過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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死せる蝶たちへのレクイエム

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華麗なる死
Dayton Art Institute


子供のころ僕が育った所は昔の城下町だった。 町のはずれに小さな山があって、そこへ登ると眼下に弓なりの半島に囲まれた中海が見渡せて、その向こうには日本海があった。 城山(しろやま)と呼ばれるのは昔は頂上に城があったからだったが、今では跡形もなく消えて、わずかに城壁の一部が残っているだけだった。 昔はきちんとついていただろう石段も、ほとんどの部分が崩れ落ちてしまって、その跡が獣道(けものみち)のように草が茂って残っていた。 長いあいだ山全体が荒れ放題のままにうち捨てられていたから、子供たちにとっては格好の遊び場になった。 僕はその城山の、あらゆる小道、枝道、抜け道に仲間の誰よりも精通していた。 だから、僕が小学生のある夏に昆虫採集を始めた時には、当然この城山が僕の科学プロジェクトの現場となったのだった。

その年の夏休みは、毎朝起きると半ズボンにズックを履いて野球帽をかぶり、殺虫管を肩から下げ三角缶を腰につけると、捕虫網を抱えて城山に登るのが日課であった。 雨の日以外は、僕は一日も欠かさず城山に登り、時には一日に二度も出かけることもあった。 しばらくして気がついたのは、昆虫採集といってもカブトムシやカマキリなどの虫類には僕はあまり興味が無く、いつも蝶類だけを追っていた。 蝶に似ていても、厚い大きな羽を持った蛾の類には僕は理由のない嫌悪感を感じるだけだった。

毎日のように城山に通ううちに、蝶には種類によって独特の習性があることが分かってきた。 たとえば、ミヤマカラスアゲハは毎日決まって午後の一時ごろ、そのカラスのように真っ黒な羽をゆっくりと羽ばたいて、崖下の神社の裏手に一面に咲いている白い花に群れを成して飛んで来ることを発見した。 その訪問の正確さはまるで時計仕掛けのようだった。 午後の一時にそこで待っていると、子供たちが夢にまで見るこの巨大なアゲハ蝶が面白いように捕れるのだ。 ところが晴天の日が続くとこの蝶はぱったりと現れなくなる。 そしてそのあと、ひさしぶりに雨の降った日の午後になると、この蝶が信じられないほどの大群をなしてこの花に群がるのである。 その数は本当に凄い。 一面の白い花をうごめく黒い蝶たちが完全に被い隠してしまうほどだった。 僕はこの自分だけの秘密の発見を昆虫採集仲間の誰にも話さなかった。 そしていつか誰かがそれに気がつくのではないかと、常にヒヤヒヤしていた。

しかし何といっても、僕がいつも密かに、そして執拗に追っていたのは 「アサギマダラ」 というタテハ蝶科の美しい蝶だった。 この蝶は 〈幻の蝶〉 と呼ぶほどの珍種というわけではなくて、日本の中部地方ではどこでも見られるという。 ところが僕の住む地方には極端に数が少なく、仲間の誰かがアサギマダラを捕まえたという噂は、すぐに少年たちのあいだに羨望と嫉妬をもって伝えられた。 僕自身も、タテハ蝶特有の、あの翅を広げたままの、グライダーのような優雅な滑空を何度か目撃したことがある。 いつも捕虫網の届かない、はるかに高い空間を悠々と飛んでいた。

一度だけ、国立公園大山の山奥でその蝶と面と向かったことがある。 暗い森の中でいきなり眼の前に、まるでキラリと光る妖精のように現れてすれちがった。 僕がアッと目をむいて振り返ると、彼女は高く舞い上がることもなしに低空をゆっくりと木々のあいだを抜けている。 僕は腰までもある熊笹を掻き分けて追った。 やがて森が切れたところが、ほとんど崖といってもいいほどの急勾配になっていて、そこを二十メートルほど滑り降りながら追いかけて、やっとのことでこの淫靡(いんび)な誘惑者を網のなかに捕らえた。
捕らえてみると、そのアサギマダラはかわいそうにも羽が無残に破れていて、標本として展翅できる状態ではなかったのでそのまま放してやった。

その夏が過ぎて次の夏が来たときに、僕はあいかわらず毎日蝶を追った。 それから僕の中に何が起こったのだろう?
捕虫網に捕らえれたばかりの美しい蝶たちが羽をばたつかせるのを手の中に入れて、その柔らかくかぼそい胸を自分の指で挟んで殺すことが、しだいに苦痛になってきていた。 そして僕はいつのまにか蝶の採集を止めてしまった。


アサギマダラ

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時を五十年以上早送りして、つい昨年の話。
初めて訪れた高知市の牧野植物園の展示室で、そのあたりに生息する蝶類の標本を見ていたら、その中に例のアサギマダラがいたのである。 瞬間、あの少年の日に大山の山奥で一度だけ僕の手の中にあった、翅の破れた蝶を思い出していた。
しかし、その何百という蝶たちの華麗な死骸の群れを見ていると、言いようもない悲しみが湧いてくる。
自然から生まれて、自然の中で滅んでゆくべき生き物なのに・・・・・

***

そしてここにもう一羽の蝶がいる。 ある日僕の胸に迷い込んできた美しい緋色のアゲハ蝶である。
アンジェラ・ゲオギュウが歌う歌劇「トスカ」のアリアは、殺戮された蝶たちへの鎮魂歌のように僕の耳に響いた。


歌に生き愛に生き
Angela Gheorghiu




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コメント:

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september さん、またまたお邪魔します。
ある女性にどんなオペラが好き、と聞かれ、プッチーニと答えたら、歌謡曲を聴くのはいい加減にして、ヴァグナーを聞きなさいと言われました。以来彼を拒絶していますが、彼はヴェネツィア好きで、ヴェンドラミーン・カレルジ館で亡くなっています。彼が住んでいた部屋は博物館になる筈です。
ヴェネツィア好きは、彼の音楽の処理に困っています。
2012/03/01 [pescecrudo] URL #j9tLw1Y2 [編集] 

*

こんにちは。
蝶は“彼女”なんですか。
私は彼女たちが苦手で、春のキャベツ畑とかは恐怖です。
2012/03/01 [micio] URL #O/XG6wUc [編集] 

* Re: No title

ペさん、そうですか。 プッチーニはヴェネツィアで生涯を閉じたのですね。
私はどう転んでもオペラの愛好家とは言えないのですが、好きな旋律はあちこちにけっこうあるのですよ。
2012/03/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

micioさん、こんにちは。
そうです。月もsheだし、船もshe。 美しいものはみなsheですよ。 (笑)
2012/03/02 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

まるで羽の中に青空が映っているみたいですね
2012/03/08 [hitsuji_yuURL #- 

* Re: No title

hitsuji_yuさん、アサギマダラの羽は普通の蝶のように柔らかくなくて、薄いプラスチックのようにパリッと張っていたという記憶があります。そして白い紋の部分はほとんど透き通っていたような。
不思議な蝶でした。
2012/03/09 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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