過ぎたこと、過ぎて行くこと  by September30

アメリカに長く暮らしながら日本やヨーロッパを周る著者が、写真と文章と音楽で綴る随筆のようなもの

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「そいつ」と僕

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無題
Dayton, Ohio USA


いつのまにか「そいつ」が住みついていた。 
いつ頃から「そいつ」が住みついてしまったのか、思い出せる限りではいつでもそこに居たような気がする。 我々の関係は必ずしも友好的とはいえないが、といってお互いに嫌っている訳でもない。 しかし「そいつ」に関して僕がいちばん閉口しているのは、なにしろ口がうるさいことだった。 それでいつも言い合いになってしまう。 言い合いといっても喧嘩というよりは議論に近かった。 「そいつ」が言うことは大体きちんと筋が通っているから、議論になるとたいていの場合負けるのは僕のほうだった。 どこかに出て行ってくれないかなあ、と思ったことが何度もあるけれど、もし「そいつ」が居なくなれば困るのは自分だということもよくわかっていた。 

その同居人がとくにうるさくなるのは、僕が何かの創作をする時、たとえば写真をやっている時とか家具造りをしている時とか文章を書いている時とかピアノを弾いている時なのである。 ああでもないこうでもない、と僕の耳に囁く。 その声に素直に従うこともあれば、いちおう僕なりに抵抗を試みることもあるのだが、その場合でも最後は「そいつ」のいうなりになってしまうのがふつうだった

この写真の時もそうだった。 
撮ったのはもう6年も前になるけど、僕は最初から何となく気に入っていたのに、「そいつ」の「これはボツだなあ」の一言で何もしないでそのままに放ってしまった。 しかしどうしても気になった僕は、その後何度この写真を取り出して改めて眺めたことか。 その度に「そいつ」に「何度見てもダメなものはダメだよ」とか、「そんなことをしてるからお前さんは上達しないんだ」と叱られた。 ある時など「どこがそんなに好きのか、説明して欲しいね」とまで言われたが、僕には説明のしようが無かったのだ。 ただ、何となく心に引っかかるものがあってどうしても忘れることができないだけだ。 その引っかかるものは言葉に表せる種類のものではなかった。 そんな曖昧な理由では残酷な批評家である「そいつ」を納得させることはできなかった。

それが最近になってまたこの写真を見ていた時、「そいつ」が口を開く前に僕は言った。 
「悪いけどこれは俺の思うようにさせてもらうよ」
彼は僕の顔を見て肩をすくめただけで何も言わなかった。 そして僕はこの写真を撮影後6年目に初めてプリントした。

そのことがあってから、僕は「そいつ」を無視して自分の直感に従うことが少しずつできるようになったようだ。 
そうした目で見る過去の作品群の中に、「そいつ」のおかげで長いあいだ見捨てていた無数の写真を見つけることができたのは、まるで失った自分を取り戻すような喜びだったと言える。
僕は歳を取ったけどそれは「そいつ」も同じで、近頃ではあまりうるさくなくなったので、僕はほっとする。 でも彼はいつもそこに居ることは変わらない。 そして僕が訊いた時にだけ答えてくれるようになった。


もっと自分の直感を信じよう。
すべてのことに・・・
September30


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コメント:

*

ああ、私のそいつもものすごくうるさいです。
私のそいつはまだまだ元気で、よく私はボコボコにされてしまいます。
まだ懲りずに悪あがきしています。
2012/05/20 [みん] URL #6moyDOY6 [編集] 

* Re: No title

みんさん、「そいつ」と同居しない人は思ったより多くて、作品をみればすぐわかります。
「そいつ」は必要な存在なんですよね。
私の場合は彼にちょっと権限を与えすぎたようで、
これからはもう甘やかしません。
2012/05/20 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* いるいる

私のそいつもやたら強力で自信満々で遠慮ありません。
もうちょっと大人しくしてもらいたいんですが、なかなか…。

自分の直感を信じること、それに従うことの正しさは理解しているつもりでも
そいつの屁理屈の前に屈せざるをえないんですよね。
2012/05/20 [nicoURL #KqigePfw [編集] 

* Re: いるいる

nicoさん、自分の直感を信じるって、けっこう自信がなければできないことなんですよね。
私は「そいつ」ととことん議論をしてそれでもどうしても自分に納得がいかなければ
その時は自分の直感を信じるしかない、と思うようになりました。
しょせん「そいつ」も自分の分身には違いないから。
2012/05/21 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* カンシャ

この写真を今開いてみたとき、あ、いい写真ーと思いました。でもその後の文章で、そんな「そいつ」が存在していたなんて思っても居ませんでした。
「そいつ」がどんな人でも居るんですね。ちょっとこのお話を聞いて安心しました。
走る準備ができているのに、でも直感を信じきれない自分に気がつきます。そひて皆さんのコメントにもうんうんとうなずいている自分がいます。
いつか「そいつ」を私は押さえ込むのではなく包み込むようになりたいのです。


2012/05/21 [ineireisan] URL #pNQOf01M [編集] 

*

思えば「そいつ」のおかげでこうして無事に生きているのかも。
けれど「そいつ」のおかげでもう一つの人生を見送ってしまった。
今更「そいつ」を手なづけても時間のほうが残り少なくて、
あーあー、と言いながら又明日が来てしまう。

2012/05/21 [ムー] URL #qiVfkayw [編集] 

* Re: カンシャ

ineireisan さんのような、アートと共に生きる人(必ずしもアーティストという意味ではなくて、
アートがなければ生きてゆけない人)にとっては「そいつ」はとくにうるさい存在だと思います。
「そいつ」は繊細な人のところへしか潜り込まないようですから。
2012/05/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: No title

ムーさん、
けれど[そいつ]のおかげでもう一つの人生を見送ってしまった。
これは重い言葉です。
その中にムーさんの青春、幸福、郷愁、悔悟、などが詰っているような気がしました。

実人生での「そいつ」との葛藤に比べれば、創作上でのそれなんかは取るに足らないものです。(そんな考えだから私は芸術家にはなれない)。
創作というのは自分の独りだけの世界だけど、人生はそうじゃないから。
2012/05/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

私には、そいつがいるのか、、、わかりません。
いないような気がします。 
いないような気がする自分は
ノーテンキで恥ずかしいのかな・・・と
ちょっと思ったりしています。
2012/05/22 [アンリ] URL #0.M2lW/c [編集] 

* Re: No title

アンリさん、能天気というのはすばらしいことです。 
「自分は能天気で・・・」という人が数人周りにいますが、
みんなとても良い人たちです。
彼らを見るたびに、自分もそんなふうに生きれたら、といつも羨ましくなります。
2012/05/22 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

*

そいつを無視してこの写真をアップして下さって良かった。
そうでなければ、この素敵な写真に出会う機会がなかった訳ですから。

私もそいつに長いこと苦しめられ、たくさん失敗してきました。
答えは自分の中にあったのに・・・むしろそいつの陰で直感がまだ少しでも息づいていたことに小さな喜びさえ感じます。
直感を摩耗させないよう、そいつとの付き合いもうまくやりたい。
その先には何があるのかまだ分かりませんが。
2012/05/24 [ばけねこ] URL #FXrcM1hg [編集] 

* 僕が訊いたときにだけ答えてくれる

> 創作というのは自分の独りだけの世界だけど、人生はそうじゃないから

この言葉に、ちょっとうらやましさを感じました。
自分は舞台生活でこれとはまるで逆のことに責められる30年を送ってきたので。

創作というカテゴリーの中でも、演劇などは特殊なのかもしれませんね、
稽古中はがんじがらめで、自由も孤独も感じる隙はあまりないのです。
幸運なことに、自分の場合は実人生に戻れている間の方が、今のところラクです。

なので、私の「そいつ」は実在の肉体を持つ「そいつら」だったりもして、
そこに自分の中の「そいつ」も絡んでくるので、も~ね、厄介です。(笑)
あたしは本番が好きなんだ!(←急にキレる・笑)
本番はお客さまが「そいつ」らから解放してくれるから。

でもね、のちに歌をやるようになって、うわ、なんて孤独な世界、と怖気づきました。
一から他者と一緒に創っていくことの良さを、初めて実感できた瞬間だったかもしれません。
たぶん、「そいつ」も「そいつら」も含めて、ね。

だけどステージは大好き。
全部自由、いつもお魚みたいな気持ちになれて、
それを受け止めてくれるピアニストとのスリリングでセクシーな瞬間瞬間があって、
それぜ~んぶあたしのもの…こういう快感は舞台では味わったことがなかったですね。

うん…歌うようになって、「そいつ」のことを認められるようになったかもしれません。
そうしてこの1年2ヶ月で、「そいつ」は更に遠のいていっているのも感じています。
人生やったもん勝ち。(笑)
失敗は過程であって結果じゃないって、いま思ってますね。

ps.
あのこ、太郎くんだったんですね…Septemberさん、いい人生を送られてますねぇ、ほんとに、心からそう思いますヨ。
2012/05/24 [belrosaURL #- 

* Re: No title

ばけねこさん、「そいつ」は人によってそれぞれ違うものだと思うのです。
ある人にとっては理性とか常識と呼んでもいいかもしれないし、
違う人にとっては単なる体裁や見栄のようなものなのかもしれない。
どちらにしても自分の誠実な直感とか本音にもう少し耳を傾けることが大切なのでは、
と最近思うようになりました。
2012/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* Re: 僕が訊いたときにだけ答えてくれる

belrosaさん、おっしゃるように演劇とかの舞台芸術は違うのだということに、気がつきませんでした。
私には創作=孤独な行為、という先入観があったようです。
対人関係のあまり上手でない私は、
人と関わりあわなければならない状況に自分を置くことを
無意識に(あるいは意識的に?)避けてきたようです。

ちょと飛躍した例かもしれませんが、
テニスでダブルスを嫌って、いまだにこの歳でシングルスしかやらない、
というのもその表れに違いありません。

それにジャズは
コラボレーションとしてのグループでやっていても
それぞれの個性がいくらでも出せる、という点ではクラシックと大きく違う点です。
私はなぜか昔シンガーの伴奏をやるのが大好きでした。
長い間の夢は小さなクラブでピアノトリオ+シンガーの編成で酒を飲みながら好きな曲を弾いていたい、
でしたが、これはどうも夢のままで終わってしまいそうです。
もうピアノは弾けません。

歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか
いえいえ それはかわいそう
歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す   

2012/05/25 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

* カナリア

あら、どうしてですか?もうピアノは弾けないって…
モチベーションの問題かしら、それとも逆に、気持ちに指がついていかない気がしているとか…
それも「そいつ」のせいなのかしら…

(笑)ごめんなさい、根掘り葉掘りきいてしまいましたね、
まだまだ私の知らない世界が、人生の先には待っているように感じて、思わず。

小さなクラブで小さな編成で、お酒を呑みながら好きな曲を演る…ことが夢、なんだ…
Septemberさんぐらいのクラスの方だと、むしろそうなっちゃうんですかね、
あたしなんかまさにこの枠で――ブロードウェイで言うならオフオフクラスって感じでしょうか
そこから脱却できることは一生ないだろうと思っているから、意外で、なんか軽くショック。(笑)

それは分かりやすいスタンダードしか演ってませんけど、いつかSeptemberさんのピアノで歌ってみたい。
どうやらそれがあたしの夢になったかもしれません。
いいんです、夢ですから、実現しなくても。(笑)

自動的に公演が決まっていてそこに乗っかればいい芝居とは違って、
自分がやると決めて動かない限りステージは実現されないので、そこで躊躇する自分もいて、
うかうかしてると何年もモチベーションを引き上げられないままで、苦しかったんですけど、
でも、Septemberさんがあたしの月の舟になったのなら…
やっぱりこの夏、ステージやろ。(笑)

ありがとうございます。
勝手に、近づいていきます。(wink!)
2012/05/25 [belrosaURL #- 

* Re: カナリア

belrosaさん、ピアノが弾けないのはもう指が動かないから。
ダンサーやスポーツ選手と同じで、毎日やり続けないともうだめです。

昔東京の六本木に『ミスティ』という洒落た小さなクラブがあって、
そこにトリオで入っていた時のことをよく思い出します。
テラコッタの壁と丸いアーチがあるイタリア風の内装で、
いつも良く調律されたグランドピアノが置いてありました。
そこはとても洗練された静かな別世界でした。
シンガーはいなかったけど、遊びに来たシンガー達がよく歌っていました。
あんな大人のムードのあるクラブは今でもあるのかなあ。

2012/05/26 [September30] URL #MAyMKToE [編集] 

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