けは、日本とアメリカで少し違いがあるようだ。 日本ではどうも、もの事に熟達して人よりも秀でたことをしている人をプロと呼んで、アマチュアとはまだ未熟で勉強中の人を指すらしい。 「やっぱりプロは違うねえ」 とか 「あいつはまだアマチュアだよ」 というような使い方をする。 つまりレベルの差、質の差、ということなのだろう。 これはかなり曖昧で主観的な区別だといえる。

それがアメリカだとその区別はかなりはっきりしている。 アメリカでのプロの定義というのはずっと簡単で、プロとはその仕事でもって生活を支えている人、ということになっている。 たとえば最近ある日刊新聞での恒例のフォトコンテストが実施された。 そこではプロとアマチュアの別々の部門が用意されていて、その応募資格の欄に二者の違いをハッキリとうたっている。 つまり年収の二分の一以上を写真で稼いでいる人はアマチュア部門への応募資格がない、という規定だ。 二分の一か三分の二かは議論の余地があるとしても、数字にはっきりと現れるこの区別は、仕事の質や本人の才能とはあまり関係がないわけだ。 事実、コンテスで発表された結果を見ると、プロ部門とアマチュア部門の入賞作品群は、見ただけでは絶対に区別のつくようなものではなかった。


その定義で行くと、僕なんかたまに自分の写真が売れることはあっても、年収の何分の一どころか毎月の飲み代にもならないくらいの僅かな収入にしかならないから、僕は立派なアマチュアということになる。 それなのに日本へ行くと周りの人たちからよく、「いやいや、プロのあなたに見てもらうようなものじゃないです」 とか 「プロのあなたに褒められて凄く嬉しいです」 と云われる。 その度に僕はすごく妙な気がするのだ。 「僕はプロなんかじゃないですよ」 と言いたくなる気持ちを抑えることができない。 そしてたとえそれを口に出しても、その言葉はただの謙遜としか取られない。 しかし告白をすると、プロと呼ばれる度に、僕の心に中にあるささやかなプライドのようなものがいつもちょっとだけ傷つけられるのだ。 「僕はプロのような何でも屋さんじゃないつもりなんだけどなあ」 と思ってしまうのである。

僕は昔、それぞれ違う時期に音楽と写真の両方の世界でプロをやっていた。 だからプロの世界がどんなんに厳しいものかは身に沁みて体験している。 自分の好きなことをやって金をもらえる、そんな生易しいものではないのだ。 いったんクライエントに雇われてしまえば、やりたくないこと、嫌いなことでも何でもやらなければならない。 やりたい仕事だけを選択して生きていけるような贅沢は無いのである。

そこへいくとアマチュアというのは実に贅沢だ。 嫌なことをやる必要は全く無い。 自分が本当にやりたいことだけを、とことんまで追求すればいい。 ダメを出すクライエントもいなければ、仕事を納めたあとの成果を気にすることもないし、第一あの、身の毛もよだつほど恐ろしい 「締め切り」 などというものは存在しない。 自分の締め切りは自分が死ぬ時だと思えばいいのだ。 だから、アマチュアとして生活のできている芸術家は、この世でおそらくもっともラッキーな人だと云っていい。

繰り返そう。
何よりも一番大切なことは、プロとアマチュアの差は質ではないということだ。

***


冒頭の写真は以前にも書いた 『海辺のワークショップ』 のクラス風景。 講師のジョン・ロンガードは僕のすぐ横に立っていたので、写真に入っていないのが残念だ。




過去のレシピ

写真のレシピ(1) 「カラーかモノクロか」     
写真のレシピ(2) 「ポイントを決めよう」
写真のレシピ(3) 「陰影礼賛」    
写真のレシピ(4) 「クロップの勧め」
写真のレシピ(5) 「続・クロップの勧め」
写真のレシピ(6) 「群集劇のおもしろさ」
写真のレシピ(7) 「ミニマリズム」
写真のレシピ(8) 「警告!」
写真のレシピ(9) 「芸術写真?」
写真のレシピ(10) 「ユーモア」
写真のレシピ(11) 「被写体はどこにでも」
写真のレシピ (12) 「フレームの中のフレーム」
写真のレシピ (13) 「パターン」
写真のレシピ (14 「わたくし的なポートレート」


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コメント:

*

興味深く拝見しました。
わたしも写真が好きですので当初は写真論として読んでいましたが、最終的には言語文化論として読み終えました。

自分は日本語と特定の外国語に接する機会が多いのですが、どうやら日本語は他と比較して、曖昧さを多分に残している言語のようですね。
良い悪いの基準では測れませんが、日本語は二者の間に真っ直ぐ線を引きたがらない。
大陸の他民族が入り混じりやすい国々では、物事をはっきりさせた方が意思の疎通がはかりやすいのでしょう。

日本では「つう」と言えば「かあ」とか「空気を読む」。
更には、いつの世代の若者も、大人が目をしかめるような新しい言葉を次々と創造していく。
曖昧で、自由度が高いので、今後もそういう傾向はなくならないのではないかと予想しています。

プロフェッショナルとアマチュアを日本人はどうとらえているか。
これもまた自由に場面場面で使い分けているのではないでしょうか。
人をほめるときは「プロ」、自分を卑下してみせるときは「アマ」。
それをアメリカに長く暮らしていらっしゃるSeptember30さんがどうとらえるか。
面白いですね。その心理描写を読んでいて、わくわくしてしまいました。
2013/08/22 [n.n] URL #- 

* Re: No title

n.n さん、

今回の「写真のレシピ」はいつもの実際的なレシピとはちょっと内容が違うので迷ったのですが、
私のレシピを読んで頂いている読者にはぜひ知っておいて欲しい
という観点からレシピに加えたわけでした。

日本語の曖昧さは両刃の剣とでもいうか、使い方をうっかりするととんでもないことになるかもしれませんね。
だけど私にとってはこんな魅力的な言葉は他にありません。
それと同じで、「空気を読む」のも我々日本人だけにできることだとすれば
その閉鎖性さえもなかなか味があると思っています。
ただし
それが他の民族には通用しない、ということは肝に銘じておく必要があります。
言い換えると、日本人はこれからはひとりひとりが多文化を使い分けることを
もっと習得しなければならないのではないでしょうか。

プロフェッショナルとアマチュアの違いについては
アメリカと日本での単なる言葉の違い、と考えるべきでしょう。
私の云う「アマチュアの誇り」を持つ人を
日本ではプロと呼んでいると思えばいいのでしょうね。
2013/08/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* プロかあ・・・

昨日、日本では、ヤンキースのイチロー選手が4000本安打記録を達成したニュースが駆け抜けました。
September さんもそうですよね、あたしも、興味を持てない世界ではあるのですが、
この方の生き様は、折々で自分を顧みさせてくれるので注目しているのです。

それが折しもインタビュー記事の中で、こんなことを仰っていて。

「それ(ファンの声)はまさに原動力です。プロ野球ってのは、そういう人たちがいてだから。今日だって見てくれる人がいなければ、何も生まれないですから。そこがアマチュアとの大きな違い。プロ野球選手はそうでなければいけないし、それが大きな原動力になることは間違いない」

プロとは、大衆と共に生きるもの。顔の見えない1000の夢と命懸けのやり取りをし続ける、1つの形代。

カッコつけて言えばこんなあたりが、日本で漠然と思われているプロの定義(いや理想?)かなあなんて、
あたしは思いました。
まああと10年もしたらまた変わっていそうですけどね。(笑)
2013/08/23 [belrosa] URL #eJbgdmWg [編集] 

* Re: プロかあ・・・

belrosa さん、

プロとアマチュアという区別でいえばスポーツもその一つですね。
しかもそれに加えて日本では「ノンプロ」というジャンルまであるらしいので
私にはよく理解できていません。

オリンピックも昔はアマチュアの祭典だったのが、たしか70年代からプロが参加できるようになりました。
ということは
スポーツに関してはプロとアマチュアの技術の差は歴然としているということなのでしょうか。

新劇や少劇場の役者さんたちは芝居だけでは食べて行けないので他に仕事を持つ人が多い
と聞きましたが、彼らをアマチュアと呼ぶ人はいないし
彼らの芝居や演技が質的に劣ると考える人などいないわけでしょう。
ところがこれなど私の云うアマチュアにピッタリと当てはまるわけですね。
むしろ、テレビや映画などの有名人よりも、
地味でありながらこつこつと「良いい仕事」をしている俳優さんや演出家さんが多いのじゃないか、と思いますが
その辺は belrosa さんが誰よりもよくご存知のことだと思います。
2013/08/23 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

 
写真を生業としてきた兄(79歳)にこのブログを案内すると、
下記のメールが返ってきました。参考に送ります。

プロとアマ相違、私の認識は、プロは写真で生計を立てている人、アマは趣味で
写真を楽しむ人。日本著作権管理団体名簿に有る①日本写真家協会、②日本写真
作家協会、③日本広告写真家協会、④全日本写真連盟、⑤日本肖像写真家協会、
⑥日本写真文化協会、が日本で主だったプロ写真家の団体、他に新聞、TV、映画等の写真・映像関係者がいる。
 
私が所属した⑤⑥は営業写真家の団体、現在所属している④は唯一プロ、アマが
所属、その他写真作家協会は県単位・市単位にあり、一見プロかと錯覚するが、
全てアマの団体です。
 
私は23歳の時、日本肖像写真協会展で新人賞候補になり、新聞が取り上げ話題に、その縁で学校アルバムの印刷の世界へ入った。ある時ある市展に応募、特別賞に
なったが、問題になって仕舞った。

写真屋から印刷屋に変わったから、アマチュアと考えていたが、過去にプロの
協会展で新人賞候補に、又その時の仕事が写真撮影と暗室作業という理由から、
疑いを掛けられたのだ。
 、
関係者に謝罪したら、美術館賞の特別賞は頂いたが、懸賞荒しはしないでほしいと
キツイお叱りを受けた。その後、懸賞募集やアマの写真展には一切応募しない。

現在、一部プロ・アマの区別のない募集は有る、写真を生活の糧にしている人は
プロだろう。米国と日本に認識の差が有るとは思わない。アマの方が金と暇をかけ
イイ写真を作っている。芸術写真と言われる写真を作っている作家は数あれど、
満足に生活している人は少数、風景1枚撮るのに夜掛け朝駈け太陽と追いかけっこ
しながら何日も、それでは喰えない。

決められた中でシャッターマンの方が生活が楽かもね。

8月23日K.S
                                     
2013/08/24 [henri8] URL #zzQof3WY [編集] 

* Re: No title

henri8 さん、

お兄様の貴重なインプットを心から感謝します。
読んだあとで大きな安心感を得ることができました。
慣用的な言葉の違いや国々の風習の違いを超えて、
やはり解る人はちゃんと解ってる、という安心感です。

私自身、お兄様と同じく写真撮影と暗室作業で飯を食っていた時期が10年以上あり
プロの厳しさをいやというほど思い知らされました。
一人の時はそれにも耐えられたのが、
家族ができてしまうとそうもいかなくなり
全く関係のない会社勤めをすることに一大決心をしたことでボストンを去ることになったのです。
それ以来、私は誇り高きアマチュアとなりました。

お兄様によろしくお伝え下さい。
2013/08/24 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/08/25 []  # 

*

鍵コメさん、

質問の答えは私信で送りましょう。
2013/08/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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