過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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サマーヴィルのころ (2/2)

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キャサリ-ンの微笑
Somerville, Massachusetts USA


あの頃の僕らの生活は楽では無く僕は仕事を二つ持っていた。
子供たちが少し大きくなると、妻も夜間学校の教師のアシスタントの仕事を始めたので、週に数日は夜になると子供たちに食べさせたり風呂に入れたり寝かしつけたりするのは、僕の仕事になっていた。 欲しいものはほとんど何も買えないで、旅行に行くなど夢のような話だった。 僕は古いフォードを運転していたが、またこの車が時々動かなくなるのでその修理はすべて自分でするしかなく、僕が今でも車のメカに少し強いのはそのおかげである。

僕らのアパートのすぐ裏の家とはお互いの庭同士が続いていて、そこには母親と子供三人が住んでいた。 一番下のキャサリ-ンはうちのマヤとほとんど同年だったから、この二人はそれこそいつも金魚のふんのようにくっついて、我が家でキャサリーンの顔を見ない日はまずなかった。 父親を幼い時に失ったこの子は、僕の中に自分の父親を見ているのかも知れないと思ったことがある。 いつもひっそりと寂しそうな顔をして、笑顔をほとんど見せない子供だった。

子供たちの学校が夏休みに入ったある日、僕らの家族にキャサリーンを加えて車で1時間ほどのところにある動物園へ行ったことがある。
40度を越す猛暑の日だったが、その帰り道、気まぐれな僕の車がハイウェイでいきなり走ることを止めてしまう。 路肩に車を停めてボンネットを開けると、僕はゴミの詰まったキャブレターを取り外してきれいにしたあと、それをまた装着するという作業を1時間ほどかけてやっていた。 子供たちは外に出て芝生の上できゃあきゃあ叫びながら遊んでいたが、そのうち三人の子供たちが口をそろえて喉の渇きを訴え始めたのである。 そういう僕自身も炎天下の汗みどろの労働のおかげで喉はカラカラに渇いていた。 車中の魔法瓶の水はもうとっくに空になっていて、あと飲むものといえばワインが1本あるだけだった。 僕はそのワインの栓を抜くと紙コップに注いで子供たちに飲ませ、自分も飲む。妻も飲む。 子供たちがもっと、とねだる。 また少し注いでやる。
エンジンがまるで何事もなかったかのように、ブルンと始動してくれた時には、子供たちはもう酔っ払って後部座席でぐうぐうと眠っていた。

家に到着してキャサリーンを帰す時に、「ワインを飲んだこと、お母さんには内緒だよ。 あれは僕たちだけの秘密だからね」 と言うと、あの子は珍しく嬉しそうな顔を見せて、ウンとうなづくと少しふらふらした足取りで帰っていった。

そんなことがあってから数年して、僕らの家族はボストンを離れていった。
それ以後はキャサリーンを見ることは一度もない。 指を折って数えてみると、あの子はもう31歳になっていた。


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コメント:

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2012/09/01 []  # 

*

めったに笑顔を見せないキャサリーンが、September30さんに心を開いた笑顔を見せたこの写真、
これは、その『秘密のワイン事件』 の後なのでしょうか。
なんだかとってもSeptember30さんらしいエピソードで、また、小説のひとこまに出てきそうですね。
彼女、いまごろどうしているのでしょうね。
2012/09/02 [けろっぴ] URL #ok7oinrE [編集] 

* Re: ふと思う別の人生

鍵コメさん

私自身はもともと家庭にどっぷりとはまるようなタイプでもないし、
今までも子供のために生きてきた、と感じたことなどありませんが、
もし子供がいなければ、それはそれでやっぱり寂しいだろうことはまちがいないとおもいます。
お気持ちお察しします。
2012/09/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

けろっぴさん

ワイン事件の前だったのか後だったのか
実は思い出せないのです。
何しろ5年間という幅がありますから。

子供同士はかなり後まで手紙のやりとりがあったようですが
それもいつの間にか途切れてしまったようです。
2012/09/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* 幼い頃の

友だちとはいまではまったく連絡をとってませんが、一緒に遊んだこと、何をしてしかられたかは意外と覚えていたりします。今でもたまーに実家に帰りがてらに彼らの家の前を通ってみたりもするのですが、たいていは改築してたり、なじみだった遊び場に新しい車がおいてあったりするとなんとなく連絡もとりずらいのです。その土地を離れた身としては、なんだか怖いというか。もしかしたら、彼女もSeptember30さんの家を訪れているかもしれませんよ。なんだかそんな気が私はします。
2012/09/03 [ineireisan] URL #pNQOf01M [編集] 

* Re: 幼い頃の

ineireisan さん

キャサリーンは結婚をしたりして、たぶんこの実家にはもう住んでいないとは思うけど、
それでもここには帰ってくるはずですよね。
だから、彼女が私達の住んだ家を見るたびに、あの頃のことを思い出しているのは
まちがいないとおもいます。

この写真の左の家が彼女が住んだ家、右の家がチューリ夫妻の家でした。
チューリ夫妻はもうすでにこの世の人たちではありません。
2012/09/03 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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